ディープリサーチはチャットGPTの機能の一つで、長文リポートを作成してくれる
【シリコンバレー=山田遼太郎】
米オープンAIが始めた生成AI(人工知能)による長文リポート作成「ディープリサーチ」が情報収集のあり方を変えようとしている。
仕事に使えるような詳しい調査結果を10分ほどのネット検索でまとめる。ビジネスや研究といった知識労働において人々の働き方をどう変えるのか。有識者の声からインパクトを探った。
ディープリサーチは対話型AI「Chat(チャット)GPT」の機能の一つだ。2月下旬に提供範囲を広げた。
月額200ドル(約3万円)のプラン「プロ」利用者が月120回、月額20ドルの「プラス」利用者が月に10回使える。
調べたい内容をチャット形式でAIに指示すると、オープンAIの最新の論理思考モデル「o3」が10分前後ウェブ上を検索する。
文書作成ソフトで10ページ分ほどの文章にまとめる。引用元のサイトを示すため、利用者が元の情報源をたどりやすい。
米グーグルや米xAI(エックスエーアイ)、米パープレキシティも同様のサービスを手がけ、AI企業の競争が激しくなっている。
「AI製」リポートが実務に与える影響を探るため、記者は研究、金融、コンサルティングの各分野の専門家に使い方や評価を尋ねた。
研究者に「アルファ碁」級ショック
アラヤの金井良太CEO
「科学研究の世界を大きく変える。AIの『アルファ碁』に負けた囲碁のプロ棋士の感覚を多くの研究者が覚えはじめていると思う」。
こう話すのはAIスタートアップ、アラヤ(東京・千代田)の金井良太最高経営責任者(CEO)だ。元英サセックス大准教授(認知神経科学)で脳や意識の研究者でもある。
記者はアラヤが取り組む脳とコンピューターをつなぐ技術「ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)」について、最新の研究開発動向をまとめるようチャットGPTに頼んだ。
AIが7分で書き上げたリポートを金井氏に見てもらった。
ディープリサーチはA4サイズの14ページにわたるリポートを7分で作成した
評価は「修士課程の学生ならよくできた、と思うレベルだ」。
ディープリサーチは有料コンテンツにアクセスできないため、学術論文を読んで理解しているかは疑問が残るものの、情報の網羅性と深さは申し分ないという。
今後は科学者が先行研究などすでにある知見から学ぶ作業の「8割はAIでできるようになる」と話す。その分、実験やものづくりなど新たな知見を生み出す仕事に時間を割けるとみる。
研究業績を左右する論文の出し方についても「AIに読まれやすいよう工夫する人が増えてくる。学術界はディープリサーチなどの活用ルールを定めるのでは」と金井氏は変化を予想する。
「10年目アナリスト」の仕事代替
続いて金融だ。シリコンバレーのベンチャーキャピタル(VC)、WiLの伊佐山元CEOは投資のテーマ選びや投資先候補のスタートアップに面会する前の予習にディープリサーチを使っている。
ディープリサーチが作ったイレブンラブズの投資検討資料
WiLが実際に投資した米AIスタートアップ、イレブンラブズへの投資検討資料をAIに作らせ、伊佐山氏に見せた。
「我々と同じように投資リターンを分析し、競合企業もしっかり押さえている。コツをつかみ始めた中堅アナリスト並みのリポートに仕上がっている」と高評価だ。
銀行出身の伊佐山氏は金融業界への影響を「仕事は速いし、調べ漏れもない。10年目までのアナリスト職はAIで代替できそうだ」と話す。
VCの業務でいうと、ユーザーが実際に新製品を使ってくれるかなど、データがなくセンスが問われる判断はAIには難しい。経験に基づく投資の意思決定はまだAIに置き換えられないという。
AIは「人の仕事奪わない」
最後に話を聞いたのが米コンサルティング大手、ベイン・アンド・カンパニーだ。取材のなかで「AIの性能がここまで高まると、コンサル企業に調査を外注する必要がなくなるのでは」との声を複数聞いたためだ。
ベインでデータサイエンス・機械学習の技術チームを率いるエリック・シェン氏はコンサル不要論に反論する。
