日本史大戦略 Side-B 附 歴史を歩こう協会 ~日本各地の古代・中世史探訪~

『日本史大戦略』のB(Blog)面です。城・館・古墳・古道・官衙・国分寺・神社・寺院・民俗・エミシ・南部氏・後北条氏など

【痛みをこらえて歩く】2015年上毛野紀行その3【遠くても歩いていれば必ず辿り着く】

2015-05-07 09:21:31 | 歴史探訪
 昨日は20時過ぎに帰陣しましたが、もう最後の方は足が痛くて痛くて、ようやく家にたどり着いた次第です。

 初日の時点では、マメは両足のかかとにできているだけだったのが、昨日家に着いて確認すると、他の場所にもできています。

 ただ、マメはバンドエイドを貼っておくとそんなに痛くないので、今日はこれからまたお掃除に行って来ようと思います。

 昨日は足が痛いのにも関わらず3万3千歩歩いたので、次回からマメ対策をきちんとすれば、おそらく朝から夕方まで5万歩くらいは歩けると思います。

 むしろ、あまりにも歩くので万歩計が熱暴走して爆発するくらいになれば一廉の人物として世の中から認識されるのではないでしょうか。

 では、昨日の記事です。

 なお、この記事は概要版ということで、後日詳細版をホームページの方にアップします。

*   *   *


 昨日も一昨日に引き続き、21時半に就寝。

 今日は5時20分に起床。

 朝飯の時間は6時半からですが、あらかじめ得た情報によるとすぐに満席になるらしいので、6時半ジャストに食堂(というか入り口わきの小スペース)に行きます。

 ここのホテルの朝ご飯は、カレーライスとウインナードッグ。

 ウインナードッグはロールパンに自分でウインナーとキャベツとスクランブルエッグを入れて、ケチャップとマヨネーズをかけて食べる方式です。

 おや、マヨネーズだと思ったら、若干マスタードで、これは美味しい。

 カレーライスも家庭的な感じの普通のカレーで美味しいです。

 別に凝ったメニューでなくても、これだけでも十分ありがたいですね。

 食べていると案の定、すぐに満席になったので、ゆっくりコーヒーを飲むのも悪いと思い、コーヒーを紙コップに入れるとそれを持って部屋に戻ります。

 さて、今日はどこへ行こうか。

 幾分足の痛みも和らいでいるので、今日も頑張って歩いてみようと思います。

 群馬県内を通っていた東山道は、主として7世紀後半から8世紀初めまで使われていた初期の道と、それ以降の道があるのですが、今日は初期の道である、「牛堀・矢ノ川ルート」を歩いてみることにします。

 7時10分にホテルを出ると、南西方向へ向かい、最初は砂町遺跡を目指します。

 砂町遺跡は玉村町の北部公園になっています。

 お、結構広い公園だ。

 公園北側の築山の場所に遺跡の説明板があります。

 ただ、築山に登って、道が延びていたであろう浅間山方向を見ると、見事に造園のために植えられた木がさえぎっていて見えない。

 これはちょっと、設計ミスかな。

 ここからは極力東山道跡をたどって進みたいですが、そうするとこの先にある坂東太郎君(利根川)を渡る場所がなくてデッドエンドになるので、ひとまず南へ向かい、利根川を渡ります。

