豊田竜神FC1977 【オールドサッカーファンのつぶやき】

豊田竜神FCは豊田市で活動する少年少女のサッカーチームです。これからも豊田竜神FC1977を宜しくお願いします。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

ムーンライトながらとサッカー

2021-02-04 19:50:56 | つぶやき
ムーンライトながらとサッカー

 JRのムーンライトながら号が無くなる、との報道が1/23の新聞紙面に載った。自分はこのムーンライトながら号と縁があった。理由は「サッカー観戦の際によく利用した」からである。
1972年5月ペレ来日
 初めて利用したのは1972年5月、ペレ率いるサントスFCが来日し国立競技場で日本代表(当時は全日本と呼称)対戦することになった。当時、自分はうら若き高校3年生だった。日本代表vサントス戦は中間テストの真っ最中。これは不利な条件でもあり、有利な条件でもあった。不利なのは「テスト中に東京へ行くことは何事か」と、一般的な親は言うだろう、という点である。幸いうちの両親は息子の好きなことを応援する親だったので問題はなかった。有利な条件は、テスト中は午前中で学校が終わることだ。昼前に学校が終われば、名古屋から東京へは余裕で行くことができる。問題はどうやって翌日名古屋へ戻りテストを受けるか、である。そこで登場するのがムーンライトながらである。当時は大垣発東京行き、東京発大垣行きの普通夜行列車が毎日運行されていた。  この列車に乗れば翌朝に名古屋に戻ってくることができ、家に帰ることなく直接学校へ行くことができた。その時のテストの成績はよいわけはない。しかしムーンライトながらのおかげで落第せずに済み、ペレを拝むこともできた。

1987年10月ソウル五輪最終予選 日本v中国
 次の思い出は987年10月ソウル五輪最終予選 日本対中国である。最終決戦は中国との対戦となった。アウェイで右コーナー付近のFKを水沼がキックし原がヘディングで決めて1-0、その虎の子の1点を守り切って何と日本の勝利。ホームの国立競技場での試合に勝てば1968年メキシコシティ五輪以来の出場が決まる大一番。これは行くしかない。それは当然である。それだけでなく、この歴史的場面を当時、小1年になった長男にも是が非でも見せたい。そんな思いがつのり実行にうつした。決戦の日は確か月曜日。自分も長男も早退をし東京に向かった。結果は知ってのとおり0-2の完敗で、20年ぶりの五輪出場は夢と散った。雨降りしきる東京・国立競技場。濡れながら東京駅に向かった。そこでムーンライトながらを待った。ホームを見ると、自分と同じような親子連れが何組かいた。皆自分と同じ考えだったようだ。その親子も静岡駅で降り、浜松駅で降り、わたしたち親子だけになった。わたしたちは刈谷駅で降り名鉄三河線に乗り換えて自宅に戻った。
 後日、長男にこの日のことを聞くと、「覚えているよ。試合内容は全く覚えていない。ただ寒かった」と言っていた。蛇足だが、この長男は、サッカー好きに育った。

2002年6月 日韓ワールドカップ 日本vロシア
 続いての思い出は2002年日韓ワールドカップである。1次リーグ第1戦でベルギーと引き分けた日本。第2戦は横浜国際競技場でのロシア戦だった。キックオフは当時の日本では考えられなかった20:00。自分にとって横浜国際競技場は行きやすいスタジアムだ。(見にくいスタジアムでもあるが)なぜなら首都圏では最も愛知県に近いし、何といっても最寄駅が新横浜という新幹線の駅、というのがいい。ここだと帰りの新幹線の指定席を予約しておけば、試合終了後に勝った場合には祝杯をあげてからでも余裕で帰宅することができる。しかし、20:00キックオフとなると事情は違ってくる。これはもうムーンライトながらにお世話になるしかない。当時のムーンライトながらは、かつての普通列車ではなくなって、全車指定の快速列車になっていた。そこでJRの駅へ行き、ムーンライトながらの指定席を予約しようとしたら問題発生。「全席売り切れです」という駅員の言葉。「同じ事を考える連中がそんなにいたか」と、がっくり。しかし、すばらしいかったのは対応してくれた駅員さんだった。「ちょっと待って下さいよ」と言って何やらコンピュータに向かいだした」しばらくすると「何とかなりました」と言って説明をはじめた。簡単にいうと次のようになる。
・ムーンライトながらは全席指定だが、一部小田原から自由席になる部分がある。
・小田原までの指定席は取ることができた。
・小田原から先もそのまま乗っていればよい。
・ただし自由席になるので、席を空けると違う人が座ってしまうのでご注意を
ということである。駅員さんの機転をきかせた行動のおかげでワールドカップ初勝利の瞬間に立ち会い、祝杯もあげ、ムーンライトながらに乗り帰宅することができた。

