日本史大戦略 Side-B 附 歴史を歩こう協会(旧東国を歩く会) ~日本各地の古代・中世史探訪~

『日本史大戦略』のB(Blog)面です。城・館・古墳・古道・官衙・国分寺・神社・寺院・民俗・エミシ・南部氏・後北条氏など

【杉山城】城郭学習会【松山城】

2015-05-25 21:29:20 | 歴史探訪
 今日、出勤して予定表を見てみたら、嬉しいことに今日から19日連続で仕事が入っていました。

 これは本当に喜ばしいことなのですが、経験上、3週間くらいぶっ続けでお掃除をすると少し疲れるので、この間に1日くらいはお休みを入れてもらおうと思います。

 さて、昨日は「NPO法人 滝山城跡群・自然と歴史を守る会」の「城郭学習会」で、埼玉県嵐山町の杉山城と吉見町の松山城を見てきました。

 総勢21名で、マイクロバスを借り切って行ってきたわけです。

 そして私が最年少・・・

 詳細の方はまた後日アップしますので、今日は取り急ぎ簡単にご報告します。

 杉山城へは昨年の12月28日に訪れており、その様子は「日本史大戦略」の杉山城のページで紹介済みです。

 現地では、嵐山町観光ボランティアのUさんたちが案内してくださりました。









 Uさんによると、当初は1時間半もあれば十分案内できるということでしたが、我々は非常に好奇心が旺盛で質問攻めにしますので、結局2時間たっぷりご足労かけてしまいました。

 やはり詳しい方に説明していただくと、独りで見に行った時の何倍も勉強になりますね。

 また、会のみんなも当然ながら結構マニアなので、皆さんと感想を述べたり考察をしたりして話しながら歩くのもとても楽しいです。

 今回はUさんの説明を聴いた結果、杉山城に関してさらなる疑問点が浮上してきましたので、これからゆっくり考察を楽しもうと思います。

 そして、午後に行った松山城は、12年前に訪れています。

 そのときはまだ古代史には興味が無かったので、吉見百穴はスルーしましたが、今回はわずかな昼休みの時間を使って吉見町埋蔵文化財センターも見学しました。



 多分、21人のうち、見学したのは私だけかな?

 吉見町埋蔵文化財センターの玄関には素敵な絵柄のオーダーメイドマットが2枚敷いてあったので、めくってみるとやっぱり我が社のマットでした。

 埋文センターさん、ありがとうございます!

 松山城は、東松山市観光ガイドのNさんたちが案内してくださり、非常に要領を得た説明で楽しく見学することができました。

 ただ、松山城は景観整備がされていないので、もう5月になると、ヤブが凄くて遺構の姿がはっきり分かりません。

 松山城の景観整備に関しては、今後の課題となっているそうです。





 午前と午後、地元の詳しい方から説明を受けたわけですが、中田先生はやはり独自の考えを持っています。

 ですので、UさんとNさんの説明に中田先生の考えを加え、これから私も考察を楽しもうと思います。

 会員の皆さんもそれぞれ思うところがあって、やはり城の面白さは、物理的に存在するたった一つの城を素材に、訪れた人それぞれが自分なりの考えを思いめぐらせて楽しめるところだと思いました。

 さて、そんなわけで困窮している中、無理して行った甲斐がありました。

 またまた私の脳内に面白い素材がインプットされましたよ!

 そして八王子に帰ってきてからは、S源寺さんとT橋さんと一緒にたかお食堂で打ち上げをやりました。

 久し振りに5時間も飲んでしまいました。

 ほぼずっと歴史の話だけで5時間酒が飲めるのですから、我ながらマニアって凄いと思います。

 T橋さんは八王子の郷土史に非常に詳しく、また私以上に歩く人なので、今度八王子近辺を一緒に歩こうと約束しましたが、冒頭で述べた通り、お掃除が結構入ってしまいました。

 そして今回もまた富裕なS源寺さんのお世話になってしまう結果となりました。

 そんなわけで、今回は黒霧島の1升瓶を入れてくださいましたので、いつものごとく、たかお食堂で一緒になった方にはお裾分けいたします。

 その場合は、S源寺さんの姿を思い浮かべて感謝しながら飲んでください。

 上の写真のどこかに写っています^^

 たかお食堂は22時に閉店するので、それに合わせて帰宅すると眠くてたまりません。

 速攻風呂に入って寝てしまいました。

 それと昨日は、比企郡の城に詳しい埼玉在住の方とも知り合えたので、比企地方でまだ行っていない城もたくさんありますから、そちらの探訪も今後一緒にできればなあと思います。

 その方は、中田先生から松山城周辺の調査を命じられていました。

 命じられていました、というと何だか人聞き悪いですが、中田先生からお願いされると気迫が籠っているだけに断れないところはあると思います。

 いやー、それにしても楽しい一日でした。

 現地のガイドの方々、そして滝山城の会の皆さん、本当にありがとうございました。

 私は楽しい仲間に囲まれて幸せです。

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【埼玉県南部で】埼玉県所沢市の滝の城【ナンバーワン】

2015-05-23 23:24:13 | 歴史探訪
 少し遅くなりましたが、今年の1月17日に行ってきた埼玉県所沢市の滝の城をアップしました。










 ⇒滝の城


 さて、明日は滝山城の会の「城郭学習会」で埼玉県嵐山町の杉山城と吉見町の松山城へ行ってきます。

 杉山城は昨年訪れて、すでに紹介済みですね。

 松山城は12年前に訪れています。

 今日はワックスの剥離の現場でしたが、個人的には剥離が一番疲れます。

 なので、ちょっとクタクタしているのですが、おにぎり効果で明日には回復していると思います。

 あ、明日も昼飯はおにぎりを持って行きます。

 何しろ、参加費用の4000円を除いたら、1452円しかないのだ!

 SUICAの残高も7円!

