ふわり、お茶時間~お茶とともに~

月1カフェのお知らせと、ブログ企画の全国のお菓子と合わせる中国茶台湾茶の更新が主です。
お茶とお菓子、お茶と人。。。

ダヴィンチコード/ダン・ブラウン(角川文庫)

2006-11-18 21:23:32 | 小説(本)
旦那が例の話題作『ダヴィンチコード』を買ってきました。読み終わったらしいので私も読んでみましたが・・・面白い!あまり中身に触れると読み終わってない人からクレームきそうなので書きませんが、読み進めば読み進むほど魅せられる!ただしぃ~個人的にはラストがどうもな。やっぱり小説だよな。
キリスト教にはあまり馴染みのない私たちでも十分楽しめると思います。むしろ、固定観念のない人の方がたぶん面白いと思うんじゃないかな?
どうやらシリーズ物らしいので、他のも読んでみようかな、とは思いました(←ミーハー)
ダヴィンチと言えばやはりモナ・リザですが、昔々、私が小学生の時、図工室横の準備室に『モナリザの微笑み』のポスターが貼ってあり、いたいけな私(え;)はその絵が怖くて、一人で工作準備室へ入るのが嫌いでした。じっと見てるとにまっと笑いかけられそうな気がしたもんです(笑)可愛い思い出だなあ(自己陶酔)

ダヴィンチコードを読み終わり、今は浅田次郎さんの『蒼穹の昴』を読んでいます。これもまた面白い!まだ1巻目なんですけどすっかり魅了されてます。

しかし常々思いますが作家てすごいなぁ!一体どれだけの取材と資料集めの果てに作品を作っているのでしょうか。



・・・今頃ダヴィンチっすか、と自分でも突っ込み入れてみたりして
でも、これ旧ブログからの引越し記事につき、本来は6月9日に書いていたものです。(それでも旬の時期より遅めだったけど・・・)
おや、蒼穹の昴より先に読んでたんだね(すっかり忘れてたよ)
コメント

『蒼穹の昴』(浅田次郎著/講談社)

2006-11-08 13:14:28 | 小説(本)

本日は感想文でーす。読んでる人、これから読む人閲覧注意でーす。

この小説、前半はかなりテンポが良くて春児の活躍が非常に気分爽快!文秀の科挙登第、春児の老公胡同での生活、その後の京劇役者としての活躍ぶり!!いやぁ爽快爽快!!春児に京劇を教え込んだ黒牡丹師匠の最後は泣きましたよぅ゜゜(´O`)°゜ ウワーン!!

 

その一方で宦官製造工場とまで言われる刀子匠の館での出来事などが妙に詳しく描かれていて、題名の『蒼穹』=青空と内容が全然かみ合わずに不思議に思いながら読んでいきました。

後半少々だれ気味なところもありますが、世界から見た西太后の人物像、また中国(清)の人民が見た西太后の人物像など多角的に書かれていて小説に深みを与えています。

それと軟弱なイメージのつきまとう李鴻章がどえらい格好いいです!最後のあたりで李鴻章が栄禄に得物をつきつけてタンカを切るあたり「ひゃっほう」と叫びたくなっちゃった。(巻末の解説の中で陳舜臣さんも書いておられましたが、同意見!)

 

その他、実在した袁世凱や康有為(梁文秀は架空の人物ですが、康という人は実在したようです)彼らのそれぞれの思惑が清という大国を動かしてゆくその壮大さ。

 蒼穹の昴とは、つまり青空に輝く昴の星、希望の星、物事の全てを統べる星。

主人公春児には昴の星がついている、と白太太がお告げを出しますが、これこそが病気の兄のため、また小さな妹や気狂いになった母のために物乞いとして死んでいくはずだった春児へめぐんだかけがえのない夢でした。

 気狂いの母の口癖「没法子」(しかたない、しょうがないの意味)のなんと重いこと。気が狂ってもなお、口にするのは「没法子」ばかり。当時の清国そのものの状態が重苦しくそこに集約されているのでないかと思います。

そして蒼穹とは真っ青で雲一つない大空のこと。

ヴェネチアの芸術家達が躍起になって表現しようと試みた、あの清清しい青空。

そして春児が、私たちが、幼い頃この手に太陽さえもつかめると信じて手を伸ばしたあの大空なのです。

 

 旧ブログ7月10日より。

ついでにこれに対して国語フリークな友人がコメントくれました

以下、抜粋。↓

いやあ~「租借地」と「植民地」の違いを思い知らされます。天津とかね。

水を差すようで悪いんだけど…、「蒼穹」に「昴」が輝いても、その光は万人には見えないよね。だから、見えない=影、って事で、春児の運命は宦官になるしか生きていけなかったのよね。

影ということも現したくてこういうタイトルにしたんじゃないか?とも思ったわん。

 

さすが大学院まで行かれた方は違うわ~

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