日本史大戦略 Side-B 附 歴史を歩こう協会 ~日本各地の古代・中世史探訪~

『日本史大戦略』のB(Blog)面です。城・館・古墳・古道・官衙・国分寺・神社・寺院・民俗・エミシ・南部氏・後北条氏など

【今年のまとめ】今年も一年間ありがとうございました

2014-12-31 15:14:55 | 雑談
 一昨日の月曜日は、お掃除が少し早く終わったので、高尾の京王ストアの5円コピー機で図書館から借りてきた本をコピーした後、オープンと同時にたかお食堂へ行きました。

 1.たかお食堂

 たかお食堂はこの日が今年最後の営業だということで、少し経ってから飲み仲間のSさん(70代)が入ってきて、Sさんがボトルキープをしている芋焼酎をいただいていると、今度はオープン直後からの飲み仲間であるKさん夫妻(ともに60代)が入ってきました。

 Kさんは、「なーんだ、あきらちゃんがいるなら俺帰ろうかな」とか言っていましたが、結局4人で忘年会を始めてしまい、「若い者が遠慮しちゃダメだよ」と、Sさんがどんどん芋焼酎をついでくれるので、結構大量にいただいてしまいました。

 高尾駅の近くは意外と定食屋が不毛なので、牛丼チェーンでも良いからできないかなと思っていたところ、今年の5月にたかお食堂がオープンして、それ以来週に1~3回行っています。

 たかお食堂は安くて美味しくて、マスターも奥さんも親切で、お店の雰囲気も好きですし(禁煙なのはベリーグッド)、たくさん飲み仲間ができました。

 生まれて初めて、いわゆる「行きつけのお店」ができたわけです。

 本当にありがたいお店です(下の写真はソースかつ丼)。



 ⇒たかお食堂のメニューはこちら(画像付き)

 2.お掃除

 さてそんな感じで、芋焼酎が体質に合っている私は、昨日はもちろん二日酔いにはなりませんでしたが、今年最後のお掃除の仕事をやったあと、お掃除のメンバーで忘年会をやりました。

 お掃除に関しては、1年間で行った現場数は延べ763ヶ所、きつい現場も沢山ありましたが、思い出すと疲れるのでここには書きません。

 でも、SEでバリバリやっていた頃と同じくらいの時間を働いても、精神疲労がほとんど無いのが良いです。

 1年間、ほとんどストレスを感じることなくお仕事ができました。

 体格が少し改善されて、ちょっと筋肉チックな身体になったのも思わぬ副産物です。

 やっぱり毎日それなりに身体を使って、重たい物とかを持っていると、体格って変わるし、力もついてくるんですね。

 3.ラーメン

 そして今日は、滝山城跡に「城納め」に行こうと思っていたのですが、それよりか、最近行った城跡のレポートも完成していないので、そっちを優先させようと思い、朝から作業に取り掛かり、お昼に西八王子の「いっしん」で「ラーメン納め」をしてきました。

