日本史大戦略 Side-B 附 歴史を歩こう協会 ~日本各地の古代・中世史探訪~

『日本史大戦略』のB(Blog)面です。城・館・古墳・古道・官衙・国分寺・神社・寺院・民俗・エミシ・南部氏・後北条氏など

【クラブツーリズム】稲用章のツアーおよび座学講座の予定(7月23日更新)

2019-07-23 08:13:18 | 作者プロフィール詳細

 クラブツーリズムでの私のツアーは、通常はカタログ「歴史への旅」(奇数月の10日に発行)に掲載され、座学の講座はカタログ「旅の文化カレッジ」に掲載されますが、それ以外の媒体に掲載されることもあります。

 そういったこともあり、こちらのページに現在分かっている範囲でツアーと講座の情報を掲載します。

 また、予定は組まれていてもまだ正式に発表していない、かなり先のツアーを掲載している場合もあります。

 このページは不定期に更新するため、更新頻度によっては実際の状況と齟齬が発生するかもしれませんので、正確な情報はクラブツーリズムにてご確認をお願いいたします。

 

■ツアー

コース番号シリーズ名
タイトル(クリックするとクラツーの該当ページを表示します)
日程主な探訪箇所催行状況
40461
40462

初めての古代史めぐり<吉野ヶ里編>
謎の女王「卑弥呼」と九州に残る邪馬台国「吉野ヶ里遺跡」へ 3日間
1名様1室はこちら
2~4名様相部屋はこちら

1月11日(金)~13日(日)
3月26日(火)~28日(木)
5月10日(金)~12日(日)
6月21日(金)~23日(日)
7月5日(金)~7日(日)
8月30日(金)~9月1日(日)
9月20日(金)~22日(日)

  無事終了
無事終了
無事終了
無事終了
無事終了
受付中
受付中
41982 「今さら聞けない」歴史 縄文時代編
三内丸山遺跡と土偶の宝庫青森 歴史と伝説・温泉旅 3日間
8月21日(水)~23日(金)
9月6日(金)~8日(日)
※他の日は私以外の講師の案内です
  催行決定
催行決定

40450 流域の古代史⑪ 利根川編Ⅱ
東日本最大の前方後方墳・八幡山古墳と見事な横穴式石室が魅力の大室古墳群 日帰り
8月25日(日)
9月3日(火)
  受付中
受付中
40460 初めての古代史めぐり 畿内・纒向編 奈良・纏向遺跡を訪ねる 2日間 9月14日(土)~15日(日)  
受付中
40451 流域の古代史⑫ 荒川編
古墳時代後期の東国最大勢力の奥津城・「埼玉古墳群」と関東の石舞台「八幡山古墳」 日帰り
9月18日(水)
10月20日(日)
 
受付中
受付中
40467 一支国の王都・原の辻遺跡と長崎県最大の前方後円墳・双六古墳 3日間 9月24日(火)~26日(木)  
受付中
41928 「みあれ祭・海上神幸」 福岡6つの古墳・遺跡めぐり 3日間 9月29日(日)~10月1日(火)  
受付中
40454

流域の古代史⑬ 阿武隈川編
古代阿尺・岩背・白川国造の故地を行く 装飾古墳・泉崎横穴見学と大安場古墳群 2日間

10月12日(土)~13日(日)  
受付中
40469 古代出雲の王墓「よすみ」と伯耆を代表する弥生遺跡・妻木晩田遺跡 3日間 10月25日(金)~27日(日)  
催行決定
40455 流域の古代史⑭ 阿賀野川編
新潟から会津へ 古津八幡山遺跡・会津大塚山古墳 2日間
11月2日(土)~3日(日)  
受付中
  新コースは9月10日に発表します!

 

   

 

■座学講座

 クラブツーリズム本社が所在する西新宿のアイランドウイングにて座学講座もやっています。

 以下に、「旅の文化カレッジ」5月10日号の一部を掲載します。

 ※上述の『続日本紀』講座のタイトルですが、第1回目と第2回目が「天武天皇」となっているのは、「文武天皇」の間違いです。カタログを印刷する前に私も目を通してチェックをしたのですが気づきませんでした。大変失礼いたしました。

 本講座では、歴史や遺跡を楽しみたい方向けに初歩的な知識や遺跡の楽しみ方のコツなどをお話ししますので、例えば、「日本書紀って何だろう?」とか、「古墳って何だろう?」という方が聴いてくださるとありがたいです。

 そういう基礎的な話にマニアックな話や稀にエグイ話を織り交ぜて、退屈せずに聴いていただけることを主眼としています。

 例えば、テレビ番組で言えば、お勉強を兼ねたエンタテイメント番組のような感じです。

 ですので、より学術的で高度な内容だったり、ある対象に関して非常に細かい内容をお望みの方は大学の講義などへのご参加をお勧めします。

 今まで受講してくださったお客様からは、

 ・刺激的な内容で面白かった

 ・説明が分かりやすい

 ・断片的だった知識が繋がってきた

 ・90分があっという間に過ぎた

 ・この内容でこの受講料は安い

 ・家でテレビを見ているより面白い

 ・これはテレビでは放送できない内容だよね

 などのお声をいただいています。

 7月からは上の画像の通り、5種類の講座を行います。

 【その1】「さかのぼって学ぼう 東北の古代史・中世史」は、あまり知られていないであろう東北地方の歴史を16世紀末の「九戸政実の乱」から始めて、旧石器時代まで毎回時代を遡りながら解説する講座で、全15回の予定です(6月までの段階で第6回まで終わっており、7月からはいよいよ古代史に入って行きます)。

 ⇒「さかのぼって学ぼう 東北の古代史・中世史」の詳細・申し込みはこちら(クラツー公式サイト)

 【その2】「日本書紀を紐解き古代史を探ろう」は、とっつきにくいイメージのある『日本書紀』を丁寧に解説し、日本の古代史の謎について想像を膨らませて楽しんでいただく講座で、全20回の予定です。

 ⇒「日本書記を紐解き古代史を探ろう」の詳細・申し込みはこちら(クラツー公式サイト)

 【その3】「遺跡で見る関東の古代史」は、関東地方の旧石器時代から奈良時代までの歴史を遺跡の話を中心にしながら解説する講座で、全12回の予定です。

 ⇒「遺跡で見る関東の古代史」の詳細・申し込みはこちら(クラツー公式サイト)

 【その4】「陰謀の都・奈良 続日本紀講座」は、「日本書紀」の続編である「続日本紀(しょくにほんぎ)」を読みながら奈良時代の歴史を解説する講座で、全20回の予定です。

  ⇒「陰謀の都・奈良 続日本紀講座」の詳細・申し込みはこちら(クラツー公式サイト)