 いまどきの中学生ですらもっとリッチですよね。

 夕方はたかお食堂に寄りたいので、何とか今日の時点で1452円を残すことに成功しました。

 それを明日すべて使いきっても、月曜日はお給金日だ!


 ⇒滝の城



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八王子市生涯学習センター主催「高尾にある氷川神社を考える 自然暦とアラハバキ神」を聴講しました

2015-05-19 17:27:04 | 歴史探訪
 今日は、八王子のクリエイトホールで、生涯学習センター主催の「高尾にある氷川神社を考える 自然暦とアラハバキ神」という講演を聴くために有給休暇を取りました。

 サラリーマンの人とかは、もしかすると有休に対してそんなに思い入れはないかもしれません。

 しかし、よくよく考えてみてみればこれは凄いことで、働かなくてもお金をもらえるという、いわばサラリーマンが公然と「不労所得」を得られる制度なんです。

 私もサラリーマン時代は当然のこととして普通に使って、とくに有難味も感じませんでしたが、時給仕事になった今となってはこれは大変ありがたいものです。

 私の場合は、契約上一日の労働時間が6.75時間になっています。

 時給が1000円ですので、6750円もらえるわけです。

 今は2年目なので、今年は11日付加されています。

 そうすると、年間にして74250円という物凄い大金が、仕事をせずにヘラヘラしていても銀行口座に入金されるということになります。

 なので皆さんは、もっと有休に対して感謝してください。

 なかにはフルタイムで働いても有休が付かないブラック企業もあるわけですから、もしあなたの勤めている会社が有休を付けてくれるのであれば、会社に対しても感謝しましょう。

 そしてもちろん、あなたが休んでいる間に仕事を頑張っている同僚にも感謝しましょうね。

 さて、そんな思いを噛みしめつつ、八王子に行ったわけですが、今日の講師は、千人塾塾生の会の榊原信夫さんです。

 千人塾というのは八王子市立図書館がやっている集まりで、塾生は図書館にある資料を使って研究をして論文にまとめたりしています。

 中央図書館の2階には千人塾の方々の書いた論文が置いてあるんですが、結構興味深いテーマの論文がありますよ。

 千人塾の存在を知った時、「俺も入りたいな」と思ったのですが、残念ながら入会の基準として、年齢が60歳以上に設定されており、私は無資格者です。

 なので、あと18年したら入塾すると思います。

 今回のタイトルには「アラハバキ」が含まれていますが、アラハバキに関しては、私も数年前から追いかけているので、今回の講演を知ったときは喜びました。

 アラハバキに関する講演なんて、マニアックすぎて普通考えられないですから、今回は非常に楽しみにして行ってきたわけです。

 さて、12時過ぎに家を出て、八王子のすき家で豚丼(350円)を食べて、セブンでコーヒーを買って会場に行きました。

 14時からの開演ですが、13時15分に会場に入ります。

 座席は72名分あるようですが、開始前にはほぼ埋まりました。

 どうやら私が最年少のようです。

 あれ、ギリギリに入ってきたのは滝山城の会のN嶺さんだ。

 こういう講演会には私はよく来るのですが、滝山城の会の人でよく会うのは、N嶺さんとT橋さんくらいです。

 というわけで、講義の内容は、高尾山口にある氷川神社を含めて、関東各地の氷川神社が素材となっています。

 それらの地理的関係、富士山や筑波山、浅間山などとの位置関係、夏至や冬至のときの太陽の位置などをもとに氷川神社の謎について聴くことができました。

 講演時間は1時間40分くらいでしたが、かなりエキサイティングな内容で、アラハバキというと、とかく空想のような話に結びつきがちですが、榊原先生は実地に各地の神社を踏査して(自転車を3時間漕いで行ったりしています)、とても地に足が付いている研究内容でした。

 部屋に閉じこもって空想にふけっている人の話は全然説得力が無いですが、きちんと足で稼いだ内容というのはとても価値の高いものだなあと改めて思いました。

 講演の後、榊原先生から少しお話を伺いましたが、空想を交えるともっと言うこともあるが、アラハバキについて客観的に考えた場合の最大公約数的な内容が今日の発表内容だったと仰っていました。

 いやー、今日は古代史の謎についてまたまた面白い素材が脳内にインプットされましたよ!

 ちなみに現在でもアラハバキが祀られている神社のうち、我が家から一番近い神社はあきる野市の二宮神社です。

 境内社としてアラハバキが祀られています。 



 2年前、二宮神社で初めてアラハバキと出会った時は、嬉しさのあまり身体が痺れました。

 ところで、昨日の夜は体調が回復したような感じがしましたが、今日は出かけたらまた悪くなりました。

 だるいし、鼻水は出るし、時折咳が出るし、なんとか講義を聴きましたが、榊原先生や休憩時間中に話したN嶺さんともうまく話ができませんでした。

 ぼーっとして頭が回りません。

 ついでに手持ち金不足で首も回りません。

 あ、「日本史大戦略」は宜しくなの。



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【上毛野紀行 その2】またまた風邪をひきました【総社愛宕山古墳】