 仕事の都合上、今年はラーメン・つけ麺・油そばは合計300杯くらい食べて、私的にはかなりグルメな1年を過ごすことができたと思っています。

 それらの中で好きなラーメンを思いつくままに列挙すると、

 ・いっしん(西八王子) 煮干し出汁の辛味噌ラーメン 【味噌ラーメンでナンバー1】



 ・樽座(小宮) エビ出汁の味噌ラーメン

 ・大勝軒(八王子) つけ麺 【つけ麺でナンバー1】

 ・大和家(八王子) 家系ラーメン

 ・田田(八王子) 二郎系ラーメン

 ・太公望(秋川) 油そば 【油そばでナンバー1】

 ・アジア軒(滝山) 中華麺

 ・香味屋(高尾) らあめん及びつけ麺 【八王子ラーメンでナンバー1】

 ・ラーメン小作(小作) 醤油ラーメン

 ・御殿(八王子) 醤油ラーメン

 ・たまぞう(府中) 醤油豚骨ラーメン

 ・十八製麺(高倉町) 辛塩つけ麺

 ・江川亭(八王子) 醤油豚骨ラーメン

 ・湘南乃家(瑞穂) 家系ラーメン

 ・町田屋(町田) 家系ラーメン

 ・小川(高幡不動) 豚骨ラーメン

 ・小川流(みなみ野) つけ麺

 ・美豚(西八王子) つけ麺

 ・西海(高尾) アゴ出汁の豚骨ラーメン



 ・三代目のぶ(河辺) つけ麺

 ・楓(大和田) つけ麺

 を思い浮かべます(なお上記の並び順はランキングではありません)。

 実は家系も二郎系も掃除の仕事をするまで「どうせ若者の食べるラーメンだろう」と見くびって食べたことが無かったのですが、食べてみたら両者とも非常に美味しいことに驚きました。

 40歳を過ぎてから家系や二郎系を食べ始める人も少ないかもしれませんね。

 4.歴史

 さて、ついでに今年のトピックをあげてみると、歴史ライティングのお仕事としては3冊のムックあるいは書籍の一部を執筆しました。

 ●『日本の寺 完全名鑑』(廣済堂ベストムック)/廣済堂出版

全国ビジュアルガイド 日本の寺 完全名鑑 (廣済堂ベストムック262号)
廣済堂出版


 ●『国分寺を歩く』/イカロス出版

国分寺を歩く (日本六十余州 全国分寺を完全収録)
 
イカロス出版


 ●『日本の神社 完全名鑑』(廣済堂ベストムック)/廣済堂出版

全国ビジュアルガイド 日本の神社 完全名鑑 (廣済堂ベストムック273号)
 
廣済堂出版


 え、たったの3冊!?

 と思われる方もいるかもしれませんが、マイペースで良いんじゃないでしょうか。

 今年も「ちょい役」だったので、来年こそは主役を張れるように頑張ります。

 一方、趣味の歴史に関しては、「NPO法人 滝山城跡群・自然と歴史を守る会」に入会してボランティアを始めたのは大きいです。

 お陰で、中田正光先生の「自称」弟子になれましたし、会の皆さんからもたくさんのことを教わることができて、とても勉強になるし、月に1回の滝山城跡の下草刈りも楽しんでやっています。

 今年は講演会にもたくさん出かけ、数多くの先生方から学ばせていただき、また思いもよらぬビッグネームの方から知遇を得ることもできました。

 私は高尾に住んで10年ですが、10年も同じ所に住むと「郷土愛」みたいなのが芽生えてきて、今年はとくに八王子をはじめとした多摩地域の郷土史や、関東地方の戦国時代の歴史や城跡を集中的に勉強しました。

 資料もすごくたくさん集まったので(あまりにも集まったので全然読み込みが追い付かない)、来年は今年集めた大量の資料の読み込みをしながら研究を深化させていこうと思っています。

