代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

国交省の緑のダム否定論は破綻した ―これはコペルニクス的転回かそれともコロンブスの卵か?―

2005年12月14日 | 治水と緑のダム
 ひさしぶりに緑のダム問題に関する話題を提供させていただきます。「吉谷純一氏の緑のダム否定論に対する反論①」を書いた後、この話題から遠ざかってしまっていました。本日の話題は、吉谷氏への反論の続きです。というのも最近、従来の「科学的定説」とされていて、国交省が緑のダム論を否定する最大の根拠としていた学説が見事にひっくり返されるという画期的な論文が出たからです。本日は、その論文を紹介させていただきます。

 これまで国交省は、吉野川流域ビジョン21の委員長として緑のダムの治水機能を研究してきた中根周歩氏(広島大学教授)の説に対して、苛烈な攻撃を展開してきておりました。
 
 中根氏の説とは以下のようなものです。
 放置人工林を適正に間伐することにより、下草や潅木が繁茂した状態になれば、森林土壌が改善されて、土壌浸透能(森林土壌が雨水を吸収し、地下に浸透させる機能のこと)が増加する。
 その結果、ホートン型地表流(雨水が土壌によって吸収されず地表面を流下する現象のこと)の発生を抑えることができる。
 それ故、洪水時のピーク流量も大きく低下する。

 中根氏は、土壌浸透能の値が、「タンクモデル」という洪水時の河川流量をシミュレーションするモデルのパラメーターと定量的に結びつけられることを発見しました。それに基づいて、適正間伐の実施という森林整備による洪水ピークの流量カットを数値化することに成功したのです。
 国交省は、「緑のダム機能は計量化できない」と言って逃げてきたので、中根氏の研究は「目の上のタンコブ」だったわけです。
 
 国交省所管の土木研究所の吉谷純一氏は、つぎのように述べて、中根氏の学説を攻撃しております。以下、引用文です。

吉谷純一氏の土壌浸透能批判(=中根説批判)

<引用開始>
「まず、浸透能を議論すること自体、無意味である。先述の解説の通り、森林斜面の大部分で表面流は発生しないので浸透能の差は、洪水流出と直接関係しない。表7-1に示すとおり(表は省略)、林地の最終浸透能はいずれも200ミリメートル/時を超える一方、日本の最大一時間雨量記録は187ミリメートル/時と林地の浸透能より小さい。これは最大級の降雨があってもすべて地中に浸透し、降雨強度が浸透能を上回ることによる表面流は発生しないことを裏づけている。たとえ攪乱などによる局所的な表面流が発生しても、流下する途中のどこかで地中へ浸透するはずである。したがって、浸透能のみから治水機能を論じることはできない。しかし「緑のダム」論者のなかには、「治水力(浸透能)」という浸透能が大きいと治水効果が高いことを示唆する文学的表現を用い、なおかつ浸透能の差異のみを根拠に、針広混交林化によりピーク流量をさらに削減できることを数値モデル計算で示し、あたかも科学的根拠があるように見せかけている事例がある(中根、2003)。」
(吉谷純一「『緑のダム』議論は何が問題か ―土木工学の視点から―」。蔵治光一郎・保屋野初子編著『緑のダム ―森林・河川・水循環・防災―』築地書館、2004年、125頁)
<引用終わり>

 吉谷氏によれば、間伐もされずに放置され下草もない真っ暗な人工林であっても、日本史上最大級の大雨を浸透させる機能が備わっているのであり、したがって、間伐してもしなくても森林の治水機能に変化はないというのです。「土壌浸透能」を議論する中根氏は、「文学的」であり、「科学的根拠があるように見せかけている」だけだというわけです。
 
 しかし実際に、放置人工林の中に入れば、「ホートン型地表流」が流れた証拠はたくさん見出すことができます。土も葉も洗い流されて根がむき出しになっていれば、誰の目にも地表流が発生したとしか見えないのです。
 しかし従来の「科学的定説」は、そうした観測的証拠を意図的に無視して、まるで恫喝するように、「地表流(=表面流)は発生しない」とするものだったのです。

 あたかも、あのガリレオ・ガリレイが、自作の望遠鏡の中に木星の衛星を誘導し、「ね、木星を回る衛星が見えるでしょう?」と言っても、「そんなものは見えないよ」と主張し続けたスコラ哲学者のようなものです。