 利根川からは土手上にあるサイクリングロードを歩いて行こう。

 サイクリングロードの玉村町から高崎市に入ってすぐのあたりが、おそらく東山道の利根川の渡河地点です。

 浄水場の前の道がおおよその東山道。

 さらに歩いて高崎市内の元島名将軍塚古墳を見てみようと思います。

 元島名将軍塚古墳には2年前にも来ているのでこの辺りの風景は見覚えがあります。

 しかしその時は時間の関係で「高崎市歴史民俗資料館」に寄れなかったので、今日はまずそちらに寄ってみましょう。

 建物の佇まいからして、昔の学校かなと思ったら旧群南村の役場だそうです。

 靴を脱いでスリッパに履き替えて、中に入るとすぐ廊下に元島名将軍塚古墳出土の穿孔土器が飾られています。

 前回もこれが見たかったんだよね。

 見れて嬉しい。

 孔の部分を見てみると、無造作に孔があけられているわけではなく、ちゃんと丁寧に加工してあるんですね。

 あとは、1階と2階の各部屋がテーマごとになっており、戦中の教室を再現した部屋は、昭和47年生まれの私からしてもなんだか懐かしい感じがします。



 私が小学生のころはまだ写真のような木でできた椅子もまだ学校にありました。

 他の部屋には、昔の生活用品や家電も並んでいて、麺好きの私にとっては製麺機がよい。

 駄菓子屋を模した部屋も懐かしい。

 しかしよくもまあこれだけのものを集めたと感心します。

 高崎市歴史民俗資料館は入場無料ですが、他の資料館に引けを取らない充実の展示なので、近くに来た時はぜひ見学してみてください。

 とても居心地が良い場所なので、休憩用の椅子で眠りそうになりました・・・

 ここから元島名将軍塚古墳まではすぐなので、2年ぶりに将軍に拝謁しましょう。



 元島名将軍塚古墳は中心部分がえぐられていて無残な姿なのですが、上のように全景を見ると、意外と高さもあって迫力があります。

 ただ、同じ前方後方墳では、昨日前橋八幡山古墳を見てしまったので、それよりかは一回り小さい。

 さて、そろそろお昼、前回来た時にあった焼肉屋は、店の名前が変わっている気がしますが、まだ店があります。

 ただ、食べ放題ランチが日祝はやっていないので、今日は敬遠します。

 するとその近くに中華屋を発見。

 しかし、今日は臨時休業。

 しかたがない、もう少し我慢して歩くか。

 元島名将軍塚古墳の北西には中世の元島名城跡があるということを、2年前の旅の後に知りました。

 そのときの旅で、元島名将軍塚古墳を探訪した後に入った高崎の書店で買った山崎一さんの『続・群馬の古城』に掲載されており、それで知ったわけですが、今日は近くまで来たので寄ってみましょう。

 まずは眼聖寺を目指します。

 しかし遺構らしきものはありません。

 痛い足を引きずりながらウロウロしていると、おそらく空堀の形跡と思われる畑を見つけました。

 畑を作る際に掘りこんだ可能性があるかもしれませんが、ちょうど主郭の南側の空堀部分に重なります。

 おそらく空堀跡でしょう。

 主郭跡には立派なお屋敷が建っています。

 西側は井野川になっていて、次は川を渡り高崎情報団地を目指します。

 この近辺には東山道が見つかった高崎情報団地遺跡がありますが、具体的な場所は分かりません。

 でも分かったとしても開発の前の発掘なので、現在はその上に工場とかが建っているかもしれません。

 ここの道がもろに東山道と重なります。

 今は見えませんが、正面には浅間山が見えるはずです。

 ここはかなり直線道が続いています。

 そしてその先には大類城跡があります。

 大類城跡に入り、道なりに進むと山崎さんが枡形と名付けた一角があります。

 その角には宿大類町公民館が建っていますが、もしかするとこのあたりが上野国府からまっすぐ南下してきた道と東西に延びる東山道が交わる場所かもしれません。

 だとすると大類城は古代の官道を南北のメインルートとして取り込んだことになり、その入り口に枡形を設けていたことになります。

 ただ、通説では東山道はもう少し西の方みたいです。

 公民館の庭のベンチで休んでいると、敷地の中の少し離れた場所に何かの説明板のようなものがあり、「城」という文字がかすかに見えます。

 近づいてみると、大類城跡の説明板でした。

 素晴らしい!

