日本史大戦略 Side-B 附 歴史を歩こう協会 ~日本各地の古代・中世史探訪~

『日本史大戦略』のB(Blog)面です。城・館・古墳・古道・官衙・国分寺・神社・寺院・民俗・エミシ・南部氏・後北条氏など

【紅葉の高遠城】今年のクラツーおよび近ツーの座学がすべて終了しました

2016-11-22 18:13:29 | 歴史探訪
 今年は縁があってクラブツーリズムと近畿日本ツーリストの仕事をたくさんやらせていただきました。

 今年の座学は本日開催した、近畿日本ツーリスト八王子営業所主催の八王子の歴史講座で終了、残るは来月の外歩きのみです。

 本日来ていただいたみなさん、どうもありがとうございました!

 午前の八王子駅周辺の史跡講座は6名様!



 私のブログを見たという方がわざわざ埼玉から駆けつけてくださり、初対面の方々も多く、とても嬉しかったです。

 午後の八王子市内にある城跡についての講座は4名様!



 午前と午後、通しで受講していただけた方は3名もいらっしゃいました。

 午前と午後、合計3時間喋ったのは初めてで、カラオケで3時間歌いっぱなしでも喉が枯れない私が、なぜか午後の後半は声が枯れてきました。

 そう考えると、一日に何時限も話す学校の先生って凄いですね。

 ところで先日、信州高遠へ日帰りで行ってきましたよ!

 まずは高遠町歴史博物館。



 常設展・企画展ともに撮影禁止なので、ホールのみ。

 なつかしい車が展示してあります。





 かっちょいいー。



 ついで、以前から気になっていた高遠城へ。

 高遠城といえば、武田家滅亡の時に討ち死にした城主・仁科盛信が有名ですね。

 盛信は八王子の信松院の開基・松姫の同母兄で、いわずもがな、二人は武田信玄の子供です。

 松姫は信玄死後、高遠城に住んでたんですよ。

 というわけで、説明なしで写真連発という手抜き技・・・



 現在みることのできる遺構はほとんどが江戸期のものです。









 土塁!



 土塁を見ると当然登ります。

 そして空堀!



 空堀は広くて深いですよ。



 空堀があると当然降ります。



 堀底を歩いて幸せを実感。







 高遠城は桜で有名ですが、紅葉もなかなか良いですよ。

 所用が済むと、帰宅途中に新そばを賞味。



 贅沢な食事。



 すごく美味しかったよー。

 そして二人で取り分けた(8:2)親子丼がこれまたグッド。



 ついで、一升瓶に入って売っている長野のワインを購入し帰宅。

 というわけで、諏訪の先くらいだったら道路が混雑していない限り、とても近く感じますよ。

 また、信州方面に行ってみたいです。
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【葛飾北斎ツアー下見その2】隅田川沿いを歩く

2016-11-12 07:21:12 | 歴史探訪
 今日もこれから昨日と同じく、クラツーの「葛飾北斎ツアー at 両国」のガイドをしてきますが、その前に6日に行った下見のルポルタージュの続きをお送りします。

 ⇒前回の記事はこちらになります

※          ※          ※


 さて、蔵前橋までやってきました。

 夕陽を浴びて金色に光っていますね。



 蔵前橋の対岸は台東区蔵前ですが、そこには江戸時代に幕府の御米蔵があり、それが蔵前の地名の由来になっています。

 欄干の黄色は、御米蔵から稲のもみ殻を連想させるように塗られたそうです。

 隅田川を望見。

 前回の記事では、横網町公園を訪れて、図らずも両国に関東大震災の被害を見たのですが、東京の災害と言えば、江戸時代にも明暦の大火、俗にいう「振袖火事」と呼ばれる大火事がありました。

 当時は江戸城防衛の都合上、隅田川に架かる橋は千住大橋一つしかなかったのですが、幕府もヤバいと思ったのか、いくつか橋の建設を始めました。

 さらに、関東大震災のあとの東京復興計画でも内務省復興局が6本の橋(隅田川六橋)を復興させることにして、そのうちの一つとして、震災の翌年の大正13年(1924)9月に着工され、昭和2年(1927)11月に竣工しました。



 おっと、ここで北斎の説明板がありました。

 番号①ですね。



 北斎の代表作の一つ、「冨嶽三十六景」のうちの一作です。



 今近くに見える橋は蔵前橋ですが、北斎の時代にはまだなく、絵ではもっと下流にある両国橋が見えていますね。

 一方、上流を見ると厩橋(うまやばし)が見えます。



 明治7年(1874)に民間の人の手によって架橋され、その橋が老朽化すると、明治28年(1895)に東京府が鉄橋を架橋。

 では河岸を下流へ向かって歩きましょう。

 台風の時の水位を示しています。



 なんだ、このしつこい貼り方は!



