日本史大戦略 Side-B 附 歴史を歩こう協会 ~日本各地の古代・中世史探訪~

『日本史大戦略』のB(Blog)面です。城・館・古墳・古道・官衙・国分寺・神社・寺院・民俗・エミシ・南部氏・後北条氏など

【東京都八王子市】講義:考古学からみた大栗川周辺の城館【府中市郷土の森博物館・深澤靖幸先生】

2015-02-26 21:33:03 | 歴史探訪
 最近、埼玉付いていますが、先日、埼玉県入間市に住んでいる従姉が二人我が家に遊びに来ました。

 お土産にたくさんお菓子を持ってきてくれたのですが、その中に埼玉県日高市の亀屋というお菓子屋さんの詰め合わせがあり、従姉たちが帰った後に凄いタイトルのお菓子が入っていることに気づきました。



 霊亀2年!

 これは関東の古代史好きならピンとくると思いますが、霊亀2年(716)は、武蔵国内に高麗郡が建郡された年ですね。

 古代の朝鮮半島に高句麗という国があったのですが、668年に滅びた時に日本に亡命してきた人たちがいました。

 それらの人びとの子孫1799人で新たに作った郡が高麗郡です。

 来年は高麗郡建郡1300周年というわけで、日高市はその高麗郡の故地なのです。

 それにしても当該お菓子は古代史好きには非常に受けが良い名前だと思いますが、ある意味シュール過ぎて、一般の方にしたら意味不明でしょうね。

 写真の通り「トライくん」というキャラクターのシールが貼ってありますが、「トライ」とはもちろん「渡来」のことです。



 中身は白餡で、栗が入っていて美味しいお菓子でした。

 さて、今日は八王子市生涯学習センター南大沢分館で、府中市郷土の森博物館の学芸係長・深澤靖幸先生の講義を受けてきました。

 深澤先生の講演はつい先日、日野で聞いてきましたが、それに関してはこのブログにすでにアップしていますね。

 今日のタイトルは、「考古学からみた大栗川周辺の城館」です。

 私の居住地の高尾と同じ八王子市内の話ですが、大栗川流域はまたちょっと文化の違う地域です。

 当該地域には多摩ニュータウンという巨大な団地があって、それを作る際に沢山の遺跡が発見されており、旧石器時代から近世まで、遺跡の宝庫となっています。

 したがって中世の屋敷跡や城館跡も多数発見されており、その中の主な遺跡について講義を受けてきたわけです。

 ところで今日は午前中はお掃除をやって、12時までにはお店に戻ってきて、途中お昼を食べながら、ゆっくり南大沢に行こうと思っていたのですが、現場が若干長引き、コインパーキングも少し遠くて、しかもあまり行ったことがない場所だったので帰り道を間違ってしまって遠回りしたりして、結局お店に戻ってきて退社したのが12時45分、会場に着いたのが13時45分でした。

 13時半開始の講義だったので、15分遅刻です。

 それでも間に合って良かった・・・

 多摩地域に住んでいる方は分かると思いますが、多摩川の南岸には多摩丘陵が展開しています。

 原始時代からずっと、その地域の住居は斜面に造られていたのですが、11世紀になると、段切りといって、斜面を削って平坦な場所を作り、その上に住居を造るようになりました。

 しかもそれを複数段構築する場合もあるそうです。

 その造り方が室町時代になって城館を造るときにも継承されているのです。

 深澤先生のお話は、あくまでも考古学の成果を客観的に述べただけであるので、それをどう解釈するかは、聴いた人がそれぞれ楽しんでみれば良いことだと思います。

 話の最後に、深澤先生がご自身の最も得意な分野の話をされました。

 私は初めて知ったのですが、島根県の大田南八幡宮には全国各地の有力武将が経筒を奉納しており、大石憲重(おそらく父の道俊も)や北条氏綱も奉納しているのです。

 そういった事実にも大変興味を覚えたのですが、それとともに、島根県大田市といったら、私の「名字の地」なのです。

 稲用という苗字は、島根県大田市が発祥ですので、なんか大田市の歴史に一段と興味を持ちました。

 今はまだ訪れる余裕がありませんが、いつかは行って稲用氏や稲用城などとともに調べてみたいです。

 さて、今日も講義のあとに深澤先生とお話したことにより、私が最近考えていたことが「勘違い」だということが分かったりして、「しまったー」という感じでしたが、今日の講義によって私の脳内ではまた化学反応が始まっています。