 さて、大類城跡も一部は分譲地になっていたりして、かなり改変されています。

 遺構らしい遺構はありませんが、もしかするとこの自然の水路のようなものが水堀だったかもしれません。

 それにしても、もう14時を回っており、お腹が空いてきました。

 足が痛いのに7時間も歩いている。

 まさしく頭おかしい系。

 大類城跡からは南を目指し、大通りへ向かいます。

 手元の地図だと少し通りを歩くとバーミヤンがありますが、通りに出てすぐにラーメン屋と焼肉屋の看板が見えます。

 しかし、両方ともやっていません。

 少し進むと前方に桃のマークが見えました。

 正確には桃じゃないらしいですが、桃で良いでしょう。

 あー、助かった。

 バーミヤンなら安心して美味しいご飯が食べられるし、禁煙席でビールも飲める。

 ようやく昼飯。

 まずは一杯。



 生中は追加してしまったので、金額的には昨日の昼に食べた焼肉よりも高くなってしまいましたが、足が痛いのをここまで2万8千歩頑張ったのでご褒美です。

 では、高崎駅までもう少し頑張って歩こう。

 足の痛みはどんどん酷くなってきます。

 何とか高崎駅に到着。

 駅構内のお土産屋さんは今日も大盛況です。

 お土産を買って改札をくぐると、つぎの八高線は児玉行き。

 なんと中途半端な。

 高麗川まで行くのは1時間くらいあとなので、高崎線経由で帰ったほうが当然早いですが、高崎線経由だと乗り換えが多くて、なおかつ座れない可能性もあり、今の私の状況では無理ティックなので八高線を待つことにします。

 そして無事に帰宅。

 ところで、ここ3日間でかなり日焼けしてしまい、腕や顔がヒリヒリします。

 ただ腕の内側は焼けていないのでちょっとみっともないです。

 いつもだったら一日中山を歩いてもマメなんかできないのに、なぜ今回はマメができてしまったのだろうか。

 アスファルトの上を歩くことが多かったことと、もしかしたら山登り用のトレッキングシューズで歩いたのが良くなかったのかもしれません。

 いずれ、次回は対策を練って歩いてみようと思います。

コメント (2)

【足を引きずり】2015年上毛野紀行その2【墓域を彷徨】

2015-05-06 21:46:09 | 歴史探訪
 昨日の夜宿泊したホテルではインターネットに接続できませんでした。

 正確には有線のLANはあったのですが、私の「神武号」はLANケーブルを繋ぐことができなかったのです!

 ホテルの広告にも、有線のみで無線は無いということが明記されていますので、これは完全に私の落ち度です。

 なので、さきほど帰宅したので、まずは昨日のダイジェスト版をアップします。

 なお、3日間メールを見ていなかったので、メールを頂いた方々にはこれから順次返信いたしますので、申し訳ありませんがもう少しお待ちください。

*   *   *


 結局昨日は21時半には寝てしまいましたが、とても快適に眠れて、起きたのは6時20分でした。

 今回は朝飯付の宿泊プランにしたので、食堂へ行き、朝からお腹いっぱい食べました。

 バイキング形式でしたが、私はこういう所に来ると、お米を食べてそのあとパンも食べます。

 レンコンのきんぴらが特に美味しかった。

 さて、足は相変わらず痛んでいるので、どうなっているのかな?と思いかかとを見てみると、両足ともマメができています。

 とりあえず絆創膏を貼って、さらに手持ちがあと1枚になってしまったので、フロントに行って3枚もらってきました。

 当初の計画では、今日は上野国府の南門と思われる場所から南へ向かって、高崎市の元島名将軍塚古墳のあたりで今度は東へ向かい、夕方には伊勢崎市内のホテルに向かう予定でした。

 つまりL字に移動です。

 しかし、足が痛いので、群馬県立図書館に一日籠ろうと思い、図書館方面へ向かうバス乗り場へ向かいました。

 ところが、バスを待っている間に「たかだかマメができた程度で見たいものを見ないのも何だかなあ」と思い、我慢して歩いたとしても悪化しないだろうと予想を立て、前橋から斜めに南東方向の伊勢崎市へ向かうことにして、その際に昨日見る予定であきらめた広瀬川流域の広瀬古墳群を見学することにしました。

 その結果、
 ・天川二子山古墳
 ・前橋八幡山古墳
 ・前橋天神山古墳
 ・飯玉神社古墳
 ・亀塚山古墳
 ・金冠塚古墳
 ・なんかよくわからない墓地の古墳
 ・古墳状の土の高まり
 を見ました。