 管理している方がよっぽど業を煮やした結果こうなったのだろうと思います。











 対岸に見える赤い欄干は何だろう?



 お、総武線だ!



 道路側に上がります。

 今度は②の説明板がありましたよ!



 説明文中に「本所七不思議」の一つ、「落葉なき椎」というのが出てきますが、本所七不思議は江戸時代の本所(現墨田区南部)に発生した怪談・奇談で、七不思議といいつつそれ以上の数の話が伝わっています。

 「落葉なき椎」というのは、平戸新田藩松浦家の上屋敷にあった椎の銘木が一枚も葉を落としたことがなく、松浦家はそれを不思議に思っていたものの、段々不気味に思うようになってついに屋敷を退去してしまったという内容です。

 おや、何か建設中ですね!



 おー、ここに刀剣博物館ができるのか!



 調べてみると、ここには以前、両国公会堂が建っており、先ほど見た横網町公園の慰霊堂と復興記念館と並んで、空襲で生き残った貴重な戦前の建造物だったのですが、老朽化が進んで解体となったそうです。

 刀剣博物館は現在は初台にあるのですが、昨今の刀剣ブームのおかげでこちらにリニューアルオープンすることになり、2018年にはオープンする予定になっていますね。

 JK(地味な高校生)である私の娘も異様に刀剣が好きなので(ご想像通り、刀剣乱舞の影響です)、完成したら一緒に来ようと思っています。

 ③の説明板発見!



 こうやって背後にも大きく書いてあるため見つけやすくていいですね。

 表に回ってみます。



 この絵には駒止石というものが描かれていますが、安田庭園のなかに現存するんですよ。





 旧安田庭園は、近々整備に入ってしまい入れなくなるそうです。

 今日はもう日が暮れそうですが、チラッと見てみます。









 江戸東京博物館が見えます。



 舟橋聖一生誕記念碑。



 舟橋聖一は、1963年に放送された大河ドラマの第一作「花の生涯」の原作を書いた作家です。

 記念碑の文章を書いたのは小説家の井上靖みたいで、直筆っぽいですね。



 井上靖の小説は10代後半にいくつか読んで、中国西域のロマンを掻き立てられました。

 お、④発見!



 現在の国技館や江戸博の辺りは、江戸期には御竹蔵(おたけぐら)と呼ばれる幕府の材木貯蔵所があったのですが、この絵は隅田川の対岸から御竹蔵を遠望しています。

 両国国技館の前まで来ました。



 これは何でしょう?



 大鵬の手形!



 巨人・大鵬・卵焼き、というのを小学生のときに担任の木村先生に聞いたことがあります。

 私的には強い力士と言えば千代の富士で大鵬はもちろんリアルタイムでないのですが、それにしても力士の手は大きいですね。

 ここまで来て下見予定の半分です。

 だいぶ陽が傾いてきましたね。


 ⇒この続きの記事はこちらです。


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【横網町公園】両国にて関東大震災と東京大空襲の悲惨さを改めて思い知らされました【復興記念館】

2016-11-11 17:22:01 | 歴史探訪
 以前からお伝えしていた通り、一昨日の水曜日は、近畿日本ツーリスト川越営業所にて川越の戦国時代についてしゃべりました。

 前回は古代で今回は戦国時代なんですが、いただいたお題が「社寺」だったので、前回は古代の神社をからめて話し、今回は戦国時代と寺院をからめて話しました。



 参加してくださった皆さん、どうもありがとうございました!

