Reiko's Travel by Camping Car

2004年4月に退職して以来亭主と二人ヨーロッパの国々をキャンピングカーで旅行している、英国在住40年の主婦です。

アイスランドの旅 26 フェロー諸島からベルゲンへ

2010-04-25 22:30:42 | 旅行
月曜日の朝早く3泊もしたスカーリのキャンプサイトを出てトーショーヴンへ向かいました(写真1)。トーショーヴンの町外れにもキャンプサイトは在るのですが、3日前にフェリーを降りたキャンパーが多く、彼らのほとんどが首都のキャンプサイトに集まっていました。

私たちが港に着いた9時ごろに、フェリーが港に入ってきました(写真2)。フェリーはデンマークから一昼夜かけて、ヨーロッパ各地のキャンパーを乗せフェロー諸島で降ろすのです。


 


港に並んで乗船を待つキャンパー(写真3)は多く、キャンパーのみならず大型バスやセーリングボート2艘、約100台くらいの乗用車等すべてを乗せてフェロー諸島を出航したのはお昼の12時でした。
翌朝8時にベルゲンのフィヨルドにさしかかったアナウンスがあり、約一時間かけてベルゲンの港に着きました。
港にはまるで白鳥のようなクルーズ船が停泊しています(写真6)。ベルゲンでは20台くらいのキャンパーと100人以上の人々が降り、次に乗船するキャンパーは7台だけでしたが大型バス一台と大勢の人々を乗せて午後1時に出航。


 

 


私たちは昨年のスカンディナビアのキャンプ旅行で、このベルゲンへも来ました。今回はフェリーの上から町並みや公園を見て、昨年歩き回ったところを思い出していました。フィヨルドにはいたるところに小島がありまるでノルゥエー版”松島やー”の感じです。

ノルゥエーとスコットランドの間には北海油田のプラットフォーム(写真8)の火が夜空ににじんでいました。

フェリーは翌朝6時にスコットランドに到着、アイスランドからスコットランドまで一週間も経ったのです。


 


今日でアイスランドの旅を終わります。2004年4月からキャンプ旅行やバックパック旅行でいくつかの旅行記を記載し、2006年からの旅行記をロンドンの友達が彼女のブログに載せてくれています。興味のある方は下記のブログアドレスをクリックしてください。


下記は2006年ボルネオ旅行記です。

Reiko's Travel

下記は2007年のスカンディナビア旅行記です。

スカンディナビア

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アイスランドの旅 25 羊について

2010-04-24 23:57:00 | 旅行
フェロー諸島で一番多く見かけ,心に残ったのが羊です。今日はアイスランドとフェロー諸島、そしてスコットランドの羊たちについて写真を見ていただきたいと思います。




アイスランドを廻ったのが6月末から7月初め夏至を過ぎた頃ですから夏といっても英国でも寒い頃です。ここの子羊は多分生後2-3ヶ月、まだ母羊の傍にべったりで片時も離れません。英国の羊の親子はこの時期母親は毛を刈られてすっきりした夏姿です。
写真1,2の羊はアイスランドの羊ですが、まだまだ寒いアイスランドでは何時この毛が刈られるのかがわかりません。

インターネットで調べて見ましたら、アイスランドの羊は多産で一回に2頭から4頭の子供を生み、子羊は生後6ヶ月から生殖可能だそう、まるで英国の12歳ぐらいの女の子が出産しているようなものです。




アイスランドのスーパーマーケットで毛糸を買いました(写真3)。セーターは直接肌に当たるところがシカシカするので、自分で編んでみようと思ったのです。これらの毛糸は重さの量り売りで、1200g買って19ポンドぐらいでした。
どうしてこの毛糸をお見せするかというと、これらの毛糸には撚りがかかっていないのです。アイスランドの羊は寒さと雨から身を守るため、長さ20センチにもなる毛足だそうで、毛糸は長い毛が固まっているだけ、少しでも強く引っ張るとスーと先が薄くなり切れてしまいます。
それでアイスランドの手編みのセーターは2本どりや3本どりで編まれています。
此れは余談ですが暖かい土地の羊ほど毛足が短くやわらかく、上等のウールの生地が創られます。