 会場では、滝山城の会のTさんや、八王子城で出会ったKさん、それに先日の日野郷土資料館で出会ったTさん(こちらもTさんですね)と会いました。

 後者のTさんは、いろいろな講演を聴きに行くのが好きで、レジュメが余っていた場合に多めにいただいてくるそうですが、いくつか私のためにそれらを持ってきてくれていました。

 非常に貴重なものを頂くことができて、Tさんには感謝です。

 講義が終わった後、Tさんは多摩センターにある「パルテノン多摩 歴史ミュージアム」に、現在開催している「絵図で見る多摩の村々」を見に行くということでしたので、私もご一緒させていただきました。

 南大沢から多摩センターへ移動すると、二人ともお腹ペコペコということで、駅構内にある「C&Cカレー」に寄りました。

 C&Cのカレーは私も大好きなんですが、主として京王線のいくつかの駅にあるだけで、あまり食べるチャンスがありません。

 久し振りにC&Cのハンバーグカレーが食べられて幸せでした。

 腹ごしらえが完了すると、「パルテノン多摩 歴史ミュージアム」へ向かいます。

 「パルテノン多摩 歴史ミュージアム」は「パルテノン多摩」という施設の中にあるのですが、「パルテノン多摩」自体は何度か来たことがあっても、ミュージアムには来たことはありませんでした。

 企画展の方は、その名の通り江戸時代の絵図を展示していますが、多摩ニュータウンが開発される前の航空写真なども興味深かったです。

 こぢんまりとした博物館ですが、常設展の方は、国内でも15例ほどしかない「八角形古墳」である「稲荷塚古墳」についての展示や、板碑や関戸合戦についての展示がとくに面白いです。

 常設展の方は全体写真だったら撮っても良いということでしたので、一枚収めました。



 そして当然ながら、ここでも図録などが販売されています。

 売り場に行かなきゃ良いのについつい足を踏み入れてしまい、最初から分かっていたことですが、欲望を抑えることができずにまたもや今日も散財してしまいました。

 ・『特別展 武蔵国一之宮』図録
 ・『特別展 関戸合戦』図録
 ・『多摩地域史研究会第18回大会 中世の狭山丘陵』発表要旨

 他にも欲しい本が5冊くらいありましたが、次回来た時に買おうと思います(それまでに売り切れていないことを祈ります)。

 その後、二人でモノレールに乗って、高幡不動で私は途中下車し、Tさんと別れました。

 京王線の高幡不動駅の改札をくぐると、おっと、左手に立ち食いそば!

 実は先日、たぬさんのブログで立ち食いそばの記事を読んで、それ以来「食べたいなあ」と思っていたので、これ幸いと、食券を買って店内に入りました。

 私は小学校の6年生くらいから、魚釣りで江戸川に行った時や、秋葉原の電気街へ遊びに行った時など、何か用事があって松戸駅を通ると、帰りに松戸駅の新京成のホームにあった(今もある?)立ち食いそばによく寄っていました。

 そこでは必ず「きつねそば」を頼み、当時は確か二百数十円だったと思いますが、そこのそばが大好きでした。

 なので今日も「きつねそば」を頼みましたが、油揚げが私の好きな甘い味が付いた(いなり寿司のような味付けの)揚げで、非常にラッキーでした。

 なかには「きつねそば」でも特に味の付いていない油揚げを載せる店もあるので、そうじゃなくて良かったです。



 一応、椅子席も空いていたのですが、やはり立ち食いそばは立って食べるものだと思ったので、立って食べました。

 立ち食いそば、良いねえ。

 さて、こんな感じで帰宅しましたが、明後日から滝山城の会の会員限定企画である「城郭学習会」で江州へ行ってきます。

 安土城跡と観音寺城跡を見てきます。

 一泊二日で、夜は食べ放題・飲み放題付き!