2015-05-17 10:41:38 | 歴史探訪
 先日、「病は気から」とか言っておきながら、またまた風邪をひいてしまいました。

 先週、少し寒い夜があったのですが、すでに布団をしまっていたので、起きるのが面倒くさかったので寒いと思いながら寝ていました。

 すると、朝起きたら妙に鼻水が出るので、スギ花粉が終わったのに変だなあと思いました。

 さらに喉も痛くなってきました。

 そして木曜日は昼からの出社だったのですが、だるくて中々起きれません。

 しかし何とか起きて出社し、現場を終えてお店に向かって車を走らせていると、喉痛のために飲んでいる薬のせいか、眠くて眠くて仕方がありません。

 信号待ちをしていると、一瞬夢を見ます。

 そして何とか50分運転してお店に帰ってくると、だるさが酷いです。

 悪寒がして、全身が痛みます。

 さすがにこれは不味いと思ったので、マネージャーに話したところ、すぐに他のメンバーと調整してくれて、翌日は休ませてもらえることになりました。

 こういうときに気を遣ってくれてすぐにスケジュールを調整してもらえるのは本当にありがたいです。

 そして帰りがけ、こういうときはガッツリと濃いものを食べたほうが良いので、花月に寄ってビールを飲んで「無双つけ麺」と「ニンニク豚めし」を食べました。

 家に着いて体温を測ると、37.9度あります。

 うわー、久し振りに熱が出た。

 20時半に就寝、翌朝熱を測ってみると、ほぼ平熱に戻っていました。

 やはり、「無双つけ麺」と「ニンニク豚めし」が効いたようです。

 そして、昨日の朝になると、ほぼ平常に戻ったかなと思ったので、昼間は府中の図書館に行ってきました。

 でもその帰りに、大好物の「紅ラーメン」を食べようと行列に並んだのですが、やはり身体がだるいです。

 ところが、唐辛子&ニンニクの効果か、「紅ラーメン」を食べて外に出ると、非常に治った感が高いです。

 ですが、今日の朝起きると、やはりまだ多少だるくて鼻水も出るので、今日は滝山城のボランティアを休みました。

 頑張れば作業ができそうな感じですが、また悪化して仕事に行けなくなると給料が減るので、今回は念を入れて休んだわけです。

 しかしどうしてこう風邪をひくようになってしまったのかな?と考えたのですが、やはり原因は栄養不足ではないかと思います。

 このブログでもお伝えしている通り、妹の生活費で月にだいたい3万円くらい必要になって、しかしそれでも給料は変わらないわけで、その分自分の食費を削るようにしました。

 私の最も重要なエネルギー源であるラーメンやつけ麺もあまり食べられなくなったしまったため、仕方なしに昼はコンビニでカップラーメン買って車の中で食べているのですが、昼にカップラーメンを食べるとあまり調子が良くないんですよね。

 夜は夜で、納豆ご飯やレトルトカレーなどで済ませたりしているので、ここ1ヶ月でかなり栄養状態が悪くなっています。

 しかし急激に収入を上げるのも難しいですし、一応それに向けて施策は打っているのですが、効果が出るまでまだ時間が掛かります。

 ですので、あと半年くらいはなんとか気合いでやっていくしかないですね。

 さてそんなわけで、上毛野紀行の第2弾、群馬県前橋市の総社愛宕山古墳をアップしました。


 ⇒総社愛宕山古墳


 総社愛宕山古墳は、朝廷の地方政策の下、とくに関東のリーダーとなるべく選ばれた総社古墳群勢力の王が眠る墓です。





 パソコン作業もあまり身体に良くないので、ほどほどにしようと思います。

 昼は香味屋にラーメン食べに行こう。

 あ、でも財布には1100円しかない・・・

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滝山城跡群・自然と歴史を守る会主催の滝山城跡めぐりのガイドをしました

2015-05-10 23:15:58 | 歴史探訪
 今日は、私が所属する「NPO法人 滝山城跡群・自然と歴史を守る会」が主催した「新緑とツツジの滝山城跡見学会」に、ガイドとして参加しました。

 実は私は一昨年くらいから、城跡のガイドをやってみたいなあと思っていたのですが、図らずも入会した同会で、ガイドをやらせていただくことができるようになりました。

 まあ、ガイドと言っても、私よりも詳しい人は会員に沢山いるので、私はただ隊列に付いて歩いていくだけです。

 しかしそれでも、やってみたかったことができるようになって、私としてはとても嬉しいのです。

 そんなわけで、今日は70名近くの参加者にお越しいただき、それを会員16名で案内しました。

 今日は会員の中で滝山城跡に土地をお持ちの方の計らいで、一部分に関しては普段は行けない場所に道を作り案内させていただきました。

 途中、ツツジが綺麗なポイントがありますが、どうも1週間くらい前が一番見頃だったようです。



 私も滝山城跡はもう何度も来ていますが、それでもまだ良く分からない場所がたくさんあります。

 油断すると、現在地すら分からなくなります。

 ですので、非常に頼りないガイドなのですが、分からないときは「分かりません」とハッキリ言って、分かりそうな他の会員に聞いてみたりします。

 自分で全部解決する必要はまったくないのです。

 参加者の方にもかなりお詳しい方もいて、ときにはそういう方が他の参加者の質問に答えたりして、それを横で聞いている私もとても勉強になります。

 今日も参加者同士で意気投合してお友達になった方たちもいて、そういう光景を見ていると、こういう集まりが皆さんのお役に立っているようでとても嬉しいです。

 途中、要所要所で中田先生のミニ講義が始まります。



 中田先生は基本的に話し出すと止まらないのですが、時間の関係であまり多く話せないので、もっと聴きたい方は是非当会の会員になって月に1度の下草刈りにいらしてみてください。

 作業の途中に小休止して講義が始まることもありますし、休憩時間に疑問点をバンバン聴くことができるので、もし新しく会員になられましたら、一緒に中田先生の知識を吸い取ってしまいましょう。

 もし興味がありましたら、まずは会のノッチさんのブログをご覧ください。

 ところで、歩きながら参加者の方々といろいろ話していたところ、しばらく経ってから私の後ろにいた女性が、「ずっと後ろで聞いていたんですが、すごく面白いですね!」と嬉しそうな顔で仰りました。

