霊的故郷ブログ

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食について(12) 植物には動物のような意識や感情はありません

2011-04-23 20:38:35 | 食について
「植物に動物のような意識や感情が無い」事は、誰でも認める事だと思います。

しかし、植物に「意識」は無いのかと言うと、これは「意識」というものをどう定義するかによって違ってきます。

例えば、水や石などの物質の反応を「意識」だと定義するのであれば、植物にも「意識」はある事になります。

しかし、進化した哺乳類や鳥類のように物を考えたり、物質的な痛覚で痛みを感じたりする事が「意識」であると定義するならば、植物には「意識」は無い事になります。

次に、人間との意思疎通が「意識」であると定義した場合、進化した哺乳類や鳥類には意識がある事になりますが、クラゲのような原子的な動物や昆虫には「意識」は無い事となります。

全ての植物や昆虫のような原始的な生物は、「本能」で機械的に動いているのであり、人間との意思疎通は出来ません。

それは言ってみれば、大霊(創造主)が作り出したプログラムに従って動くロボットのような物なので、自分の思考、つまりプログラム以外では何一つ行なう事は出来ないのです。

このように、「意識」には意識レベルの低いものから高いものまで様々あるのですから、単純に「意識」があるとか無いとかと答えられる問題では無い為に、私は「植物には動物のような意識や感情は無い」という、比較論としての説明方法を取っている訳です。



しかし、一般的には、「古木には精霊が宿る」と言うのだから、長い間生きた植物には、「高度な意識」が芽生えてくるのでは?



というあなた!



違います。



「古木には精霊が宿る」



と言うのは、分かりやすく説明すると、



「古木を精霊が宿として使用している」



という意味であり、

決して



「古木が精霊になる」



訳では無いのです。



古木を宿として使用している精霊、つまり本来の木を世話する自然霊(妖精)(非受肉未熟霊)の他に、ある程度以上進化した自然霊(天使)(非受肉進化霊)や人霊(受肉進化霊)が、古木を宿(依り代)として使用している事を「精霊が宿る」と言うのであって、植物の樹齢がいくら延びても、植物の世話をしている自然霊が賢くなる事はあっても、植物自体に動物のような「意識」が芽生えてくる訳ではないのです。(ここを誤解してしまうと、真理の迷路に迷い込んでしまう事になりますので、御注意下さい。)

なお、古木を精霊が依り代にする理由ですが、人霊の場合は生前その木が好きだったからという理由や、進化した自然霊の場合は、古木は人間が御神木として祀り、祈りを捧げる事が多い為に、その祈りを聞き届ける為にそこに留まるようになる等、いろいろな理由があるようです。



それでは、次回からはなぜ植物には動物のような意識が無いのかの具体的な説明をしていきたいと思いますが、これは「意識」、つまり「精神」の問題となる関係上、説明は霊的な話が中心となりますので、御了承下さい。



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