2004年 3月18日 アテネ五輪最終予選 日本vUAE
 アテネ五輪最終予選の思い出も忘れられないものがある。試合は3-0で日本がUAEに勝ちアテネ五輪出場を決めた。大久保嘉人が2ゴールを決めた試合である。会場は国立競技場。いつものように祝杯をあげ、いつものようにムーンライトながらに乗って帰り、翌日は何食わぬ顔で出勤する。それだけのことだ。しかしその時はそうではなかった。試合翌日の3月19日は卒業式だったのである。自分は卒業学年の担任だった。遅れるわけにはいかない。
 その頃は列車に自らの意思でとびこむ人身事故が多発していた。ムーンライトながらがそんな人身事故の影響を受けたら万事休すである。この日ほど列車の安全、無事を祈ったことはない。ムーンライトながら号が豊橋駅に着いた時には胸を撫で下ろした。なぜならここまでくれば、タクシーをとばしてでもして家に帰ることができるからだ。
 この日も刈谷駅で降り、帰宅し、礼服に着替えて立派に(?)職務を遂行し涙の卒業式は終わった。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

サッカー映画

2020-10-31 12:37:09 | つぶやき
映画「キーパー キーパー ある兵士の奇跡」をみたか
 現在、「キーパー」という映画が公開されている。みなさんはこの映画をみられたでしょうか。
 1944年第2次世界大戦も終わりが近づいたイギリスの捕虜収容所が舞台。
捕虜としてイギリスの収容所に送り込まれたナチス兵士、トラウトマン。彼が、終戦後にイギリスとドイツを結ぶ平和の架け橋となり、やがて国民的ヒーローとして敬愛されたという驚くべき実話から生まれた物語が『キーパー ある兵士の奇跡』である。
 とてもよくできた映画だと思った。何がよかったかを、自分なりにまとめてみた。
①戦争の悲惨さがきちんと伝わってきたこと。
②元ドイツ兵だった、ということだけ戦後イギリスでかなりの批判を受ける主人公。それが現代の黒人差別やヘイトスピーチやSNSで炎上する差別問題にもつながることになることがわかったこと。
③サッカーシーンがとてもていねいに描かれていたこと。
個人的には地方のクラブのスタジアムやウェンブレースタジアムアムがとてもていねいにステキに描かれていたこと。
戦争とサッカーという重い課題を突きつけられ、映画をみた後は心が重くなったことは事実だが、大切なテーマを扱った秀逸の映画だと思った。
 戦時下もイギリスで庶民がダンスパーティーに興じる場面や、日常的に土曜日にリーグ戦が開催されているシーンがあった。史実としたら素晴らしいことだとも思った。
 主人公が過去の戦争に関わったことがトラウマとなって苦しんだり、長男を交通事故で失うなど、悲しく衝撃的な内容もあり重い映画ではあったが…自分は多くの人にみたもらいたい、と思った。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