 また、別の女性の方はとても好奇心が旺盛で、随所で質問をしてきて、聞いたことをきちんとメモして、しかも中田先生の著書を買ってさらに勉強したいと仰っていました。

 やっぱり歳を重ねてもこうやって好奇心が衰えないことは素晴らしいことですね。

 今日は天候にも恵まれ、朝10時に出発して15時くらいに解散となるまで、皆さんと和気藹々と城跡内を歩くことができ、とても楽しかったです。

 さて、会の後は、八王子のステーキガストで元妻と娘と食事をしてきました。

 娘の高校入学祝いの食事会です。

 待ち合わせ時刻は17時ですが、私は早く入って先に飲み始めました。



 やがて二人がやってきたので、料理を注文します。

 ステーキガストは、ご飯やサラダ、デザートなどが食べ放題なので、焼肉屋さんに行ってお腹一杯食べるより安く済むのです。

 娘は高校の部活で得物を振り回し、高校生活を楽しんでいるようでした。

 実は先日、私が上毛野紀行に行っているときに、二人は会津若松へ行っていました。

 元妻は岩手の高校を卒業後、会津の短大に入り、2年間会津で暮らしていました。

 そのときお世話になったのが、Aさんという元妻にとっては「会津の母」みたいな方で、そのAさんの息子さんが当時アーティストとして東京で活動していました。

 もちろん当時は私と元妻は面識が無かったのですが、私も元妻も平沢進というアーティストのファンで、Aさん子息が平沢進のライヴでのサポートをやったりしていました。

 そんな関係で、元妻もAさん子息のファンになって、短大を卒業後、Aさんの勧めもあって東京の会社に就職します。

 その後、元妻は私と知り合うのですが、よく二人でAさん子息のライヴを見に行ったので、私もAさん子息と面識を持ちましたし、元妻と会津に行ったときはAさんにもご挨拶しました(ちなみに私が城マニアになったのはそのとき行った鶴ヶ城が元です)。

 Aさん子息はミュージシャンとしては師匠の平沢進の知名度を越えることはできませんでしたが、CG制作の世界では平沢進を完全に凌駕し、その世界ではかなり有名な方になりました。

 多分CGが普及し始めた20年くらい前にテレヴィを見ていた方であれば、Aさん子息の作品を見ている可能性が高いです。

 さて、それからかなりの時が経って昨年に話は飛びますが、元妻の話によると、Aさん子息は自らのブログで「最近疲れやすいし体調が悪いので病院に行った」ということを書いていたそうです。

 そしてその数日後、Aさん子息は亡くなりました。

 糖尿病だったそうです。

 Aさん子息は、確か私よりも4歳年上だったと思ったので、まだ46歳だと思います。

 そのため、Aさん子息のファンであった元妻は墓参りとAさんへの近況報告を兼ね会津行きを思い立ち、娘は娘で会津の新選組関連のスポットを巡れるということで両者の利害が一致し、それで会津に行って来たというわけです。

 鶴ヶ城は物凄い入館待ちの行列になっており諦めたそうですが、それ以外の行きたい場所には行けたということで、デジカメで撮ってきた写真を私に見せながら、娘はご満悦でした。

 さて、ステーキガストでお腹一杯食べた後は、ミスドへ行きました。

 デザートを含め、お腹一杯食べたのに、ミスドに行ったのです。

 ミスドは全国のドーナツショップの9割のシェアを持っている業界のガリバーなんですが、最近は良く知られている通り、コンビニがドーナツの販売に乗り出しました。

 私もセブンのドーナツを食べてみましたが、個人的な感想では、やはり長年のノウハウを持っているミスドにはまだまだ及ばないと思います。

 コンビニのドーナツは、あくまでも「ついで買い」だと思い、おそらく「セブンのあのドーナツを食べたい!」と思って店に行く人は少ないような気がします。

 もちろん、食べ物に関しては個人の好みなので、私がこういう風に言うことに対して批判もあると思いますが、やはり私はミスドが好きです。

 元妻と結婚する前は、デートのときに2人前の夕飯を食べた後にミスドでドーナツを3個とか食べていました。

 今日は税込みで194円というミスドにしては「高価格帯」の「メープル&エンゼルホイップ」を食べてみましたが、これも美味しいですねえ。



 生地を何層にも重ねており、食感が良いです。

 ミスドは自分が勤めている会社の一部門なので、贔屓目になってしまうかもしれませんが、まだまだコンビニはミスドに敵いません。

 昨年、我が社の南関東ブロックが武道館を借り切って総会をやったときに、石井竜也(米米クラブ)のステージがあったのですが、石井竜也も「僕も3食ミスドですから!」と言っていたのは、あながち大げさな表現ではないかもしれません。

 ただ、現状維持ではいずれは負けてしまうので、ミスドもそれなりの策を講じてやっていかなければなりませんね。

 今後もドーナツ業界の動向を注視していきたいと思います。

 ところで、話を少し戻しますが、やはり人間はいつ死ぬか分かりません。

 私も40歳を過ぎて、そのことを意識し始めていたところでAさん子息の訃報を聴き、さらに考えさせられました。

 いつ死んでも悔いが無いように生きることと、万が一死んでも後に残った人たちに迷惑が掛からないように日頃から準備しておこうと思います。
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【痛みをこらえて歩く】2015年上毛野紀行その3【遠くても歩いていれば必ず辿り着く】

