日本史大戦略 Side-B 附 歴史を歩こう協会 ~日本各地の古代・中世史探訪~

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【栃木・思い付き歴史探訪 その2】墳丘一面にツツジが植えられた塚山古墳ほか【宇都宮市・塚山古墳群】

2018-02-13 19:01:43 | 歴史探訪
 昨日は久しぶりの休日でした。

 天気も良かったため、ジジを連れて妻と一緒に近所のスーパーまで散歩して、スーパーにあるドッグランでジジを遊ばせてみました。

 ジジも私も初めてのドッグランです。

 ドッグランには他のワンちゃんが3匹いて、ジジは最初は戸惑って固まっていましたが、そのうち調子に乗ってきてみんなと楽しそうに追いかけっこをしていましたよ。

 今までの人生で一番運動したんじゃないの?



 買い物のついでに私はスーツケースを購入しました。



 飛行機の機内に持っていけるサイズです。

 一泊旅行だと普通のリュックで賄えますが、今後決まっているだけで2泊3日のツアーが4本ありますし、今後はさらに増えると思うので、小さめのスーツケースを買ったわけです。

 クラツーの仕事をするまで飛行機には3往復しか乗ったことがなかったので今まで必要性を感じなかったのですが、やはり2泊だと飛行機の場合はこういったものがあったほうが便利かなと思いました。

 ちなみに現品特価で安かったですよ。

 しかしこんなに頻繁に大好きな飛行機に乗れるようになるなんて、クラツーに感謝です。

 さて、前回の記事の続きで、栃木の歴史探訪の続きをお伝えします。



*     *     *


 栃木県立博物館が予想以上に楽しかったため、もう11時半を過ぎてしまいました。

 博物館のレストランでは1000円でランチが食べられるようですが、ゆっくりご飯を食べると時間がもったいないし、食費も節約したいし・・・

 そんなことを想いつつ、結局コンビニでおにぎりを2個買いました。

 これからは県内を南下しながら古墳を見て回ろうと思います。

 まずは宇都宮市内にある塚山古墳です。

 大雑把な場所しか把握していないのですが、栃木県運動公園の近くのはずなので、まずは運動公園の駐車場までやってきました。

 あ、見えた!



 墳丘にツツジが植えられているのですぐにそれと分かります。

 しかしこの駐車場から古墳の方へ向かう出口がない・・・

 ちょっと回って古墳の前へやってきました。



 なんだ、ここは塚山古墳単体ではなく、古墳群だったのですね。



 嬉しい。



 この図の通り、前方後円墳の塚山古墳のほかに、帆立貝式古墳の塚山西古墳と塚山南古墳、それに小さな円墳である6号墳の4基があるんですね。

 予備知識なしで来るのも楽しいですよ。

 主墳である塚山古墳の前方部前には6号墳。



 一部分が削られていますが、周溝まできちんと残っています。

 説明板によると直径20mで円筒埴輪と土器が出土しているようです。

 それでは、主墳である塚山古墳は最後にするとして、帆立貝式古墳から見てみましょう。



 まずは塚山西古墳。







 奥には塚山南古墳が見えます。



 横から見ると帆立貝式古墳の形状に見えますね。



 古墳群の下には宇都宮環状外線がトンネルとなって通っていますが、当初は古墳群をぶち壊して普通に道路を造る予定だったのを、景観を維持するためにトンネルに変更したそうです。



