雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

Kawasaki GTO 

2006-12-18 06:27:37 | カワサキ単車の昔話
先週末、カンサイオトキさんからコメントが届いた。

山本隆君のショップに遊びに行ってきたとか。
来春のヴィンテージモトクロスには山本君も行くようなので、是非遊びに来てくださいとのお誘いである。
会場のアネックス三木は直ぐ近くだし、是非お伺いしたいと思っている。

コメントの後のほうに、「前の日曜日にエンジン設計の松本氏、デザインの栗島、山内氏と大阪マッハクラブの方と食事会があっていろいろ話をする機会があった。、当時の話、特にB-8のできるくだりは最高でした。」とあった。


松本博之さん。
カワサキで「2ストロークのエンジン設計は松本」と言われていたエンジニアである。
松本さんの名前が出たので、私自身思い出深い、開発コード740、GTOの話をしてみたい。

1978年、東南アジアのCKD新市場進出のため市場開発室を組織して、高橋鉄郎さんを長として、タイで合弁会社をスタートさせるなど、解らぬなりにいろいろ努力していた時代であった。
営業としては、どうしてもCKD市場にあった「専用の機種」の開発を要望していた。

78年2月3日の日記の記述そのまま。
「夕方から技術部の会議に呼ばれる。大槻部長以下課長以上全員が揃っていた。
方針が明確でない限り、技術部としては開発はやらないと大槻さんにまくしたてられたが、大槻さんとはレース時代からのお付き合いで気心もよく解っていたので、営業代表としてねばって言い分を通してもらった。」と書いてある。

このときのことは、本当によく覚えているのだが、
いろいろとねばったのは事実だが、営業の言い分を通して貰ったのではなく、営業の要望事項を入れて何とか開発をやってみようと「助け舟」を出してくれたのが、松本さんだった。

カワサキにとって始めての「CKD専用機種、開発コード740」,110ccGTOは、CKD専用車であるために一般には余りよく知られていないが、歴史に残る大ヒット商品であった。

この機種でカワサキのCKD事業は軌道に乗ったと言っていい。

当時、タイでの販売台数6400台/年であったものを、11000台、20000台と一挙に引き上げ、インドネシアでも好調に売れてCKD進出を軌道に乗せた。

タイでは台数だけでなく、委託販売であった取引条件を仕切り販売に換え、更にデーラーは車を確保したさに前金を積むところまで現れ、合弁会社の利益も資金繰りも一挙に改善できたのである。

この隠れた大ヒット商品のエンジン開発者が松本さんであり、私としては一度もお礼を言っていないので、この機会に是非お礼申し上げたい気持ちである。


大槻さんは勿論、松本さんも、栗島さんもゴルフコンペZ-1会のメンバーである。
年4回、楽しいゴルフをさして頂いている。 来春が待ち遠しい。
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