性能とデザイン いい家大研究

こちら 住まいの雑誌・Replan編集長三木奎吾です 
いい家ってなんだろう、を考え続けます

戦後70年、変容圧力を受け続けた東京暮らし

2015年07月06日 05時58分48秒 | Weblog


きのうは東京出張の最終日で、都内江戸川区での住宅見学。
もよりのJR駅から徒歩10分ほどの住宅の進行中見学。
SNS時代になって、このような「進行中」の案件を知る機会ができてきて
本当に得がたいリアルな情報をゲットできると思います。
関東大震災後の復興において、この地域を含む東京の下町エリアは
都市計画上は比較的に整備された区画整理が行われたと言われます。
今日近辺を歩いてみても、道路幅はやや狭めだけれど
かなり整然とした街割りになっていて、秩序感がきちんと感じられます。
京都の街路整備は江戸期以前からの日本都市居住文化を表現していますが、
そこでは間口が狭く、奥行きが長いという「町家」街割りであるのに対して
この地域では、「庭付き戸建て」という、
たぶん江戸時代中級武士の家を基本にした
「都市住宅」街割りが、整然と展開しています。
戦災の影響を受けなかった札幌の街割りとも共通性を感じます。
札幌は開拓使の「お抱え外国人技師」たちによる
欧米的な都市計画が基本的に存続しています。
おおむね500坪程度の区割りによる、ほぼ正方形のような住宅地。
サイズが小さめとはいえ、この東京東部の街割りにも共通性を感じます。
しかし、日本の戦後復興は結果としてみれば、
インフレによってその原資を獲得したと言われるとおり、
こうした、いわばきわめて常識的なまちづくり、家づくりの基本構図を
まったく破壊するような、「土地本位制経済成長」が東京の「居住」を襲った。

見学させていただいた住宅は
戦後すぐの時期に建てられた敷地面積500坪くらいもありそうな邸宅。
(正確な情報は確認していません、悪しからず)
旧宅は、それこそ中級武士の家をデザイン的にも踏襲したような
立派な門が設えられていて、
みごとな瓦屋根の景観が、生け垣越しに覗けるようなお宅。
それこそサザエさん家が、叶わぬ遙かな「坂の上の雲」としたような
戦前までの日本の都市居住文化のかたちを表現したような住宅だと思います。



庭にはいまでも、青い苔に彩られたみごとな松の木があり、
その庭園と人間の暮らしの息づかいが残照として残っている。
しかし現代において、このような日本文化的都市居住は延命しづらい。
相続が数回繰り返されれば、こうした住居を維持延命することはほぼ不可能。
この家も、「どう住み続けていけるか」と考えた結果、
大きな敷地を分割し、東南角地を東西に2つに分け、
立派な門のあるほうを売却する方針を固めて、
西側にあった旧屋部分を解体してそこにあらたな住居を新設して、
そちらに移転したうえで、なお一定の庭を確保した後、道路に面した部分を、
この土地で生き延びる収入を得る貸駐車場とする計画。
そうすることで住宅デザインとしては建築の高層化を防ぎ、平屋の新設住宅にも
たっぷりの南面採光を確保したいとするものだそうです。

そうなんです、戦後の経済成長を担保した土地インフレのなかで、
いわば激変した経済環境条件の中で、生き延びるための
社会システム上の「整理整頓・知恵と工夫」のほうが
東京での家づくりの最大テーマにならざるを得なかった。
積雪寒冷という与条件のもとで、高断熱高気密という解を明確にして
性能とデザインを考えてきた、わたしどものような住宅雑誌としては、
きわめて刺激に満ちた大テーマだと受け止めた次第なのです。
どちらも「持続可能な家づくり」と、
言葉では同じ言葉でまとめることが可能だけれど・・・、
ちょっと戦闘モードに着火したような気分がしてきています(笑)。
コメント
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