日本史大戦略 Side-B 附 歴史を歩こう協会 ~日本各地の古代・中世史探訪~

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【栃木・思い付き歴史探訪 その1】歴史系と自然系が合わさった見応えのある栃木県立博物館

2018-02-12 10:01:15 | 歴史探訪
 一昨日(2月10日)は、クラブツーリズムにて2本の講座をやらせていただきました。

 午前は「東北地方の古代史・中世史」のシリーズの第2回目として、室町時代の東北地方について話しました。



 8名様のご参加、ありがとうございました!

 今回は全12回のうち、おそらく一番地味な時代で、パワポも文字ばっかりになってしまい、面白みに欠けたかもしれません・・・

 お昼は「たかまる鮮魚店」。



 このヴォリュームで1,080円!

 お腹一杯になった後は午後の講座です。

 今度は、古代の役所について話しました。



 国府や郡家の歴史や遺跡、役人の仕事内容についてお話しし、こちらは10名様のご参加をいただき、どうもありがとうございました。

 講座が終わった後、アンケートを拝見したところ「これからもマニアックな講座を!」というご意見もあり、それに背中を押されてさらなるマニアックな講座をやっていきたいと改めて思いました。

 さて、明けて昨日は、東国を歩く会の「第16回 歩く日」を開催する予定だったのですが、歩く場所の青梅の山城が先日の大雪の影響で足場がまだぬかるんでいるという情報を事前に得て、さらに天気予報によると催行前日から当日朝まで雨が降ると言っていたので順延としました。

 そのため、1日空いてしまったのですが、ちょうどインフルエンザが治った妻がシュナウザーのジジと一緒に古河の実家へ帰っていたので、彼女らを迎えに行くついでに栃木の歴史探訪をしてみようと思い立ちました。

 本日はその模様を簡単にお伝えします。

*     *     *


 前日の夜、どこを探訪しようか考えたのですが、現在クラツーで企画中の千葉県方面にするか、茨城県の水戸あたりにするか、栃木の国府辺りにするか迷いました。

 結局、妻の実家に近いということもあり、栃木をプラプラしてみることに決めました。

 寝坊してしまい7時に起床。

 8時過ぎに家を出て、高尾山ICから圏央道に乗っかり、久喜白岡JCTから東北道へ移り、鹿沼ICで降りたち、最初に訪れたのは宇都宮市にある栃木県立博物館です。



 ここまで我が家から1時間45分で来れました。

 圏央道の威力はやはり凄いですね。

 私の経験では県立の博物館はそれほどグッと来ないことがあるので、あまり期待はしていません。

 むしろ、町の小さな資料館が異様に楽しかったりすることが多いのです。

 ところであの土塁は何でしょう?





 県立らしい立派な玄関。



 入館料は250円です。

 なんか、恐竜が飛んでるぞ!



 栃木県立博物館は自然系と歴史系が合わさった博物館です。

 写真撮影に関しては歴史系展示はダメだということです。

 それでは、らせん状の登りスロープになっているところから歩いてみましょう。



 なるほど、ここは登って行くにつれて標高が高くなって行くんですね。

 小平市の「ふれあい下水道館」の階段と逆パターンです。

 戦場が原は標高1,400メートル。





 戦場が原というと、小学校6年生の時に日光へ修学旅行に行ったのですが、その帰り道、戦場が原で休憩しました。

 そのとき、鬼ごっこをしたのを覚えています。

 当時は歴史に興味を持ち始めた頃だったので、「戦場が原って古戦場なのかな?」と思っていました。

 それから30年近く経った数年前、たまたま戦場が原の由来を読んでようやく謎が解明できました。

 『日本の神々(11)』の群馬の赤城神社の項によると、むかし、下野国の二荒山と上野国の赤城山の神が中禅寺湖をめぐってお互い自分のものだと主張して戦いになってしまい、その戦場となったのが戦場が原だったのです。

