ふわり、お茶時間~お茶とともに~

月1カフェのお知らせと、ブログ企画の全国のお菓子と合わせる中国茶台湾茶の更新が主です。
お茶とお菓子、お茶と人。。。

中国茶のバイト初日

2007-07-29 22:37:20 | 中国茶

今日から中国茶の小売店でバイト始めました

平日はOLさんなので、今後は毎週日曜日と、隔週土曜にバイトします。

中国茶葉の勉強がしたくて応募したのですが、さっそく試飲させてもらいました

中国茶10大銘茶のうちの一つ、龍井茶の中のさらに超高級品・明前龍井。100gでお値段1万以上ですよ!ひええええ~~っ

お味はすっきり上品です。

それと、白茶飲んだことないと言ったら白牡丹を淹れてくださいました。

ちょっと渋みがあるけどおいしかったです。

早く自分でも工夫茶の入れ方マスターしたいっす。がむばる

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大連旅行2日目その5 東鶏冠山(旅順)

2007-07-23 15:00:08 | 中国旅行/2007.05大連・旅順

2日目の午後は大連から車で40分、旅順へ行ってまいりました。

ここは現在でも中国人民解放軍の軍港ですので、決められた場所にしか行くことはできません。

それがまず、この東鶏冠山。それから水師営会見所旧跡、203高地の3箇所です。

旅順の説明の前にもう一枚写真をアップ

巨大な蜂の巣・・・ではありません。

これは銃撃戦の跡がそのまま残っている場所です。

なんの戦争の傷跡でしょうか?

旅順という場所は、大連の南・遼東半島南端に位置する軍港都市で、首都北京や天津を防衛するための重要な場所です。

19世紀後半になると(清の時代)中国は「富国強兵」政策から海軍を設立し、イギリスやドイツなどから軍艦を輸入して北洋艦隊を作りました。

その後、港の背後の高地を砲台や堡塁を築いて要塞化したのです。

ですが、1894年に朝鮮の支配権を巡って日清戦争が勃発、日本が旅順を手中に収めました。

話はここで終わらずに、その後1895年には有名な下関条約を調印し、清国から賠償金と遼東半島・台湾などの島やいくつかの都市を獲得しました。ですがロシア・ドイツ・フランスの三国干渉により日本は遼東半島の支配権を放棄、旅順は<凍らない港町>を欲しがったロシアの手で開発されていきました。

1904年、再び日本が朝鮮支配権を手に入れようとして日露戦争が勃発します。この時激戦区となったのが旅順というわけです。この戦争で大連・旅順の開発は日本が後を引き継ぎ日本の中国における東北部の拠点となっていったのです。

↑遠くから見た写真。

長くなりましたので、東鶏冠山は2回にわけます。今回はさらっと歴史のお勉強でした。言い回しにはかなり気をつけておりますが、行き届いてない部分がございましたらご容赦ください。

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大連旅行記2日目その4 北大橋

2007-07-08 00:26:38 | 中国旅行/2007.05大連・旅順

星海公園で不思議なオブジェをたくさん見た後は北大橋へ。

途中海岸道路もコースには入ってますが、ただ走っただけなので省略します。

着きましたよ~北大橋

北大橋のたもとで写真撮ってもらいました。

ちょっと遠目からの橋の写真↓

相変わらず曇りですよ。曇りまくってちっとも回復する気配がありません。

雨じゃないだけマシだけど・・・。でもよく見えない~

この北大橋は1987年に、大連市と日本の北九州市の友好を記念して作られたつり橋です。

えーガイドブックによりますと、「波が生み出した荒々しい海岸線の風光明媚な景色を楽しめるスポットとして人気」なのだそうです。そして別枠に「夜はライトアップもされる観光名所」とわざわざ書いてあるのです。

そ・れ・で!

実は1日目の夕食後に行ってみました。

その写真がコチラ↓

 

 

 

いいですか↓

 

 

 

いきますよ↓

 

ハイ!↓

 

どこが!?

まさかこの青い照明がライトアップ!?

わざわざタクシーで行ったらこんなんでした。

全体像がまったく見えなかったので、明日の昼に期待しようとか言っていたら今度は曇っててやっぱり全体は見えないし。

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今回で2日目の午前は終了です。そして午後にはハプニングが! 

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