日本史大戦略 Side-B 附 歴史を歩こう協会 ~日本各地の古代・中世史探訪~

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いつから古墳に興味を持ったのか振り返りつつ、自分とはいったいどのような人間なのか考えてみました

2019-05-28 21:24:21 | 歴史探訪
 先日、「古墳に興味を持ったきっかけは何ですか?」と質問されて、少し考えたのですが思い出せませんでした。

 そもそも論でいうと、歴史に興味を持ったのは小学校6年生の時の担任の木村先生が歴史好きで、日本史の授業の時に面白い話を沢山してくれたのがきっかけで、6年生の時に校外学習か何かで、千葉県栄町の龍角寺古墳群へ行っています。

 ただ、この時は古墳に興味を持つことはありませんでした。

 つづいて、城に興味を持ったのは24歳のときに会津の鶴ヶ城に行ったことがきっかけで、徐々に近世城郭から中世城郭へ興味が移行して、最終的には山城大好きになって現在に至ります。

 では、古墳はどうかというと、ずっと戦国や中世が好きだったので、なかなか古代史まで興味が行かなかったのですが、古代史の本をきちんと読むようになったのは2008年の終わりくらいなので、もう36歳になっていました。

 ただし古代史と言っても、それまで東北地方を中心にやってきた関係上、蝦夷(エミシ)への興味が一気に増加して、その勢いに引きずられるまま古代史の世界に入ってしまったという感じです。

 当時は体調が悪くて外に出ることもできない時期があったのですが、それでもお布団の中で本を読み、何となく古墳や縄文時代、それに邪馬台国などを「書籍ベース」で楽しむようになっていきました。

 2009年の夏にIT企業では最後に勤めた会社を退職し、3ヶ月くらいの寝たきり期間を経て、ようやく自転車に乗って近所の史跡めぐりをしてみようと思い立ち、11月8日、ついに既述した小学6年の校外学習を除いて、初めて古墳と相対することになったのです。

 それが、八王子市内の船田古墳です。



 墳丘が無いですね。

 そうなんです、古墳跡なんです。



 自転車をこいでいて、団地の中の公園で偶然見つけたのですが、初めて出会った古墳がこんなんだったわけです。

 でも私は城跡マニアですから「跡」であっても充分楽しむことができるのです。

 で、ここで一気に古墳マニアの道へまっしぐらとなったかというとそうではなく、何しろ体調が悪い期間でしたから、史跡めぐりも思うに任せず、つぎに古墳を意識的に見に行こうと思い立ち出かけたのは翌2010年の9月9日でした。

 これまた八王子市内の小宮古墳を見に行こうと思ったのですが、見つけることができませんでした。

 小宮古墳も湮滅してなかったんですね。

 ちなみにこの頃はまだ201系が走っていました。



 そして横穴墓というものがあるということを知り、10月1日にはまたまた八王子市内の大和田横穴墓群を見に自転車を漕ぎました。

 遺跡地図を参考にしながら崖の下を走ってみましたが、穴なんて開いてないじゃないか!



 まるで、中世城郭の主郭に行って「天守なんて建ってないじゃないか!」と怒るおじさんみたいですね。

 私はガッカリしてしまい、しばらく横穴墓への興味が遠のき、ようやく最近、横穴墓の楽しさにも目覚めたところです。

 という経験を経て、ようやくきちんと古墳を見る日がやってきました。

 その年の11月、母と妹と3人で母の故郷である宮崎県を訪れた際、私は一人で西都原古墳群を見学してきたのです。



 まだ古墳についての知識はほとんどなかったのですが、古墳ポコポコ地帯を走り回って、楽しくて仕方がありませんでした。















 西都原古墳群を訪れた2010年11月9日がまさに本当の古墳デビュー日でしょう。

 そう考えると、現在はツアーや講座などで古墳について語っていますが、まだ9年くらいしかキャリアがないわけで、大変恥ずかしい限りです。

 さて、古墳デビューを果たしたことにより、順風満帆な古墳人生が待っているかと思いきや、その後も体調はなかなかよくならず、古墳めぐりを積極的に行うことはできませんでした。

 そんななか、2011年5月3日に妻と娘(当時11歳)を連れて、武蔵府中熊野神社古墳を訪れています。



 なぜこの時、家族連れで熊野神社古墳へ行ったのかは覚えていないのですが、後日、娘が学校の授業で古墳の話があって、この古墳のことが出てきたと言っていました。

 そしてこの頃から徐々に体調が復調傾向になり、近所だけでなく、頑張って電車に乗って都心の神社をめぐったりするようになり、2012年3月30日の府中探訪の時に、高倉塚などの府中市内の古墳を何基か訪れています。



 西都原探訪以来、久しぶりの古墳探訪です。

 さらにその年の10月6日には、最近クラツーでもご案内している多摩川下流域の野毛古墳群と田園調布古墳群を探訪し、翌2013年5月5日には、八高線に乗って行って初めての群馬古墳探訪をしました。

 その頃はすでに前方後方墳への興味が湧いており、まずは高崎市の元島名将軍塚古墳を見学。



 つづいて保渡田古墳群を見ています。



 そう考えると、「前方後方墳歴」はまだ6年くらいですね。

 そして古墳探訪の回数が増えるのは2015年からで、ここ3年くらいは頭がおかしいんじゃないかと思われても仕方がないくらい古墳へ行きまくっています。
 
 ともかく、今では会社のお陰で全国の古墳を見ることができる恵まれた境遇にいますが、これもお客様あってのことですので、明日のツアー(上述の元島名将軍塚古墳もご案内しますよ)もお客様に楽しんでいただけるように、精一杯ご案内してきます。

 なお、今年の秋は、1週間ほど使って北陸の古墳を見まくってこようと考えているところです。


前方後円墳: 巨大古墳はなぜ造られたか (シリーズ古代史をひらく)
吉村 武彦,吉川 真司,川尻 秋生
岩波書店



 




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2 コメント

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Unknown (りひと)
2019-05-28 22:49:35
うわあ、素敵な記事ありがとうございます。
今の稲用さんがいかにして今に至るのかとっても興味がありました。小学校の時からとはびっくりですね。
私も歴史の先生がとても授業が上手くてかなりマニアックな知識も楽しんで高校生から日本史についてはハマってます。

でも宮崎に縁があるんですね!それもなんか今後参考になりそうです。またご家族を連れて行ったのがあの熊野というのもこの前話題になった所ですね。あと古墳の出会いの一番最初の所も掘ってみたら何か分かるように感じましたよ。

人の縁って父の事で知ったんですけど不思議なくらい妥当で納得出来る事多いんですよね。
私は高千穂行きたんですよね。あと日向です。宮崎なんですけちょっと特殊に思うんですよね。日向も父探索キーワードなんですよ。神奈川の伊勢原にも日向あるようですのここも関係してくるとヨシって思いますけどね。今回すっかり忘れていましたけど、宮崎でなにかヒント貰えそうにも。

とても参考になる記事ありがとうございます。
Unknown (稲用)
2019-06-03 17:35:02
やはり、子供の頃に受けた影響って大きいですよね。先生が熱心に話してくれたのでその熱意が私に伝わったようです。同じように、今は私が歴史の話をお客様に話していますから、少しでも多くの方々に歴史の楽しさを伝えることができればと思っています。

九州も面白い場所が多いですが、おっしゃる通り、日向の独自性というか、ヤマト王権との濃密な関連性もとても興味深いですね。

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