Reikaの徒然草

つれづれなるままに…

ある男のアメリカという国への壮絶なラブレター -ONCE UPON A TIME IN AMERICA 感想-

2020-04-02 13:59:14 | 宝塚
みなさま、何かとせわしない世の中ですがコロナ疲れになってませんでしょうか?
はい、私は疲れてます(笑)。
娯楽もろもろ封じられつつの時差出勤なうであるため非常にやるせなさを感じております。
まあそんなこんなですがワンスを観に行ったのに感想を書いておりませんでしたので、あげたいと思います(ちなみに宝塚が公演中止・休止を最初に決めたタイミングの日に観劇しました)。

2020年、こんなドツボな作品が初っ端に当たってだいじょうぶなんだろうか

って思いました(笑)(まぁ現状を見るとだいじょばなかったのかもしれないけど…)。
いや、見始める前からちょこっと予習してて絶対ツボな予感しかしなかったし、制作発表のマックス@さきなとキャロル@あーさ見てたら、ドハマりする予感しかしなかったけど、新作における最近のイケコに信用が置けてなかったので(AfOは生田くんの作品だと思ってるので笑)、ちょっとハラハラしながらタカニュの初日映像をみて、あ、好きな世界観かもしれない、となり、観に行って無事スッコーンとハマって帰りました。なので、その後手持ちのチケット全部パーになり(しかもなぜかこういう時に限って雪組なのにS席1階席が観に行った日含めて2回も当たっているという…。そしてトータル観劇数3回当たってたはずなのに…)悲しいやら悔しいやら…。

それはともかく、今回は大好きな太田先生の音楽もほぼあたりだらけで最高だし(フィナーレの咲奈中心の男役群舞のシーンの音楽のアレンジだけちょっと気に入らなかったけど、あれは太田先生がどうこうよりアレンジとか演出の方向性の問題だもんな)、萌えも多くて楽しいし、2020年早々からダンオリやらハポンやら、萌えな作品多くて幸せです。

よくよく考えてみると主要な5人のみがきっちりドラマが書かれてて、ほかのメンバーについてはほぼほぼモブに徹している、退団者も路線の娘役にもいい見せ場ほとんどなし、下手すりゃ路線若手男役もいい見せ場なし(綾くんなんてほとんどいてもいなくてもいい役って…)っていう地雷一直線作品なんですけれども、最高な作品でしたねー。やっぱり面白い作品って大人数動かせないんだなー。

Twitterでもちらと書いたんですが、ファントム以来どうにもこうにも咲奈視点でしか物語を見ることができないんですよねー(笑)いや、芝居の方向性はもともと好きなんですが、ファンなのか、っていうレベルでは見てます。
で、今回もご多分に漏れずマックス視点でばっかり物語を見てます(笑)で、愉快に萌えまくってます。(こっから先、腐寄りの感想となりますので苦手な方はブラウザバックでお願いします)

映画のあらすじとか読んだとき、多分マク×ヌドになるんだろうな、とは思ったんです。いや、ファントムからこっち、さき×だい な作品が大劇場は続いてたんで(っていうか凱旋門を除けばひかりふるもそんな話だわな)、原作がもろそういう路線なら、まぁ今回もそういう路線で来るんでしょう、そういう方向で今現在受けてるんだし(でも私はさき×あさの絡みももっと見たいのよ〜!!)って思いながらマイ初日を迎えまして。

マク×ヌドのようでジミ×マクでした(マク×ジミなのかな?)(や、でも最初のうち矢印のベクトルがやたら強かったのはジミーだった)(分かる人だけわかって)

