日本史大戦略 Side-B 附 歴史を歩こう協会 ~日本各地の古代・中世史探訪~

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【群馬古代史探訪】山王廃寺(放光寺跡)・上野国分尼寺跡・上野国分寺跡

2018-01-23 22:18:40 | 歴史探訪
 前回の記事でご紹介した、Museの「Knights Of Cydonia」のPVがもう大好きでたまらない。



 歴史の作業をしつつ、このヴィデオをヘヴィーローテーションしています。

 たった1曲分の長さのPVなのに2時間の映画を見たくらいの満足度を得られるから素晴らしい。

 ちょっとだけ出てくる何人かのキャラクターも私の脳内ではもっと出番が多くて主人公にとっては非常に重要な人物だったりします。

 このPVのシーンとシーンとの間(「行間」のようなもの)を勝手に埋めていくと脳内では2時間物の映画になってしまうわけですね。

 私は掃除の仕事で車を運転している最中も決して時間を無駄にしないように心がけているのですが、J-WAVEで良い曲が流れた場合はすかさずメモを取ります。

 といっても、私は英語が分からないので、ナビゲーターの英語の発音が良すぎて初めて聴くバンド名や曲名は聴き取れません。

 そのため、何時何分という時刻をメモしておきます。

 そのメモがある程度貯まったら、J-WAVEのサイトを見て、そこには年月日と時刻で流れた曲名を検索できるようになっているので、その曲を今度はYouTubeで聴いてみるわけですね。

 こんなことをやっていると、たまに今回のような凄く良いPVと出会うことができるわけです。

 ところで話は変わりますが、私は古代史に興味を持ったことにより必然的に古墳が好きになり、漠然と古墳大国・群馬県に憧れを抱いていましたが、2013年5月5日に初めて群馬の古墳めぐりへ出掛けました。

 当時はまだマイカーは所持しておらず、八高線でグングン群馬へ上がって行ったわけです。

 ただし、その当時はまだ体調が完全に回復しておらず、継続的に群馬へ行くまでにはなりませんでした。

 ところが、その年の9月からダスキンで働かせていただいたことでようやく健康体を取り戻し、入社当初は掃除の仕事を覚えるのに精一杯で余裕がなかったのですが、入社から1年経った翌2014年9月から歴史めぐりの頻度が格段に上がったのです。

 2015年5月は、4~6日にかけて、2泊3日の「群馬古代史探訪」を実施し、これが実質的に私が本格的に群馬県の古墳などの古代史に没頭する始まりとなります。

 当時はまだクラツーとは契約していませんでしたが、この当時に歩きまわった経験がその後の歴史の仕事に生かされていますので、好きなことや興味があることはどんどんやった方が良いですね。

 その3日間の探訪の1日目の古墳めぐりについては、ホームページ「日本史大戦略」にアップしてありますので、興味のある方はそちらをご覧ください。


 ⇒「日本史大戦略」の総社古墳群の探訪記事はこちら


 今日は上述の総社古墳群めぐりの続きをアップしたいと思います。

*     *     *


 総社古墳群の遠見山古墳を見た後は、高崎市と前橋市にまたがる上野国分寺跡方面まで歩いて行きますよ。

 元景寺は今日は割愛!



 さきほども歩いた道を今度は南下します。



 「総社町総社」交差点を右折し、上越線をまたぐ跨線橋を歩くと、右手に光巌寺と宝塔山古墳が見えます。



 やや右手に視線をずらすと赤城山。



 おや、説明板がありますよ。



 この場所は五千石堰用水が八幡川とクロスしていますね。



 日枝神社の場所を指し示す表示がありました。



 発見!



 日枝神社です。



 ここにはぜひとも来てみたかったのです。

 こちらをご覧ください。



 今は小さな神社ですが、実はここには東国でも一二を争う古いお寺があったのです。



 昔から山王廃寺と呼ばれてきましたが、正式な名前は放光寺といい、天武天皇10年(681)に建立された山ノ上碑(上野三碑の一つ)は、その銘文によると放光寺の僧長利が建立したと刻されているため、その時代にはすでに放光寺が存在していたことが分かるのです。

 千葉県印旛郡栄町の龍角寺も7世紀にさかのぼるお寺で、放光寺と龍角寺が東国最古級のお寺の代表格です。


 ⇒龍角寺の探訪記事はこちらです


 一応、東京の浅草寺も同じくらい古いと言われていますが、浅草寺の場合は史料的な裏付けが取れません。

 ※上野三碑は2017年にユネスコの「世界の記憶」に登録されました。



 こぢんまりとした境内には物凄いものが置かれています。

 例えばこの「鴟尾(しび)」。



 こちらの説明の通り、石でできた鴟尾は国内に3つしかなく、そのうちの2つがここで見つかっているのです。



 この説明に「根巻石」についても書かれていますが、上の鴟尾の写真にチラッと写っています(なぜか根巻石だけを撮影しなかった・・・)。

 そういえば、昔測量のバイトをやったときに、杭を固定するために、穴の中にセメントを流し込んで、それを「根巻きする」と言っていたなあ・・・

 そしてこちらの覆屋には・・・



 バーン!