フェロー諸島は島のほとんどが牧場、で何処へ行っても羊でいっぱいです。写真5、6 の羊は立派な角で種類が違うのかも知れません。またなぜか人なつこい羊たちで写真を撮っていると、我も、我もと言うように全部集まってきて”わいわいがやがや”とうるさいこと。




極め付きが、写真7,8のまるでぼろをまとった乞食のよう、彼らを見た後は英国のきれいな真っ白の羊は貴族の奥方のように気品があります。
この乞食羊も良く見れば、古い毛の下に新しく夏用の毛が生えて、虫や蛇の脱皮とおなじような衣替えの真っ最中なのです。
このように寒い国では春先に毛を刈り取ると羊は寒さで病死するのでしょう。自然に落ちた毛を捜し求めて4人の男性が、急なスロープの牧場を歩いていました。




只残念なことに、フェロー諸島ではたったの3日間の滞在で、それもお店の閉まるウイークエンドでは、どんな毛糸を売っているのかも判りませんでした。
写真9の羊はもう夏服に替わってすっきりしています。あたりの草原にはあちこち古い抜け毛の塊が落ちていました。写真10は生後3-4ヶ月と思える子羊で、まるでアラブの男性のあごひげのような模様が面白く、カメラを向けたら母羊のおなかの下へもぐりこんでゆきました。マザーコンの男の子。



この写真11から以下の羊は昨年7月にスコットランドで写したものです。羊には30-40種くらい毛並みや、サイズの違いが有り又異なる気候でウールの硬さや長さも違ってきます。最近ではナチュラルカラーが復活し、スコットランドで黒羊から獲った黒い毛糸やブラウン、グレイなど染めていない自然の毛糸を買ってきました。
写真14はバリカンの後も鮮やかに残っている毛を刈られた後の羊です。最近の養羊農家ではウール産業が下火のため,一歳までの羊はラムと呼ばれ、食肉用に出荷されます。マトンは一歳以上の羊で値段も下がります。



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アイスランドの旅 24 ストレィモイ島(Streymoy)フェロー諸島

2010-04-24 00:06:34 | 旅行



日曜日の朝も雲が低くたちこめ、にわか雨がたびたびやってくる寒い日でした。キャンプサイトにはこの朝には6台のキャンパーがいて、ゆっくり出発の準備をしていると皆どこかへ行ってしまいました。今日一日何処へ行こうかと話し合い、結局トーショーヴンのあるストレィモイの最北端の村を訪れることにしました。

目的ののチェツノウィーク(Tjornuvik)はトーショーヴンから55Km、フィヨルドの畔の一本道を走ると、崖にへばりついた様な数軒の家々や鮭養殖場の草葺屋根の工場などが見えたりします。

チェツノウィークは人口72人,岬の入り江に一塊になった小さな村(写真1,2)で入り江の向うにエストロイの島の北端が見えます(写真3)。
ここでアイスランドとフェロー諸島では始めてジャガイモ畑を見ました(写真4)。このあたりが野菜の出来る最北端かと思いました。村の家々は草葺屋根の家々を囲むように瓦ぶきの家が建っていて何処の家も裕福そうでした。

ちょうど12時、教会の鐘が谷間に鳴り響き各家々の住人が次々教会に消えてゆきました。雲の流れが速く一瞬出た太陽はすぐに厚い雲に隠され次には激しい雨風がやってきます。








駐車場で昼食にし、雨がやんだところで次の目的地サクサンへ向かいました。

道は又フィヨルドの畔を戻り、クヮルヴィーク(Hvalvik)から両側が緩やかな谷間を北西に向かっています。。サクサンは人口25人の村(写真7,8,9)で、トーショーヴンから47Kmの本当にひっそりした村です。村は谷間のあちこちに分散していて、天気の悪い日曜日、うろうろしているのは私たちとほかに2台の乗用車で来た観光客だけで、人影はありませんでした。

こんな小さな村でも教会(写真10)があるだけ驚きですが、誰もいない中へ入ってみるととっても質素なつくりです。牧師さんも常駐していないであろうと思われました。この草葺の教会の屋根が目の高さで、草の下には白樺の皮(写真12)がしっかりと敷き詰められているのを見つけましたが、この島には何処にも木が生えていないのです。デンマーク本土から皮を輸入しているのかしらと思いました。又草葺屋根の方が何かメリットがあるに違いありません。







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アイスランドの旅 23 エストロイ島(Eysturoy)