 【その5】「古代中国史」は、日本の古代史を考える上では知っておいた方がより歴史を楽しめるであろう同じ時代の中国や朝鮮の歴史を解説する講座で、全12回の予定です。

  ⇒「古代中国史」の詳細・申し込みはこちら(クラツー公式サイト)

  なお、各講座とも興味のあるテーマの回だけのご参加も歓迎いたします。

 

■「流域の古代史」シリーズ

 ① 多摩川編

 

 ② 多摩川編Ⅱ

 ③ 多摩川編Ⅲ

 (画像準備中)

 ④ 相模川編

 ⑤ 那珂川・久慈川編

 ⑥ 那珂川編Ⅱ

 ⑦ 相模川編Ⅱ

 ⑧ 太日川編

 (画像準備中)

 ⑨ 利根川編

 ⑩ 笛吹川編

 (画像準備中)

 ⑪ 利根川編Ⅱ

 (画像準備中)

 大雑把な地図で申し訳ありませんが、「流域の古代史」シリーズのラインナップを明示する地図を作ってみました。

 将来作成する予定のコースに関しては仕様変更になる可能性があります。

 

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【梅雨の晴れ間に上総古代史探訪 2日目その1】きみさらずタワー・木更津市郷土博物館・君津市八重原公民館・南子安金井崎遺跡・九十九坊廃寺跡【千葉県木更津市・君津市】

2019-07-20 18:08:36 | 歴史探訪
 例年ですと、東京はそろそろ梅雨明けなのですが、今年はもしかすると梅雨が長引くかもしれないそうです。

 寒い日が続いているせいで、エアコン掃除の注文が少ない・・・

 さて、本日は梅雨に入ったころの6月16日から翌17日にかけて探訪してきた上総地方の古代史めぐりの2日目をご報告します。

 1日目の様子はこちらにありますが、まだ最後まで書いていませんよ。

 あまりにもたくさんの歴史スポットをめぐっているため、ここ3年くらいはブログへのアップが追いつきませんが、焼け石に水で頑張ります。

*     *     *


 昨日も充実した歴史めぐりでした。

 最後に立ち寄った木更津にたまたまホテルルートインがあり、部屋が空いていたので泊まってしまいました。

 プライヴェートでよく利用するホテルは東横インで、東横インはだいたい4500円から5500円くらいで、ルートインは7000円くらいです。

 私にとってはルートインは高級なホテルなのですが、東横インだと駐車場代として500円徴収されるので、それを考えると大浴場で気持ちよくなれるルートインは実はコスパが良いのかもしれません。

 というわけで、いつものように早朝に起床し、5時に大浴場へ。

 ツアーの仕事の時もそうですが、基本的に私は朝風呂なのです。

 しかも一番風呂でないと気が済まないので、誰かが先に湯船に入っていると、「負けた!」と内心では歯噛みして悔しがっているのです。

 かといって長風呂ではなく、露天風呂であっても10分くらい浸かれば満足です。

 風呂上りは千葉県らしくマックスコーヒー。



 一仕事した後は朝食。

 私はいつも朝から食欲全開です。



 シソが巻いてあるササミと竜田が美味しい。

 煮卵は珍しくていいね。

 サラダのドレッシングも美味いです。

 デザートもきちんと召し上がりますよ。



 ルートインは部屋にコーヒーを持って帰ることができるので忘れずに。



 ルートインは仕事でよくお世話になっているのですが、最近は奈良のツアーでグループ内でも少しグレードの高い「グランヴィリオホテル奈良 和蔵」にも何度か泊まっており、結構好きなホテルグループです。

 では、急遽思い付きでお世話になったルートイン木更津を出立しますよ。



 昨日の最後、太田山公園の看板に古墳の場所が描かれていたので、今日の探訪の一発目はその古墳を探すことにします。

 太田山公園の駐車場に到着。

 朝一から山を登りますよ。

 あ、ルートインだ。



 しかし、公園内には案内板が全然立っていませんね。

 平場があります。



 うーん。

 分からない・・・

 ここかな?



 いや、違うな・・・

 ダメだ、引き上げ!

 下調べなしで来るとたまにこういうこともあります。

 それでは、金鈴塚遺物保存館へ行ってみますよ。



 あれ?

 明らかに廃墟チック。

 確かにWebサイトはあったんだけどな・・・

 ダメもとで休館中の郷土博物館に電話してみます。

 すると、職員の方が出てくださいました。

 なるほど、とっくに閉館しているのですが、Web上に残ったものがどうしても消せないそうです。

 私はその辺の仕事をしていたので原因はいろいろ考えられますが、閉鎖してしまったものは仕方がないですね。

 諦めて電話を切ろうとすると、遠方から来た私のことを気の毒に思っていただけたのか、職員の方が近辺の史跡情報を詳しく教えてくださいました。

 よし、今日の探訪はこの情報を元に行くぞ!

 と、その前に、今日は晴れているのでついでにまたもや「きみさらずタワー」に登ろうと思います。

 何だお前ら!



 兄弟かい?



 そう言えば、昨日ここで会った方が「猫がよく捨てられるんです」と言っていました。

 博物館。



 2021年3月31日まで休館ですぞ。



 随分と時間がかかるなあと思う方も多いと思いますが、空調や内装の工事などの場合は、重要文化財が多数収められている博物館はそれらを少しずつ動かしながらやることもあり、そういう場合は一気呵成に工事ができないそうです。

 リニューアルオープンが楽しみですね!

 おやまあ、平和ですねえ。



 まだ朝ですけどもうお昼寝ですか?



 猫ちんって朝が弱いんですよね。

 では登るぞ!

 おー、今日はよい眺めだ!



 筑波山方面。



 ちょっとズーム。



 アクアラインと海ほたる、そして右手にはスカイツリー。



 頑張って海ほたる近辺をズーム!



 羽田空港から飛び立つ飛行機も写り込んでいます。

 木更津方面から対岸へ向かうと、海ほたるまでは橋の上を走りますが、そこから先は海底トンネルなんですよね。

 逆に川崎方面から来ると、海ほたるを抜けて海上に出る瞬間がとても気持ち良い。

 今度は力を振り絞ってスカイツリーをズーム!



 まだ登ったことはありません!

 スカイツリーより先に「きみさらずタワー」に登っちゃった。

 富士山方面。



 今日はあまり姿が見えませんね。



 海辺の工場も見えます。



 工場見学のツアーがあるくらいですから、こういった建物が好きな方も多いですよね。

 私もですよ。

 一応、景観の説明もあります。



 それでは、ひとしきり眺めを堪能したので最初は博物館の方が教えてくれた九十九坊廃寺跡へ行ってみます。

 お仕事ご苦労様です!



 30分ほど巡航して君津市の八重原公民館に到着しました。



 素敵な木造の建物です。

 お、ここは歴史に理解のある街のようですね。



 九十九坊廃寺跡は当初から探訪予定に入れていたのですが、その近くの公民館に遺物が展示してあることまでは知らなかったので、博物館に電話してみてよかった。

 受付に行き、「済みません、博物館の方から聞いたのですが、ここに遺跡の出土品の展示があるそうで・・・」と伝えると施設の方がその場所に案内してくださりました。

 ありました!