いや、別にマク×ヌドは0%ではなかったけどね(にっこり)。
なんだろ、マク×ヌドの関係が「マックスの盛大な片想い」なら、ジミ×マクは「依存関係」とでもいうか。
マックスの片想いっぷりは凄まじくって、育ち盛りでサイズ感なんて絶対大幅に変わっているはずなのに、なぜか(笑)ピッタリの、よく似合うスーツ用意しちゃうし、喜ぶ顔見たくてサプライズでデボラ呼んじゃうし(笑)(また、ヌードルスの顔色伺う咲奈が巧いし(笑))、完全に反応1個1個が好きな人の気を引こうとする人間のやり口だよなあ(笑)

多分、連邦準備銀行襲撃を拒否されるまでは多分マックスには片想いの自覚はなかっただろうなぁ…。刑務所にいた間にヌードルスが変わっていったのは薄々感じていただろうし、そもそもヌードルスの心はデボラでいっぱいいっぱいだったのは少年時代からわかっているんだから、両想いでないのは把握していただろうけど、少なくとも分かりあえているとは思っていたと思うんだ。それを多分誤魔化し誤魔化し、彼は生きてきたんだと思うんだよね。
でも、連邦準備銀行襲撃計画を拒否されたことで、彼が無理くり自分に信じ込ませてきた幻想が破られた、本当はヌードルスもマックスほどの熱量ではないにせよその友情を大切に思っていたのに、自分と同じものを見ていない、と思ってマックスは盛大に拗れたんだよね、きっと。あーめんどくさい男、大好きだよ(え)

マックスがジミーに依存するようになったのって、もちろん向こうが必要としてくれたってのもあるし、新しい自分で生きていかなければならなくなった上で、頼れる人、元の自分を知っている人間がジミーしかいなかった、っていうのはあると思うけど、自分が無理やり信じてきた幻想が破られて、心の拠り所がなくなったのも大きいんじゃないかなあ。そこにジミーがつけ込んだんならとんだ鬼畜野郎だわ(笑)
(にしても某支部で中年〜壮年期の頃の二人の事後の作品読んだときは「まぢか」ってなったけど(笑)いや、大変美味しくいただきましたが(笑))
(あ、その作品はマク×ジミだったわ)
(でも個人的に求めている度合いが強いのはジミ→マクなんだよな)
(役者の持ち味的にはマク×ジミになるのわかるんだけど)
(わかるんかい(笑))
ジミ×マクで一番萌えまくるのは、あれだけモーションかけまくるのに、助けを求めてきたマックスを躊躇いなくテキパキ助けて、偽の人生を用意してまで癒着しずぶずぶの関係で生きてきたのに、自分の身に危険が及ぶとなった瞬間に容赦なくマックスを切り捨てる(しかも「もう一度死んでくれ」とまで言うね)ジミーの鬼畜さ、卑小さですね(笑)。絶対殴り合いならマックスのほうが強いし、多分知恵も回るし、諸々きっとマックスの方が強いはずなんですよ、きっと(何ならマックスの方がガタイがいいし)(それは役者の話)(え)(だってジミーさん可憐な美少年美中年)
そんな元マフィアで絶対強そうなマックスが、年月を経て黒い癒着によっていろいろな力を得たとはいえ、あまり強そうに見えないジミーに「死んでくれ」「与えた命を返してもらおう」って言われて逆らえないんですよ(笑)。萌えません?(笑)

で、死ななければならなくなったときに呼びつけるのがヌードルス、と(笑)。結局マックスは連邦準備銀行襲撃事件の時から時が永遠に止まってしまっているんだよね。いや、正確にはヌードルスに襲撃計画に加わるのを断られてからかもしれない。
そして襲撃に失敗し、ベイリーとして生きていかなければならなくなり、マックスという人格を本格的に殺さなくてはならなくなって。デボラをよすがに辛うじてマックスの部分を保って生きてきたんだろうけれど、多分ヌードルスに裏切られた、という思いと、そのヌードルスを半ばだましてしまった、すべてを背負わせてしまった罪の意識とがないまぜになっていたんだろうなあと。
マックスとヌードルスの関係って、もういくらでも語れるくらい複雑でこじれまくってるのですが(笑)(じゃあやっぱりマク×ヌドなのか?)、本筋からいい加減ずれそうだし、終わらないのでここまでで。実はこれから話す件にもマク×ヌドって少し関係あると思うんですが、
マックスが一番愛し、焦がれた相手は多分「アメリカ」という国だったんじゃないでしょうか?

