性能とデザイン いい家大研究

こちら 住まいの雑誌・Replan編集長三木奎吾です 
いい家ってなんだろう、を考え続けます

【ムラ社会を超える人間共同体は可能か?】

2019年09月17日 07時29分46秒 | Weblog
先日、このブログで【核家族から大家族へ 社会復元は可能か?】
っていう記事を書きました。
それがけっこうロングセラーな反響(笑)をいただいています。
要旨としては現代の趨勢である「核家族」が生み出した
人間の生き方をよりバラバラにしての資本主義的発展の結果である
人間疎外的な現実に対して「大家族」という、より生きやすい環境を
再度、復権させる方向を考えられないか、ということでした。
その意見に対して、けっこう多くの方から
大家族の再構築というのはムリではないか、
それよりも町内会的な地域的結びつきとか、あらたな趣向興味的な
人間の「共同体」が現実的ではないかというご意見。
わたしの年代は大家族的な生き方の残滓を濃厚に保持していると
勝手に思い込んでいたので、同年代とおぼしき方から
そうではないのでは、というご意見を聞いて意外だった。

もちろん家族関係というのも歴史的な選択のことなので、
今後の人類趨勢がどうなっていくのか、誰にも将来はみえにくい。
しかし資本主義と「核家族化」はやはり相関関係にはあり、
株式会社システムは、自立した個人主義が無意識の大前提だと思う。
個人はそれまでの社会の大きな共同体的な「まゆ」から自立して
より小さい「夫婦・親子」だけの、それも子育てが終われば
こどもは自立して家を出ていく社会システムがいちばん都合がいい。
資本主義では面倒な社会システム維持みたいな責任から自由でいられる。
だから、資本は多国籍化して自由に国境も越えるような
そういった束縛からの自由を希求するのが本質でしょう。
いちばんわかりやすい実例は、戦後の日本での大都市への人口集中。
日本資本主義が発展する過程で、それまでのムラ社会からの
集団離脱が発生して、都市圏での「マイホーム」が憧憬された。
わたしどもの「住宅」マーケットが巨大化したのは、
こういう地方のムラ社会からの「自立」が個人主義と結びついた結果。
そしてとなりに誰が住んでいるのかまったく無頓着な擬似共同体、
町内会組織のようなものが対置されてきた現実がある。

しかしいま、世界的に資本主義的グローバリズムへの反転が起こっている。
マルクスが考えたような労働者階級の目覚めではなく、
むしろ保守主義的な流れから、国や自然的共同体から発露している
流れというのが大きく起こってきているのだと思う。
むしろ、グローバリズムに最適なのは共産党独裁の政体だということに
多くの現代人の反発が巻き起こっているように思える。
イギリスで起こり、アメリカでトランプ政権が出来、
アメリカによる中国否定の動きが大きな流れになり、
香港で中国共産党独裁が拒否されている現実には、どうも根底的な
同時代性があるように思える次第です。
そういう時代性のなかから、どうも大家族的な志向性が
強まっていくのではないかと、そういった思いが芽生えてきたのですね。
住宅を考える仕事をしてきて、人間の生き方のシアワセを
見つめていくことを繰り返してきて、そんな思いを持っています。
写真は北海道の釧路湿原にある北斗遺跡。
かわいらしい住宅が寄り添うように隣居する様子が好きです。
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