 ちょっとした展示なのですが、こういうのが好きな人には堪らないのです。

 パネルで説明してあります。



 当時の想像図。





 おや、この公民館の場所自体が、南子安金井崎遺跡という遺跡なんですね。



 地元の小学生が見つけた瓦片。



 当時は小学校6年生ですが、今は立派な大人になっていますね。

 今でも遺跡に行けばまだ落ちているかもしれませんよ。

 線刻土器も出ています。



 よし、それでは実際の場所へ行ってみましょう!

 近くにあるようなので徒歩で向かいます。

 公民館の前の道。



 遺跡はこれとは反対方向です。

 向こう側が坂になっていて地形が落ちていますが、坂を下らずに左に行きます。



 古代寺院も古代の役場もそうですが、河岸の低地にあることは稀で、基本的に段丘を上がった場所に立地します。

 左折。



 お地蔵さんと馬頭観音。



 こういった石仏は後世に移動させられてしまうこともありますが、この辺に古道が通っていたことの名残でしょう。

 お、それっぽい草地がありますよ。

 説明板発見!



 九十九坊廃寺跡は周淮郡の郡寺であったと考えられており、郡衙自体はまだ見つかっていないのですが、ここから南西方向の小糸川の対岸に「郡」という地名があり、そこが推定地とされています。

 石碑もありますよ。



 全体を撮りたいので敷地の奥まで行ってみます。



 この基壇っぽいのは塔跡かな?



 結構礎石がありますよ。







 基壇からの眺め。



 というわけで、瓦片、落ちていないかな・・・

 遺跡に来たら「下を向いて歩こう」です。

 お。

 ふふふ・・・、思った通りだ・・・



 布目がありますね。

 1300年前に焼いた瓦の破片でしょう。

 なお、こういうものは原則的には持って帰ってはいけませんよ。

 というわけで、本日のファーストタッチも無事済ませました。

 つづいて、君津市内の遺跡をめぐりつつ南下して行きますよ。

 (つづく)

千葉県の歴史散歩
千葉県高等学校教育研究会歴史部会
山川出版社








 





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【歴史を歩こう協会 第5回歩く日】発掘された日本列島2019・復興記念館・明大博物館【梅雨の季節は屋内でゆっくり遺物鑑賞】

2019-07-15 12:38:40 | 歴史探訪
 東京は梅雨らしい雨の日が続いています。

 しかも結構寒いですよね。

 例年ですと、梅雨の時期は雨は降ってもそれほど気温は低くないような気がするのですが、今年は布団を被って寝る日もあります。

 さて、そんなジメジメとした日和の下、昨日(7月14日)は「歴史を歩こう協会」の「第5回 歩く日」を開催しました。

 もし雨が降らなかったら八王子城跡へ行くつもりだったのですが、やはり普通の雨だったので、両国の江戸東京博物館で開催している「発掘された日本列島2019」などの見学をしてきたのです。

 本日はその様子をごく簡単にご報告します。

 ※「発掘された」は江戸博での開催は21日(日)までで、その後日本各地をめぐりますので、まだ観にいっていない方でネタバレが嫌な方は閲覧しない方が無難かもしれません。

*     *     *


 今日はゆっくりと10時に両国駅に集合です。

 仕事柄、いつも早めに行動する癖がついているため、40分前に到着してしまいました。

 改札をくぐる前に歴代横綱の手形とスペックが展示してある場所で少し遊びます。

 手形に自分の手を合わせてみると大人と子供みたい。

 さすが横綱は皆、身体がでかいですが、白鳳は192㎝もあるんですね。

 体重も150㎏以上。

 177㎝、69㎏の私がもし土俵で白鳳と相対したら、どうやって倒せばよいか・・・

 私はシミュレーション癖があるので、こういった空想をして楽しむことが多いわけですが、「はっけよーい、残んない!」と、当たった瞬間に遠くまで突き飛ばされて全身強打で即死でしょう。

 いや、男としてそう易々とやられるわけには行かない・・・

 まずは日々の稽古を精進することです。

 改札をくぐるとプラレールの展示がありました。

 幼少のころから電車が好きだったのでプラレールではよく遊びました。



 その後はNゲージに行ったわけですが、子供がNゲージを集めるのには無理がありますね。

 何しろ、モーター付きの車両は4000円前後しましたから、滅多に買えるものではありませんでした。

 そうこうしているうちに、金子さん、板垣さん、池上さんがやってきました。

 それでは、東京にある施設とは思えない異様なスケールの敷地と建物を誇る江戸東京博物館へ向かいましょう。

 チケット売り場では嘉納さん夫妻が加わり、合計6名で本日は歩きますよ。

 「発掘された」を見るには常設展のチケットを買う必要がありますが、通常は600円のところ、なんとJAF割引だと2割引きになるのです!

 日本各地にある博物館ではJAFカードを提示すると割引きになったり、金額は変わらないけど記念品(絵葉書とかメモ帳とか)をもらえるところも多いですよ。

 私の場合はカラオケや各種飲食店でもJAF割引にしてもらうので、JAFの年会費はペイできています。

 ということで、やってきました。



 「発掘された」には考古学に興味を持ち始めた頃の2010年から毎年行っていたのですが、一昨年と昨年は諸々の理由にて行けませんでした。

 ですので久しぶりということもありとても楽しみです。

 今年のコンテンツはこんな感じ



 今年はどんな遺物に出会えるかな?

 基本的に、展示室に入って最初に目に付く場所にもっともヴィジュアル的に立派なものが置かれます。



 岡山県岡山市の金蔵山古墳から出土した形象埴輪ですが、柵型埴輪という珍しいものが置かれていますね。

 三角がついているやつです。

 なんかヨーロッパのお城のよう。

 部屋中央の目立つ場所の展示以外は、壁沿いに古い時代から順番に展示があります。

 仲間に対して解説をしていると、全然関係ない人が混ざってきますが、私は気にしません。

 質問された場合は、わかる範囲でお答えします。

 順番に見ていると、入口の方で多分文化庁の方だと思いますが、解説が始まりました。

 そちらの方に大勢の方々が行ったので、今が写真撮影のチャンスです。

 少し離れたところにいる解説者の声に耳を傾けつつ、集団に追いつかれないように面白遺物の撮影をしていきます。

 青森県西目屋村の白神山地東麓縄文遺跡群の展示が素晴らしい!

