性能とデザイン いい家大研究

こちら 住まいの雑誌・Replan編集長三木奎吾です 
いい家ってなんだろう、を考え続けます

【キレイに流れない簡素「表現」 西方里見自邸-2 】

2017年01月28日 06時31分13秒 | Weblog
きのう、西方さんの設計手法についてまとめてみた次第ですが、
こういったいわば批評のようなことって、
メディア人としては一種の禁じ手ではあると思っています。
しかし、西方さんとは付き合いも長いし、どんなことを書いても、
人間関係があるからと、フランクに書いてみた次第。
当の西方さんからも否定的反応はなかったので、
ほっとひと安心で、きょうも引き続き自邸のことにふれます。

「西方さんのデザイン」論については、
いろいろなコトバをもらっていて、わたしも考え続けてきて、
今回のいわばピュアな自邸という表現を見ていて、
言ってみれば、基本的な建築の要素に還元して簡素に
シンプルを追い求めている表現というように言えるかと思い至った。
これまで「見えにくかった」熱環境というものを、人間居住性という観点から
根源的に見つめて、その最適解をシンプルに求めることを
一種の建築デザイン、表現の方法論にしたいと考えたのではないか。
「なるべく簡素にしたい」というコトバは、
原理に対してシンプルである「かたち」を作る決意のように聞こえた。
きょうは、自邸でのPV一体型の屋根や、土間エアコンのために
開発した基礎のことを図表表現としてまとめてみました。



こういったものづくりの志向性は、
よくあるような厭世的で禁欲的な原理主義ミニマリズムではなく、
むしろ、人間へのやわらかさに満ちたシンプル主義のように感じる。
このような人間環境デザインの発意には、そういう部分がある。
たっぷりの陽光を得たい、寒さからひとを解放したいという簡素な志向。
一方で、東京発のなんでも極限化する原理主義のようなものについて、
西方さんとは否定的意見をともにすることが多い。
「極限化することで利益を得る不純さのあらわれ」じゃないかみたいな。
今回の再会では、室蘭での学友であった山之内裕一さんも交えて
会話が弾んでいたけれど、聞いたら、
山之内さんと西方さんは、室蘭工業大学で「美術部」だったのだという。
西方さんは青年期に美術に惹かれていたということに
なんともいえない人間的面白みを感じさせられた。
そういえば、岡本太郎・棟方志功的な根源探求的なものが、
この自邸づくりにはたっぷりとうかがえるモノがある。
デザインと言うより、空間をキャンバスにした根源表現という志向に近いかも。
氏の「キレイキレイへの反感」姿勢にはそういうことも感じられる。
そんな新たな発見もあった次第。
ものづくりに限らず、真善美というものは、人間の本然でしょうね。
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