日本史大戦略 Side-B 附 歴史を歩こう協会 ~日本各地の古代・中世史探訪~

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【濃尾・思い付き探訪 その1】勝頼を援護するために設楽ヶ原まで出張りましたが信長暗殺に失敗したので可児才蔵の元へ逃げます

2019-08-01 08:48:46 | 歴史探訪
 高尾幕府にたいして同盟国である甲斐の武田勝頼から援軍要請がありました。

 情報によると、織田・徳川の連合軍が設楽原に向かっているということで、普段は局地戦闘をしている雷電號に搭乗し、今回は制空任務のため長駆します。

 3時44分出陣。

 高尾山の関を4時までにくぐると、官道代が3割引きになります。

 合戦はお金がかかるのでこの割引はありがたい。

 缶コーヒーのキャッチコピーじゃないですが、私は自分の道しかいけない。
 


 結婚というものは法律的には婚姻届けを出して成立しますが、法律上では夫婦でも実質的な夫婦ではないケースもあると思います。

 法律上の手続きができなくても、そして仮に会うことができないとしても、お互いの気持ちが通じ合っていれば本質的な夫婦として考えていいのではないでしょうか。

 信長の嫡男・信忠と武田信玄の娘・松姫の関係のように。

 出陣してから2時間少しで両軍が集結してすぐにでも合戦が始まりそうな設楽原に到着しました。



 ところがです。

 坂東からこちらへやってくると、織田・徳川の陣地に入っちゃうのです!



 おー、敵の大将、信長の陣地がすぐそこだ!





 こんなに大将の近くまで来れたので、こうなったら合戦の前に総大将を暗殺だ!

 いやー、いい景色ですねー。



 信長の本陣は茶臼山というそうで、古墳の名前でもよくある名前ですね。







 頂部には稲荷神社があります。





 信長はどこにいるかな?

 お!

 見つけた!



 しかも一人でいる。

 今が倒す絶好のチャンス!

 ・・・やはり、信長はなかなかの手練れだった。

 天然理心流の使い手の私でも倒せなかった・・・


 
 あやうく難を逃れ、ちょっと駅家の中を見てみます。



 厨はまだオープンしていませんね。

 兵庫だ。



 娘が喜びそう。

 では雷電號の中で兵糧をいただくか。

 ・・・そして結局、武田軍は敗退してしまいました。



 私も落ち武者狩りにやられる危険性があるので、敵の捜索の手を逃れるために意表をついて、幕府方面ではなく西へ向かいます。

 再び雷電號に乗り込み、東海道を西へ向かい、豊田東の追分から東海環状自動車道へ入ります。

 少し走り、ナヴィ曰く「美濃国に入りました」。

 生れて初めて美濃の国へ来ましたぞ!

 降り立ったのはここ!



 おー、可児ってるねー。

 ところでここは誰の領地だ?

 光秀と蘭丸か!



 しまった、またしても敵の城下に紛れ込んでしまったようだ!

 ここには友人の可児才蔵がいるはずので、才蔵の家に匿ってもらうか。

*     *     *


 7月は全然ドライヴができなかったので、我慢の限界になってしまい、今日一日は何とか時間が確保できたので思い付きで岐阜県にやってきました。

 今日はこれから、木曽川流域の遺跡をめぐって、宿泊はせずに帰宅する予定です。

 この記事は朝の9時前に岐阜県可児市の道の駅で書いたのですが、こういうのんびりとした旅もいいですね。

 ⇒この続きはこちら

森蘭丸―乱世を駆け抜けた青春 (PHP文庫)
八尋 舜右
PHP研究所


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