2015-05-07 09:21:31 | 歴史探訪
 昨日は20時過ぎに帰陣しましたが、もう最後の方は足が痛くて痛くて、ようやく家にたどり着いた次第です。

 初日の時点では、マメは両足のかかとにできているだけだったのが、昨日家に着いて確認すると、他の場所にもできています。

 ただ、マメはバンドエイドを貼っておくとそんなに痛くないので、今日はこれからまたお掃除に行って来ようと思います。

 昨日は足が痛いのにも関わらず3万3千歩歩いたので、次回からマメ対策をきちんとすれば、おそらく朝から夕方まで5万歩くらいは歩けると思います。

 むしろ、あまりにも歩くので万歩計が熱暴走して爆発するくらいになれば一廉の人物として世の中から認識されるのではないでしょうか。

 では、昨日の記事です。

 なお、この記事は概要版ということで、後日詳細版をホームページの方にアップします。

*   *   *


 昨日も一昨日に引き続き、21時半に就寝。

 今日は5時20分に起床。

 朝飯の時間は6時半からですが、あらかじめ得た情報によるとすぐに満席になるらしいので、6時半ジャストに食堂(というか入り口わきの小スペース)に行きます。

 ここのホテルの朝ご飯は、カレーライスとウインナードッグ。

 ウインナードッグはロールパンに自分でウインナーとキャベツとスクランブルエッグを入れて、ケチャップとマヨネーズをかけて食べる方式です。

 おや、マヨネーズだと思ったら、若干マスタードで、これは美味しい。

 カレーライスも家庭的な感じの普通のカレーで美味しいです。

 別に凝ったメニューでなくても、これだけでも十分ありがたいですね。

 食べていると案の定、すぐに満席になったので、ゆっくりコーヒーを飲むのも悪いと思い、コーヒーを紙コップに入れるとそれを持って部屋に戻ります。

 さて、今日はどこへ行こうか。

 幾分足の痛みも和らいでいるので、今日も頑張って歩いてみようと思います。

 群馬県内を通っていた東山道は、主として7世紀後半から8世紀初めまで使われていた初期の道と、それ以降の道があるのですが、今日は初期の道である、「牛堀・矢ノ川ルート」を歩いてみることにします。

 7時10分にホテルを出ると、南西方向へ向かい、最初は砂町遺跡を目指します。

 砂町遺跡は玉村町の北部公園になっています。

 お、結構広い公園だ。

 公園北側の築山の場所に遺跡の説明板があります。

 ただ、築山に登って、道が延びていたであろう浅間山方向を見ると、見事に造園のために植えられた木がさえぎっていて見えない。

 これはちょっと、設計ミスかな。

 ここからは極力東山道跡をたどって進みたいですが、そうするとこの先にある坂東太郎君(利根川)を渡る場所がなくてデッドエンドになるので、ひとまず南へ向かい、利根川を渡ります。

 利根川からは土手上にあるサイクリングロードを歩いて行こう。

 サイクリングロードの玉村町から高崎市に入ってすぐのあたりが、おそらく東山道の利根川の渡河地点です。

 浄水場の前の道がおおよその東山道。

 さらに歩いて高崎市内の元島名将軍塚古墳を見てみようと思います。

 元島名将軍塚古墳には2年前にも来ているのでこの辺りの風景は見覚えがあります。

 しかしその時は時間の関係で「高崎市歴史民俗資料館」に寄れなかったので、今日はまずそちらに寄ってみましょう。

 建物の佇まいからして、昔の学校かなと思ったら旧群南村の役場だそうです。

 靴を脱いでスリッパに履き替えて、中に入るとすぐ廊下に元島名将軍塚古墳出土の穿孔土器が飾られています。

 前回もこれが見たかったんだよね。

 見れて嬉しい。

 孔の部分を見てみると、無造作に孔があけられているわけではなく、ちゃんと丁寧に加工してあるんですね。

 あとは、1階と2階の各部屋がテーマごとになっており、戦中の教室を再現した部屋は、昭和47年生まれの私からしてもなんだか懐かしい感じがします。



 私が小学生のころはまだ写真のような木でできた椅子もまだ学校にありました。

 他の部屋には、昔の生活用品や家電も並んでいて、麺好きの私にとっては製麺機がよい。

 駄菓子屋を模した部屋も懐かしい。

 しかしよくもまあこれだけのものを集めたと感心します。

 高崎市歴史民俗資料館は入場無料ですが、他の資料館に引けを取らない充実の展示なので、近くに来た時はぜひ見学してみてください。

 とても居心地が良い場所なので、休憩用の椅子で眠りそうになりました・・・

 ここから元島名将軍塚古墳まではすぐなので、2年ぶりに将軍に拝謁しましょう。



 元島名将軍塚古墳は中心部分がえぐられていて無残な姿なのですが、上のように全景を見ると、意外と高さもあって迫力があります。

 ただ、同じ前方後方墳では、昨日前橋八幡山古墳を見てしまったので、それよりかは一回り小さい。

 さて、そろそろお昼、前回来た時にあった焼肉屋は、店の名前が変わっている気がしますが、まだ店があります。

 ただ、食べ放題ランチが日祝はやっていないので、今日は敬遠します。

 するとその近くに中華屋を発見。

 しかし、今日は臨時休業。

 しかたがない、もう少し我慢して歩くか。

 元島名将軍塚古墳の北西には中世の元島名城跡があるということを、2年前の旅の後に知りました。

 そのときの旅で、元島名将軍塚古墳を探訪した後に入った高崎の書店で買った山崎一さんの『続・群馬の古城』に掲載されており、それで知ったわけですが、今日は近くまで来たので寄ってみましょう。

 まずは眼聖寺を目指します。

 しかし遺構らしきものはありません。

 痛い足を引きずりながらウロウロしていると、おそらく空堀の形跡と思われる畑を見つけました。

 畑を作る際に掘りこんだ可能性があるかもしれませんが、ちょうど主郭の南側の空堀部分に重なります。

 おそらく空堀跡でしょう。

 主郭跡には立派なお屋敷が建っています。

 西側は井野川になっていて、次は川を渡り高崎情報団地を目指します。

 この近辺には東山道が見つかった高崎情報団地遺跡がありますが、具体的な場所は分かりません。

 でも分かったとしても開発の前の発掘なので、現在はその上に工場とかが建っているかもしれません。

 ここの道がもろに東山道と重なります。

 今は見えませんが、正面には浅間山が見えるはずです。

 ここはかなり直線道が続いています。

 そしてその先には大類城跡があります。

 大類城跡に入り、道なりに進むと山崎さんが枡形と名付けた一角があります。

 その角には宿大類町公民館が建っていますが、もしかするとこのあたりが上野国府からまっすぐ南下してきた道と東西に延びる東山道が交わる場所かもしれません。

 だとすると大類城は古代の官道を南北のメインルートとして取り込んだことになり、その入り口に枡形を設けていたことになります。

 ただ、通説では東山道はもう少し西の方みたいです。

 公民館の庭のベンチで休んでいると、敷地の中の少し離れた場所に何かの説明板のようなものがあり、「城」という文字がかすかに見えます。

 近づいてみると、大類城跡の説明板でした。

 素晴らしい!

