
4月10日(木)のあさ空。
雨が少し止んでいますが、このあと、激しい雨が続き、一日、家に降りこめられることに。注:振り込め詐欺ではございません。お金は振り込めと言われてもないものはない(笑) 無い袖は振れないので安心??
と、朝からふざけたことばかり書く高齢者女子ですが、新聞社でお世話になったAさんから「定年退職のご挨拶」メールが届いて、感慨深い思いでメールを拝見しました。Aさんとは数年前に彼女のお父様が亡くなったとき、ご葬儀にうかがって以来、お会いできていないのですが、50代後半だったはずのAさんは出会ったころとほとんど変わりがなかったので、そんな彼女が60歳になるなんて、頭ではわかっていても実感がありません。
Aさんと出会ったのは25年前、彼女が35歳のときでした。
新聞社が別紙として生活情報紙を創刊したとき、編集長として着任したばかりだったのがAさんで、フリーランスの編集者兼ライターとして活動していた私がAさんのところに営業に行ったのが初対面でした。新聞記者として仕事を続けて来たAさんよりも、私の方が生活情報紙での経験が長かったので、即日、仕事をいただけることになり、そこからご一緒に仕事をさせていただいたのです。新聞社としてははじめての取り組みで、Aさんは試行錯誤して基盤づくりをしていましたので、逆に私に相談してくださることも多く、私の提案した企画はほとんどそのまま通してくださって、私は自由に仕事をすることができて、楽しく仕事をさせていただいたのですが、Aさんはしばらくして、また、本紙の文化部に異動になってしまいました。
せっかくいい仕事仲間になれたのにと残念に思っていましたが、Aさんは次の編集長にも顔合わせしてくださって、引き続き、私への仕事の依頼は続けていただくように口添えしていただいただけでなく、本紙の方や出版社の方にも紹介をどんどん広げてくださって、私はほぼ新聞社の専属ライターでやっていけるほど、仕事を大量に受けることができたのでした。Aさんのおかげで、さまざまな仕事をすることができて経験も重ね、日々がとても充実していましたし、Aさんには足を向けて寝られないほど、お世話になったのです。
実はAさんの勤務する新聞社は父と同じ新聞社でした。父も新聞記者で父はAさんにとっては先輩に当たります。25年前、父が現役なら、新聞社に営業に行こうとは絶対に思わなかったと思いますが、すでに父が定年退職してから、何年も経過していたので、若い世代なら父のことを知らない世代に変わっているだろうという期待を込めて行ったのです。私が父のいた元職場に営業に行くことを父は何も知りませんでした。コネを使うことをしたくなかったのと、父を知っている方とは仕事をしたくないという思いがあったのです。
ただ、Aさんは父のことを覚えている世代だったそうです。最初、営業に行ったときは、私が父のことを口にしなかったので、Aさんも気がつかずに、私の経歴で仕事の依頼を決定してくださったそうですが、私が帰ってから経歴書を読み直しているうちに、「この住所とこの姓はもしかして?」と気がついて、父の娘だと気がつかれたそうです。でも、私が口にしないのは、父と関係ない立場で仕事をしたいのだろうと慮って、その後もAさんは父のことを全く口になさらず。さすがに新聞記者は口が固いと思ったものです(笑)
Aさんは優秀な方で、その後も新聞記者として活躍され、県出身者の赤崎先生がノーベル賞を受賞されたときは、授賞式取材にストックホルムに行き、新聞記事の一面に署名入り原稿が掲載されていたときには本当にご活躍がうれしかったものです。
そんなAさんからのメール。とてもうれしいことを書いてくださっていたので、ブログにも書き留めておきたいと思います。
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Rさんには出会って以来、本当に本当に、言葉では表せないくらいお世話になりました。何か困ったことがあると「Rさんならきっとなんとかしてくれる」と、ついつい甘えていろんなことをお願いし、いつもちゃんと応えていただいて。助けられました。あらためてお礼申し上げます。本当にありがとうございました。いろんなことがありましたね~。気付けば25年! 私は勝手に、Rさんのことを戦友のように思っています。
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新聞社の仕事も結局、ネットの普及で自社内の記者の方たちや退職なさった記者の方たちで行うようになって、私たちのような外部ライターへの仕事依頼は全くなくなってしまいましたが、IT企業の入社直前まで、Aさんの本紙の仕事のサポートを行わせていただいたことも懐かしい思い出です。
Aさんとはよく食事に行ったり、飲みにも行ったり、互いの家での飲み会なんかも頻繁にしていて、ほかの仕事仲間とも本当に仲良くさせていただいて来ました。今度また、Aさんのおつかれさま会でもご一緒できたらと思います。25年間の懐かしい話で盛り上がりそうです。
ゆう空。

きょうは一日、叩きつけるような雨が続き、いつ撮っても変わらない風景が続いていました。明日は晴れるかな?(明日は晴天の予報です)
25年前、私が父には内緒で父のいた元職場に営業をかけて、仕事の依頼をもらったことを知った父はまさに唖然という顔をしていました(笑) そんなことを私がするとは思わなかったのでしょう。もとから、コネ等を嫌い、私が父と同業の仕事をしていても、仕事の紹介などはして来なかった父ですから、あくまでも、自分とは関係のないところで娘は働くと思っていたはずです。それが、自分には何も知らせず、自分のいた会社の仕事をするなんて、驚くしかなかったようです。
それでも、私が仕事をはじめて、私の記事が掲載されるようになると、とても興味を覚えて、「今度はどんな企画をやるんだ?」と聞いて来て、お店の取材などには「連れて行ってもらいたい」と言い出し、私が取材している間はお店のお客としてお店めぐりを勝手に楽しんだりしていました。もちろん、相変わらず、私の仕事には一切の口出しはせず。アドバイスもせずでしたが、自分が勝手について来たお店の掲載がある特集記事を読んで「これはよく取材ができているな」と珍しく褒めてももらいました。父にとっては不出来な娘という位置づけでしたが、最後に親孝行できたのもAさんのおかげでした。


>かっこいいね!... への返信
仕事をしていると戦わないといけないことが多すぎて、圧力をかけられたとき、味方になってくれる人には感謝しかないという図式になってしまいますね~。
お母さまが戦友と呼べるシャインさん、そこには物語がありそうですね(*^^)v
お疲れ様会をしたら、また、ブログでご報告しますねー♪
戦争は体験していないけれど
一緒に戦い(社会や人間関係と?かな)
一緒に泣いて一緒に笑って時々けんかして
でも兄弟でも親子でもない
親友というには生ぬるいから
戦友!
良いですね~ 私は母が戦友だったかもな…なんて思い出しました
Aさんと再会して楽しいおしゃべり会をして下さい!!