 その中でベストヒットは前橋八幡山古墳です。



 前橋八幡山古墳は、東国で最大規模の前方後方墳で、かなり見ごたえがあります

 全体が公園になっているのですが、周溝があったであろう場所も公園の敷地として確保されており、非常に保存状態が良いです。

 後方部の角(エッヂ)の部分もしっかりしていて、かなり良い古墳ですよ。

 2年前に同じく前方後方墳である高崎市の元島名将軍塚古墳を見た時も感動しましたが、こちらはそれよりも一回り大きくて、これを見れただけでも足が痛いのを無理して歩いてきた甲斐がありました。

 金冠塚古墳ではお花が綺麗でしたよ。



 さてそんな感じで、昼が近づいてきても、沿道には食べ物屋がありません。

 昨日からラーメンが食べたくて仕方がありませんが、地図を見ると近くにショッピングモールがあるので、もしかしたらラーメン屋もあるかもしれないと思い、足を引きずりながら行ってみました。

 すると、ショッピングモールの隣にラーメン屋の看板を発見!

 だがしかし!

 行ってみると店はつぶれていました・・・

 仕方がないので「上州」という焼き肉屋の入り口のメニューを見てみると、意外と安くランチが食べられます。

 ここにしよう!

 「赤城セット」というのを頼もうとすると、スープはプラス100円でミニラーメンに変更可能ということです。

 おーっ!念願のラーメンが食べられる!

 醤油ラーメンが食べたい。

 少し待って出てきたお皿を見ると、結構ヴォリュームがあります。



 肉は、上州牛カルビが4枚、牛ハラミが3枚、豚ロースが4枚です。

 私はポピュラーな肉の中では牛ハラミが一番好きなので、ハラミが付いてる「赤城」を頼んだのですが、他のセットと見比べてみても「赤城」が一番コストパフォーマンスが良さそうです。

 肉を網に載せると、さっそくラーメンを食べてみます。

 お、シンプルだけど美味しい。

 念願のラーメン、嬉しい・・・

 肉が焼けたので頬張ると、やっぱり案の定、ビールが欲しくなりました。



 昼から焼き肉とビール、最高!

 ご飯は1杯だけならお替りができるのですが、しませんでした。

 最後にセットのアイスコーヒーを飲んで、これで税込み1684円。

 ちょっと贅沢なランチでしたが、非常に満足度は高いです。

 まあ、その代わり、夕飯を節約しよう。

 ところで、ここからホテルまでは実はほとんど道一本で行けるのですが、距離的には徒歩1時間くらいかかりそうです。

 すでに2万歩以上歩いていますが、もうこの足の痛みでは限界に来ています。

 なので、最寄りの駒形駅まで歩いて、電車に乗って一駅、伊勢崎駅へ向かいます。



 ホテルの近くにはちょうどよく伊勢崎市のコミュニティーバスのバス停があるのですが、次のバスまで1時間20分あります。

 でも伊勢崎駅の駅前は北口も南口も本気で何もない。

 いや、正確にはスーパーとかはあるのですが、ファストフードとか、ちょっと休憩する場所がないのです。

 なので仕方がないので、駅構内のベンチで時間をつぶします。

 まあ今回の旅は「神武号」を持参したので、こうして今日のブログの記事を書いたりできるので良いですが、昔の旅は、地方の駅で電車待ちするときに本当に時間をつぶすのが大変だった記憶があります。

 伊勢崎駅北口からホテルへ向かう伊勢崎市のコミュニティーバスは、何と料金が0円なのです!

 30分くらい乗って目的地であるオートレース場前に着いたので降りようとしたら、ギャンブラーのおっちゃん達がわんさか乗ってきました。

 別に乗ってくるのは良いのですが、なんと私が降りようとしている降車用のドアからも乗ってきてビックリしました。

 なだれ込んできたおっちゃん達は、まさに椅子取りゲームで座席を取り合っています。

 多分、ここから駅までは20分以上あるようなので、座りたい気持ちも分かります。

 しかしでも、ギャンブラーの人たちが放っている「気」は好きではありません。

 大変な思いをして働いて得た大事なお金を無駄にするのもどうかと思いますが、もし運よく小金を手に入れたとしても、そういうお金は身に付かないので、勝っても負けても良いことはありません。