 さて、大類城跡も一部は分譲地になっていたりして、かなり改変されています。

 遺構らしい遺構はありませんが、もしかするとこの自然の水路のようなものが水堀だったかもしれません。

 それにしても、もう14時を回っており、お腹が空いてきました。

 足が痛いのに7時間も歩いている。

 まさしく頭おかしい系。

 大類城跡からは南を目指し、大通りへ向かいます。

 手元の地図だと少し通りを歩くとバーミヤンがありますが、通りに出てすぐにラーメン屋と焼肉屋の看板が見えます。

 しかし、両方ともやっていません。

 少し進むと前方に桃のマークが見えました。

 正確には桃じゃないらしいですが、桃で良いでしょう。

 あー、助かった。

 バーミヤンなら安心して美味しいご飯が食べられるし、禁煙席でビールも飲める。

 ようやく昼飯。

 まずは一杯。



 生中は追加してしまったので、金額的には昨日の昼に食べた焼肉よりも高くなってしまいましたが、足が痛いのをここまで2万8千歩頑張ったのでご褒美です。

 では、高崎駅までもう少し頑張って歩こう。

 足の痛みはどんどん酷くなってきます。

 何とか高崎駅に到着。

 駅構内のお土産屋さんは今日も大盛況です。

 お土産を買って改札をくぐると、つぎの八高線は児玉行き。

 なんと中途半端な。

 高麗川まで行くのは1時間くらいあとなので、高崎線経由で帰ったほうが当然早いですが、高崎線経由だと乗り換えが多くて、なおかつ座れない可能性もあり、今の私の状況では無理ティックなので八高線を待つことにします。

 そして無事に帰宅。

 ところで、ここ3日間でかなり日焼けしてしまい、腕や顔がヒリヒリします。

 ただ腕の内側は焼けていないのでちょっとみっともないです。

 いつもだったら一日中山を歩いてもマメなんかできないのに、なぜ今回はマメができてしまったのだろうか。

 アスファルトの上を歩くことが多かったことと、もしかしたら山登り用のトレッキングシューズで歩いたのが良くなかったのかもしれません。

 いずれ、次回は対策を練って歩いてみようと思います。

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【足を引きずり】2015年上毛野紀行その2【墓域を彷徨】

2015-05-06 21:46:09 | 歴史探訪
 昨日の夜宿泊したホテルではインターネットに接続できませんでした。

 正確には有線のLANはあったのですが、私の「神武号」はLANケーブルを繋ぐことができなかったのです!

 ホテルの広告にも、有線のみで無線は無いということが明記されていますので、これは完全に私の落ち度です。

 なので、さきほど帰宅したので、まずは昨日のダイジェスト版をアップします。

 なお、3日間メールを見ていなかったので、メールを頂いた方々にはこれから順次返信いたしますので、申し訳ありませんがもう少しお待ちください。

*   *   *


 結局昨日は21時半には寝てしまいましたが、とても快適に眠れて、起きたのは6時20分でした。

 今回は朝飯付の宿泊プランにしたので、食堂へ行き、朝からお腹いっぱい食べました。

 バイキング形式でしたが、私はこういう所に来ると、お米を食べてそのあとパンも食べます。

 レンコンのきんぴらが特に美味しかった。

 さて、足は相変わらず痛んでいるので、どうなっているのかな?と思いかかとを見てみると、両足ともマメができています。

 とりあえず絆創膏を貼って、さらに手持ちがあと1枚になってしまったので、フロントに行って3枚もらってきました。

 当初の計画では、今日は上野国府の南門と思われる場所から南へ向かって、高崎市の元島名将軍塚古墳のあたりで今度は東へ向かい、夕方には伊勢崎市内のホテルに向かう予定でした。

 つまりL字に移動です。

 しかし、足が痛いので、群馬県立図書館に一日籠ろうと思い、図書館方面へ向かうバス乗り場へ向かいました。

 ところが、バスを待っている間に「たかだかマメができた程度で見たいものを見ないのも何だかなあ」と思い、我慢して歩いたとしても悪化しないだろうと予想を立て、前橋から斜めに南東方向の伊勢崎市へ向かうことにして、その際に昨日見る予定であきらめた広瀬川流域の広瀬古墳群を見学することにしました。

 その結果、
 ・天川二子山古墳
 ・前橋八幡山古墳
 ・前橋天神山古墳
 ・飯玉神社古墳
 ・亀塚山古墳
 ・金冠塚古墳
 ・なんかよくわからない墓地の古墳
 ・古墳状の土の高まり
 を見ました。

 その中でベストヒットは前橋八幡山古墳です。



 前橋八幡山古墳は、東国で最大規模の前方後方墳で、かなり見ごたえがあります

 全体が公園になっているのですが、周溝があったであろう場所も公園の敷地として確保されており、非常に保存状態が良いです。

 後方部の角(エッヂ)の部分もしっかりしていて、かなり良い古墳ですよ。

 2年前に同じく前方後方墳である高崎市の元島名将軍塚古墳を見た時も感動しましたが、こちらはそれよりも一回り大きくて、これを見れただけでも足が痛いのを無理して歩いてきた甲斐がありました。

 金冠塚古墳ではお花が綺麗でしたよ。



 さてそんな感じで、昼が近づいてきても、沿道には食べ物屋がありません。

 昨日からラーメンが食べたくて仕方がありませんが、地図を見ると近くにショッピングモールがあるので、もしかしたらラーメン屋もあるかもしれないと思い、足を引きずりながら行ってみました。

 すると、ショッピングモールの隣にラーメン屋の看板を発見!