 三内丸山遺跡の展示でもお目にかかる板状土偶さんたち。



 足だけのがありますが、足だけでこの大きさというのは驚きです。

 この様々な模刻のある石冠もおもしろいですね。



 土器もいいものが並んでいます。



 川原平(6)遺跡出土のこの土器には狩猟シーンが表されています。



 弓矢が向いている方向には猪らしきものがあります。

 これまた北東北でよく見かける面白い形の物。

 大川添(3)遺跡(中期後葉)出土の「キノコ形土製品」です。



 北東北にはこんなものが大量に並んでいる資料館もあり、何に使うんだろうと思っていたのですが、なるほど、容器の蓋としても使ったんですね。

 川原平(1)遺跡(晩期初頭)出土の「人面付注口土器」。



 かなり丁寧に磨きこまれており美しい光沢を放っていますね。

 仏様のような顔をしている、という感想を漏らしている方もいます。

 遮光器土偶もいらっしゃいますよ。



 私たちもいるわよ!



 アスファルトで補修した跡も見られます。

 川原平(1)遺跡(後期末葉~晩期初頭)の蹲踞(そんきょ)土偶もまた俊逸です。



 展示のために固定されているわけですが、後ろ手に縛られているように見える・・・

 つづいて、同じく縄文時代の遺跡で長野県松本市のエリ穴遺跡から。

 赤鉄鉱を粉末化したものがベンガラで、古墳時代にいたっても石室内を赤くしたりするときに使われています。



 人面付き土版も不思議な遺物です。



 山形土偶と顔面付分銅形土偶。



 つぎは弥生時代。

 大阪府茨木市の郡遺跡・倍賀(へか)遺跡では多くの石包丁が出ているのですが、この巨大な石包丁は一体何なんでしょう?



 中央に並んでいるのが通常サイズですが、なんと全国でも最大級の長さ37㎝のものが出ているのです。

 石包丁は稲穂を刈るときに使用するものなので、こんな大きなものはあきらかに違う用途に使うものですね。

 解説の方も「何に使ったか分からない」と言っていました。

 ちなみに、東京都からは石包丁はほとんど見つかっておらず、弥生時代の東京には多くの方々がイメージするような灌漑水田は無かったか、あったとしても武蔵野台地の東側の低地部にあって江戸時代以降の開発で完全に消滅してしまったのではないかと思っています。

 これもいい表情をしている。



 人形土製品で、方形周溝墓の周溝から出土しました。

 つづいて鹿児島県錦江町の山ノ口遺跡からやってきた岩偶さん。



 ここに住んでいた人たちはビールを飲んでいたのかな?



 もちろんそんなことはないのですが、こういう形状のものは豊前地方でたまに見つかるそうで、そちらからの搬入品と考えられています。

 古墳時代の展示は冒頭の金蔵山遺跡以外に、栃木県足利市の行基平山頂古墳出土のものもあります。

 人面付き円筒埴輪。



 私は古代の遺物の中でもとくに人の形をしているものや人面付きのものが好きです。

 つまり、顔を見るのが好きなんですね。

 顔を見ていると何かが伝わってくるのです。

 この後は、中世・近世・近代と展示が続きますがここまで見てきてあっという間に1時間以上経っています。

 残りはサラッと流します。

 展示室から出ると太田道灌の展示もありました。

 あ、この像は以前から見たかったんだよな。



 もちろんレプリカですが道灌に会えてよかった。



 都心にもあまり知られていない中世の城館跡があるのです。





 とういうわけで、皆さんと展示を楽しんだわけですが、両国に来たついでに私がとくにお勧めする横網町公園にある復興記念館へ行ってみましょう。

 江戸博からは歩いて5分くらいです。

 ここは関東大震災に関する資料館です。



 パネルでの解説や遺物の展示、そして写真や絵画の展示があり、関東大震災について詳しく知りたい場合はここに来るといいでしょう。





 東京大空襲に関する展示もあり、入館は無料です。

 皆さん、異口同音に「こんなすごい資料館があることを知らなかったと」言い、「多くの人たちにこの施設の存在を知って欲しい」と感想を述べていましたが、まったくその通りですね。

 さて、時刻は12時半です。

 すでに2時間半も見ちゃいましたね。

 ここで一旦お昼休憩。

 私は経済的事情で、皆さんと同じものは食べられないので一人で松屋へ行き牛めしを食べました。

 食後は両国駅に再集合し、今度は電車に乗ってお茶の水にある明大博物館へ向かいます。

 明大のアカデミーコモンについたらまずは阿久悠の展示室へ。

 阿久悠というと私は小学校入学前にピンクレディーがブレイクしていたので全盛期の頃を知っているのですが、金子さんの世代になると少し影が薄いでしょう。

 板垣さんは小学生のときに踊ったと言っていますが、確かにクラスの女子や、近所に住むちょっと年上のお姉さんなんかもよく踊っていました。

 この展示室も結構面白いですね。

 ひとしきり楽しんだ後は刑具と考古の部屋へ。

 刑具の展示は写真を撮る気が起きません。

 見ているだけで痛い・・・

 考古の部屋に移って展示を見ていて、気が付くと周りには多くの見学者がいます。

 いつもは閑散としているのですが、この繁盛ぶりは何でしょうか?

 ご年配の方も学生もたくさんいます。

 私もよく案内している群馬県みどり市の岩宿遺跡から出た石器。



 東京都板橋区の茂呂遺跡は都内で初めて見つかった旧石器時代の遺跡です。



 茂呂遺跡が標識となっている茂呂形ナイフ形石器。



 長野県南佐久郡南牧村の矢出川遺跡出土の石器。



 古墳時代に移り、埼玉県の五領遺跡の展示。



 言うまでもないことですが、明大博物館に展示してある考古遺物は明大が発掘した遺跡から出たものがメインですよ。

 古墳時代の土器型式。



 このパネルは須恵器の年代も並べて書いてあるので便利です。

 五領遺跡からは山陰系の土器や東海系の土器も出ており、こちらは東海系の土器。



 五領遺跡の展示から離れ見ていると、弥生時代の宮ノ台式土器もありました。


 
 埴輪ちゃんたちが並ぶ一角。



 さて、今日はあまりにも人が多いのでゆっくり見れませんでしたが、これにて本日の「歩く日」は終了です。

 ここで嘉納さん夫妻と別れ、残る4名は夕方から開催される「歴史をアルコール協会」の会場があるたかお食堂へ移動です。

 池上さんは買い物をしてから高尾へ向かうということで、残った3名で高尾へ移動。

 高尾には少し早めに到着。

 雨も止んでいるため、時間潰しでみころも霊堂へ行ってみましょう。

 みころも霊堂には猫ちんがいるんですよね。



 あ、来た。



 近づいてくる。



 通過して行く。



 私の横を通過して行くところを無理に引き寄せてナデナデ。

 ご機嫌よう。



 近くにいるけど無関心。



 逃げるわけでもなく甘えてくるわけでもなく面白いですね。
 
 というわけで、ちょうどいい時間になったのでたかお食堂へ向かいます。

 買い物を済ませた池上さんと、自ら手打ちしたうどんとそばを用意して来てくれた遠藤さんが合流。

 さらに、本日は「歴史をアルコール協会」のみの参加でわざわざ遠方からヒラさんとかんめいさんが来てくださり、総勢7名での開催です。

 今日の目玉の第一弾、遠藤さんの蕎麦登場!