 まあ、考え方は人それぞれなので、「趣味です」と言われてしまえば否定もできませんがね。

 私も人によっては「無価値」な歴史の本ばっかり買っていますから、ギャンブラーの人たちからすると理解できないでしょう。

 さて、道路を歩いていると、バイクの凄い爆音が聞こえてきます。

 外にいてもコースを走っているバイクの音ってこんなに聞こえるんですね。

 なるほど、この爆音を聞くのもオートレースの楽しみの一つなのかもしれないなあと思います。

 時刻は17時過ぎ。

 いつもなら夕飯を食べることがある時刻です。

 なので、足が痛くて一回ホテルに入ると出てくるのが難しそうなので、ホテルの斜め向かいにある松屋に寄ります。

 オリジナルカレーの大盛り、430円。

 本当は牛肉を付けたいですが、130円高くなるので我慢です。

 ビールも我慢。

 さて、お腹一杯になったのでホテルにチェックインし、さっそく神武号を開けてWWWにつなげようと思いますが、このホテルは無線LANではなく有線です。

 なにげなくケーブルを神武号に差そうとしたら、あ、そうか!このPCにはLANケーブルは繋げなかったんだ!

 うわ、明日の調査ができない。

 それに超ヒマ。

 紙の資料は重量があるのでほとんど持ってきていません。

 テレヴィをつけても面白くない。

 いいや、早く寝よう。

 というわけで、今日も21時過ぎに部屋の明かりを消しました。

コメント (2)

【なんで群馬が人気無いのか?】2015年上毛野紀行その1【面白さMAXなのにね】

2015-05-04 19:35:36 | 歴史探訪
 今日は予定通り上毛野を探訪して、今は前橋駅前のホテルで記事を書いています。

 お金がないのでコンビニで夕飯を買ってきて、ビールを飲んだあとは群馬県吉岡町の柴崎酒造の「船尾瀧」を飲んでます。



 なぜかバックはベルサイユのばら。

 NHKで再放送するらしいですが、良いアニメなので若い人で知らない人はぜひ見てみてください。

 あ、話がずれました。

 今日訪れた史跡は、

 ・総社二子山古墳
 ・愛宕山古墳
 ・宝塔山古墳
 ・光厳寺
 ・蛇穴山古墳
 ・遠見塚古墳
 ・総社城
 ・山王廃寺
 ・国分尼寺
 ・国分寺
 ・国分寺館(ガイダンス施設)
 ・妙見社
 ・上野国府
 ・蒼海城
 ・宮鍋神社
 ・大友神社
 ・総社神社
 ・石倉城
 ・王山古墳
 ・前橋城
 ・前橋八幡

 です。



 ただ、予定したものをすべて見ることはできませんでした。

 意外と私はひ弱みたいで、5時45分に家を出たのですが、15時半くらいにはもう足の裏が痛くなって歩くのが困難になりました。

 それでも何とか頑張って、上記の史跡を消化したのですが、これ以上は無理ぽ。

 歩いたキロ数は分かりませんが、歩数は3万2千歩でした。

 ですので、今日の実績を受けて、明日と明後日の内容をちょっと変える必要があります。

 国分寺のガイダンス施設では職員の方からとても面白い話を聞けました。

 なんとショッキングなことに、上野の七重塔は建築できなかったか、できたとしてもすぐに倒壊した可能性があるというのです。

 詳しくはまた後日お話します。

 ちなみに電車の写真ももちろん撮っています。



 それではまた明日。


 【追記】

 ⇒初日の一発目、総社二子山古墳をアップしました。


コメント

【トラブル発生】帝国陸軍軍人と会食しました【汚水ぶちまけ】

2015-05-03 05:40:46 | 歴史探訪
 昨日はいつもの早朝の病院をやったあと、午前と午後はエアコンをやってきました。

 偶然、午前も午後も多摩ニュータウン駅の近くだったので、昼休みは至近にある東京都立埋蔵文化財調査センターを見学してきました。



 ここに来るのは2度目です。

 初めて来たのは4年前で、当時は私の中で原始時代ブームが起きていました。

 東京都立埋蔵文化財調査センターは、多摩ニュータウンに無数にある遺跡の出土品などの展示紹介も行っており、旧石器や縄文土器をはじめとして近世の遺物まで豊富なラインナップを取り揃えています。