 当たり前ですが、参加者は全員「城好き」なので、物凄く楽しみです。

 中田先生からは前もって資料を渡されており、「当日までにきちんと予習して来なければ、バスから降ろす」と言われているので、明日、お掃除から帰ってきたら一夜漬けで勉強しようと思っています。

 そんなわけで、江州から帰ってきたらまたご報告します。

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【日野市郷土資料館】山の上にある廃校で末法思想に触れてきました【多摩丘陵の経塚】

2015-02-21 20:30:26 | 歴史探訪
 今日は日野市郷土資料館で開催された、「関東における中世寺院のネットワーク 多摩丘陵の経塚を中心に」を聴講してきました。

 今日も天気は快晴で、高尾駅の京王線ホームからは八王子城跡がくっきり見えます。



 こういった冬晴れの日はすごく近く見えますが、高尾駅から歩いて行くと1時間弱かかります。

 写真のやや右手の奥まった山の頂上の平らな部分が主郭(いわゆる本丸)です。

 ところで、日野市郷土資料館にはまだ一度も訪れたことがありません。

 最寄駅はモノレールの程久保駅ですが、モノレール代がもったいないので、高幡不動駅から歩いて向かいました。

 途中、高幡城跡が見えますね。



 日野市には以前、「日野市ふるさと博物館」という施設があったのですが、「日野市郷土資料館」は、廃校となった高幡台小学校の跡を利用して、ふるさと博物館を引き継ぐ形で平成17年にオープンしました。

 なので外観はモロに小学校です。



 中に入ると、あの小学校独特の匂い。

 懐かしいですね。

 ここは土足厳禁なのですが、私はそれに気づかずに(良く見たら入口に書いてあった)靴のまま館内をうろついていて、職員の方に注意されてしまいました。

 館内では戦後の多摩平の写真展示が行われています。

 最近、豊田駅の北口にイオンがオープンしたので、以前からある西友はヤバイんじゃないか、という話を地元の人はしているのですが、写真展を見ていたら、もっと前には現在のセブンイレブンの場所には伊勢丹ストアーがあり、昭和50年に西友がオープンした煽りを受けて、3年後に閉店したということを知りました。

 なんだか栄枯盛衰ですね。

 いや、個人的には西友は好きなので、イオンに負けずに上手くやっていく方法を見つけて欲しいです。

 さて、会場に行くと、峰岸純夫都立大学名誉教授がおられたのでご挨拶をし、だいたい50名くらいの聴講者の数だったのですが、見渡してみると遠くの方に滝山城の会のNさんも座っていました。

 本日の講師は、府中市郷土の森博物館の学芸員である深澤靖幸先生で、今日の講義の開催を知ってから深澤先生が過去に発表した論文などを調べてみたところ、見事に私と興味の対象が合致したので、今日はとても楽しみに来たわけです。

 話の内容について細かいことは記しませんが、経塚というものは紙に記されたお経を、主として銅製の経筒に入れて、それを地下に埋めたもので、外観は塚状になっていることから経塚と呼ばれています。

 記された経典は法華経が多くて、当初は末法思想(仏教的に世の中が衰退して行くという考え)に関連して11世紀から始められたものが、のちに追善供養や現世利益などの目的を持つようになり、関東地方では12世紀に盛行します。

 そしてその分布をみると、とくに多摩丘陵と旧荒川沿いに多く見られますので、今日お話を聴いた感じでは、私は秩父平氏の南下および、それと縁戚となった多摩の横山党と何か密接な関係があるのではないかと睨みましたが、まだまだ全然知識がないので、今後の課題としたいと思います。