 戦いの趨勢は、はじめは赤城の神が優勢でしたが、二荒の神は鹿島の神の助言によって小野猿麻呂という弓の名人の加勢を得、反撃に転じました。

 二荒の神は蛇の姿になり、赤城の神はムカデに姿を変えて戦いましたが、赤城の神は猿麻呂に左目を射抜かれて、ほうほうのていで逃げ帰ります。

 その赤城の神が負った手傷をいやした湯が老神温泉だそうです。

 この伝承は非常に面白い内容だと私は思うのです。

 下野と上野は元々は「毛野」という一つの領域であったわけですが、その中で抗争が起きており、下野は鹿島の神(もしかするとヤマト?)の手を借りて上野をやっつけます。

 これは古墳時代前半の4世紀、まだ「毛野」という一つの大きな塊ができるよりも前の豪族同士の戦いが伝承として残ったのかもしれません。

 あ、熊さん!



 というわけで、グングン歩いて行くと白根山の山頂に到着しました。



 まさかこんな軽装で楽々と白根山に登れるとは思いもよりませんでした。

 つづいて地質コーナーですがここもまだ写真撮影はOKです。





 おっと、恐竜出現!



 私が子供の頃の40年近く前も恐竜ブームがあり、当時は少し興味を持っていましたが、その後興味が失せてしまっています。

 ところが、最近地球の地質について気になりだしているので、その関連で、億単位に古い時代の地球の生物にも興味が出てきてしまいました。

 でかいのが4体並んでいますが、一番手前がステゴサウルスです。





 その隣の2体は両方ともアロサウルスですが、2通りのポーズで展示してあるのです。





 こちらが「ゴジラ型」と呼ばれる姿勢で、尻尾を引きずって鈍重な感じです。



 ところが最近の研究では、尻尾を持ちあげて軽快に動き回っていたことが分かっているそうです。



 説明はこちら。



 考えて見ればゴジラのような動きをしていたら、高速で走り回る他の動物を捕まえることなんてできないですよね。

 肉食動物は動きが機敏でないと生きていけません。

 人間もそうでしょうか。

 以前から興味があるナウマンゾウ。



 日本にもサイがいたんですね。





 というわけで、これからいよいよ歴史系の展示コーナーへ行きますが、ここからは写真撮影NGです。

 原始時代から近代まで豊富な展示があり、入館する前はあまり期待していませんでしたが、町の郷土資料館の展示物の量が大量になったような雰囲気の博物館でとても楽しいです。

 ちなみに、私は最終学歴を「足利学校卒」と公言しているのですが、足利学校の庠主の16代と18代は八王子出身だったんですね。

 こうやって自分の地元と関連した事柄が出てくると嬉しいものです。

 歴史系の展示のあとは、自然系を見ます。

 私は古墳の横穴式石室をご案内する機会が多いのですが、自分の岩石に関する知識が薄いことを恥ずかしく思っていました。

 そのためこういった本を読み、現在岩石に関して勉強中です。

三つの石で地球がわかる 岩石がひもとくこの星のなりたち (ブルーバックス)
藤岡 換太郎
講談社


 栃木県立博物館は岩石についての展示も豊富です。



 代表的な3つの石について詳しく説明してありますよ。







 こういった説明も親切ですね。



 そのほか、綺麗な石が一杯。



 私はアクセサリーの宝石に関してはあまり興味はありませんが、そういったアクセサリー類より遥かにきれいな石が沢山並んでいて楽しいです。



 イノシシとツキノワグマって大きさに極端な違いが無いですね。



 小学生の時に教科書に乗っていたカブトガニ。



 その他、化石も豊富に展示してあります。

 以上、私の場合、見学に1時間40分くらい掛かりました。

 近世と近代と自然の大部分はザーッと見ただけだったので、それもじっくり見たら2時間半コースでしょう。

 とても楽しい博物館でしたよ。

 ではこれから古墳めぐりをしましょう。


 ⇒このつづきはこちらです


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