 なお、今年訪れた城跡は以下の通りです。

 ・滝山城跡(八王子市) 4回

 ・浄福寺城跡(八王子市) 2回

 ・八王子城跡(八王子市) 1回

 ・岩殿城跡(山梨県大月市) 1回

 ・要害城跡(山梨県甲府市) 1回

 ・甲府城跡(山梨県甲府市) 1回

 ・躑躅ヶ崎館跡(山梨県甲府市) 1回

 ・新府城跡(山梨県韮崎市) 1回

 ・鉢形城跡(埼玉県寄居町) 2回

 ・菅谷館跡(埼玉県嵐山町) 1回 

 ・杉山城跡(埼玉県嵐山町) 1回 

 ・中城跡(埼玉県小川町) 1回

 ・小机城跡(神奈川県横浜市) 1回

 合計18回。

 粟村さんが山梨に連れて行ってくれたのは大きかったですし、久し振りに城を堪能した1年でした。

 5.音楽

 あと、昨年の10月の終わり頃、最後の現場からお店に向けて車を走らせていると、カーラヂオから80年代テクノ/ニューウェーヴ風の凄く良い曲が流れて来ました。

 助手席にいたMさん(現役のベーシストでかつてメジャーで活躍)に誰の曲か聴くと、「サカナクションです」という答えが帰ってきました。

 私も元ミュージシャンのテクノ野郎の端くれですが、最近の音楽には疎く、テレヴィもほとんど見ないため、サカナクションの名前は初めて聞きました。

 あとでYouTubeで調べたら「ミュージック」という曲だったのですが、それ以来、YouTubeで聞きまくっていました。

 なので、今年はサカナクションのアルバムを1年かけて全部(6枚)集めてしまいました。

 昔はそのアーティストを気に入ると、一度に全部のアルバムを購入したりしていましたが、今はそういうバブリーな状況ではないので、サカナクションに関しては、2ヶ月に1枚ずつ集めていったのです。

 また、ピンクレディーも良いと思いましたが、ユーミンの曲の面白さにも目覚め、結果的に今年はサカナクションとユーミンを聴きまくった1年でした。

 「ミュージック」



 「夜の踊り子」



 6.貯金箱

 さて、グニャグニャと語ってきましたが、今日は大みそかということで、貯金箱を開けてみました。





 元旦から毎日少しずつ貯金箱に入れて行ったのですが、チリも積もれば何とやらです。



 数えてみたら、49,800円貯まっていました。



 半分は好きに使うことにして、半分は来年度の貯金箱に繰り越します。

 7.まとめ

 以上、今年は社会人になって一番充実した1年でした。

 結婚する前の2年間(22~23歳の頃)もバリバリ働いて充実していたことは確かですが、当時はプライベートに関しては彼女と飲んで食べてデートして寝て、ということばっかりやっていて趣味であった音楽活動もほとんどできていませんでしたので、それに比べたら非常に「生産的」な1年だったと言えます。

 まあ、来年はかなり厳しい状況が予想されるので、その対策を講じていかなければなりませんが、親からもらったこの身体さえあれば何とでもなると、将来に関しては希望しかありません。

 娘も新選組関連の古文書の解読をしたり(活字ではありますが)、家紋の研究をしたりして、私の守備範囲外のことを積極的にやってくれているので、そっち方面は娘に任せることにして、私は日本の原始・古代・中世を中心にこれからも研究して行こうと思っています。

 そして、10年か20年経って、娘がある程度書けるようになったら、親子で日本の歴史の通史を書くのが新たなる目標になりました。

 というわけで、長々とお話しましたが、また来年も宜しくお願い致します。

 ・・・さて、そろそろビールを開けて、飲みながら歴史の続きをするかな。

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【速報】杉山城跡・菅谷館跡・中城跡【埼玉の城めぐり】

2014-12-28 21:34:14 | 歴史探訪
 今月は8日から先週の金曜日(26日)までの19日間で、お掃除の休みは1日しかなくて、しかもその日も滝山城の下草刈りのボランティアに行きましたので、実質、その間は働きっぱなしでした。

 そのため、先週の木曜日に24時まで仕事をして、翌日が7時からだったので、そこでもうクタクタになって、金曜日はフラフラしながら帰りました。

 たまたま昨日と今日はスケジュールが変更になってお掃除が休みになっていたので、当初は昨日、埼玉県嵐山町まで行こうと思っていたのですが、金曜がそんな状態だったので、昨日は朝ゆっくり起きて、1日中ダラダラしていました。

 そして今日は疲労が回復したので、5時過ぎに起きて、6時前に家を出て埼玉県のお城めぐりをしてきました。

 なぜこんなに切羽詰まって出かけたのかというと、現在、埼玉県立嵐山史跡の博物館で、「企画展 道灌の時代 戦国時代は関東から始まった」が開催されており、開期自体は来年までなのですが、なんと目玉である太田道灌の軍配(大将が持つもので、相撲の行司が持っているやつ)が、本物の展示が今日までで、来年からレプリカの展示になってしまうのです。

