阿部穣里の研究生活

理論化学の研究生活の中で、考えたこと気になったことを、日常の話とともに書きます。

向後千春先生のアクティブラーニングのセミナーを聴く

2018-11-29 22:05:00 | 今日嬉しかったこと
11月29日に首都大で、向後千春先生(早稲田大)の
大学講義におけるアクティブラーニングの事例についてお話を伺った。

自分の講義と類似している点が多く、
興奮してお話を聞き、質問もさせていただいた。

向後先生はアドラー心理学に関してもご専門のようで、
その点に関してもどのように大学教育に実践しているのか、
もっとお話を伺いたかった。とりあえず著書を拝読しようと思う。


自分の講義(化学基礎)との類似点
・大きな中間期末テストがなく、15回で成績を分割(自分はレポートはある)
・抽選でグループ分け(多様性確保)
・ご自身の講演中でもキッチンタイマーを使用(自分は、スマホ)
・女性と男性が混ざった方がグループワークが活性化している実感を持たれている
・講師自身の自己評価は、学生の様子、あるいは文章を見て肌感覚で(数値化していない)
・5段階アンケートはあまりあてにならない
・勉強に必要なことは講師が事前に用意し(動画や資料など)、学生が自習した上での参加

自分の講義と異なる点
・200人規模のアクティブラーニング
・講師の意見を言う時間はあまりない(あえて言わない印象)
・学生間での学びあいにかける
・採点はTA
・講師の話す時間は15分と少ない(私は40分ぐらい)


ここまで書いていて、
講師の役割とはなんなのかを考えはじめた。
おそらく、向後先生の場合、(そして自分の場合も)
「学ぶ場を提供する」
ということなのかなと思った。

教えるとは、たとえれば、
無理やり他者の口をこじ開けて食べ物を流し込むのではなく、
美味しい料理を作っておくから、よかったら、自分で食べてね、
というものではないかと、感じている。

その時に、料理人が、テーブルに出てきて、
うんちくを語りすぎてもよくないと思っている。
適度なその料理に対する哲学はあってよいが、
自由なよい雰囲気で食べてもらえるように
細かな演出をしれっとやっておくことが大切かと思った。


また、講師の役割はあと2つあると思う。

1つは学ぶ行為を(応援の気持ちで)見届けること。
これはアウトプットを”丸付け”することと同義かもしれない。
そう考えると、公文教育はまさにこれだと思う。
ペース配分を決め学ぶ場を提供、
学習を見届け丸付けをするのが、
指導者(+パートの先生)の重要な役割になっている。
大学教育でも丸付け専任の方(RA?)は確かに必要である。


もう1つは”個人的なやりとり”である。
決して多くの機会は必要ないかもしれないが、
師と個人的なやりとりをした人生経験は
自分にとって大変大切な成長をもたらしたと思う。

ただこれが承認欲求を煽ってしまわないように、
極めて自然に(ほぼ偶然に)起こるとよいのかなと思った。

少なくとも、教室の各人に対して、
個人的な興味を抱く工夫はしていたい。
ただ、それが可能なのは、
1週間で向き合う人数として、
私の場合は60人以下であり、
100人超えの講義を今後担当する予定の中で、
あきらめなければいけない課題なのかもしれない。
研究者との両立もあるから、
仕事のコスパを最適化した後に、
削られてしまいそうな項目である。





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