 だがしかし!

 行ってみると店はつぶれていました・・・

 仕方がないので「上州」という焼き肉屋の入り口のメニューを見てみると、意外と安くランチが食べられます。

 ここにしよう!

 「赤城セット」というのを頼もうとすると、スープはプラス100円でミニラーメンに変更可能ということです。

 おーっ!念願のラーメンが食べられる!

 醤油ラーメンが食べたい。

 少し待って出てきたお皿を見ると、結構ヴォリュームがあります。



 肉は、上州牛カルビが4枚、牛ハラミが3枚、豚ロースが4枚です。

 私はポピュラーな肉の中では牛ハラミが一番好きなので、ハラミが付いてる「赤城」を頼んだのですが、他のセットと見比べてみても「赤城」が一番コストパフォーマンスが良さそうです。

 肉を網に載せると、さっそくラーメンを食べてみます。

 お、シンプルだけど美味しい。

 念願のラーメン、嬉しい・・・

 肉が焼けたので頬張ると、やっぱり案の定、ビールが欲しくなりました。



 昼から焼き肉とビール、最高!

 ご飯は1杯だけならお替りができるのですが、しませんでした。

 最後にセットのアイスコーヒーを飲んで、これで税込み1684円。

 ちょっと贅沢なランチでしたが、非常に満足度は高いです。

 まあ、その代わり、夕飯を節約しよう。

 ところで、ここからホテルまでは実はほとんど道一本で行けるのですが、距離的には徒歩1時間くらいかかりそうです。

 すでに2万歩以上歩いていますが、もうこの足の痛みでは限界に来ています。

 なので、最寄りの駒形駅まで歩いて、電車に乗って一駅、伊勢崎駅へ向かいます。



 ホテルの近くにはちょうどよく伊勢崎市のコミュニティーバスのバス停があるのですが、次のバスまで1時間20分あります。

 でも伊勢崎駅の駅前は北口も南口も本気で何もない。

 いや、正確にはスーパーとかはあるのですが、ファストフードとか、ちょっと休憩する場所がないのです。

 なので仕方がないので、駅構内のベンチで時間をつぶします。

 まあ今回の旅は「神武号」を持参したので、こうして今日のブログの記事を書いたりできるので良いですが、昔の旅は、地方の駅で電車待ちするときに本当に時間をつぶすのが大変だった記憶があります。

 伊勢崎駅北口からホテルへ向かう伊勢崎市のコミュニティーバスは、何と料金が0円なのです!

 30分くらい乗って目的地であるオートレース場前に着いたので降りようとしたら、ギャンブラーのおっちゃん達がわんさか乗ってきました。

 別に乗ってくるのは良いのですが、なんと私が降りようとしている降車用のドアからも乗ってきてビックリしました。

 なだれ込んできたおっちゃん達は、まさに椅子取りゲームで座席を取り合っています。

 多分、ここから駅までは20分以上あるようなので、座りたい気持ちも分かります。

 しかしでも、ギャンブラーの人たちが放っている「気」は好きではありません。

 大変な思いをして働いて得た大事なお金を無駄にするのもどうかと思いますが、もし運よく小金を手に入れたとしても、そういうお金は身に付かないので、勝っても負けても良いことはありません。

 まあ、考え方は人それぞれなので、「趣味です」と言われてしまえば否定もできませんがね。

 私も人によっては「無価値」な歴史の本ばっかり買っていますから、ギャンブラーの人たちからすると理解できないでしょう。

 さて、道路を歩いていると、バイクの凄い爆音が聞こえてきます。

 外にいてもコースを走っているバイクの音ってこんなに聞こえるんですね。

 なるほど、この爆音を聞くのもオートレースの楽しみの一つなのかもしれないなあと思います。

 時刻は17時過ぎ。

 いつもなら夕飯を食べることがある時刻です。

 なので、足が痛くて一回ホテルに入ると出てくるのが難しそうなので、ホテルの斜め向かいにある松屋に寄ります。

 オリジナルカレーの大盛り、430円。

 本当は牛肉を付けたいですが、130円高くなるので我慢です。

 ビールも我慢。

 さて、お腹一杯になったのでホテルにチェックインし、さっそく神武号を開けてWWWにつなげようと思いますが、このホテルは無線LANではなく有線です。

 なにげなくケーブルを神武号に差そうとしたら、あ、そうか!このPCにはLANケーブルは繋げなかったんだ!

 うわ、明日の調査ができない。

 それに超ヒマ。

 紙の資料は重量があるのでほとんど持ってきていません。

 テレヴィをつけても面白くない。

 いいや、早く寝よう。

 というわけで、今日も21時過ぎに部屋の明かりを消しました。

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【なんで群馬が人気無いのか?】2015年上毛野紀行その1【面白さMAXなのにね】

2015-05-04 19:35:36 | 歴史探訪
 今日は予定通り上毛野を探訪して、今は前橋駅前のホテルで記事を書いています。

 お金がないのでコンビニで夕飯を買ってきて、ビールを飲んだあとは群馬県吉岡町の柴崎酒造の「船尾瀧」を飲んでます。



 なぜかバックはベルサイユのばら。

 NHKで再放送するらしいですが、良いアニメなので若い人で知らない人はぜひ見てみてください。

 あ、話がずれました。

 今日訪れた史跡は、

 ・総社二子山古墳
 ・愛宕山古墳
 ・宝塔山古墳
 ・光厳寺
 ・蛇穴山古墳
 ・遠見塚古墳
 ・総社城
 ・山王廃寺
 ・国分尼寺
 ・国分寺
 ・国分寺館(ガイダンス施設)
 ・妙見社
 ・上野国府
 ・蒼海城
 ・宮鍋神社
 ・大友神社
 ・総社神社
 ・石倉城
 ・王山古墳
 ・前橋城
 ・前橋八幡