 素晴らしい決断ですね。

 つぎに塚山南古墳。







 盗掘の跡でしょうか。



 前方部の形が変わっていて、造出のようなものがあります。



 後世の改変でしょうか。





 ではここで塚山南古墳の墳丘に登りますよ。

 後円部墳頂。



 後円部から前方部を見ます。



 トンネル。



 塚山古墳は木に隠れて見えません。







 そして今度は塚山西古墳の墳丘に登ります。

 後円部墳頂。



 前方部を見ると、上からは形が良く分かりません。



 塚山古墳を望見。



 では次はいよいよ、塚山古墳を見ますよ。



 ツツジのシーズンは大層綺麗だそうです。

 周溝の跡。





 塚山古墳は前方部と後円部の高さがほぼ一緒で、後期古墳の特徴が出ています。



 前方部へ登ります。



 塚山西古墳を見下します。



 塚山古墳は前方後円墳なのですが、「剣菱型」といわれる前方部が尖った変わった形の前方後円墳で、剣菱型の古墳は非常に少なく、代表的なのは大阪府高槻市にある今城塚古墳です。

 今城塚古墳は26代継体天皇の墓と言われている6世紀前半に築造された古墳ですので、塚山古墳の5世紀後半より後になります。

 この辺をどう理解するか。

 そして東国では、埼玉古墳群にある中の山古墳が剣菱型の可能性がある古墳ですが、中の山古墳は6世紀末から7世紀初めの築造とされています。



 遠くには日光男体山が綺麗に見えますね。



 ズーム。





 後円部へ行き、前方部を見ます。



 後円部の先端は少し削れていますが、本来の墳丘長は98mありました。



 実は今日は予備知識なしで塚山古墳群に来たのですが、一度も来たことが無いのにツアーに組み込んでしまったのです。
 
 こちらの右下のツアーです。



 那須の古墳や郡衙、それに那須国造碑をお客さんにお見せしたくてツアーを企画したのですが、那須へ行く途中に面白い古墳を探したところ、塚山古墳は墳丘全体にツツジが植えられていて、開花シーズンはとてもきれいなことが分かったので、歴史的な背景などを考えずにツツジの開花日に合わせてツアーに仕立ててしまいました。

 でも今日こうやって見に来た結果、古墳「群」になっていますし、非常に興味がそそられる古墳ですので、ご案内当日までにはそれなりの見解を述べられるようにしておきます。

 ⇒塚山古墳群をめぐるクラツー公式ページはこちら

 塚山古墳群は姿川の流域ですが、姿川は思川に合流し、思川は利根川に注いでいます。

 思川流域は栃木県内でもとくに古墳が多い地域で、国府や国分寺も思川流域に営まれました。

 いま、私の中で古代の思川が大変クローズアップされてきていますが、如何せん、現在のところ手元に資料が無い!

 これから資料集めをしますよ。


 ⇒この続きはこちらです



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1 コメント

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今城と一緒? (りひと)
2018-02-15 17:00:45
宇都宮の博物館なんですね!即行きたいですよ。
いよいよ私も宇都宮の時期に入るのかな?超行きたい時期もありましたが行けずで、主人は出張で行ったりで色々お願いしてきてます。面白い場所ですよね。日光との関連も含めて。

私も11日参加したいなあと思ってましたが、中止で空いてしまった1日どうするか?で群馬に行ってみました。東武だったので埼玉栃木で群馬へ。山で行くとすぐ栃木が見えました。佐野や唐沢山辺りは縁がありそうな地なので栃木はまた博物館に行くのはベストです。県境も理解には邪魔になりますので変に分離しないで考えたいですね。足利はまた地形からも相当何かありそうでしたね。

佐野藤岡には大昔の何か昔からあると思い混んでいるのもありその方向をずっと眺めていました。で筑波山から太陽も昇ってきて古代だったらびっくりするだろうなあと。

稲用さんは栃木、私は群馬。そうそう埼玉には姫宮だかの駅名あったり、川が天の河みたいに思った所もあったなあ。七夕にこちらに出会えたのも深読みしてます。私がの牽牛系なので男女が逆になるのかな?何か相反する勢力の気配感じますね。
けどけど、昔は引き裂かれず仲良くやっていた民族じゃないかなあと。あの辺りはとてもうまくやっていた時期があると信じてます。

そうそうたたらなんて地名もあったけど、もっと注目されなきゃいけない地域だと思いますよね。
どうぞ宜しくお願いいたします。5817

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