 講義が終わった後に深澤先生に先生の論文が読みたい旨をお伝えしたところ、八王子の中央図書館にも送っているということでしたので、今度行って読んでみようと思います。

 実は先日、Webから検索してみたのですがヒットしなかったので、多分私の検索の仕方が悪かったのだと思います。

 そして私の場合は、資料館に行った時には必ずそこで販売している書籍を買って帰るのですが、館内を歩いたところ、見本の展示がされていませんでした。

 そのため事務室を訪ね、紀要を立ち読みさせていただき、ふるさと博物館時代の紀要の4号と5号を購入しました。

 4号は1994年度に出されたものなのですが、何と!特集は「日野の中世城館跡を探る」です。

 峰岸さんも執筆に加わっており、最近お城の本をよく出されている西股総生さんも執筆されています。

 この資料は、実は知る人ぞ知る日野市域の城郭研究の必携資料で、私は確か福生の図書館でコピーしたものを持っているのですが、本になっている方が便利なので、1時間分の時給を払って購入しました。

 まだ在庫はあるようなので、持っていない人はいますぐ日野郷土資料館へ走りましょう!

 山の上なので、息が切れると思いますよ!

 そんなわけで、事務室で職員の方と話していると、もうお一方入ってきて、「紀要の4号をください」と声を掛けてきました。

 「私も4号を買ったんですよ」と話しかけると、私の顔を見たその方は「あれ、もしかして稲用さんですか?」と問われ、今日もまた身元がバレてしまいました。

 その方(Tさん)はお会いするのは初めてだったのですが、何と以前からツイッターで相互フォローをしている方で、このブログも見ていただけているそうです。

 さて、用も済んだのでTさんと一緒に資料館を出て駅まで歩いていると、「ブログに良くラーメンのことを書いてますよね」と言われ、話してみるとTさんも結構ラーメンが好きみたいです。

 「この辺でおすすめのお店はありますか?」と聴かれたので、高幡不動であったら小川か美豚が個人的に好きだと話したところ、Tさんは帰りがけに小川に寄ってみますとのことでした。

 実は私は今日の昼は高尾の香味屋でつけ麺を食べたのですが、まあ、醤油味のつけ麺と小川の濃厚豚骨ラーメンは距離感があるので、私も一緒に小川に寄って、ビールを飲んで、ラーメンを食べてお別れしました。

 Tさんはご自宅が我が家から比較的近いので、また今度ゆっくりお話できればと思います。

 そしていつものごとく、たかお食堂をPRしておきました^^

 私の個人的な野望では、たかお食堂を八王子近辺の歴史仲間が集う店にしたいと思っています。

 カッコ良く言えば、「サロン」ですね。

 いつ行っても誰かしら歴史好きが座っていて、食事をしたり飲んだりしながら少しの時間を楽しんで帰ることができれば嬉しいなあと思っています。

 おっと、こんなことはマスターは望んでいないかもしれませんが、もちろん私は、人としてちゃんとしているかどうかを見極めてからたかお食堂を紹介していますので、変な人は来ないと思います。

 稲用、お前が一番変だろう!

 御意。

 さてそんなわけで、今日も新たなお友達ができて有意義な一日でした。

 明日は久し振りに休日出勤です。

 ここのところ仕事が少なくて、たまには多めに働かないと経済的にどうにもならなくなるので、明日もお掃除を頑張ってこようと思います。

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【埼玉県狭山市】お城で過ごすバレンタインデー【柏原城(城山砦)】

2015-02-14 23:17:11 | 歴史探訪
 先日の日曜日に埼玉県狭山市立博物館で名雲康仁先生の柏原城についての講演を聴いてきたのですが、今日はその実地踏査編ということで、博物館が主催した柏原城跡の見学会に参加してきました。