 これで川越については今年の歴史講座は終了です。

 川越へは何度も行っていますが、平日だろうが休日だろうが、いつ行ってもとても活気がありますね。

 八王子もこれくらい活気を取り戻してくれたらなあと思います。

 さてもう一つ。

 本日は、クラブツーリズム主催の「葛飾北斎ツアー at 両国」のガイドをしました。

 11月22日に墨田区の両国駅近くに「すみだ北斎美術館」がオープンするのですが、今回のツアーは両国の町歩きをしたあとに、プレオープンをしている美術館を見学するというコンテンツです。

 今日は26名の方々をご案内しました。

 当然ながら自分がガイドをしているため写真を撮ってそれをルポルタージュにすることはできませんね。

 従いまして、唯一撮ったのはお昼にご馳走していただいたちゃんこ鍋だけです。



 今日は寒かったので温かい鍋がことのほか美味でしたよ!

 実はガイドを依頼されたのが急だったことと、私は近世の江戸周辺に関しては他の時代ほどは詳しくないので、6日に下見に行って土地勘を掴み、そのとき集めてきた資料を昨日の夜と今日の朝読み込んでガイドに臨みました。

 というわけで、今日は本番の内容ではなく、下見の時の様子を単に写真を羅列してお茶を濁そうかなと思います。

※          ※          ※


 最初に訪れたのは公園です。



 両国は相撲の町なので、何の疑いもなく「よこづな」公園だと思いましたが、よくよく目を凝らしてみると「よこあみ」公園でした!

 こういう期待の裏切られ方っていいですね。









 立派な建物が建ってる。



 どうやら関東大震災で亡くなった方々鎮魂する慰霊堂のようです。

 おや、何ですと?



 ホントだ!



 探題はスカイツリーより東京タワーの方が萌えるといいます。

 で、この慰霊堂の詳細は?



 こちらには花壇があります。



 この花壇も意味があるんですね。



 単なる花壇ではなく、これは「東京空襲犠牲者を追悼し平和を祈念する碑」という祈念碑であり、中央の扉を開けて中に入ると、第二次世界大戦の東京空襲で亡くなった方々の名簿である「東京空襲犠牲者名簿」が納められているということです。

 おや、こちらの「復興記念館」とは何でしょう?





 どうやら資料館のようですね。

 資料館や博物館が大好きな私としては入らずに通り過ぎることなどはできません。

 しかも、入館料が無料ですよ!

 外に無造作に置いてあるものはオブジェなんかではなく、関東大震災の猛火によって燃えたものです。



 では、復興記念館に入りましょう!

 中は思いのほか充実した展示になっています。

 まずは関東大震災の写真展示。



 図版を見てデータから関東大震災を読み解くこともできます。



 関東大震災というと、東京の下町での被害がとくに甚大だったことから、「東京に起きた地震」というイメージがありましたが、神奈川県や房総半島の方が揺れが大きかったんですね。

 焼けた遺物もたくさん展示してあります。



 この建物が建つ横網町公園は、日本陸軍の被服廠の跡地で、関東大震災が発生すると近辺の市民、約4万人が家財道具とともに逃れてきました。

 そうしたところ、当日は運悪く台風の影響で風速17mの風が吹くほど風が強かったこともあり、燃えやすい家具類に引火した火は風にあおられ、火炎の竜巻のような状態となって馬をも飛ばしてしまうほどでした。

 結果、逃れてきた市民の9割が焼死してしまったのです。

 私は毎年行っている両国にこのような場所があることを知りませんでした。

 さて、関東大震災のあとは復興が始まります。

 復旧ではなく、復興です。

 そのため新たな街づくりのアイデアがいろいろと出されて、今であればCGでそれを表現すると思いますが、当時は模型を作って近い将来の東京を計画しました。



 島津製作所ですね。



 このフォント好き!



 多分、こういったジオラマが好きな人は多いんじゃないでしょうか。







 こういった未来の東京をイメージしたジオラマがわんさか展示してありますよ。

 そして当時の震災の被害を描いた油絵もたくさん展示してあり、この「上野公園から見たる灰燼の帝都」には声が出ません。



 他にも、当時はまだ摂政だった昭和天皇が被災地を見舞っている様子の画など、かなり見ごたえがあります。

 以上紹介した以外にも、東京大空襲に関する展示もあり、先日「東国を歩く会」で東大和にあるF6F戦闘機の12.7㎜機銃の掃射によってハチの巣になった変電所建物を見たこともあって、少しずつ戦争遺跡が気になっていたため、このような施設に巡り合えてよかったです。

 このような施設はもっと世の中の人たちに知ってもらって足を運んで欲しいなあと思います。

 ※本日のクラツーのツアーでは時間の都合上立ち寄りませんでしたが、施設のことは猛プッシュしておきました。

 外に出ると、銀杏はようやく色づき始めています。



 おっとっと、今日はスタートが遅かったこともありますが、図らずも見ごたえのある施設に巡り合ってしまいだいぶ時間を使ってしまいました。

 まだ当日案内する予定の北斎スポットは一つも見てませんよ!