2010-04-23 23:38:36 | 旅行



キャンピングサイトが見つかったのは、エストロイ島の真ん中近くのスカリー(Skali)という小さな町のサッカー競技場と公民館の横で、駐車場のような広場に電気のコンセントが並んでいるだけ、水は公民館の横の水道からひき、男女別のトイレ、シャワーが公民館の一部に設置されていました。

初日の夜は私たちのほかに英国人夫妻のキャンパー一台だけで、静かでした。町はフィヨルドに沿って3kmくらい伸びた一列だけの家が並んでいます。ここは首都から57Kmにあり通勤可能な距離ですが、果たしてここの人たちはこんな田舎から通勤するかどうかはわかりません。






観光案内書では、この町の南10Kmのところに羊毛工場があり、羊毛のプロセスが見られるとのことで行ってみたのですが、土曜日の朝、何処も開いていなくて海辺で見かけた小屋へ寄ってみました。
小屋の中では漁師のおじさんたちが4人立ち働いていました。冷凍のイカを切ったものを扱っていたので何にするのかと聞きましたら魚の餌だとのこと、何が釣れるのか聞き忘れましたが、大変親切な友好的な人たちでした。週末は工場も休みだとのことで、工場のオーナーの家へ連れて行ってくれるというのを断り、次のキャンプ場を探して島の北東へ向かいました。




フクラフィヨルヴィ(Fuglafjordur)は人口1558人この島では最大の港町(写真3,4)ですが、着いたのが土曜日の午後、スーパーマーケット以外は何処も閉まりインフォメーションも閉まっていて町の案内図でもキャンプサイトの有無はわかりませんでした。
ここのスーパーで鯨肉かトナカイの肉を買って帰ろうと思ったのに、売っていたのは鳥・牛肉と羊肉だけ、島のいたるところに羊がいるのにこの島では羊肉はニュージーランドからの輸入肉でした。




写真5は島の最南端の丘で発電風車と羊が草を食んでいるほかは何もありません。すぐ向かいにトーショーヴンの町並みが雲でぼやけて見え、何処を見ても入り込んだフィヨルドばかりでした。写真6のチャルダー(Tjaldur)と呼ばれる鳥は(英語名はオイスターキャッチャー)ここフェロー諸島の国鳥で写真7のきんぽうげを大きくしたような花は国花です。切手にこの花がアレンジされていました。
写真8,9の野の花は小川の畔何処にも咲いていて、昨日のオレンジの花と色違いですが黄色が一般的なようです。
ガチョウも野生なのか飼っているのかが判りませんが、人の住んでいないような牧場でも群れをたくさん見かけました。




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アイスランドの旅 22 フェロー諸島ジョグヴ(Gjogv)

2010-04-22 22:39:36 | 旅行




フェロー諸島の首都トーショーヴン(写真1)に朝の6時に着いて、私たちが一番最初にフェリーを降りたのです。港の守衛に観光インフォメーションの場所を聞き、恐る恐るの感じで港から町の入り口まで行きました。早朝にもかかわらず開いていたインフォメーションで地図をもらい、キャンプサイトと銀行のありかを聞きました。

この諸島はデンマーク領ですが、独自の国会を持ち、通貨はデンマーク・クローナです。総人口48,350人のうち首都のトーショーヴンには12,400人が住んでいます。フェロー諸島は大小18の島から成り、首都のあるストレイモイと隣の島エストロイは橋(写真2)で結ばれています。この二つの島が一番大きく、その他の島へ行くには有料海底トンネルかフェリーを使わねばなりません。


 



どの島も火山岩から成り、木が一本も生えていない荒涼とした土地です。そして島の間はフョルド(写真3)が深くえぐっていて,天然の港や鮭の養殖場がいたるところに見られます。


インフォメーションで教えられたキャンプサイトを目差して、橋を渡りエストロイの北端の町エイギィへ行ったのですが,設備が粗末で、電気もなく管理人もいません。あきらめて次の村ジョグヴへ行くことにしました。この日も天気は悪く冷たいにわか雨が何度でもやって来、それほど高くも無い山頂は雲がかかって見えません。只この諸島で素晴らしいことは、どんな田舎の村へ行っても、道路が舗装されていることです。


 