 です。



 ただ、予定したものをすべて見ることはできませんでした。

 意外と私はひ弱みたいで、5時45分に家を出たのですが、15時半くらいにはもう足の裏が痛くなって歩くのが困難になりました。

 それでも何とか頑張って、上記の史跡を消化したのですが、これ以上は無理ぽ。

 歩いたキロ数は分かりませんが、歩数は3万2千歩でした。

 ですので、今日の実績を受けて、明日と明後日の内容をちょっと変える必要があります。

 国分寺のガイダンス施設では職員の方からとても面白い話を聞けました。

 なんとショッキングなことに、上野の七重塔は建築できなかったか、できたとしてもすぐに倒壊した可能性があるというのです。

 詳しくはまた後日お話します。

 ちなみに電車の写真ももちろん撮っています。



 それではまた明日。


 【追記】

 ⇒初日の一発目、総社二子山古墳をアップしました。


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【トラブル発生】帝国陸軍軍人と会食しました【汚水ぶちまけ】

2015-05-03 05:40:46 | 歴史探訪
 昨日はいつもの早朝の病院をやったあと、午前と午後はエアコンをやってきました。

 偶然、午前も午後も多摩ニュータウン駅の近くだったので、昼休みは至近にある東京都立埋蔵文化財調査センターを見学してきました。



 ここに来るのは2度目です。

 初めて来たのは4年前で、当時は私の中で原始時代ブームが起きていました。

 東京都立埋蔵文化財調査センターは、多摩ニュータウンに無数にある遺跡の出土品などの展示紹介も行っており、旧石器や縄文土器をはじめとして近世の遺物まで豊富なラインナップを取り揃えています。

 初めて来た時は平日で他にお客さんがいなかったので、職員の方がマンツーマンで説明してくださり、収蔵庫まで見学させていただくことができました。

 さらに黒曜石の欠片をいただくことができ、それは今でも部屋に飾ってあります。

 今日は土曜日ということで家族連れが結構来ており、館内は賑やかでした。

 考古遺物以外の展示で私がとくに気に入ったのはこれです。



 土鈴(どりん/どれい)というのは土偶の一種で、中が空洞になって玉が入っており、振ると音が出るのです。

 祭祀関連の道具だと思われます。

 その音を聴ける装置なのですが、一番右は我が八王子市のアイドル、楢原遺跡出土の「ドリンちゃん」です。

 あ、「ドリンちゃん」というのは私が勝手に名付けているだけで、個人的にはこの土鈴こそ八王子市のマスコットキャラクターに登用すべきだと考えています。

 実物はいつもは八王子市郷土資料館に展示してありますが、人気者なので他の博物館に出張していることもあります。

 さて、館内の見学を済ませ、建物の背後にある「縄文の村」という公園に行きます。

 「縄文の村」は多摩ニュータウンNo.57遺跡ですが、多摩ニュータウンにはあまりにも遺跡が多いので、すべてに通称が付いているわけではなく、通し番号で呼ばれる遺跡が多いです。

 ここには竪穴式住居が3棟復元されており、プラプラと公園内を歩いていると、そのうちの1棟の通気口から煙が出ていました。



 写真だと煙は分かりづらいですが、何事だろうかと思い中をのぞいてみると、中で火を焚いていました。



 今日は夏日なので、暖を取るようなシチュエーションではないですが、かなり暖かいので、外にいた職員の方に聴いてみたところ、冬場は外よりも10度くらいは暖かいそうです。

 なるほど、縄文人って意外と快適な生活をしていたかもしれないですよ。

 私なんかは冬場にこの火を囲って、日本酒でも飲んでみたいと思います。

 さて、そろそろ時間が来たので午後の現場に行きます。

 午後のお宅は団地の5階でエレベーターがないので、午前に排出された汚水をポリタンクから一時的にバケツに移して車の荷台に置いておきました。

 エアコンセットは意外と重くてかさばるので、なるべく重いものは持って上がりたくなかったわけです。

 そして作業を開始して、高圧洗浄機で洗う段になって、電源プラグをコンセントに差し込もうとしたら異変に気付きました。

 午前の現場に「三つ口から二つ口に変換する器具」(正式名を知りません)を忘れてきたようなのです。

 なので、急いで午前の現場に取りに行くことにし、慌てて車まで戻り車を発進させました。

 すると、背後の荷台で「ガラガラガラ」と何かが移動する音がして、次の瞬間、「バシャーン」と凄い音がして水しぶきが運転席に飛んできました。

 汚水をバケツに入れて置いておいたことをすっかり忘れていたのです。

 午前の現場の汚水はこれまたことのほか凄かったので、カビやらなんやら混ざった有害な水を大量に車の中にまいてしまいました。

 慌てて行動すると必ず何かが起こる・・・

 そんなわけで、結構クタクタになって仕事を終えると、夜はたかお食堂に行きました。

 今日は私の職場の先輩で2月から某国家権力に転職した粟村さんが研修の前半を終え、たかお食堂で食事したいというリクエストだったので一緒に行ったわけです。

 3ヶ月ぶりに会った粟村さんは、スポーツ刈りで頬もそげ、元々痩せ形ではありましたが、さらに引きしまって非常に精悍な感じに変わっていました。

 その佇まいは帝国陸軍軍人を想起させます。

 寮に入って非常に厳しい研修を受けているようですが、とてもやる気がみなぎっており、頑張っている様子をうかがえて私も嬉しかったです。

 多分、今の粟村さんの姿を掃除の会社の人たちが見たら驚くと思います。

 さてそんなわけで、たかお食堂に4時間くらい滞在して家に帰ると、睡魔が襲ってきてすぐに寝てしまいました。

 そして今日は意味もなく3時50分に起床して、まだ少しぼーっとしています。

 今日は明日からの上毛野紀行のための準備をしようと思います。

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