 美味しい蕎麦を食べながらのビール、最高です。

 つづいて目玉の第二弾、遠藤さんのうどん!



 本日の参加者は皆、これが楽しみで来てくださったのです。

 本当に美味いですねえ。

 池上さんは食べ足りましたか?

 こちらは半年以上前に遠藤さんからいただいた阿蘇の米焼酎。



 家で飲む機会がなかったので持ってきました。

 これもまた美味い・・・

 気づいたら無くなっていました。

 新規に入れた黒霧島の一升瓶もほとんど飲み干してしまい、今日は飲めるメンバーが集まったのでいつにも増して楽しい。

 途中で遠方に住む金子さんとかんめいさんが離脱し、残った方々は気づいていたか分かりませんが、4時間半くらい飲んでいたことになりますよ。

 というわけで第5回の「歩く日」も無事に終了しました。

 参加してくださった皆さん(とくに遠藤さん!)、そしてたかお食堂のマスター夫妻もどうもありがとうございました!


発掘された日本列島2019: 新発見考古速報
文化庁
共同通信社



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【クラブツーリズム】「歴史への旅」7月10日号が出ました

2019-07-11 23:31:12 | 歴史探訪
 7月5日(金)から2泊3日で、いつもの吉野ヶ里遺跡ほかのツアーをご案内してきました。

 宮地嶽神社の参道で買える「松ヶ枝餅」(120円)は美味い。



 弘化谷古墳の墳頂でHさんの説明を受ける皆様。



 この墳頂からは驚くべき光景を見ることができるのですが、それは訪れた方々しか知りません。

 今回も遣唐使の渡海やマムシさんの生活に負けないアグレッシヴな歴史探訪を楽しんでいただけたかと思います。





 梅雨の季節なので天候が心配でしたが、例の「卑弥呼様」の呪力のお陰で3日間気持ちよく歩くことができました。

 もちろん、19名の参加者の皆様の呪力も合わさってのことですよ。

 皆様、ご参加ありがとうございました!

 なお、今年になってから稼働したツアーの45日間は、すべて雨具不要で歩くことができています!

 ツアー中、百舌鳥・古市古墳群の世界遺産登録が決定されました。



 まだ行ったことがない方は、後述する通りクラツーでもツアーをやっていますのでぜひご利用ください。

 今回の戦利品はこちら。





 このツアーでは福岡・佐賀の方々にとても親切にしていただけますので毎回行くのが楽しみです。

 もちろん仕事で行っているわけですが、友人のように歓迎してくださる方々に会うのも旅の楽しみの一つになっています。

 そして、昨日(10日)は、西新宿のクラツーにて座学を3本やらせていただきました。

 50名様のご参加、ありがとうございました!

 今回は、東北の歴史講座の続きに加え、日本書紀と関東の古代史講座を第1回に戻ってやり始め、初参加の方々が多く参加してくださいました。

 もし気に入っていただけたら次回以降も来ていただければ嬉しいです。

 ところで、クラツーのパンフレット「歴史への旅」の7月号が出ましたよ。

 表紙は上述した世界遺産の大山陵古墳です。

 そしてページを開くとバーン!



 ただし、これらのツアーは私の案内ではなく来村先生や紺野先生などのご案内となっています。

 両先生とも大変好評ですので参加して間違いはないと思いますよ。

 私のツアーはもう1枚めくると次のページに出現します。

 まずはこちら。



 上述した吉野ヶ里ほかのツアーは今後もコンスタントにやっていきますよ。

 2段目の広島・島根・鳥取の古代史ツアーもかなりお勧めで、催行が決定していますので安心してお申し込みください。

 ⇒クラブツーリズム公式サイト内の広島・島根・鳥取の古代史ツアーのページはこちら

 吉野ヶ里ほかのツアーは「邪馬台国北部九州説」を支持している方の参加が多いのですが、そういう方々も3段目の纒向遺跡などへも実際に行ってみて考察してみるといいと思いますよ。

 はい、次のページ。



 あまり目立ちませんが、流域の古代史シリーズで、1泊2日のツアーが新たに2本出ています。

 3段目のがそうなのですが、福島県中通り南部を集中的にめぐって装飾古墳も見るツアーと新潟から会津へ阿賀野川沿いの文化圏をたどるツアー、この2本はとくにお勧めです。

 ⇒クラブツーリズム公式サイト内の福島県中通り古代史ツアーのページはこちら

 ⇒クラブツーリズム公式サイト内の阿賀野川沿いの古代史ツアーのページはこちら

 そして今年も行きます、みあれ祭!

 11ページにあります。



 宗像大社のみあれ祭のツアーですが3本似たようなものが並んでいます。

 左のは5日間も滞在するツアーで、「高宮神奈備祭」の見学まで含めた祭を満喫するツアーです。

 右の2本は上段が私がご案内するツアーで、古代史寄りの歴史マニア向けのツアーで、下段は神社好きの方向けのツアーでしょう。

 お好みによってチョイスしてくださいね。

 ⇒クラブツーリズム公式サイト内の私がご案内するみあれ祭ツアーのページはこちら

 というわけで、私はしばらくツアーがなくて、催行が決定しているものとしては次は8月21日出発の三内丸山遺跡ほかのツアーです。

 今月と来月は座学を中心にやっていきますので西新宿でお会いしましょう。

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【安芸・備後古代史探訪 その8】「安芸国分寺歴史公園」として綺麗に整備されおり現地の説明も豊富で分かりやすい安芸国分寺跡【広島県東広島市】

2019-07-04 12:02:30 | 歴史探訪
 ⇒前回の記事はこちら

 偶然紛れ込んだ西条酒蔵通りと安芸国分寺跡とは至近距離にあるようです。

 ナヴィに言われた通りの道を進むと、線路を渡るときに自転車が通るような跨線橋を通らされてビックリしましたが、細い道を通るのは好き。

 到着!

 あ、電車!



 自転車で通りかかったおじさんが不審そうな表情をしています。

 また来た!



 電車も気になりますが、背後の神奈備ティックな綺麗なお山も気になります。

 はい、本題はこちらですね。



 安芸国分寺跡は立派な公園になっていますね。

 立派な説明板もあります。





 お、パンフレットは最後の1枚だった!



