性能とデザイン いい家大研究

こちら 住まいの雑誌・Replan編集長三木奎吾です 
いい家ってなんだろう、を考え続けます

【木材運送が生む日本の伝統体技〜角乗り】

2020年01月23日 06時15分38秒 | Weblog
ことしはオリンピックの年ですが、
こんな競技があったらいいな・日本の最有望種目発見「角乗り」です(笑)。

図はここのところ頻出の「官材川下之図」のもの。
幕領である飛騨国の主要産業であった林業の様子を伝える絵巻。
日本の建築業が歴史年代継続してきたその初源から、
その最大原材料である木材の生産流通システムが継続してきたのは自明。
奈良の都造営のとき日本で初めて本格的都市が建設されたけれど、
その最初期から「飛騨の匠」という地域へのリスペクトが払われてきた。
飛騨とか紀州とかの日本における林業地域からどのように材木が出荷されたかは
住宅建築にとってきわめて枢要な位置を占めている。
江戸期にいたって大都市江戸や京大坂での経済発展があり、さらに
定期的とも思える「大火」によって木材需要は旺盛であり続けた。
そういったことから原料供給地域・飛騨国は幕府が直轄し続けてきた。
その流通は太平洋側と日本海側の2方向に向けられたけれど、
この絵図は太平洋側への出荷プロセスを描いている。
物流は基本的に一気通貫で河川〜海という水上交通で行われた。
この運送業務は高山陣所から発注され特定の事業者が「請け負って」いた。
その運送業者は、複雑な地形の飛騨国内から木曽川水系をたどって
難所では修羅などの工作も作り上げて「川下」事業を行った。
こうした運送事業は江戸期における記録では周辺の村落共同体の
「生業」として、下請けされていたとされている。
そのプロセスでは各所で一定寸法の部材「角材」に乗り上がって
川の流れを利用しながら材木をコントロールする作業も発生した。
そうすると、この図のような作業、体技の有能者が人材活用された。
それら村落に似合う者がいなければ、運送業者が人材をスカウトしていたという。
こうした運送作業は農閑期の秋収穫後に行われていた。

高山の代官所から派遣された代官たちは、出荷した材木の集積箇所などで
「検見」をしていたとされるけれど、
そのときに同行させた絵師たちに記録させたのがこの絵巻ではないかと。
農業経済システムとは違う林業、運送業の構造を幕閣上司に理解させるために
こうした絵巻を上梓したという推測ですね。
代官による視察に際し「余興」として職人たちの体技が披露されたか・・・。
角乗り自体は江戸などの大消費地周辺に「木場」という地名が残るように
水運の終着点地域でも材木管理の手法として認知されているけれど、
上流地域でもこのようにエキスパート人材がたくさんいたのでしょう。
今日であれば、バランス体技競技種目のエースになれる(笑)。
そういえば日本は体操がけっこう「お家芸」有望種目ですが、
ひるがえってみると、ご先祖さまたちが先端的に体技技術を開発した?
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