代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

追悼 フィデル・カストロ

2016年11月27日 | 政治経済(国際)
 現在の世界に生存している中で、「歴史上の英雄」という定義が該当した最後の人物が逝った。
 トランプの米国がどうなっていくのか、見届けることができずに旅立つのは少々心残りだったかも知れない。しかし、いまは90年の疲れを癒してもらいたい。盟友のチェ・ゲバラが死してまさに50年が経とうとしている。カストロは、あの世でゲバラに報告すべきことは山のようにあるだろう。

 第二次大戦後、旧植民地の独立と革命が続く熱い時代があった。米国の裏庭、メキシコ湾を隔てた目と鼻の先で反米革命の奇跡が成し遂げられた。この奇跡が可能だったという歴史的事実は、米帝国の支配に抑圧された世界中のすべての人々にどれだけの希望を与え続けてきたかわからない。キューバ革命を、米ソ冷戦時代の社会主義革命ととらえる見方は皮相であり、誤りですらある。それは、本質的に、アメリカ型の資本主義による諸民族の主権を踏みにじった搾取と収奪に対する、独立と主権回復のための革命だった。

 それは、今後の日本が成し遂げねばらない課題でもあるのだ。

 米帝国の世界支配の時代がまさに終焉を迎えようという現在、稀代の英雄は静かに息を引き取った。アメリカ社会が地殻変動をともなって変わりつつある中、老革命家は今後の世界を成り行きをどのように予測していたのであろうか。アメリカ資本主義による一極支配が終わり、各国が国民主権を回復し、諸国家が共存・共栄できる未来を思い描けていたのであろうか。
  

 本年オバマ大統領が広島を訪問した際にカストロ議長は、「何十万人の住民を殺害したことへの謝罪の言葉が欠けていた」と、オバマを痛烈に批判した。日本人の多くが、オバマが広島を訪問したことに満足し、オバマに感謝すらしていた折である。カストロは、そのオバマの言葉になおも変わらぬ米帝国の横暴さを感じ取っていたのである。カストロの眼力は死の直前まで衰えていなかった。

 私もオバマ就任当初は若干の期待を寄せていたが、結局のところオバマは米国の軍産複合体のエスタブリッシュメント支配を何も変えることができず、それどころかブッシュ政権を上回る武器輸出を行って、軍産複合体を増長させ、中東の戦火を拡大させ、世界をこのような混沌に陥れてしまった。
 

 ゲバラとカストロはアメリカによる広島・長崎の原爆投下の戦争犯罪としての責任を一貫して主張していた。
 革命後の1959年、キューバ国立銀行の総裁であったチェ・ゲバラが日本を訪問した際、いやがる日本側を無理やり説得して、まさにゲリラ的にゲバラは広島を訪れ、献花している。原爆資料館を訪れた際、ゲバラは「なぜ日本人はアメリカに対して、原爆投下の責任を問わないのか」と問いただしたというエピソードが伝わっている。

 フィデル・カストロが2003年に広島を訪問した際には、「あの攻撃はまったく必要のないもので、モラル上も正当化できない」と話し、原爆資料館には「かように野蛮なことは、断じて繰り返されてはならない」と記帳した。

 ゲバラもカストロも、その思想の根底にあるのはヒューマニズムである。そのヒューマニズムを踏みにじる米帝国の世界支配が許せなかっただけなのだ。カストロ死してなお、帝国の支配下にあり続ける私たちは、彼らの残した言葉を噛みしめ続けなければならない。
 
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