 急ぎましょう。

 ⇒この続きはこちらです!
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【房総半島縦断その2】律令安房のコアゾーンを探訪【安房国分寺・安房国総社鶴谷八幡宮】

2016-11-06 13:24:43 | 歴史探訪
 これから11日(金)と12日(土)に開催予定のクラブツーリズムの両国ツアーの下見をします。

 急きょガイドを頼まれてしまったため、可及的速やかに江戸時代の墨田区について詳しくなるように取り組んでいますが、下見の前に新宿の某星乃珈琲にてアイスコーヒーを飲みながらブログを書いています。

 昨日は生まれて初めて銀座をプラプラして、当初は銀座のような富裕層が闊歩する町にはある種の僻みを含めた差別意識があったのですが、歩いてみると意外と楽しくて、同じような混雑具合でも渋谷や新宿のような喧しい感じがしなくて、今後は江戸時代の銀座を含め、近世・近代の中央区の歴史も調べてみたい気分になりました。

 なんでも食わず嫌いはダメですね。

 しかしそれにしても、まさかティファニーの本店に44歳になって初めて闖入するなんて思ってもみませんでした。



 でも意外と楽しいですね!

 私の感覚では、並んでいる指輪やアクセサリー類は、博物館に展示されている遺物と同じように楽しめます。

 1000万円を超えるダイヤのリングとか、たまにはそういったものを見るのも将来の目標設定を定める際の指標にもなり、いい刺激になりました。

 そして銀座にも意外とリーズナブルなしゃぶしゃぶのお店があって驚きました。



 ご飯もたくさん食べられてお腹いっぱいになりましたよ。

 デザートのくずきり。



 普段、外食と言ったらラーメンとか松屋くらいの私も、世の中には美味しいものがたくさんあるんだなあと蒙が啓かれた気分です。

 今後は、偏見には気を付けようと思います。

 ※補足しますが、たかお食堂も外食ではあってもすでに自分の家の食卓のような気持ちなので別格です

 さて、そういうわけで今日は前回の続きで、「控えめ」な房総半島歴史めぐりの「その2」を極めて淡泊にご報告します。

*          *          *


 館山城跡の模擬天守から山もあり海もある良い景色を眺めてご満悦になりましたが、気が付けばお腹が空いています。

 今日は時間の関係で、あとは安房国分寺と稲村城を見れればいいと思いますが、道すがら食事ができる場所を探しましょう。

 せっかく房総半島に来ているわけですから、美味しい海鮮丼が食べたいなあ。

 実はここに来るときに安房国分寺を指し示す標識を見かけていたので、その場所まで戻ってみます。

 適当に走っていれば着くだろうと思い雷電號を駆っていると、気づいた時には良く分からない場所を走っていました。

 まあ、道はどこへでも通じているから焦らず慌てず走って見ようと思っていると、前方に大きな鳥居が見えました。

 何だ?

 おおっ!安房国総社じゃん!



 鶴谷八幡宮ですね。



 なかなか良い雰囲気の神社です。









 おーっ!

 安房神社の遥拝殿!



 ここから安房神社を拝むことができるんですね。

 今日は時間の関係で探訪は無理だと思いますが、安房神社には以前から惹かれるものがあるのです。

 房総の古代史をやる上では安房神社は欠かせませんからね。



 境内神社の若宮八幡社。



 通常、若宮と呼んだ場合は主祭神の息子の神様なので、八幡神社は応神天皇ということで、こちらの若宮神社は仁徳天皇を祭っています。



 図らずも道に迷って総社を発見してしまいましたが、こういう偶然って楽しいですね。

 以前から語っている通り、「好きだ、好きだ」と思っていると、好きなものが向こうからやってくるのは厳然たる事実です。

 それでは改めて国分寺を目指します。

 勘でもって適当に走らせていくと、先ほど見た「三義民」の標識があったので、安房国に来てすっかり三義民のファンになった探題の記憶を頼りに走っていくと、「国分寺」の標識がありました。

 よっし、到着!