町(街)クラブの楽しみ

2020-10-27 16:02:40 | つぶやき
町(街)クラブのささやかな楽しみ
 うちのクラブは勝利だけを追求しません。また、将来のプロ選手の育成もめざしちません。ただただサッカーが好きな、いつまでもサッカーを続けてくれる選手になってほしい、と日々活動しています。
 それは次のクラブの活動方針にはっきり明記してあります。
1.活動方針  
 このクラブは、地域の子どもたちがサッカーをより好きになり、より楽しくプレーできることを手助けすることを一番の目的とします。
 よって以下の4項目を指導の基本とします。
 ①クラブチームとしてのチームの強化、試合での勝利だけを目標としない。
 ②将来のプロ選手の育成を目的としない。技術の習得については子どもの自主性を尊重し、練習の強要をしない。
 ③スポーツをする楽しさ、また喜びの中から将来もスポーツをすることの好きな子どもたちを育てることを目的とする。

 そんなクラブだからこそ、試合には全選手を出場させています。結果として、なかなか勝てません。でも選手はみんな休まず練習や試合に参加します。
 先日のことです。小5年が少し大きな大会に出場しました。この学年は低学年の頃は選手が少なく、下の学年の選手を呼んで試合に出場していました。全く勝てませんでした。勝てないどころか0-10くらいの大差で敗れていました。しかし、その後選手が友だちを誘い、口コミで「楽しいらしい」「誰でも試合に出場できるらしい」と話題になったのか、徐々に選手が増え、今は17人の選手になり、「どうやって全員を試合に出場させよう」と、スタッフが困るほどになった。
 自分の経験上、低学年でどんなに負け続けても、小6年の最後には善戦できるまでにはなる。と確信していました。しかし、なかなかその兆候が現れません。でもね、ひたむきにサッカーに取り組んでいると、あゆみは遅いですが、少しずつ上手くなってきます。
 やはりそうでした。先日の試合で何とこの選手たちが2-1で勝利したのです。選手、保護者、スタッフ一同大喜びです。わたしも試合中は興奮してベンチから大声で「戻れ!とか叫んでしまいました。勝利の知らせを会場にいないスタッフに連絡すると、「良かったね。ところで勝利した試合の写真は撮った?」との声。現場にいた3人のスタッフ全員が「しまった。興奮しすぎて写真を撮り忘れた」ということになりました。
「サッカーには神様がいる」というのが私の持論の一つです。ガンバっているとたまに今回のようなご褒美をくれるのです。このご褒美があるから、サッカーはやめられないのです。
 最後にうちのクラブの会則や方針の一部を掲載しておきます。こんなクラブがあってもいいじゃない。


1,クラブ設立の意義
  目  的   
①地域のスポーツ文化の醸成を図るとともに、サッカーというスポーツを通して、子どもたちの健全育成に貢献する。(竜神FC会則より)

1.活動方針  
 このクラブは、地域の子どもたちがサッカーをより好きになり、より楽しくプレーでき
ることを手助けすることを一番の目的とします。
 よって以下の4項目を指導の基本とします。
 ①クラブチームとしてのチームの強化、試合での勝利だけを目標としない。
 ②将来のプロ選手の育成を目的としない。技術の習得については子どもの自主性を  尊重し、練習の強要をしない。
 ③スポーツをする楽しさ、また喜びの中から将来もスポーツをすることの好きな子どもたちを育てることを目的とする。
 ④練習及び試合を通してスポーツを楽しむ子どもにふさわしいマナーを身に付ける。
2.試合について  
 公式戦、フレンドリーマッチ問わず、病気及び怪我がなく、試合に出る意思がある子どどどもについては、全員出場させることを基本とします。ただし、公式戦については、
 諸般の事情(大会規定等)により全員参加できない場合もあります。     
(竜神FC活動方針より)
 