ジョグヴの村(写真4)は人口49人、岡の中腹の一本道を延々と行った海辺にひっそりとかたまっている小さな村なのです。ところが観光案内書にあったキャンプサイトが見つからず、たった1軒のホテルで聞きますと、廃止にしたそうで、こんな田舎にホテルやレストランがと驚きました。
ホテルの横の家の手入れされた庭が面白く、見る人を楽しませてくれます。
このジョグヴの村は小さいながらも有名な観光地で、大きな観光バスがやってきて、観光客が小さな港や岡の上の散策に行きました。
そして小さな港の向かいの崖にパフィンが一面に住んでいたのです。全く期待もしていなかったので、嬉しくてしつこく写真を撮り続けました。
お天気がよければ・・・、キャンプサイトがあれば・・・と後ろ髪惹かれる思いでこの素晴らしい村をあとにしました。


 

 

 

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アイスランドの旅 21 再びセイデスフヨルデンへ

2010-04-22 22:17:50 | 旅行


エイギルスタディルのキャンプサイトは設備が整っていて、シャワーは温泉の湯が滝のように落ちてくる素晴らしいものでした。アイスランドを出るまでの2泊をここで過ごしたいと思ったのですが、最後の夜にはフランスのキャンパー21台が予約を入れていたため一泊だけになりました。

朝、洗面場が立て込んで、どうしたことかと思ったのですが、写真1のホテルバスが駐車場に停まっていたので納得がいきました。こんな安上がりの旅をする人たちは、まさしく合理主義のドイツ人に違いありません。




キャンプサイトを出発して山道に差し掛かると、霧が深くなり(写真2)やっとの思いで急なジグザグ道を上がったのです。すると頂上近くで急に霧が晴れ空は真っ青(写真3、4)太陽が熱く,今通ってきたのは雲だったのだと知りました。
エイギルスタディルからセイデスフヨルデンまでは26Km標高600から700メータの山越えです。セイデスフヨルデンに降りる坂に近づくとまたもや雲が湧き上がってきて(写真5,6)道路のセンターラインが見えません。亭主は肝を冷やして安全運転。






この日一日雲が晴れることはなく、うっとうしい天気でした(写真7,8)。
セイデスフヨルデンにフェリーが着くのは毎週木曜日の12時、私たちは水曜日の午前中にキャンプサイトに着き、銀行へ行って見ると木曜日以外は午後1時まで開かないとのこと、この町に3軒あるお土産店も、木曜日以外は朝から開くところは無いのです。







木曜日の朝、出発の準備をしているときに会ったフランス人の女性(写真9)は徒歩とローカルバスでアイスランドを7週間で廻るそうです。この日は3週目に入ったばかりで、この日一日セイデスフヨルデンのフィヨルドの畔を歩いてくると言っていました。昨日雲の中を山頂めがけているときに、大きな荷物を背負って道端を歩いていたのが彼女だったのです。
私が日本人とわかると片言の日本語で オキヲツケテ とか オゲンキデ などと言い、以前日本縦断を企てたときにやさしい日本人に多く出会ったのだと思われました。日本で徒歩旅行中に、お宮の石段で滑って手首骨折し、旅行を中断したそうで、もう一度行って完走したいと言ってました。




木曜日の午後4時フェリーはフェロー諸島に向かってセイデスフヨルデンの港を離れました。
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アイスランドの旅 20 エイギルスタディルへの道

2010-04-22 07:17:04 | 旅行


アイスランドの南東の町ホフン(Hofn)は1946年300人の住人から1988年には人口1670人と増えた比較的新しい町で、バツナ氷河の最東端のフィヨルドに面し、漁業や観光(氷河登攀)を主産業にしています。この町の入り口近くにキャンプサイトがあり、ここで一泊しました。割と大きなスーパーが一軒あり、この夜の食料を買い込み、歩き回って見ましたが住宅以外見るものもあまり無い町でした。










ホフンの町を出発したときは、厚い雲が山の中腹より下りてきて気温も6度、寒くて気が滅入りそうでした。
ホフンもフィヨルドの町で海岸線を北にたどると、波の無いまるで湖のような海が見え隠れします。フィヨルドの海には白鳥の群れが多く見られました。火山灰で出来たような崖が多く、ここを登ることは不可能だろうと思います。途中で道路工事をしているところに行き着き、山側の砂丘のような崖には山崩れを防ぐ頑丈な壁が作られていますが海側にはガードレールも無いのです。