 初めて来た時は平日で他にお客さんがいなかったので、職員の方がマンツーマンで説明してくださり、収蔵庫まで見学させていただくことができました。

 さらに黒曜石の欠片をいただくことができ、それは今でも部屋に飾ってあります。

 今日は土曜日ということで家族連れが結構来ており、館内は賑やかでした。

 考古遺物以外の展示で私がとくに気に入ったのはこれです。



 土鈴(どりん/どれい)というのは土偶の一種で、中が空洞になって玉が入っており、振ると音が出るのです。

 祭祀関連の道具だと思われます。

 その音を聴ける装置なのですが、一番右は我が八王子市のアイドル、楢原遺跡出土の「ドリンちゃん」です。

 あ、「ドリンちゃん」というのは私が勝手に名付けているだけで、個人的にはこの土鈴こそ八王子市のマスコットキャラクターに登用すべきだと考えています。

 実物はいつもは八王子市郷土資料館に展示してありますが、人気者なので他の博物館に出張していることもあります。

 さて、館内の見学を済ませ、建物の背後にある「縄文の村」という公園に行きます。

 「縄文の村」は多摩ニュータウンNo.57遺跡ですが、多摩ニュータウンにはあまりにも遺跡が多いので、すべてに通称が付いているわけではなく、通し番号で呼ばれる遺跡が多いです。

 ここには竪穴式住居が3棟復元されており、プラプラと公園内を歩いていると、そのうちの1棟の通気口から煙が出ていました。



 写真だと煙は分かりづらいですが、何事だろうかと思い中をのぞいてみると、中で火を焚いていました。



 今日は夏日なので、暖を取るようなシチュエーションではないですが、かなり暖かいので、外にいた職員の方に聴いてみたところ、冬場は外よりも10度くらいは暖かいそうです。

 なるほど、縄文人って意外と快適な生活をしていたかもしれないですよ。

 私なんかは冬場にこの火を囲って、日本酒でも飲んでみたいと思います。

 さて、そろそろ時間が来たので午後の現場に行きます。

 午後のお宅は団地の5階でエレベーターがないので、午前に排出された汚水をポリタンクから一時的にバケツに移して車の荷台に置いておきました。

 エアコンセットは意外と重くてかさばるので、なるべく重いものは持って上がりたくなかったわけです。

 そして作業を開始して、高圧洗浄機で洗う段になって、電源プラグをコンセントに差し込もうとしたら異変に気付きました。

 午前の現場に「三つ口から二つ口に変換する器具」(正式名を知りません)を忘れてきたようなのです。

 なので、急いで午前の現場に取りに行くことにし、慌てて車まで戻り車を発進させました。

 すると、背後の荷台で「ガラガラガラ」と何かが移動する音がして、次の瞬間、「バシャーン」と凄い音がして水しぶきが運転席に飛んできました。

 汚水をバケツに入れて置いておいたことをすっかり忘れていたのです。

 午前の現場の汚水はこれまたことのほか凄かったので、カビやらなんやら混ざった有害な水を大量に車の中にまいてしまいました。

 慌てて行動すると必ず何かが起こる・・・

 そんなわけで、結構クタクタになって仕事を終えると、夜はたかお食堂に行きました。

 今日は私の職場の先輩で2月から某国家権力に転職した粟村さんが研修の前半を終え、たかお食堂で食事したいというリクエストだったので一緒に行ったわけです。

 3ヶ月ぶりに会った粟村さんは、スポーツ刈りで頬もそげ、元々痩せ形ではありましたが、さらに引きしまって非常に精悍な感じに変わっていました。

 その佇まいは帝国陸軍軍人を想起させます。

 寮に入って非常に厳しい研修を受けているようですが、とてもやる気がみなぎっており、頑張っている様子をうかがえて私も嬉しかったです。

 多分、今の粟村さんの姿を掃除の会社の人たちが見たら驚くと思います。

 さてそんなわけで、たかお食堂に4時間くらい滞在して家に帰ると、睡魔が襲ってきてすぐに寝てしまいました。

 そして今日は意味もなく3時50分に起床して、まだ少しぼーっとしています。

 今日は明日からの上毛野紀行のための準備をしようと思います。

コメント