 10時、12時、14時に各回45名限定で、博物館から柏原城までバスを出していただけるということです。

 ただし先着順なので、私は9時15分には博物館に着きました。

 でもその時点ですでに10人くらいいます。

 列に並んで待っていると、滝山城の会の方が偶然私の後ろに並んで、それにもうお一方を交え、始まるまでしばらく城話をしていました。

 話しているうちは気付かなかったのですが、ふと見ると列は長蛇となっています。

 ギリギリ55名までバスに乗せるということでしたが、漏れてしまった人は12時からの回に回されます。

 さて、10時になると、バスに乗せられて現地まで運ばれて行きました。

 今日のガイドも名雲先生が務められて、最後見学を終えた時にご挨拶したところ、今日は3回とも案内するということで、結構ハードだと仰っていました。

 時間の都合で現場での案内時間は15分くらいだったのですが、分かりやすい説明で、あまり中世城郭になじみが無さそうな方も、「ふんふん」と頷きながら熱心に説明を聴いていました。



 というわけで、詳細はまた後日ホームページ上にアップします。

 現地での見学が終わると、帰りは私はバスに乗らずに、独りでしばらく城跡を調べて、ついでにヴィデオなんかも撮ってみました。

 そして、新狭山駅まで歩いて行くことにしたのですが、途中、「いただき」という塩ラーメンの専門店がありました。

 私は以前からお伝えしている通り、味噌や辛味噌、そして豚骨や豚骨醤油が好きで、塩はほとんど食べないのですが、お店を見ると駐車場も一杯ですし、何となく美味しそうな予感がしたので入ってみることにしました。

 注文したのは塩ラーメンとお茶漬けのセットです。



 お茶漬けと言っても、麺を食べた後に残ったスープをご飯に掛けて食べる方式です。

 このお店は以前は豚骨ラーメンのお店だったらしいですが、店主がお客さんの健康のことなど、思うところあって、身体に悪いものは使わないラーメンを追求した結果、現在の塩ラーメンを生み出したそうです。

 なんて、なんで初めて入ったお店のそんな情報を知っているのかというと、カウンターに置かれたメニューの裏に、そこらへんの説明がしっかりと文章化されていたからです。

 さて、それはそれとして、肝心のお味ですが・・・

 うわ、これ凄い!

 超絶旨いです!

 塩なのでアッサリ目なんですが、それでいてきちんとコクもあって、何が言いたいのかが非常に明確に伝わってくるスープです。

 味がぼやけていない。

 それに、チャーシューほかの具も一つひとつ美味しい・・・

 これは正直、私が今まで食べた(といってもあまり食べていませんが)塩ラーメンの中でナンバーワンかもしれません。

 私のお店の近くの「十八製麺」の辛塩つけ麺は絶品ですが、「辛」ではなく純粋な塩ラーメンではナンバーワンでしょう。

 「いただき」の場所は、国道16号線の新狭山2丁目の交差点の角です。

 なんて、私が宣伝しなくても、多分ここはすでに有名店なんでしょうね。

 お店の方も非常に感じが良くて、とても良い雰囲気の店だったので、また近くに行くことがあったら必ず寄ります。

 さて、今日も美味しいラーメンが食べられて幸せ気分に浸ったわけですが、帰り際に所沢の航空公園と所沢航空発祥記念館に寄ってみました。

 飛行機好きのくせに一度も行ったことが無いことを今まで負い目として日蔭の道を生きてきたので、それを払拭しようと航空公園駅で途中下車してみたわけです。

 お、入口にはYS-11が!

 世の中には尻フェチの人がいますが、「メカ尻フェチ」の人にはこういう写真は堪らないのではないかと思います。



 え、自分のこと?