 なので、是非とも今日までには行かなければならないという状況だったので、今日行って来たわけです。

 しかもどうせ行くのなら近所の城跡も見ようと思い、既述した通り6時前には家を出て、電車に乗って嵐山へ行ってきました。

 その詳細は後日レポートするとして、本日訪れた城跡は、嵐山町の杉山城跡と菅谷館跡、それに小川町の中城跡の3つです。

 他にも古墳なんかも見てきて、非常に充実した1日となりました。

 今日は久し振りに万歩計を持って行ったのですが、2万8800歩歩いて、歩行距離は17.3kmでした。

 まあでも、ハードコアな山城に行ったわけではなくて、ただ単に歩いただけなので、何てことはありません。

 ただ途中、いつものごとく資料を購入したりして、リュックがどんどん重くなって行ったので、それはそれで肩が凝りました。

 そんなわけで、本日の収穫物は以下の通りです。



 嵐山史跡の博物館と小川町の書店で、本を合計8冊も買ってしまって、おまけに例のごとく日本酒(地酒)も買ってしまい、いつもながら自分は頭がおかしいのではないかと思います。

 しかも写真の上の3冊は、Amazonでも購入できるのにも関わらず、現地の本屋さんの売り上げに貢献できればと思い買ってしまいました。

 さて、そんな感じで、明日と明後日お掃除に行けば、31日から1月4日まで5連休です。

 その休みの5日間もやることが沢山あるのですが、まあそれはそれとして、明日と明後日は頑張ってお掃除してきます。


 ⇒杉山城跡探訪が完成しました(ここをクリック)

 ⇒菅谷館跡探訪が完成しました(ここをクリック)

 ⇒中城跡探訪が完成しました(ここをクリック)

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【東京都日野市の室町・戦国】急きょ、歴史講演会を聴きに行ってきました【峰岸純夫さん】

2014-12-20 19:05:22 | 歴史探訪
 今日は午後から用事が入っていたので、お掃除は半ドンにしてもらっていました。

 ところが、用事がなくなったので、午後はゆっくりしようと思っていたところ、昨日の夕方に滝山城の会から連絡があって、今日の午後に同会の会員でもある中世史研究家の峰岸純夫さんの講演があることを知ったので、ナイスタイミングということで、今日はお昼に仕事を終えると、会場である日野市役所の会議室へ行ってきました。

 テーマは知っていたのですが、どこの主催かもまったく分からず、とりあえず身体だけ持って行ったわけです。

 そうしたら、どうやら事前予約が必要だったようでした。

 でも入れてもらえたので座って待っていたところ、日野市郷土資料館の主催のようでした。

 まあ、それはそれとして、テーマは「日野市域における中世武士 ―高幡高麗氏と高幡不動 真慈悲寺―」です。

 主として室町時代から戦国初期にかけての日野市の高幡不動周辺の領主だった高麗氏の歴史についてでしたが、峰岸さんも最近は教科書に出てくるような有名な戦国大名ではなく、地方の土豪のような武士たちに興味が移っているということで、私もまさしく同じ路線ですので、今日の2時間の講演は非常にエキサイティングでした。

 あ、ところで、なぜ「峰岸先生」と呼ばないのかというと、峰岸さんが「僕はもう先生じゃないですから、先生と呼ばないでください」と仰るので、普通に「さん付け」で呼ばせていただきます。

 でも実際は、私からして先生に当たる中田正光さんのさらに先生であるので、なかなか「さん付け」で呼ぶのは抵抗があります。

 終わった後に少しお話させていただいたのですが、前回お会いしたのが3ヶ月前で、今日は2回目だったのにも関わらず、私のことを覚えてくださっていて嬉しかったです。

 今日は非常に得るところの大きい2時間でしたので、私もそれを元にさらに研究を進めてみようと思います。








 

御城プロジェクト~CASTLE DEFENSE~

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