ホフンから100Kmほど北へ行ったフィヨルドの村・デュペヴォーグル(Djupivogur)は人口460人、キャンプサイトがあり小さな港の周りが駐車場になっていました。午前中にこの村に着いてしまい、今夜をこのキャンプ場で過ごすと午後の半日暇をもてあますことになりそう、そんな小さな村でした。駐車場のすぐ横に小さなお土産店がありのぞいてみると、おばさんがセーターを編みながら店番です。セーターはこの土地特有の肩から胸にかけて編みこみ模様のあるものでこの店で売っているのはこの土地の主婦が編んだ色とりどりのセーターや手袋、帽子などでした。
このセーターを一枚欲しいと思ったのですが、どうしても手触りが悪くてまたもやあきらめ、おばさんとおしゃべりしました。
”今日は天気が悪くてここの素晴らしい山が見えないけど、天気の良いときはここは素晴らしいのよ。夏の平均温度は5から10度ぐらいだけど、冬は割と暖かいのよ”  ”そうねー、冬はマイナス5度からマイナス10度くらいかしら”




この村を出ると次のキャンプサイトは150Km 先のエイギルスタディルの町しかありません。まだ時間は充分と出発しましたが村を出てしばらくすると、N1では初めて出会う未舗装の道、これが100Kmぐらい続きました。




途中から急に信じられないくらい周囲が明るくなりはじめ素晴らしい青空、山並みは青く輝いています。土ぼこりを揚げながら谷間の奥に向かって行くと、道は急なジグザグの登りになりました。傾斜が激しい道で谷間を見下ろすと素晴らしい展望が開けていました。山頂へたどり着く前のくの字に曲がった道端のガードレールが壊れていて、以前に車がここからまっさかさまに落ちたに違いありません。山頂の湖(写真14)を見たときは本当にホッとしました。又この日が雨や雲の中でなくて本当にラッキーでした。


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アイスランドの旅 19 ヨークルサルロニス(Jokulsarlon)

2010-04-21 07:04:47 | 旅行



キシュクバイヤフクリストフのキャンプサイトから東に70Km 辺りは氷河からの川が縦横無尽に流れ、N1には長短の橋が数え切れないほど架かっています(写真1,2)。道路際にオブジェのようなものがあり(写真3)停まってみました。
此れは1996年にヴァツナ氷河の北部の山が噴火し、溶けた氷河で大洪水を来たし道路と長い橋が流されたのです。大量の水で曲がってしまった橋の一部が記念のためにこの地に置かれていた訳です。
ヴァツナ氷河はアイスランドのみならずヨーロッパ最大の氷河で8000平方Kmにわたり標高2000mに広がっています。







この場所から近くにスカフタフェル・ナショナルパークがあり,大きな立派な観光案内所とキャンプサイトがありました。
昨夜はフランスの団体キャンパーはここで停まったものと思われます。ここの観光案内所で氷河湖のボートツアーのチケットを購入しました。
この観光案内所から近くのスカフタフェル氷河へのジープツアーやウオーキングツアーが企画されています。

私たちはその隣の氷河が道端から見えるのでキャンパーで2Km 足らずのスヴィナフェルス氷河へ行って見ました。このあたりの氷河は繰り返される火山の噴火で落ちた火山灰のため真っ黒です。雲が低くて氷河を覆っているせいもあり、まるで墨絵を見ているようです。




この氷河を後に55Km西に目的の氷河湖ヨークルサルロニスがあります。環状道路N1の畔の大きな湖は、ヴァツナ氷河の氷河舌が湖に落ち込み、大きな湖一面に浮かんでいる大小の氷山はこれまた感嘆詞の世界でした。
午後12時半の観光船に乗り込み45分の周遊でした。ガイドの女性は素晴らしい英語を話し、水先案内のボートの男性が拾ってきた氷の説明をしてくれました。この氷は1000年も経っているそうで、圧縮されているので中々解けにくくとっても硬いとのこと、最後に氷を細かく砕いて乗客全員に小片を食べてみるよう勧めてくれました。1000年前の水と思えば何だかありがたいような気持ちでいただきました。







湖から短い急流の川が海に流れています。大きな氷山がつかえつかえて流れてゆきます。氷山の周りはかもめのような白い鳥でいっぱい、このような冷たい水でも魚が多いと見えます。氷の間をオットセイが2匹泳いでいました。