 館内は下の写真だけ見ると、模型屋さんみたいですね。



 子供のころに通った模型屋さんに、上のような感じに飛行機のラジコンが吊るされていました。

 館内の展示では、個人的には陸軍の91式戦闘機の機体の一部に感動しました。

 1931年に正式採用された91式戦闘機から日本の航空機製造技術は加速度的にアップしてきて、陸軍の場合は97式戦闘機(1937年)で世界の水準に追いつき、やがて1式戦闘機「隼」(1941年)という傑作機を生み出します。

 さっきの塩ラーメンにも痺れましたが、91式戦闘機の実機(一部ですが)にも痺れました。

 ここにはフライトシミュレーターなんかもあって、子供から大人まで楽しめる施設ですね。

 私はかねがね、戦闘機のパイロットになりたいと思っていましたが、最近では急降下爆撃機も良いなあと思い始めました。

 99式艦上爆撃機を操って、敵の空母に突撃したい。

 はて、この人は何を言っているんでしょうか。

 電車の場合は、子供の頃はどういうわけか運転士よりも車掌がやってみたかったです。



 さて、航空発祥記念館を見学して航空公園の中を駅へ向かっていると、偶然にも公園のすぐ横に所沢市立図書館を見つけてしまったので寄ってみました。

 そうしたら読みたかった貴重な本がたくさんあり、今日もまたコピー代で散財して、家路に着きました。

 あ、ところで話は戻りますが、さきほど柏原城跡の見学の様子をヴィデオに収めたと言いましたが、YouTubeにアップしたのでよろしかったら見てみてください。



 博物館のツアーの人たちが帰った後に、独りでこっそりと録画しました。

 先日お伝えした通り、私は最新兵器(「神武号」と名付けた)を入手したので、それで試しにヴィデオを撮ってみたのです。

 やはり、オンマイクで音声を入力するわけではないので、少し離れて喋ったところ音声が小さかったです。

 ですので、お好みで音量は調整してご覧ください。

 というわけで、明日は「NPO法人 滝山城跡群・自然と歴史を守る会」の定例活動で、滝山城跡の竹林伐採に行ってきますよ!

 手伝っていただける方は随時募集していますので、興味があったらご連絡ください。

 明日の次は3月15日(日)の予定です。

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【埼玉県狭山市探訪】私は鉄ではありません、単に電車好きなだけです【講義:謎の城・柏原城】

2015-02-08 20:43:32 | 歴史探訪
 お掃除が休みの日はほぼ毎日、どこかに歴史関連で出かけている私ですが、今日も埼玉県狭山市立博物館へ出張ってきました。

 まず中央線で国分寺まで行きます。

 国分寺にはちょっとした縁があってよく来ているのですが、中央線の向かい側にいる西武国分寺線には乗ったことがありませんでした。



 以前から乗ってみたいなあと思っていたのですが、今日やっと、念願が叶います。

 それにしても、西武線はやっぱり黄色じゃなきゃダメですよね!

 電車に乗り込むと、昔ながらの私鉄な感じの車内、そして車窓の景色。

 最初複線だった線路も東村山につく頃には単線になっていることに気づきました。

 騒音が結構大きくて、車内アナウンスがほとんど聞こえないのも、これまた懐かしい感じです。

 4駅で終点の東村山に到着です。

 東村山というと、私の世代ではドリフの志村けんを思い出します。

 ♪ひがしむらやーまー

 というやつですね。

 当時はなんだか東村山っていうと東京都内の田舎という感じを持っていましたが、その小学生が長じた現在、東村山よりもさらに奥地の高尾に住んでいます。

 さて、東村山ではまた違う西武線に乗り換えます。

 お!シートがふわふわのやつだ!

 最近の電車はシートが硬めなので、なんか昔の地元の電車(新京成)を思い出します。

 私はこういうタイプのシートの方が好きですね。

 1駅乗って所沢で降ります。

 今乗ってきた電車。



 所沢駅で一回改札を出てみます。



 所沢駅は初めて降りましたが、意外と都会ですね(市民の皆さん、スミマセン!)。

 時刻的にももうすぐお昼なので、所沢で何か食べてみましょう。

 おや、雨が降っていますね。

 折り畳み傘を拡げて、駅前を眺めてみると、何か食べ物屋さんがありそうな雰囲気の通りがあります。



 花月、日高屋・・・

 うーん、所沢に来てまでフランチャイズはどうかなあ。

 お、四川料理の店を発見!