 濡れてよれていますが。

 では行きますよ。

 今回は反時計回りに行きましょう。

 ファースト遺構は溝跡です。





 ここは資料館とか有人のガイダンス施設が併設されているわけではないですが、無人のちょっとしたガイダンスがあります。



 ここにたくさんあった。



 しかも、キレイ。

 ジオラマ。





 東大寺式伽藍配置で、塔は西側にありました。



 国師院建物が気になります。

 パネル展示もあります。



 今いる場所はガイダンス施設というよりかは「休憩舎」という位置づけなんですね。

 この場所にあった掘立建物跡と同じ規模で建てています。







 では、お外へ出ましょう。







 ゴミ捨て場は考古学者にとっては遺物の宝庫です。





 あれが国師院跡ですね。





 と、その前に東側の築地塀跡。





 鳥さん、こんにちは。



 では、国師院跡へ。





 おや、遺物が散布されていますよ。



 金属器が使用できる人は限られますので、これを使っていた人物はかなりの高位の人物だと考えられます。

 というか、ゴミは持ち帰りましょう。

 今度は井戸跡。





 基壇がありますね。



 2つ並んでいます。



 今見た基壇は僧房と講堂の基壇ですが、基壇の周りには板塀があったことが確認されており、一部復元されています。





 僧房の基壇はきれいに整形。



 一方、講堂の基壇は・・・

 猫ちん!



 いやー、元気かい?

 ちょっと礎石を見させておくれ。





 礎石に関心があるふりをして猫ちんに近づこうとしましたが失敗!



 逃げられた・・・



 いやー、また会ったね。



 僧房と講堂とは軒廊で結ばれていました。



 礎石が配置されていますが、本物かどうかは・・・

 講堂にも礎石が配置されています。





 講堂の西側へ回ってきました。



 こちらは僧房。



 さてここで再度位置を確認しましょう。



 ※この図の「現在地」という場所は気にしないでください。

 図の左上に神社の敷地のような一角が描かれていますが、名前が書かれていませんね。

 でも気になるので行って見ようと思います。

 こちらです。



 拝殿があります。



 いや、拝殿じゃないのかな?

 その後ろには立派な社殿が。



 絵が飾っていますよ。



 古い写真も良いですが、こういう風景画もいいですね。

 氏子さんが描いて奉納したようです。





 いくつも境内社が祀られていますが、大年も祀られています。



 参道。



 展望所がありますよ。





 ここに来た時に気になった山は白鳥山というんですね。

 このお山です。



 辛うじて賀茂鶴酒造の煙突が見えます。



 天気が今一なのが残念ですがこればっかりは仕方がないです。



 では再び国分寺歩きです。

 と、ここで携帯にメールが着信しました。

 母からです。

 訃報でした。

 伯父が亡くなったそうです。

 昭和12年生まれですから、数えで言うと享年82歳。

 入院もしていなかったので急です。

 とにかくビールが好きな伯父で、従弟によると最盛期は毎晩大瓶を5~6本飲んでいたそうです。

 伯父と言うのは母の実兄で、私は母方の苗字を名乗っているので、これで数少ない稲用さんが一人また減りました。

 ちょうど今夜は稲用家発祥の地で泊まり、明日は先祖が治めていた土地をめぐる予定なのですが、おそらく伯父はこちらに来たことは無いと思います。

 ですので、今度会ったときに今回の旅のことを話そうと思っていたのですが間に合いませんでした。

 ※結果的には私がこの旅から帰った翌日が葬儀だったのでそれには間に合い、従兄弟たちには先祖の土地の話をすることができました。

 さて、続きを歩きます。

 西側の築地塀跡。





 ようやく七重塔までたどり着きました。



 本来はお寺で一番重要な建物は塔なんですよね。



 火災で倒壊したとありますが、ありがちなのは雷ですね。

 礎石が並んでいます。



 皆が大好きな塔心礎もありますよ。



 五輪塔が建っています。





 そういえば先ほどの神様はどなたか確認していませんでしたが、八幡様だったんですね。



 平安時代には国府近くに国府八幡があり、昨日行った備前国分寺跡には国分寺八幡がありましたね。

 こちらも国分寺八幡と称することが可能かと思いますが、どうでしょうか。



 さて、これで古代の安芸国分寺跡の探訪は終わりますが、ここには現代の国分寺が建っています。

 現代の国分寺に参拝しましょう。

 (つづく)

国分寺を歩く (日本六十余州 全国分寺を完全収録)
かみゆ歴史編集部
イカロス出版














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【安芸・備後古代史探訪 その7】偶然遭遇した西条酒蔵通り【広島県東広島市】

2019-07-04 10:38:51 | 歴史探訪
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 府中町の歴史探訪を終え、つづいて東広島市へ向かいます。

 ナヴィに脳内を支配されながら安芸国分寺跡を目指していると、妙な一画に紛れ込んでしまいました。

 何だろう?

 なんか江戸ティックだな。

 車から降りて確認しに行きます。



 ほー、江戸期の本陣跡だ。



 旧西国街道の西条四日市宿とありますが、江戸時代の西国街道ですね。

 「酒都西条 酒蔵通り」とある通り、酒蔵がいくつもあります。



 ちゃんと松尾神社もありますね。

 ところで、これは私の印象ですが、東京の居酒屋では東北や新潟の日本酒はたくさん並んでいますが、中国地方のお酒はあまり見ないような気がします。

 ここ数年、山口の獺祭が有名になりましたが、個人的には印象が浅いのです。

 ただ、以前福岡で飲んだ時にお店のマスターが「福岡の人は山口や広島の酒を飲みますよ」と言っていたので、西日本ではポピュラーなわけで、「ところ変われば」で面白いですね。

 今はいつもカツカツ&キツキツの旅ばかりしていますが、将来はもっとゆっくりと日本酒や焼酎を飲みながら旅をしてみたいものです。

 ※帰宅後知りましたが、「西条酒蔵通り」は「日本の20世紀遺産」に選定されているんですね。

 素敵な一画なので散策してみたいですが、安芸国分寺跡が優先です。



 説明板に書かれている通り、門は当時の物ではなく復元です。



 酒蔵には煙突がありますね。



 そういえば、光栄の「三国志」で袁術をプレイしたときは、紀霊将軍はとても頼りになりましたなあ。

 しかしそれよりも、私と同世代ではこちらの方が有名でしょう。

 すなわち、赤、緑、青、群青色・・・



 時刻はちょうどお昼です。

 安芸国分寺跡へ急ぎましょう。

 ⇒この続きはこちら


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【安芸・備後古代史探訪 その6】神武天皇が滞在したのは本当はここか?松崎八幡宮跡【広島県府中町】

2019-07-04 09:56:05 | 歴史探訪
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 府中町歴史民俗資料館の見学を終え、当初の予定ではつぎに安芸国分寺跡へ行こうと思っていましたが、神武天皇の埃宮の絡みで資料館の方に松崎八幡宮があった場所を教えていただいたので行って見ようと思います。

 教わった場所は大雑把で、かつ土地勘が無いのですが、いつものようにKKDで探します。

 ここかなあ・・・

 いや、この高台の住宅街にはそれらしき場所はありません。

 ではあっちのほうかな・・・

 あ!