 礎石は4つ残っているそうですが、薬師堂の前に1つあります。



 古代寺院の礎石を見ると異様に興奮するの!

 金堂跡もありますが、それ以外には表面から観察できる遺構はありませんね。



 小ぢんまりとしていますが、一応国分寺の本を書いている私にとっては、安房の国分寺に来れてすごく嬉しいです。

国分寺を歩く (日本六十余州 全国分寺を完全収録)
 
イカロス出版


 分担執筆ですが・・・



 気が付くと時刻は14時になっており、通常であればお腹が空くと「顔が濡れたアンパンマン」のように戦闘力が無力化する私ですが、歴史スポットを巡っているときはなぜか空腹を忘れることがあるのです。

 でも、私はいいとして探題ははやくお昼ご飯が食べたいでしょうね。

 いくら文句も言わず付いてきてくれていても、そろそろお昼をご馳走したいです。

 雷電號を駆動させると、道の駅を指し示す看板が見えました。

 でもそこまでの距離が書いてありません。

 まったく土地勘がない場所を走っているので、道の駅がある場所の地名が書いてあっても、そこが遠いのか近いのか皆目知れません。

 でもせっかくなので行ってみましょう!

 ところが走っても走っても到達せず、ついに30分ほど走って房総半島の先端まで行ってしまいました。

 そしてようやく発見!



 我々の結論としては、看板に距離数が書いてない場合は、「遠すぎて後ろめたいため書かない」という意見に達しました。

 なので以降は気を付けようと思います。

 さて、来てみて分かったそうですが、探題は仕事でここに何度か来たことがあるそうです。



 さっそく海鮮丼を食べます。



 うーん、久々の贅沢・・・



 お腹が一杯になってようやく落ち着きました。



 地図を見ると、道の駅の場所からは今日は無理だと諦めていた安房神社が比較的近いです。

 稲村城の探訪を諦め、その代わりせっかくここまで来ちゃったこともあり、安房神社へ行くことに決めます。

 本日の宿営地では17時から露天風呂の貸し切りを予約しているのですがギリで間に合いそうです。

 よし、安房神社へ進軍!

 ⇒このつづきはこちら
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【房総半島縦断その1】故郷の下総、そして上総・安房の歴史を控えめに訪れてきました【濃溝の滝・館山城ほか】

2016-11-04 00:01:33 | 歴史探訪
 私は下総国葛飾郡の出身です。

 それを現代風に直しつつもう少し詳しく言うと、千葉県松戸市の生まれとなります。

 松戸市は別名「MAD CITY」と呼ばれる昭和の香りの残る町です。

 さらに詳細なディテールを話しますと、私は新京成電鉄の常盤平駅近くの産婦人科で生まれ、小学校に上がる直前まで同じく新京成のみのり台駅の近くに住し、その後は同じく元山駅の近くに24歳で婚姻する直前まで居していました。

 ところがです。

 車の免許を取ったのがすでに武蔵国多摩郡に転居していた29歳のときということもあって、千葉県をドライヴしたことは祖母の墓参りなどで今まで3回ほどしかありません。

 また、24歳のころまでは千葉県の郷土史には興味がなく、また城にもほとんど興味がなかったため、千葉県の歴史探訪を本格的にやったことは今まで一回しかないのです。

 このような感じで故郷の千葉県に対しては歴史人間としては語るべきものが無く、日ごろから忸怩たる思いをしていたわけですが、今回図らずも、高井戸探題が上総国にある「濃溝の滝」を見たいということと、古河御所に所用があるということだったので、10月29日と30日の土日に、故郷の歴史めぐりをしてきました。

 ただし、あくまでもメインは探題のエスコートですので、私はそれほど自分の趣味を前面に出すことなく、極めて控えめな探訪を行ってきました。


*          *          *


 というわけで、探訪レポートを簡単に紹介しますよ!

 朝の6時過ぎに高井戸探題を出陣、生まれて初めて江戸湾アクアライン(一般的な名称は東京湾アクアライン)を渡って上総国を目指します。

 高速道路は不慣れなのでカーナビがあって本当に助かります。

 アクアラインに入るとしばらくトンネルなんですね。

 知りませんでした。

 7時40分、「海ほたる」に到着すると、思いのほか古っちいショッピングセンターの駐車場のような感じで驚きました。

 でも海はいいですね!



