性能とデザイン いい家大研究

こちら 住まいの雑誌・Replan編集長三木奎吾です 
いい家ってなんだろう、を考え続けます

【北海道長沼でひばりの春告げを聞く】

2018年03月24日 05時34分23秒 | Weblog
日本各地からさくらの便りが聞かれるようになってきた。
わたしも再来週、4月アタマ関西や関東出張での道筋の観桜が楽しみ。
なんですが、北海道はまだ残雪が残る景色の中。
寒さと暖気が行ったり来たり、季節が揺れている。

21日には家族で札幌近郊の長沼へ。
ときどき食事に訪れる野菜中心の農園レストラン。
行ってみたら長蛇の列で大人気。
席が取れるまで1時間近くかかるということで、
にぎやかに談笑する母娘をクルマに残して道沿いを散歩。
わたしは生まれてから3才になるまで、
いまは岩見沢市になっている北海道・栗沢町の農家の子どもでした。
この長沼ともほど近く、農地が基本である地域景観。
わたしには幼少期の記憶というのは、ほぼまったくない。
ただ、「野焼き」の匂いに強烈な郷愁を持っている。
その野焼きですら、収穫期を終えて畑の残存物を、
翌年のために野焼きして肥料とするものか、
今に至るも、ほとんどその意味すらわかっていないけれど、
そういう「野の記憶」のようなものだけがうすぼんやりとある。
ただ、こういう風景の場所に来ると、やはりなにか胸騒ぎがある。
そういえば、休日に都市の喧噪空間にいることは基本的に嫌い、
というのは三つ子の魂の部分なのか。
で、散歩していたら、ぴよぴよというさえずりが聞こえてくる。
あんまり生物活動の痕跡は少ないなかに、
はるかな同族の生きている証がつたわってくる。
残雪は残っているけれど、そこそこ緑のスペースは広がってきて、
その野の鼓動のように、さえずりが響き渡ってくる。
3才までの幼年期、こんな光景の中を歩いていたかも知れない。
ひばりの声に、コトバのようなコミュニケーションがつたわってくる。
ふしぎだけれど、明瞭に感じてしまっていた。
はじめは身近な同族へのコミュニケーションで、やがて
道を歩いているはるかな同族にもわかるようにさえずっている(と感じた)。
どこか近しい友人の語らいのような音の旋律をそこに感じていた。

もう北国でも、らしい春がそこまで来ているのですね。
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