 塔芯礎!

 古代寺院マニアにはたまらない逸品です。

 他にも礎石のようなものが置かれています。



 社殿はこちら。



 ここは小さいながらも古代寺院のワンダーランドですぞ!

 ディズニーランドも良いけど浅草花やしきの良さが分かる人にお薦めです。

 『上野国交替実録帳』(長元3年<1030>作成)によると、当時放光寺は定額寺としての扱いを受けていたのですが、寺院としての体をなしてないため、定額寺の認定を取り消して欲しいとの申請があったことが書かれており、発掘調査の結果によると、事実、放光寺は7世紀後半に造られ、11世紀頃には廃絶したことが分かっています。

 ちなみに定額寺というのは、国分寺に次ぐ寺格を持ち、国から保護された寺院だと言われていますが、実態についてはよく分かっていないようです。

 古代寺院跡でロマンティックな気分に浸ったあとは、さらに西へ向かいます。

 これは何でしょう?



 都丸高親翁碑。



 明治33年(1900)に建てられたということで、もう古碑の部類ですかね。





 そろそろ国分尼寺跡だと思うのですが・・・



 上野の国分尼寺跡は事前の調べによると、標柱が立っているはずです。

 この辺りのはずなので、畑の周辺を歩いてみます。



 あった!



 見つけましたよ。

 国分尼寺の標柱です。



 国分尼寺の総本山は奈良の法華寺なのですが、この標柱の文字は法華寺門跡の方の筆ですね。



 礎石らしきものがありますよ。





 しかしこれ以外は何もない・・・



 将来は史跡整備されるといいですね。

 つづいて国分寺跡へ行ってみます。

 歩きだしてほどなく、遠くに塀が見えました。



 あれに違いない・・・

 近接を試みます。





 この川沿いは行けるのかな?



 おっと、デッドエンド!



 戻ります・・・

 説明板発見。







 ここが入口ですね。





 何か建物がありますよ。



 ガイダンス施設ですね。



 ではまず、こちらから訪ねてみます。

 七重塔の模型。



 発掘された瓦。





 ジオラマ。



 係の方が言うには、上野国分寺跡からは瓦があまり採取できなかったそうです。

 というのも、きちんと調査しようと思ったときには、いわゆる「好事家」のような人たちが相当数を拾っていってしまった後だったからです。

 それに比べて武蔵国分寺からは沢山の瓦が採取できているのですが、武蔵では「拾うと祟りがある」という噂を意図的に流したために、あまり持って行かれなかったということを武蔵の調査担当者が言っていたそうです。

 冗談かもしれませんが、あり得そうな話ですね。

 私が係の方から聴いた話でもっとも興味深かったのは、「実は七重塔は建っていなかったのではないか?」という話です。

 武蔵国分寺の場合は『続日本後記』に七重塔が落雷で焼失し、その後再建したという記事が載っているので実際に建っていたのでしょう。

 でも考えてみれば、建設の計画があったとしても実現できなかった国分寺があったとしてもおかしくありませんね。

 そしてそれがもし、費用が理由ではなく技術的なことが理由だとしたら、国同士が技術を共有していなかったという不思議な事態になります。

 この件に関しては今後も調べを続けていこうと思います。

 それではお外に飛び出して、実際の史跡を見てみましょう。

 さきほど遠くから見えた塀はこれですね。





 金堂の基壇が見えます。







 こちらは七重塔の基壇。
 




 この図によると、17個の礎石のうち、何と15個が本物です!



 素晴らしい!



 塔芯礎は後世に手が加えられたような感じもしますが、モノ自体は当時のものですよ。



 丸い窪みはさきほどの放光寺の塔芯礎にもありましたね。



 金堂跡へ行ってみます。

 これは何でしょう?



 金堂の基壇。



 私のほかにもう一名、国分寺跡を見学している男性がいたので声を掛けたところ、群馬はお父さんと縁があるために興味を持ったとのことでした。



 こういう場所って訪れる人が少ないですよね。



 遠くに現代の国府・群馬県庁の建物が見えます。



 それでは、次は近くにある妙見社を訪ねてみます。

 (つづく)

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