湖に堪能した後は海岸へ行って見ました。氷は海水でも溶けなくて砂利の海岸線に無数に打ちあがっています。
自然に出来た氷の彫刻は素晴らしく寒さを忘れて、写真をとりまくっていました。

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アイスランドの旅 18 キシュクバイヤフクリストフ (Kirkjubaejarklaustur)

2010-04-21 01:47:15 | 旅行



ヴィークから次の村キシュクバイヤクリストフまでの約80Km の道は無人の荒野が続きます。何キロも延々と続くルピナスの花と火山岩の荒地、羊もいないところを見ると、この間は農家の一軒もないのだとわかります。
道端に現れたケルンの丘(写真2)は観光地になっていて、説明によればこの土地にあった農家はカトラ山の噴火で消え,それ以来この地を通る旅人が農家の跡地にケルンを積み上げることで幸運を授かるとの言い伝えがあるそうです。
最近では車の旅、たくさんの旅人に積み上げられないように、道路管理局が石を全部よそに運んでしまったそうで石ころひとつも落ちていませんでした。

この荒野の山側はアイスランドの4番目に大きなミャーダルス氷河(Myrdalsjokull)地域でこの氷河には1480mのカトラ山があります。カトラ山は過去1100年の間に16回噴火しておりその間隔は40年から80年の間に一度大噴火をおこしています。最近は1918年でこの地域は過去から多くの農家と人命を奪ってきました。





N1のメイン道路を数キロ外れた未舗装の道路際に、深さ100メータ、距離2Kmにのぼる谷間があり、がたがたゆられて行ってみました。
昨夜ヴィークのキャンプサイトで集まっていたフランスのキャンパーが駐車場のほとんどを占め、やっと隙間に駐車して2Kmの崖の上を歩き回って帰ってみると、続々やってくるフランスのキャンパーで一本道はすれ違うところもなく、観光バスが一台立ち往生していました。






人口134人のキシュクバイヤフクリストフの村は12世紀から僧院のあったところで、修道女の岩、修道女の滝、修道女の湖などの名前が残り、教会の床(写真9)と呼ばれる6角形の石群等が見られます。この村から12Kmほど行った道路際の6角形の石柱群(写真10)には、どうしたらこのような形の岩が出来るのかが丁寧に書かれていました。







この村の設備の整ったキャンプサイトで一泊したので、夕方二人で散歩し、草陰に隠れていた、まだ飛べないらしい小鳥の赤ちゃんを見つけました。写真を撮っていると親鳥がけたたましくなきながら私たちの周りを飛び回ります。

きっとお母さん鳥はは子鳥にじっと動かずにいて偉かったねーとほめていたでしょう。




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アイスランドの旅 17 ヴィーク(Vik)

2010-04-21 01:23:57 | 旅行



ヴィークは人口290人の小さな町ですが、この南アイスランドでは一番の観光地で、一年を通して観光客が絶えないということです。町には病院、郵便局、警察署やスーパーマーケットも2軒ありました。
町の周囲は何処もルピナスや野の花が咲き乱れ、教会の建っている丘に登ると、遠くの海がみわたせます。
ヴィークは気候も穏やかで、この日がアイスランドでは初めて風がなく、気持ち良く散歩して回りました。








町外れにキャンプサイトとロッジがあり、この夕方にはフランスのキャンピングカー・グループツアーの21台が次から次へとやってきて狭いキャンプサイトはキャンパーでいっぱいでした。
英国人の男性が一人ジープでやってきてテントを張っており、彼は毎年数週間をアイスランドで過ごすとのことで、多分プロのカメラマンだろうと思われました。








キャンプサイトの横の草むらに住んでいるこの鳥は、巣が近くにあるらしく、私たちが近道に草地を横切ると心配そうに周りを飛び回り、私たちの関心をそらそうとしています。鳴き声が独特で面白い鳥でした。




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アイスランドの旅 16 ソルヘイマ氷河とレイニシュドランガフ(Reynisdranger)

2010-04-21 01:10:56 | 旅行



スコガホスを出て数キロも進むと道の両側はルーピンの花だけ、一面のブルーの花の海が延々と続き、遠くにソルへイマの氷河が見えてきました。
氷河へ行く道は砂漠と川床で道は舗装されていません。途中までがたがたのひどい道を時速10Km位のスピードで進んだのですが前方に見えてきた氷河が真っ黒で、余りに汚い(写真3)のであきらめて引き返しました。 