 説明板が見える!

 車を路駐させて見に行きます。



 ここですね。

 ちゃんと町が説明板も立ててくれているではないですか。



 石段を駆け上がると平場が展開していました。



 神武天皇!



 もう神社ではないので・・・



 なにも、かかれて、いない・・・

 変な場所に表示が。



 府中村時代のものですね。

 神武天皇の腰掛石があるようです。



 御尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じ奉ります!



 「松崎八幡址」と刻された石柱。



 古代の廃寺跡は好きでよく行きますが、神社跡というのはなんか不思議な感じがします。

 神様は分けてもなくならないので、分祀しても元の場所に神様がずっといらっしゃることもありますが、多家神社へは完全な引越しですね。

 でも考えてみれば、元々村の各所に祀られていた神様を一箇所に集めたというのは良くあることで、その場合、元々の場所は跡形もなくなっていることも普通ですのでこれは珍しいことではないですね。

 しかしここは眺望が良い!



 先ほど訪れた多家神社も現在では木々に遮られていますが眺望が良い場所です。

 でもこの風景はきっと神武天皇は気に入ってくださるに違いありません。

 そもそも、神武が実在かどうか、実在としても東征の話は史実なのか、などと考えるべきことはたくさんありますが、こういう場所に来た場合は素直に歴史のロマンを楽しみましょう。

 今自分は神武天皇が見たのと同じ景色を見ている!

 そう思った方が歴史を楽しめますよね?

 総社があった場所とこの場所とを比べると、古代の王はどちらの場所を好むでしょうか。

 実際にその場所に行ってそういう観点で地形を見るというのも大変楽しいことです。

 というわけで、府中町の歴史探訪は短い時間でしたが充実していました。

 本当は気になる場所はもっとあるのですが、今日のところは府中町の歴史探訪はこれにて終了です。

 つぎは東広島市へ向かいますよ。

 ⇒この続きはこちら


広島県の歴史 (県史)
岸田 裕之
山川出版社






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【安芸・備後古代史探訪 その5】広島県府中町の歴史を知りたい人もマツダ車に乗っている人も必ず寄ろう府中町歴史民俗資料館【広島県府中町】

2019-07-04 09:16:28 | 歴史探訪
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 8時半くらいから府中町の歴史探訪をはじめて、ようやく歴史民俗資料館の開館時刻である10時になりました。



 いやー、楽しみです。

 どんな展示があるでしょうか。

 あれ?

 マツダのブースがある。



 マツダって府中町に本社があったんですね!



 私が雷電號と呼んでいる愛車はマツダのデミオなんですが、マツダユーザーのくせに知らなかった・・・



 部屋の奥壁にバーンと写真が貼られているルマンで優勝したレーシングカーの説明もありますよ。



 こういう古い写真も良いですね。



 図らずもマツダの展示に遭遇してしまいました。

 デミオユーザーの私には嬉しいサプライズです。

 こういった予期しない出会いがあることも旅の醍醐味ですね。

 では、本題へ戻りますよ。

 今日の朝一に行った総社跡の古い写真。



 この土地独特の石器もあります。



 有段石斧、確かに聴いたことがないと思います。



 初めての場所に来ると刺激的!

 ところで、町内からは旧石器時代と縄文時代の遺跡は見つかっていないのです。

 しかも、関東人の私からすると広島県の弥生時代は田んぼが展開していたと思っていましたが、町内には弥生時代の遺跡もないんですね。

 ただし、それら原始時代に関しては少数の遺物は見つかっており、隣の広島市東区には畳谷遺跡という縄文時代の貝塚があり、弥生時代後期の住居跡が10軒あまり見つかっています。

 古墳時代になってくると少し活気がでてきます。



 古代の4文化圏。



 このうちの太田川文化圏の三ツ城古墳はこのあと探訪するつもりです。

 あ、さっき行った下岡田遺跡の展示がある!



 こちらの図の方が現地の図より分かり易い。



 まったく土地勘のない場所に来ていますので、こういった図はありがたい。



 こういった国衙規模の比較も面白いですね。



 ただし、国衙の発掘は全国ではそれほど進んでいるわけではないので、この表は現在分かっている範囲での話です。

 安芸国衙は方4丁で小さいです。



 今日はこの図に書かれている場所を歩いてみましたが、どうも現在の道路とこの図にあるような地割はピッタリ合わないのです。

 国衙の廃絶から1000年も経っているのでだいぶ変わってしまったのでしょうか。

 そもそも国衙は本当にここだったのか、と考えることもできますが、今後の課題としたいと思います。

 本日の最初に出てきた田所氏に関する詳しい展示もあります。



 古代末から中世の展示は豊富ですね。



 「内海警固衆 白井氏」という言葉はマイナー戦国武将好きには堪りません。



 安芸武田氏、いいねえ。



 「信長の野望」をプレイしていた頃を思い出します。

 そして民俗関連。



 神楽の展示もありますよ。



 展示を一通り見学した後は、資料館の方に府中町の歴史について教わります。

 さきほど参拝した多家神社の歴史についても整理ができました。

 神社の由緒書にも多家神社があの場所に建てられたのは明治初頭で、その理由としては江戸時代から神武天皇が滞在した埃宮の場所をめぐって松崎八幡宮の南氏子と総社の北氏子の対立しており、それが激化していたのを仲直りさせるためだったということは書かれていますが、やはり口頭で説明していただくと分かり易いですし、由緒書には書かれていないエグイ話も聴くことができました。

 由緒書の文章を読む限りでは、古代の式内社としての多家神社は実際にどこかにあったのでしょうが、中世を経て本来の場所が分からなくなってしまい、それがもとで南北の氏子が対立する展開になってしまったのでしょう。

 また、下岡田遺跡の最新発掘状況も教えていただき、遺物も少し見させていただくことができました。

 あー、面白かった!

 何だかんだで1時間ほど滞在してしまいました。

 職員の方、いろいろと教えていただきありがとうございました!

 それでは有料の書籍を買いこみ資料館を後にします。

 ⇒この続きはこちら


MAZDA DESIGN
日経デザイン/廣川淳哉
日経BP



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【安芸・備後古代史探訪 その4】古代山陽道の安芸駅家か?それとも安芸国衙か?いや安芸郡衙か?下岡田遺跡【広島県府中町】

2019-07-04 08:17:55 | 歴史探訪
 ⇒前回の記事はこちら

 多家神社の参拝を終えた後、府中町歴史民俗資料館のオープン時間までまだ少しあるので、ちょっと気になっている遺跡へ行ってみたいと思います。

 北へ向かって県道152号線を歩きます。

 普通の市街地ですね。

 何かないかなあ・・・

 祠発見。



 こちらは近代的な雰囲気の神社です。



 こういう佇まいの神社って都心ではたまに見かけますね。

 大通りに出ました。



 鶴江2丁目の交差点付近は複雑な作りになっているので古い道路の形態を引きずっているのでしょう。



 ここから緩い上り坂になります。



 登った先あたりに遺跡があるはずですが・・・

 元々畑が広がっていた場所に新しく住宅を建てていっているような様相が見て取れます。



 ありました!