 ここにしましょう。

 黒ゴマ担担麺と半ライスを注文。



 うーん、寒い日のラーメンはまた格別ですね。

 それでは改めて、今度は西武池袋線に乗りましょう。

 あ、なんか特急もいる。



 電車に乗り込み、目的地の稲荷山公園駅の近くまで来ると、航空自衛隊の入間基地があります。

 戦闘機とかいないかなあ。

 お、あれは、川崎のC-1か?

 あの形状はそうだと思うのですが、私が中学生の時に主力で飛んでいた輸送機なので、今でも使われているのでしょうか?

 幻でも見たのかな?

 稲荷山公園駅に到着。

 うわ、雨が本降りになってる・・・

 「今日はお寒い雨の中、当博物館へお越しいただき、まことにありがとうございます」

 とか、変声で独り言を言いながら博物館を目指します。

 あ、ありました。



 現在の展示はこれです。



 狭山市立博物館は珍しいことに、常設展が写真撮影NGで、企画展がOKということです。

 「普通と逆ですね」と受付の方に言うと、「そうなんです」と彼女はほほ笑みました。

 なお、入館料は150円です。

 中に入ると、入口の部分に実物大の土塁と空堀の展示説明があります。

 説明を読むと、なるほどと思いました。

 というのは、空堀に降りた攻撃側に対して、防御側は土塁の上から身を乗り出して鉄砲を打つのですが、攻撃側は相手が身を乗り出したのを見つけた瞬間、槍で突くのです。

 なので、空堀の深さプラス土塁の高さが槍の長さより少なかったら意味が無いのです。

 説明では槍の長さは3間としていましたので(地域によって2間だったり2間半だったりすると思いますが)、つまり5.4メートルよりも高低差を付けなければなりません。

 実物大の展示解説に感じ入った後は、常設展を見ます。

 旧石器時代から現代までの展示で、綺麗な感じに展示されています。

 それにしても縄文土器を見ていつも思うのですが、アートの感性というものは、1万年前も現代も一緒なんですね。

 もちろん縄文土器は実用品であって芸術品ではないのですが、やはり普段から使う道具は素敵なデザインの方が良いと思うのは今も昔も同じで、昔の人も手に入る道具(縄など)を使って、素晴らしいデザインを生み出していたのです。

 まあ、当時は呪術的な意味合いでのデザインということもあると思いますが、我々現代人の心に響いてくる土器は見ていて飽きません。

 それでは次に、企画展を見ます。

 入ってすぐに目に飛び込んできたのは、城跡のジオラマです。

 角馬出のジオラマ!



 武田氏の城郭に多い丸馬出のジオラマ!



 城はできるだけ丸く作るほうがよいというのが軍学のいうところですが、なるほど丸い方が防御力が高そうです。

 そして、内枡形のジオラマ!



 空堀はこんな感じに梯子をかけて登ったりもしたのですね。



 ロープをかけて登っている兵もいます。

 これらのジオラマの良いところは、ちゃんと人間を設置しているところですね。

 そして、狭山市内で唯一の中世城郭である柏原城のジオラマもあります。



 いやー、これは凄いですねえ。



 私はこういうのを見るのが大好きで、時間さえあればずっと見ていたいです。



 それと、「伊澤昭二コレクション」という甲冑などの展示も圧巻です。

 良くもまあ、こんなに集めたなあと思っていると・・・

 あ!強右衛門さん!



 私が初めて強右衛門さんのことを知ったのは高校生の時ですが、今でも思い出すと胸が熱くなります。

 さて、定刻になったので、講演会の会場に行きます。

 あ、講演会の説明をしていませんでしたね。

 今日の主たる目的は、「狭山市の中世城郭 柏原城」という講演を聴くことだったのです。



 講師は名雲康仁先生です。

 実は私は名雲先生のことは存じ上げていなかったので、狭山在住の普通の郷土研究家の方かなと思っていたのですが、司会の方が述べた先生のプロフィールを聴いて驚きました。

 先生は小学生の時に会津の鶴ヶ城を探訪して城に目覚めたということでしたが、偶然にもこれは私と同じです。

 私も鶴ヶ城で城に覚醒した人間です。

 ただし私は先生よりもずっと遅く、20代半ばでしたが。

 まあ、それは別に良いとして、先生は中学生になると伊礼正雄さんという戦後の中世城郭の研究を牽引していた方の研究会に入り(最年少メンバー)、今ではもう大御所となった小和田哲男先生たちと切磋琢磨したそうです。