 否が応でも「うーみーはーひろいーなー おおきーいーなー」と歌ってしまいます。



 天候が今一なのは仕方がないですね。

 中に入るとそれなりに綺麗な感じです。



 どうやらここのメロンパンが美味しいらしい。



 あまり時間が無いので長居できませんが、一つ購入。



 そして仲良く半分こ。



 おや、雲が紫色になってるぞ!



 「紫雲」じゃないか!



 紫雲というのは日本海軍の水上偵察機で、二重反転プロペラだぜ!

 水上機には水の上で離発着するためのフロートが付いているのですが、それにも関わらず「戦闘機よりもスピードが速いものを作れ!」という無茶苦茶な軍の要求のもとに設計され・・・(後略)

 車に戻って朝食です。

 探題謹製サンドウィッチ。



 再び雷電號を走らせると、以降は橋の上になりました。

 そしてあっさりと上総に上陸。

 ちかっ。

 生まれて初めて上総国を自らの操縦で走っていると、気になる山が見えました。



 特段、景勝地でもないと思いますが、なぜか気になってしまいます。



 そして9時5分、最初の目的地である「濃溝の滝(のうみぞのたき)」に到着です。



 思いのほかたくさんの人で賑わっています。

 普通に観光地ですね。



 えーと、「濃溝の滝」はこっちみたいだなあ。



 探題に話しかけると「もー、数えてるんだから話しかけないで!」と怒られました。

 たしかにさっきの看板に「徒歩451歩」と書いてありましたね。

 451の「1」が非常に信憑性を感じさせますが、次に現れた看板に表示されていた残り歩数の時点ですでに誤差が生じてしまったので数えるのを諦めたようです。

 あ、なんか滝。



 こっちも。



 そしてどうやら探題はこれが見たかったようです。



 はい、説明!



 穴の向こうから光がさしてそれが水面に写るとハート形に見えるということです。



 でも現状は、ハート形ではなくピーナッツ形ですね。



 ハート型を見るには4月から9月の間のもっと朝早くの6時とかにこないとダメなようです。



 しかしそれにしても結構大勢の観光客が来てますね。

 粘っていてもハート形は見えないので今日は諦めましょう。

 また今度来ればいいよ。



 やはりここは千葉、千葉と言えばピーナッツですよ!



 さて、「濃溝の滝」探訪が本日の最大の目的だったので、これを済ますとこれからは17時に鴨川市の宿営地に到着するまで、私が自由勝手に決めた歴史探訪の開始です。

 あ、もちろん控えめに行きますよ。

 でも実は今回の行程についてはほとんど事前調査をしていません。

 なので、まずは館山城跡にある館山市立博物館へ向かいましょう。

 博物館へ行けば資料も収集できるので、初めての土地に行った場合はまず最初に博物館や資料館を訪れることを私は推奨しています。

 ナビに思考を制御されながら海沿いの道を雷電號を走らせ、いかにもドライヴっていう感じで良い気分になります。

 11時20分、博物館がある館山城跡に到着!



 城山公園だよ!



 本丸に登る前に麓の博物館から探訪だな。

 おや、神社がある。



 館山神社です。





 境内神社は稲荷神社が2社。





 博物館に到着。



 ここからの眺め。



 館山市立博物館の中は写真撮影NGなので、展示室入口付近だけパシャッ。



 館山市立博物館でもっともいいなあと思ったのは、手書きのイラストマップです。

 市内各地の数十ヵ所について書かれています。

 歩く際の所要時間も書いてあって、これがあればクラツーさんいらないね!

 なんちゃって。

 ちなみに、麓の博物館と城山の上にある模擬天守の両方に入れるチケット代は300円です。







 本丸に上がってきました。



 館山城についての説明板がありますねえ。











 では、模擬天守に上がりましょう。

 おー、上からの眺めは最高!

 西の眺め。





 南の眺め。







 東の眺め。







 北の眺め。











 海もあれば山もある。

 ご満悦な様子を探題に写されてしまいました。



 景色を堪能したら降りましょう。

 自販機の「き」の字が良いねえ。



 もうお昼を過ぎているので何か食べられるお店を探してみましょう。

 ⇒このつづきはこちら
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