「ディープリサーチはコンサルにとって人間を補う追加メンバーだ。同じ時間でより多くの成果を生み出せ、生産性が高まる」と話した。
とはいえ上級コンサルタントが1人でより多くの仕事をできるようになれば、経験が浅いメンバーは仕事を失うのではないか。シェン氏に聞くと「パソコンが普及しても人の仕事は減らなかった。AIも同じで、働き方の質が高まる」との答えだった。
かつての若手コンサルタントはプレゼン資料を紙で作ったり、投影用にシートを用意したりと手作業を強いられていた。
それに比べ、今の若手はデジタル技術をつかいこなして、より本質的な問題解決に時間を割けるとシェン氏は説明する。
「人間ならでは」が価値に
AIが人間の労働力をどう代替していくかは議論が分かれる。ただ、急ピッチで賢くなるAIとの分業が進むなかで、ナレッジワーカーの仕事が大きく変わるのは確かだ。
情報収集や文書作成でAIにかなわなくなったとき、人間はどう付加価値を出すのか。
アラヤの金井氏は「ネット上から広く情報を集めてくるAIの答えは良くも悪くも平均的だ。個人のこだわりや信念、クレージーさが発想に多様性をもたらし、人間の価値になる」と見通す。
WiLの伊佐山氏は、財務分析などVCの投資プロセスの大半をAIが担えると話す。
それでも「最後は交渉相手に好かれ、投資家として選んでもらえるか。情報や知識量では他者と差別化できず、人間力の勝負になる」と語る。
今後のビジネスの勝敗を分けるのは、AIに任せられないリアルの人付き合いになるとの見方だ。
歴史上、テクノロジーの登場は新たな雇用を生み出してきた。だがAIは知能そのものをコモディティーに変える。
ホワイトカラーの知識労働者に与える影響度合いは過去の技術と異なる可能性がある。チャットGPTに代替されない価値をどう磨くか、一人ひとりが考え始めるのに早すぎることはない。
※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。
伊佐山元
WiL 共同創業者兼CEO
AIが今後ますます進化すると、投資の世界では分析力やリサーチ力の差が縮まり、投資家にとって起業家を説得する力がこれまで以上に重要になるだろう。
特に、人と人との交渉や、論理だけではなく感情や非論理的なコミュニケーションを通じて妥協点を見つける能力が求められる。
また、単純なIQの高さよりも、人間的な魅力や「愛嬌」を活かしてビジネスを成功させる戦略が、今後さらに価値を増すと考えられる。
これからの時代はAIを活用するスキルを磨くと同時に、身体性を伴った活動やコミュニケーション能力を高める努力が重要であり、人間自身も進化し続ける必要がある。
生成AIのインパクトは隕石級だ。
情報収集力や知識量は人間のリサーチ力を超えた。知的労働の場面で成功の秘訣が大きく変わった。
成功の秘訣としてVSOPが大事だという話がある。VはVitalityで若いうちは仕事をがむしゃらにやって仕事を覚える。30代にはSpecialtyで専門性を磨く。しかし、生成AIの発展で専門性の落とし穴が大きくなるだろう。
専門性だけでは差がつきにくくなる。より大事なのは、Originalityで独創性や新しい価値を生み出せるか。最後はPersonalityの人間力で、人間的な魅力で人をひきつけ、まとめていけるか。
専門性からオリジナリティ、人間力の価値が重くなっていくだろう。
ネット上に公開されている開示前提の構造化された金融,特許,論文,判例などのデータを分析した調査レポートであればプロンプトにしっかり仮説を入力できる人の依頼であればすでに人間よりも早く良い仕事をするレベルに達していると言えるだろう。
一方でビジネス事例の分析などはネット上にオープンになっている情報も限定的で質もバラバラな状況も多く,期待通りのレポートになるかは出たとこ勝負の部分もある。
リサーチ業界的にはAIエージェントによる有料インタビュー,有料データベースへのアクセスなどAIエージェントが有料サービスを利用することができると本当に人間のリサーチ作業は劇的に減ることになるだろう。

日経記事2025.3.10より引用