 そして偶然ながら、昨日私がご自宅へ遊びに行った某大学名誉教授とも懇意にされているということでした。

 さて、内容はどのようなものだったのかというと、結論だけ述べますと、謎の城郭とされる柏原城は、後北条氏の河越城攻略を阻止するために、扇谷上杉氏が河越城の防衛を担わせるために造った城だというのが先生のお考えです。

 一方、私は扇谷上杉氏よりかは山内上杉氏の匂いを感じているのですが、考えがまとまったら直接先生にお訊ねしてみようと思っています。

 講演が終わった後は、いつものようにツカツカと先生に近寄り、名刺を差し出したところ、私が所属している「NPO法人 滝山城跡群・自然と歴史を守る会」のこともよくご存じで、しかもとても話好きな方でしたので、もう一人の青年を交え、短い時間でしたが楽しいお話を伺うことができました。

 まあでも、先生もお忙しいと思うので、また後日、日を改めて詳しいお話をお伺いしたい旨をお話して、会場を出ました。

 会場の外ではさきほどの青年としばらく立ち話をして、こういう若い方が地元の歴史に興味を持って調べて行ってくれれば、研究もより一層盛り上がると思うので、私は狭山市民ではありませんが、なんかとても嬉しかったです。

 というわけで、また電車に乗って家を目指します。



 なんか、今回は電車写真ばっかりですね。



 もしかして、稲用さんって、鉄?

 いや、そんなことはないです。

 単なる電車好きです。

 決してマニアではありません。

 というのも、このページの写真の車両の形式も知りませんし、詳しいことは全然分かりません。

 でも確かに小学生の頃は完全に鉄道マニアだったので、今でも電車を見るのが好きなのです。

 飛行機もそうなんですが、外見を眺めているだけで癒されるタイプです。

 メカ的なことにはまったく興味がありません。

 乗るのも好きですが、乗ってしまうと外見が見れないので、以前は、「自分が電車に乗っているところを外部の車やヘリから撮影して、それに自作の音楽を付けたプロモーションヴィデオ」を作って、あとでそれを自分で見るということをやってみたいなあと思ったものです。

 うわー、なんかキモッ。

 あ、そう言えば、こんなヴィデオなら4年前に作りました。



 撮影・編集・音楽ともに私です。

 京王線6000系が引退するということで、記念に撮影しに行き、テーマ曲を作って乗っけました。

 撮影中は、大学生のような男の子が背後で友達に向かって、「あんなことして、あいつ恥ずかしくない?」とか囁いているのが聞こえてきました。

 いや、そりゃあ恥ずかしいさ・・・

 でも俺はこれをやらなければならないんだ!

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【速報】シンポジウム「戦国時代は関東から始まった」を聴講してきました【埼玉県嵐山町】

2015-02-01 21:35:59 | 歴史探訪
 今日もまた武州北部(埼玉県)へ行ってきました。

 今日は、嵐山町にある嵐山史跡の博物館が主催した「戦国時代は関東から始まった」というシンポジウムを聴講しに行ったのです。

 ※こちらにあった記事はホームページ『日本史大戦略』に移動しました。


 ⇒富士浅間神社古墳 (東松山市)


 ⇒諏訪山29号墳 (東松山市)


 ⇒東武鉄道高坂構外側廃線 (東松山市)


 ⇒高坂館および高済寺古墳 (東松山市)




 ⇒稲荷塚古墳 (嵐山町)




 ランチは嵐山のB級グルメ「辛もつやきそば」。



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