又N1を20Km 程進んだところで右手に折れる細道が見えたので 4Kmくらい行って見ると数軒の家のある小さな村を通り過ぎ、海辺に着きました。海岸の向うにドアウエー・ヒル島という切り立った四角いような島(写真4)が見え、前方にはアイルランドのジャイアンツ・コースウエーでも有名な長方形の岩群、海岸は真っ黒の火山岩で出来た小さな砂利で、山上の草むらにはパフィン(写真9)が住んでいます。






パフィンは肉眼では見分けられませんが、私のカメラの望遠を最大の66倍でやっと写真9が写せました。海にも遠くに鳥の群れがたくさん浮いていて肉眼では見分けられませんでした。でも以前からパフィンは一度見たいと思っていたので、写真に鮮度があいまいながらも写っただけでも大感激でした。




海岸から村までの高い崖には羊が草を食んでいます(写真10)。あんな高いところからどうやって羊を下ろすのかと心配しました。


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アイスランドの旅 15  スコガフォス (Sukogafoss)

2010-04-20 05:33:36 | 旅行
 

セルヤランドの滝から30KMにスコガフォスのキャンプサイトがあります。周囲はルピナスの群生と、きんぽうげや野の花が咲き乱れる素晴らしくきれいなところです。

スコガフォスは落差60メーター、水しぶきが激しく滝つぼの近くへは行けません。キャンプサイトと滝は100メーターほどしか離れていませんが、キャンパーの中では水音は聞こえませんでした。


 

滝の横の崖に手入れの行き届いた鉄製の階段が設置されていて、滝の上流を散歩できるようになっています。
上流にも2Km位の間に小さな滝が4つも見られますが、谷間は大きな岩が乱立していて目を奪われます。

このスコガフォスのキャンプサイトは観光バスや、ローカルバスの停車場でもあり、多くのウォーキングのグループがここにやってきて、滝の上流から氷河への30-50Km コースを目差して登って行きました。


 

 

キャンプサイトの横は牧場で羊の群れがやってきて、その後乳牛の群れが訪れました。ブラジャーをした牛は初めてです。牛たちは搾乳時間になると誰もいなくても、さっさと農家へ帰ってゆきました。


 

今度の(2010年4月)火山噴火ではこの素晴らしくきれいな滝もどれほどダメージを受けているか想像もつきません。


 
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アイスランドの旅14の2 Eyjafjalla 氷河

2010-04-20 03:49:16 | 旅行
 

メインの環状道路1から60Km西に行ったところにあるのが、今全世界を騒がせているEyjafjalla 氷河と火山です。この山は標高1666Mで100平方KMの氷河に覆われ過去には1612年と1821-22年の二回噴火してそれ以降200年近くも休火山だったところです。


 

2008年の6月ここを通ったときには雄大な景色に、牛が草を食むのどかな草地が広がり、メイン道路からは氷河も見えません。

 

 

セルヤランド滝(Seljalands)はこの氷河に源を発し、遠くメイン道路からもしっかり目に付くきれいな滝です。今回2010年4月の噴火で氷河はとけテレビで見るとあのきれいな滝は真っ黒の水が流れています。
急激な解氷で農地は大洪水、たった一本の道路は寸断されているそうです。


 

セルヤランド滝の滝壷の後ろの崖に細道があり水しぶきにぬれながら一周できます。この時は初めから水中カメラケースを取り付けてブルーのレインコートを着込んで一回りしました。写真10の私が見えますか?


  

以前見たナショナル・ジオグラフィックのテレビ放送では、18世紀にアイスランドの火山の大噴火で噴出したガスが北半球を覆い、太陽光線を通さなかったため大変な冷害を起こしたという。英国、アイルランドのみならずその影響は遠く日本にも及んだとのことで、調べてみると江戸時代に1700年代3回の飢饉が発生している。ヨーロッパからアジアまで飢餓で亡くなった人たちは何百万人にも上ったという。
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アイスランドの旅 14 ロードナンバー32

2010-04-20 02:03:40 | 旅行



今までの滝や間欠泉、火口湖のある地域はリジョン3(ホフス氷河から流れるショーサ河の西)と呼ばれ、観光地も多くて立ち去りがたく、落差122メートルの滝ヘアーホスがロードナンバー32にあるというので一日キャンパーで走り回ったのです。




