日本史大戦略 Side-B 附 歴史を歩こう協会 ~日本各地の古代・中世史探訪~

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【玉川上水旧水路跡探訪】福生市図書館&郷土資料室【玉川兄弟ファンクラブ会員募集中】

2015-12-26 19:52:52 | 歴史探訪
 いやー、昨日はヤバかったっす。

 現場からの帰り道、渋滞でなかなか車が進まず、少し止まるたびに夢を見る始末です。

 ここまで睡眠不足になるのも珍しい。

 といっても、1日5~6時間の睡眠が続いているだけなので、短時間睡眠が普通の人からしたら大したことがないと思いますが、7.5時間寝ないとダメな私にとっては異様に負担になっています。

 昨日は本当は19時半から歯医者だったのですが、18時くらいに退社して電車に乗っているときに、「あー、ムリムリ」と思い、歯医者に電話してキャンセルし、たかお食堂でビールとカツカレーを食べて帰宅し、19時45分には布団に入りました。

 そして今日も7時開始現場だったので6時前に起きたのですが、10時間寝ても寝たりない。

 眠い・・・

 でも「えいやー!」と起きて仕事をし、夜は大好物の「田田」を食べ帰宅しました。



 ニンニクが大さじ一杯入っているので、とてもリスキーです。

 お昼は食べられませんね。

 田田では缶ビール(350ml)が300円という良心的な価格なので、もちろんビールも飲みましたよ。

 ビール&ラーメンって極度の幸福状態に陥りますよね。

 ところで、今日の日中のことに話が戻りますが、私は福生の図書館には数えきれないほど行っています。



 図書館と同じ建物内には郷土資料室もあるのですが、お昼休みが普通に取れたので郷土資料室に寄りました。

 今日はお正月飾り関係の展示をやっていましたよ。



 近代の物ですが、こういった民俗的なものも最近では面白くなりました。

 そして以下の2冊の図録を購入しました。



 車に戻って、『資料が語る福生の歴史』をパラパラめくっていたら、何と、玉川上水の旧水路跡があるというではないですか!

 おーっ!

 玉川上水は1年くらい前から「気になるあの娘」の一人に数えられているのです。

 というか、玉川上水は「あの娘」と呼ぶには不適切なので、正確には玉川兄弟が「あの娘」でしょうか。

 いや、江戸麹町の町人・庄右衛門&清右衛門兄弟は歴とした男子なので「あの娘」じゃないですね。

 あー、面倒くさい。

 しかしそれにしても、玉川兄弟って凄いですよね。

 普通に凄いです。

 彼らの何が凄いのか?

 ・そもそも彼らが選ばれた(なぜ彼らだったのか?)

 ・2度も失敗しつつも三度チャンスを与えられきちんと完遂した(彼らを信頼した幕府側も偉いです)

 ・凄い土木量を1年くらいで人力でやってしまった彼らのプロデュース&マネジメント力

 ・延々43kmに渡り徐々に勾配をつけてきちんと水が流れるようになっているその設計

 等々、挙げれば枚挙に暇がないです。

 そして彼らの成功によって、現在まで続く武蔵野の発展の礎が築かれ、江戸期のみならず近代以降も上水沿いの住民は多大な恩恵を受けたというのはいわずもがなことです。

 おっと、少々熱くなってしまったようです。

 私は近々、玉川兄弟のファンクラブを設立するかもしれません。

 あ、でも実は上水沿いの住民は上水の管理を義務付けられ結構苦労したとか、上水がそこを通っているのに村に水を引き入れる許可が下りないとか、いろいろとダークな面もあったようです。

 まあ、それはそれとして、話を戻して旧水路跡ですが、早速急行しました。

 場所は上水に架かる新堀橋(しんぼりばし)の多摩川寄りということだったのでその場所に行ってみると神社がありました。



 この社殿の場所は土手状になっています。



 この土手を登ってみると、眼下に確かに堀のようなものが見えます。



 多分これだと思うのですが・・・

 ちょうど犬の散歩でご婦人が通りかかったので、「この辺りに玉川上水の最初の水路跡があると思うのですが知りませんか?」と尋ねると、「うーん、分からないね。聞いたこともないよ」という答えが返ってきました。

 あー、時間が無い。

 今度きちんと時間があるときに見に来よう。

 福生市の方などでもしご存知の方がいたら教えてください。

 あ、明日滝山城の会で福生在住のN嶺さん(68歳、来年年上の女性と再婚予定)に会うので、あの人なら知っているかも知れない。

 というわけで図らずも玉川上水関連の史跡めぐりを始めちゃったわけです。

 しかしそれにしても今週は長かった気がする。

 掃除をやっていると時間が過ぎるのがあっという間に感じるのですが、今週は寝不足&疲労で半分あっちの世界に行っている状態で働きました。

 なのでお風呂の照明を破壊したりして余計な仕事まで作ってしまい、余計疲弊した感じです。

 明日は休みで、滝山城の会で朝から出かけてきますが、月・火行けば冬休みです。

 当初は大みそかも仕事があったのですが、お客さんからキャンセルの連絡が入り、30日から4日まで驚異の6連休となりました。

 6連休なんて前代未聞です。

 ワーキングプアの私にとっては自殺行為に等しいですが、正直休みたいので休みます。

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4 コメント

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残念! (稲用)
2015-12-29 22:13:20
ししゃう、こんばんは。
今回の企てである「津久井~高尾歩き」は、私たちの初の試みなのですが、ほかにも歩きたいコースは無数にあります。
玉川上水歩きも考えていますので、開催の際にはぜひ玉川兄弟ファンクラブ会員としてご参加ください。
でも、3月くらいまでは山城シーズンなので山城歩きが続くと思います。都内以外にも城仲間のネットワークがありますので、仲間たちの協力を得て面白い企画を考えようと思っていますよ。
1月10日 (ししゃう)
2015-12-28 07:48:06
すみません、1月10日のイベントですが、なんかそのころ忙しくなりそうな雰囲気なので、辞退させてください。
たかお食堂の打ち上げは物凄く魅力的なのですが。
会員数が一夜で200%に (稲用)
2015-12-27 19:20:51
ししゃう、こんばんは。
先日はこちらこそありがとうございました。機械の調子はどうですか?
今日は滝山城の会で福生市在住の仲間に玉川上水のことを聴いたのですが、どうやら史実として探ってみると不思議なことや怪しいことが沢山あるようです。
しかしそれでも、上水を玉川兄弟が作ったのは史実であると思いますので、やはり玉川兄弟のファンクラブは設立しなければと思うのです。
具体的な活動内容はとくに決まっていませんが、心の中で玉川兄弟に想いを馳せるのが主たる活動内容です。会員は今のところ私とししゃうの2名です。昨日の時点で1名だったので会員数が一夜で200%に膨れ上がりました。
ところで、記事にも書いたとおり1月10日にチョロッと歩きますのでししゃうも良ろしければどうですか?たかお食堂で打ち上げ(兼新年会)をやりますよ。
ファンクラブ入会希望 (ししゃう)
2015-12-27 10:50:07
先日はたかお食堂にて楽しい時間をありがとうございました。
たしかその時にも玉川兄弟の話題が出たようなかすかな記憶があるのですが、玉川兄弟が玉川上水を完成させていなければ、小川九郎兵衛が小川新田を開拓出来ていない、私の住む小平市の歴史の実質的な始まりが変わってしまうわけです。
小平という地名も違うものになっていたかもしれません。
というわけで、現在の小平市域に人が住むきっかけになったのはまぎれもなく玉川上水なので、玉川兄弟はスゴイ人です。

ファンクラブ入会希望です!

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