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

サッカーファミリー リスペクトを

2020-10-07 15:25:43 | つぶやき
サッカーファミリー リスペクトを
 先日、うちのクラブの小5年が地元の大会に出場した。自分が会場に着くと、大会役員がわたしを呼んで「今日の試合ぜひ勝って下さい」と、言ってきた。「何があったんですか」と聞くと、おおむね次のように話してくれた。
 会場に着くなり、うちのクラブの初戦の相手クラブの保護者が大きな声で「今日は1位通過は間違いない。大切なのは明日の決勝トーナメントだ」と口々に言って本部席前を通って行ったそうです。その役員は「相手クラブへのリスペクトはないのか。試合はやってみないと分からないだろう」「あんなクラブには勝ってほしくない。だからあなたのクラブに勝ってほしい」ということだったわけだ。
 たしかに客観的にみればそのクラブの優位は動かない。でもね、保護者からこのような発言が出るということは、クラブスタッフがそのように言っているだろうし、保護者も選手もその発言を聞いていることだろう。と想像できる。
 サッカー界ではかなり前から「敵と呼ばない」「みんなサッカー仲間です。相手と呼びましょう」と言われている。そして試合前や試合後に感謝の握手をするようになった。それがかなり形式的にもなっている。自分が主審をした時にも選手と握手をするが、きちんと握手をしない選手が多い。指先だけ触れる、という場面もよくみられる。そんな意味のない握手ならしなくてもいいとさえ思う。
 何が言いたいかというと、試合は1人ではできない。仲間がいなければできない。相手チームがいなければ、審判がいなければ、会場を準備する人がいなければ、家族がいなければ…みんなサッカーファミリーなんだ。感謝の気持ちを持ってほしい。ということだ。
 自分たちクラブスタッフも選手が来てくれてありがとうという気持ちを忘れてはいけない。
 今回はあるクラブのあまりよくない言動から、いろいろな事を考えさせられました。きれいごとを書いてしまいました。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

October has come

2020-10-01 15:06:32 | つぶやき
October has come
10月の試合一覧
 10月になりました。日本にはサッカーシーズンがなく、OnとOffもない、とよく言われます。そうは言っても、「スポーツの秋」という言葉はあります。これからは熱中症の心配をせずにサッカーが実施できることが嬉しいです。
 以下は10月の竜神FCの試合予定である。サッカーの試合ができる日常が戻りつつあることが分かる。本来ならここにトップチーム(大人)の試合が入っているはずだが、残念ながら今年度は豊田市社会人連盟の豊田市民リーグは全て中止になってしまった。
(そこで11月には、ジュニア、ジュニアユースが練習しているホームグランドの竜神中で、竜神FCトップチームとユース、ジュニアユースの交流試合を計画している。こんな試合を計画できるのもうちのクラブの魅力の1つでもある。)
*は芝生での試合
・10/3(土)小5年都築杯(午後・五ヶ丘)*
     小6年西三河リーグ(午後・安城市運動公園多目的G)
・10/4(日)小5年都築杯決勝トーナメント(終日・中央公園)*

・10/10(土)小2年リーグ(午前・川端公園)
      小3年交流試合(午後・東海市加木屋)
     中学生交流試合(終日・豊田市中央公園)*
・10/11(日)小4年Tリーグ(午前・若園運動広場)
     小6年西三河リーグ(午前・幸田中央公園)
     小6年B Tリーグ(午後・平井小)
     中学生試合(10:00〜17:00・川端A)
・10/17(土) 小5年Tリーグ(午前・若園運動広場)
     小4年練習試合(午前・東山体育センター)
      小1・2・3年練習試合(9:00〜11:30・山之手小)
     中学生交流戦(9;00〜14:00・豊田市内)
・10/18(日) 小6年西三河リーグ(午後・刈谷かりがね小)
・10/25(日)小6年全日本少年大会
・10/26(日)小3年リーグ(午前・川端公園)
・10/31(土) 小2年リーグ(午前・川端公園)
 自分は全ての試合に駆けつけるわけではないが、できるだけ見に行きたいと思っている。小3年が少し遠い知多地域へ試合に行くが、選手全員が「参加」の返事をくれたのは嬉しい限りである。
 こんな地道な活動を続ける名もないクラブが、わたしたちの周りにはいっぱいある。このような普及活動、育成活動を手弁当で行っているクラブが全国にある。そのクラブから有名選手が育たなくても、日本サッカーの底辺を支えて、今日のサッカー環境を作ってきたという事実はかわらない。日本サッカー協会幹部のみなさんにはそこのところを、心の底から分かってほしい、と常々思っている。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする