日本史大戦略 Side-B 附 歴史を歩こう協会 ~日本各地の古代・中世史探訪~

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蝦夷(エミシ)そしてアイヌとは?-蝦夷の歴史解説-

2011-06-29 18:39:23 | 歴史の謎
我々「現生人類」の先祖は、4万年くらい前からユーラシア大陸東部を発し、北あるいは南のルートで何度も日本に渡ってきていましたが、現在の私の考えでは、エミシというのは、後期旧石器時代から縄文時代にかけて渡ってきて土着した、初期の日本人の末裔であり、弥生時代以降の列島西側からの文化の流入を拒んだ結果、北東北に浮き上がってしまった人びとであると思っています。

ヤマト朝廷の人民も同じく、後期旧石器時代から縄文時代にかけて土着した人たちの末裔ですが、こちらはそれに加え、弥生時代のより新しい大陸人の血が入っていると思います。

古墳時代における前方後円墳の分布から、6世紀ごろの東北太平洋側では宮城と岩手南部に「まだら模様」に、ヤマト朝廷に納税をする民とヤマト朝廷の統治を受けない民(エミシ)が共存していたように思えます。

ヤマト朝廷の統治を受けない民は、9世紀までの律令国家の北進によって、殺されたり、同化させられたりして、結局「エミシ」は国家という態をなす以前に消滅させられてしまいました。

ただし、このエミシは国家により全国に散らされているので、日本中にエミシの血を受けた子孫は残っているでしょう。

もちろん、地元である東北は一番多いと思います。

独特なイントネーションである東北弁には、エミシが話していた言葉の名残があるのかもしれません。

結局、蝦夷(エミシ)というのは、律令国家が中国の華夷思想の影響を受けて、当時の辺境(北東北)に設けた、人為的なカテゴリーだと思います(南の隼人もそう)。

ある時期、ある地域に、たまたまいた「日本人」が、律令化を目指す国家によってそうカテゴライズされてしまったというわけです。

さて、エミシに関してはだいたい上記のような感想をもっているのですが、それではアイヌとは何か、ということが次に問題になります。

私は以下のような時間的な遷移を考えています。

・北東北

後期旧石器時代・縄文時代に日本に渡って来た人 → エミシとカテゴライズされた人 → 西側の日本人(律令国家人)と同化して消滅

・北海道

後期旧石器時代・縄文時代に日本に渡って来た人 → 北海道人 → 北海道アイヌ

上記の「北海道人」という表現は微妙ですが、律令国家になったころの日本の地理感覚では、まだ北海道のことはよく分かっておらず、北海道に対しては明確にエミシの土地という認識はなかったと思います。

というのは、倭国が唐に使者を送った時、使いと皇帝との会話の中で蝦夷の話が出てきますが、そこには、3種類の蝦夷が出てきて、遠いものを都加留(津軽)と名づけ、次を麁蝦夷(あらえみし)と名づけ、一番近いものを熟蝦夷(にきえみし)と名付けていると言ったからです。

一番遠くても、北海道では無く、津軽というわけですが、当時津軽と北海道の違いが分かっていたかも不明です。

たまに、アイヌはエミシの子孫だという意見も見られますが、私はエミシの子孫は律令国家人(日本人)と同化してしまったので、エミシからアイヌになったとは思っていません。

でも、アイヌとエミシの先祖は、後期旧石器時代あるいは縄文時代において、かなり近縁な種類の人々であったと思っています。

そして、同じ「蝦夷」でも中世以降の北海道人は「エミシ」ではなく「エゾ」であり、「エゾ」の子孫はアイヌだと思います。「エミシ」と「エゾ」は違います。

まとめますと、北東北の古代に存在した「エミシ」は、国家がカテゴライズした日本人の一部であり、古代末期(あるいは中世初期)にそれは同化・消滅して、それとは別に北海道にいた人たちが、北海道アイヌとなったというのが私の推測です。

私自身、血の4分の1は青森県人なので、蝦夷(エミシ)には親近感があるし、ロマンを感じます。

古代のエミシについて、もっと知りたいですねえ。



※エミシについては、2015年夏以降に最新の研究成果をこちらに掲載していきます。




↓は、NHKドラマ「火怨・北の英雄 アテルイ伝」で、時代考証をしている熊谷公男氏の著作です。

古代の蝦夷と城柵 (歴史文化ライブラリー)
熊谷 公男
吉川弘文館


私が読んだ蝦夷関係の本の中でもトップクラスの面白さです。



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2 コメント

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嬉しいです。 (りひと)
2017-08-28 08:11:34
青森は大好きな地です。またお考えも私も最近東北に行って山や地形を見てから旧石器からいた人々をたどっています。
大阪にいそうですし、奈良にも。ただ後は毛色が変わってくるので東北を調べる方が安心でして。

また現在東京についてもはまっているのですかけどどうもそことの連動を感じる事が多いです。
全国に関係者が今でもいるのは確かであり、カテゴライズという視点もまさにそう思います。
今後のご活躍楽しみにしております。3922
エミシ研究 (稲用)
2017-08-28 19:56:56
この記事を書いたのはもう2011年のことです。あれから6年経って、私のエミシ研究も少しは深化しており、最近ではクラブツーリズムの講座でお話ししたりして、より一層エミシの世界にはまっていますよ。
青森はいいところですね。今年中に久しぶりに行きたいと思っています。

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