あの時代の移民、特に東ヨーロッパ系ユダヤ人は元の暮らしがどん底で、場合によってはロシア帝国による迫害から逃れてきた(屋根の上のヴァイオリン弾きのように)命がけのメンバーもいたりして。一見階級のない、一発逆転も可能なドリームワールド:アメリカを夢見てやってきた彼らに対し、当時のアメリカは(劇中でも言われてるけど)既に他国からの移植者に狩りつくされ、国王・貴族こそいないけれども明確な階級社会はやっぱり作られていて、しかも成熟しきっていて。遅れてやってきた彼らの目の前に広がっていたのは社会的敗者として甘んじるしかない立場だったでしょう。
そんな状況でやってきたマックスも、少年のうちはその年ごろらしく期待に胸膨らませて。(手段はともかく)無邪気に社会の階段を駆け上がり、選ばれしものとして一発逆転を狙う気満々で。だけどもそんな彼の無邪気な夢を引き裂いたのが仲間の死であり、大好きなヌードルスの逮捕。しかもそのヌードルスを裁き、彼らを引き裂いたのはマックスが焦がれぬいたアメリカという国、正義をかたるアメリカの勝者たち。可愛さ余って憎さ100倍ではないけれど、マックスがアメリカへの復讐心を強めたのはこのタイミングでしょう。だけど、これまたややこしいことに復讐心は裏を返せばマックスの、こじれたアメリカという国への片想いでもあって。
ただ単に金持ちになって成り上がろう、というのであれば普通に強盗をしたり、違法行為でギャングとして大きくなっていけばよかった。事実、そうやって大きくなり、政治家などと癒着していったギャングは少なくなかったわけで。でもマックスはただ単純に成り上りたかったわけではなくて、自分が愛し憎むアメリカという国に爪痕を残そうとしたからこそ連邦準備銀行を襲撃しようなどと考えて。
それに失敗しジミーに助けられて別人格を与えられた後も、ジミーに取り込まれ、利用された、というのもあるのかもしれないけれども、狙われる身としてヌードルスにようにひっそりと隠れ住むこともできたのに、表社会で生きられるのをいいことについに社会の階段を駆け上がって。
でも、彼は本当にそれで満たされることができたのだろうか。アメリカに一矢報いてやった、と思うことができたんだろうか。国防長官?国務長官?どっちか忘れたが、国のトップの一員にまでなることができたけれど、それは彼の望んだ復讐の形だったんだろうか?もちろん得たものも大きかっただろうけれど、失ったものの大きさ、重さの方が大きかったんじゃないだろうか。何より、あの地位にたどり着いてなお、アメリカという国は、マックスの想いに報いてはいないと思うよ。そう思っていたからこそ、ヌードルスにこれまでの一生を精一杯生きてきた、そのことだけは確かだ、と言ってもらえて、少しでも認めてもらえた気がしたんじゃないかなあ。自分の、アメリカに対しての複雑な愛憎も、認めることができたんじゃないだろうか。そして、それをよりどころにして生きてきたからこそ、もう死んでもいい、って気分になったんじゃなかろうか(まぁ現実的にあのタイミングで死ななければ、もっとひどいことをされた可能性は高いし、ヌードルスたちへの贖罪の念もあったろうしね)。
ここまで書いてきて、やっぱりマク×ヌドなんだろうか。いや、ヌードルスにかこつけたマックスのアメリカに対しての一生をかけたラブレターなんじゃなかろうかね。

そしてキャストに全く触れられなかったので次回に続く~(え、まだ書くの?)(はい)(書き終わるのに1か月以上かかってますがな)
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