 説明板発見!



 下岡田遺跡!

 遺跡周辺の景観を確認します。

 南側。



 あの森はさきほど訪れた多家神社がある森でしょう。

 直線距離で700mくらいです。

 北側は山ですね。



 この道路は一段高い場所にあるのが分かります。

 下岡田遺跡は、説明板に書いてある通り、古代山陽道の安芸駅家もしくは安芸国衙あるいは安芸郡衙のいずれかの可能性があるということです。

 まあ要するに、古代の役場の跡であるのは間違いないということですね。

 このあと歴史民俗資料館へ行くので、そこでもう少し詳しいことが分かるかもしれません。
 
 では、戻りましょう。



 下り坂が終わる辺りには旧道らしき道への分岐があります。



 こういったものがあるということは、やはり旧道でしょう。



 というわけで、また歴史民俗資料館の前まで戻ってきました。

 そろそろ10時です。

 開かないかなあ?

 ⇒この続きはこちら


日本の古代遺跡(26) 広島
脇坂 光彦,小都 隆,森 浩一
保育社

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【安芸・備後古代史探訪 その3】神武天皇が東征の折に滞在したと伝わる地に建つ多家神社【広島県府中町】

2019-07-04 07:46:21 | 歴史探訪
 昨日(7月3日)は、クラツーにて座学をやらせていただきました。

 今月からは講座の種類が5種類に増えて、昨日は『続日本紀』と古代中国史の講座の初回でした。

 初回から合計42名様のご参加をいただき、皆様どうもありがとうございました。

 しかも今回は欠席者無し!

 本当に感謝です。

 他にも引き続き、東北の古代史、『日本書紀』、関東の古代史の各講座もやっていますので興味のある方はどうぞ。

 ⇒講座の予定や詳細は本ブログ内のこちらのページをご覧ください

 講座が終わった後、ろくに昼飯も食べていなかったので、超お腹ペコペコ状態で行き倒れる寸前にたかお食堂にたどり着きました。

 唐揚げ定食(600円)をチョイス!



 最近はこのブログにはあまりたかお食堂のことを書いていませんが、相変わらずコンスタントにお邪魔していますよ。

 ちなみに、Facebookでは頻繁にアップしています。

 さて、明日からまた吉野ヶ里遺跡ほかのツアーに出かけてくるのですが、今日は完全休養日としています。

 そのため久しぶりにたっぷり睡眠をとり、今朝はゆっくりと5時に起床しました。

 部屋の窓からは雨ザーザーのお外が見えますが、今日やるべきことはトレッキングシューズを買いに行くことくらいです。

 まだ全然お店がオープンする時間ではないので、あとで徒歩2分のイイアスまで行ってこようと思っています。

 というわけで、昨年10月2日の広島県探訪の続きをお届けしますよ。

*     *     *


 ⇒前回の記事はこちら

 安芸国の総社跡と国庁跡を探訪して、歴史民俗資料館の前まで戻ってきました。

 でもまだオープンまで時間があります。

 資料館の向かいには神武天皇が東征の折に滞在したと伝わる多家神社があるので参拝してきましょう。



 おー、神武天皇!



 しかも式内社ですぞ。

 きちんと由緒書きも掲示してあります。



 ここに書いてある通り、『古事記』では日向を出た神武一行は豊国の宇佐を通り、竺紫の岡田宮に1年滞在し、つづいて阿岐国の多祁理宮(たけりのみや)に7年滞在します。

 その多祁理宮がこの場所というわけです。

 ※由緒書をよく読むと昔からこの場所に神社があったわけではないことが分かりますが、その辺の事情はこのあと訪れた郷土資料館で詳しく聴くことができました。

 なお、多祁理宮を出た神武一行は次に吉備の高島宮に8年滞在し、ようやく畿内へ乗り込んでいきます。

 一方、『日本書紀』では、安芸国の埃宮(えのみや)に2ヶ月半ほど滞在したことになっています。

 では、石段を登ります。



 木々の間から市街地の高層マンションが望めますよ。



 船形の手水。



 拝殿も立派だ。



 こちらにも先ほどと同様な由緒書があります。



 こちらは境内社ではなさそうですね。



 宝蔵ですか。



 元々は広島城三の丸稲荷の社殿の一つだったんですね。

 校倉造のなかでもここに書いてある通り、壁の作り方が独特で現在見られるものとしては他に例がないという貴重な建物です。

 おっと、巫女さん募集!



 募集要項を読むと、呪力がなくても大丈夫なようですよ。

 でも未婚じゃないと駄目なんですね。

 これは現代風な表現で「未婚女性」となっているわけですが、さすがに「男性経験がない女性」とは書けませんよね。

 拝殿の前に来ました。



 扁額。



 なかなか雰囲気の良い境内です。



 この小さな祠は誰を祀っているのでしょうか。



 菅公さんでした。



 本殿の方へ回ってみます。



 風格のある門。



 おもいで石?



 なんでしょう?

 なるほど、こういうものですね。



 そういえば、私が子供の頃、家のなかの柱に成長の記録を残していったことを思い出します。

 賃貸のマンションでしたが。

 たまに見かける紀元2600年記念の碑。



 紀元2600年は昭和15年で、当時は大東亜戦争真っただ中ということもあり、国中でかなり盛り上がりました。

 あ、リアルタイムで見たわけじゃないですよ。

 ところで、これは単なる記念碑ではないようですね。



 やはり広島というと原爆の話がでてきますね。

 私くらいの世代ですと、子供の頃に漫画「はだしのゲン」を読んだ人が多いと思います。

 私の場合は小学校高学年の時に読んだのですが、かなりショッキングな内容でした。

 その後、数年前に該書は問題があるということで、学校の図書室から排除されたこともありましたが、私的には子供の頃にああいった本を読んでおいた方が戦争の悲惨さが脳に刻み込まれて良いと思います。

 まあ、私の場合は同時に「鬼畜〇×」という思いに駆られたのですが、今は戦争反対です。

 今回の旅では原爆ドームに寄る時間が無いので残念ですが、いつか寄ってみたい。

 こういった石碑もあります。



 さきほど登ってきた石段まで戻ってきました。



 石段の下にある貴船神社へ参拝します。









 狛犬ちゃん。





 時刻はまだ9時15分。

 歴史民俗資料館のオープンは10時なのだ。

 というわけで、それまで街歩きをしようかと思います。

 ⇒この続きはこちら


〔コミック版〕はだしのゲン 全10巻
中沢 啓治
汐文社

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