ケリオから一面緑の牧草地帯を走っているうちに、真っ白のかなり大きな教会が見えてきてキャンパーがたくさん停まっていました。スコルホルト大聖堂は11世紀からの歴史を持つ教会ですが、現在の建築物は新しく、教会の横に古い教会の基礎石が保存されていました。
教会の中では男性二人がチェロの練習をしていて中々いい雰囲気、彼らの邪魔にならないよう誰もが音を立てないようそろそろ動き回っていました。
ロードナンバー32はショーサ河にそって北上し景色も素晴らしく、右手の遠方に純白のヘクラ山、左手はアイスランドのグランドキャニョンがと、またもや感嘆詞の世界が展開していました。




この道路がロードナンバー26と交わる最終地点までの60Kmを北上しましたが、ヘアーホスは見つかりません。昼食を食べようと道路際の広場でキャンパーを止め、近くに停まったアイスランド人の家族連れに聞きましたら、歩いて2時間かかるか、近道は4輪駆動の車以外は行けないとのことであきらめました。



 


この広場でクッキングをしていると遠方から数十頭の馬が駆けてきました。先頭に騎馬女性が一人、列の最後に男性が二人騎馬姿で、道草しようとする馬を追いかけていました。どの馬も素晴らしくきれいで、たてがみが特に長く目が隠れています。多分この地に多い小さくすばやい蝿から目を守るためだと思われます。蝿を避けるためにはキャンパーの窓もドアも開けられませんでした。
途中から九十九折の山を登って行くと、眼下に見えた草葺の建物には帰りに立ち寄ってみました。この地域は12世紀に右手の雪山ヘクラが噴火して火山灰に埋もれたものを再現した百姓屋と教会でした。




ロードナンバー26は私たちが向かうリジョン2(ショーサ河の東)へ行ける近道なのですが川を挟んで平行に走っている道路からは車が通るたびにすごい土埃が舞い上がっていて、環状道路N1にたどり着くまでの62Kmもがたがたゆられてはたまったものではないと、あきらめてもと来た道を引き返したのです。
この夜のキャンプサイトはリジョン2のスコガフォス(60メータの滝)の畔を予定し、メイン環状道路N1を東に向かいました。



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アイスランドの旅 13 ゲイシール(Geysir) と ケリオ(Kerio)

2010-04-19 00:06:21 | 旅行
 

黄金の滝から5ー6Km南に世界でも有名なゲイシールの間欠泉があります。ここも管理人はいなくて、もちろん無料、観光客であふれていました。
広範な周囲の岩からお湯が湧き出ていたり水蒸気が上がったりしていますが、メインの間欠泉は穴の開いた平らな岩の回りに綱を廻しただけの安全圏をぐるっと観光客がとりまいてカメラを構えています。写真1-4の間欠泉は5分間隔で10メートルくらいに吹き上がります。


 

このゲイシールで有名だった間欠泉は写真5の大きなものですが、今世紀の初め頃に心無い観光客が岩を投げ入れた為半分窒息状態でほとんど噴出せず数年に一度くらいだそうです。 吹き上がると60メーターになるとのことで、さぞやすごい眺めだろうと残念でした。
ゲイシールのインフォメーションセンターにはお土産店やレストラン、それにリサーチと教育センターも設置されています。このセンターの外側にはもろい火山岩で出来たレンガが積み上げられていました(写真6)。中々面白い試みだと思います。



  

ゲイシールから同じ道路ナンバー35の南60Km にケリオの火口湖があります。まだ朝9時前なのに駐車場はほとんど満杯、観光客でいっぱいでした。この火口湖は約3000年前にこの地域の多くが噴火し出来た丘のひとつで、水深55メーター、青空を映して大変きれいな湖です。
火口の周囲の丘を一回りしても大して時間もかからず観光バスはひっきりなしに離着していました。


 

ここの絵葉書によりますと、夏には(多分8月)この湖にいかだを浮かべてプラットフォームにし、ポップコンサートが開かれるとのことでした。
観客は湖の傾斜の激しい崖に座って楽しむのですが、全く自然のアンプシアターになって音響効果が素晴らしいとのこと、なーるほどと唸る思いでした。


 
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