日本史大戦略 Side-B 附 東国を歩く会 ~日本各地の古代・中世史探訪~

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武州は今が桜の見頃です

2014-04-02 19:12:24 | 雑談
 武州は今、桜の季節真っ盛りで、外を走っていてもいたるところに桜並木や桜の木がピンクの花を咲かせており、運転しながら「やっぱり日本っていいなあ」と思ってしまいます。

 桜に関してもいろいろ思い出がありますが、私が生まれてから24歳まで住んでいた千葉県松戸市内を走る新京成線は、うちの最寄り駅の元山駅と隣の鎌ケ谷市のくぬぎ山駅の間の陸上自衛隊松戸駐屯地の中を走る際に、そこには見事な桜並木が有って、日中はそこだけ電車が徐行していました。

 急いでいる人にはたまったものではないですが、きれいな桜が見れるので、なかなか粋な計らいだと思っていました(現在は徐行するかは分かりません)。

 私の通っていた松戸市立高木第二小学校の校庭にも、多くの小学校同様、見事な桜の木が沢山あって、この季節はとてもきれいなのですが、私が4年生くらいまでは害虫駆除をしていなかったので、夏は大量の毛虫が発生していました。

 桜の木の下で遊んでいると、気が付くと肩の上にアメリカシロヒトリが載っかているような状況です。

 ちょっと異形なペットです。

 遊具にもウジャーッと貼りついていて、当時は子供たちも「まあこんなものだ」みたいにして遊んでいましたが、多分今見ると卒倒すると思います。

 毛虫と言えば、確か4年生の時に、私は毛虫を捕獲してきて好きな女の子の机の中に忍ばせておいたことがあります。

 まあ、私なりの愛情表現なのですが、根がサドなので、そういう表現になってしまったと思われます。

 ニヤニヤしながら観察していると、その子が席に座りました。

 そして机から教科書を出すと、潜んでいた毛虫が一緒に教科書に乗っかって出てきて、その子は「ギャーーーッ!!」と悲鳴を上げました。

 リアル悲鳴です。

 しかしそこで彼女の災難は終わらず、続けざまにもう一匹出てきました。

 私は二匹仕込んで置いたのです。

 時間差で毛虫が相次いで現れるという、まさしく私が狙った通りの展開になり、私は「我が事成れり」とほくそ笑んだかどうかは分かりません。

 彼女は今度はワンワン泣き出しました。

 その後どうなったかは憶えていません。

 私は同窓会で当時の学友に会うと、相当皆さんにご迷惑をお掛けしていたらしく、種々指摘されるのですが、申し訳ないことに私は全然憶えていないのです。

 自分にとって都合が悪いことはすべて消去できるように脳の仕組みができていて、上記の毛虫の件もその後のことは憶えていないわけです。

 憶えていないということは、そうとう私にとっては不名誉な展開になったのでしょうね。

 あれ、桜は桜でも、夏の話になってしまいましたね。

 今の季節については、桜の話からずれてしまいますが、小学校を卒業したあとの忘れもしない4月1日の夜に、従兄・従弟と江戸川に夜釣りに行きました。

 今思えば、夜中に鯉なんか釣れないと思いますが、河原にテントを張って、鯉釣りをしたわけです。

 まあ、実は釣りなんかはどうでもよく、テントの中で一晩明かすということにワクワクしたわけですね。

 ところが、夜が更けるに連れて、どんどん気温が下がってきて、防寒の備えをしていなかった我々は、もう我慢できないくらい凍えました。

 信じられないかもしれませんが、照明の代わりに灯していた一本の蝋燭が凄く温かかったのです。

 しかしまさか蝋燭で凍えは解消できないので、従兄弟とともにゴミ捨て場に行き、捨ててあった家具をかついできて、河原で燃やして暖を取りました。

 これまた今思えばちょっと危険な行為ですね。

 私が幼少の頃に相当影響を受けているその従兄は、結構危険な人物でしたが、よく遊んでもらって楽しい日々を過ごしていました。

 上述の夜釣りの件もあり、この時期はまだ夜はかなり寒い日もありますし、日中でも寒いことがあります。

 私が高校を卒業して入社した、保証乳業株式会社の入社式も雨が降って肌寒い日でした。

 そんな保証乳業も私が退職して数年後に倒産してしまいましたが。

 あれ、またまた話が飛びましたね。

 この辺でやめておきます。



 



艦隊これくしょん

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