日本史大戦略 Side-B 附 歴史を歩こう協会 ~日本各地の古代・中世史探訪~

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【遠江・駿河古代史探訪 その2】遠江国分寺跡【全国に先駆けて発掘された国分寺】

2018-07-23 10:13:48 | 歴史探訪
 昨日、遠江・駿河方面の古代史めぐりをしてきて、探訪記事の第一弾はすでにアップしています。

 今回はその続きを簡単にお伝えします。

 ⇒前回の記事はこちら

*     *     *


 奈良時代の8世紀半ばに、聖武天皇の肝いりで全国に置かれた国分寺は、男の僧が運営する僧寺(そうじ)と尼さんが運営する尼寺(にじ)の2タイプがありました。

 さきほどはそのうちの尼寺の跡を探ってきましたが、つづいて僧寺の跡へ向かいましょう。

 僧寺と尼寺は近接して建てられることが多いです。

 遠江の場合は北側に尼寺があり、南側に僧寺がありました。

 この地図でご確認ください。



 ※「今昔マップ on the web」にて作成

 尼寺はその形跡も分からなくなっていましたが、僧寺は心配いりません。

 何といったって、「国特別史跡」ですからね!

 僧寺方向へ向かうと、国史跡としては当然のこととして、道路に大きな看板がありました。

 そのため、迷うことはないのですが、問題は駐車場です。

 僧寺の周辺を探ってみると、現代の国分寺の駐車場に停められそうです。

 でも、バスは無理だな・・・

 職業柄、バスが停められるかどうかとか、トイレや自販機があるかとか、そういうのは必ずチェックします。

 私の雷電號は停めることができたので、探索を開始します。



 こちらは現代の国分寺の本堂です。



 現国分寺は、参慶山延命院と号する真義真言宗のお寺で、本尊は薬師如来です。

 石仏が並んでいますね。





 草地に入ると、基壇や看板が散見でき、よく見る国分寺跡の風景が広がっていました。



 いいねえ。

 ではいつもの通り、最初は境内の南側へ向かいます。

 南側にも史跡の入口がありました。





 この建物の辺りに南大門があったんですね。





 復元図入りの説明板があります。



 今では全国的にも国分寺跡の発掘や史跡整備は進んでいますが、遠江はその先駆け的存在だったんですね。

 往時はこのような様子だったと想定されています。



 この絵で手前に描かれているのが南大門で、全体を取り囲む築地塀(ついじべい)が南大門に接続されています。

 南大門をくぐって中に入ると中門が現れますが、中門は回廊と接続されています。

 回廊には金堂(現代の寺でいう本堂)も接続され、その向こうに講堂があり、回廊の外側西(左手)に七重塔という配置ですね。

 それではこれらの遺構を一つ一つ見ていきましょう。

 どの程度残っているか楽しみです。

 南大門の次に現れたのは中門(ちゅうもん)。





 中門から金堂跡を見ます。



 金堂跡は基壇が復元されていますね。

 あとで行きましょう。

 中門は回廊と接続されています。





 回廊の内側へは入らず、回廊西側を直進すると・・・

 おっと、これは塔跡でしょう!



 基壇に登ると塔心礎が一つともう一つ礎石があります。



 国分寺マニアが一番喜ぶのは塔跡ではないかと個人的には感じています。

 そして塔心礎が残っているとその喜びは最高潮に達するのです。



 いいねえ・・・



 説明板を読む限りでは、今見た2つの礎石は往時のもののようですね。

 おや、遠くに土塁のようなものが見えます。

 もしや・・・

 おー、築地塀の復元ですね!



 私的には塔跡も好きですが、門跡と築地塀の跡も大好きです。

 北側を見ます。



 南側を見ます。



 城マニアは土塁が好きですが、私もその延長線上でこういった土塁状のものは大好きなのです。 

 そして可能であれば登ることを忘れません。

 築地塀の上から北側を見ます。



 南側。



 現在の復元ですと大した高さはありませんが、往時は人の身長の2倍はあったのではないでしょうか。

 この復元の姿からは想像しづらいかもしれませんが、これは土塁ではなく「塀」ですので、たまに古寺などで見ることのできる土塀を想像してみてください。

 それではつづいて、境内を散策します。







 現在の復元範囲では一番北側に講堂跡があります。





 講堂跡から金堂跡を見ます。





 金堂跡の基壇の上に登ります。



 ここにも礎石が見えますね。





 実は今は埋め戻されてしまった石段の跡が珍しいのです。

 これでぐるっと史跡を一周しました。



 名残惜しいですが、次に行きましょう。



 寺域に関しては、東西180m、南北250mと推定されており、



 おや、これはさっき気づかなかった・・・



 車はここから入ってきました。



 薬師堂についての説明ですね。



 つづいて、道路を挟んで反対側にある「府八幡宮」に参拝します。

 ⇒この続きはこちら

*     *     *


 遠江ではありませんが、武蔵の国分寺をめぐるツアーを催行する予定です。

 「歴史への旅」の7月10日号の9ページに掲載されています。



 下段の右側がそうなのですが、現地集合・現地解散の街歩きのようなツアーです。

 国分寺に興味がある方は一緒に歩きませんか?

 なお、私はこの本の執筆にも参加しています。

国分寺を歩く (日本六十余州 全国分寺を完全収録)
かみゆ歴史編集部
イカロス出版


 全国の国分寺についてカタログ的に編集した本ですが、こういった便利な本はあまりないと思いますよ。


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