恩田裕一氏らによる最新の研究成果

 さて最近になって、恩田裕一氏(筑波大学教授)らによって、この「科学的定説」を覆す論文が発表されました。従来の「土壌浸透能」とされる数値は、樹冠の下の林内で水を散水して測定されていたのですが、それは実際の降雨を再現していません。いうまでもなく実際の降雨は、樹冠の上から降ってきます。その結果、雨水は一度葉にたまってから大きな雨滴となって地面を叩きます。下草のない森林土壌に、大きな雨滴が落ちると、土壌団粒が破壊され、「土壌クラスト」と呼ばれる皮膜が形成される。この結果、25-30mm/h程度の降雨があれば、ホートン型地表流が発生するというのです。
 つまり従来の実験は、葉から落ちる大きな雨滴ではない、小さな雨滴によって計測されていたので、「200mm/hの雨でもホートン型地表流は発生しない」という、土壌浸透能が10倍も過大に評価された、全くナンセンスな説が、「定説」になってしまっていたというわけです。

 恩田氏らの画期的論文には次のように書かれています。

<引用開始>
「1995年12月19日に行われた大型散水試験実験における表面流出量および浸透能を図―6に示す。降雨開始に伴い、初期には樹冠貯留のため林内雨は少なかったが、その後雨滴径の大きな林内雨がプロット全面に降下し、約5分後に表面流が発生した。そして表面流出はプロット全域に増加し、最大0.37L/sに達し、ほぼ一定の値を示した。このときの最終浸透能は、32mm/hと見積もられる。(中略) 今回観察された表面流はホートン地表流であると判断された。」(中略)
「冠水型および霧雨散水型の最終浸透能は、290mm/h以上と高い値をとり、ばらつきも大きいのに対し、樹冠上部から散水を行う大型散水型は、26-34mm/hと一桁低い値を示した。」
(恩田裕一、辻村真貴、野々田稔郎、竹中千里、2005「荒廃したヒノキ人工林における浸透能測定法の検討」、『水文・水資源学会誌』Vol.18, No.6)
<引用終わり>

 つまり、少なくとも、放置され荒廃して下草のないヒノキ人工林においては、26―34mm/h程度の降雨があれば、ホートン型地表流が発生することが明らかになったのでした。なんと、従来の「科学的定説」よりも、一挙に10分の1も値が下がってしまったのでした。

 従来は、現実の降雨を再現しない方法で計測が行われ、実際よりも10 倍も過大に評価された数字が「計測」されていたというわけです。
 
 さて、これは「コペルニクス的転回」と呼ぶべきでしょうか、はたまた「コロンブスの卵」と呼ぶべきでしょうか?

 いずれにしても、ハッキリといえることは、これで国交省は、市民が出資し参加して行われた歴史的な意義を持つ吉野川の緑のダム研究を、「文学的表現」などという恫喝的表現で攻撃することはできなくなったわけです。

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ツッコミ所だらけ&恩田さんシンポジウム紹介(1/28瀬戸) (安形康)
2005-12-21 18:48:01
はじめまして.田中淳夫さんのblogからやってまいりました.恩田さんとは,お互いの結婚式にお互いを招待するような,そんなプロどうしのあいだがらです.



======田中さんblodへのコメントから,こちらにも転載です

ちょうどタイムリーに,そのまさに恩田さんと蔵治さんが仕切るシンポジウムが開かれるというニュースが入ってきました.1/28愛知県瀬戸市です.1/29には森林見学会もありますよ.たぶん観測地も行くんじゃないでしょうか.



「第2回 愛知演習林シンポジウム

-緑のダム研究の最前線と市民・行政・研究者の協働-」



http://www.uf.a.u-tokyo.ac.jp/aichi/sympo2006.html



=====転載ここまで



さて,関さんのこの文章はあまりに思いこみと先入観に引きずられた過度にセンセーショナル表現が多く,論評するには骨がおれます.内容自体にはつっこみがはいるところももっともなところもあるので,100%否定するというものではないのですが,どこが私からみて受け入れられどこがそうでないのかは明らかにしておいた方がよいような気がします.



でもごめんなさい.しばらくは私の婚礼準備(そうです,恩田さんを招待する式というのはこれからなのです)で忙しく,落ち着いて議論ができる状態にありません.でも来週になればそれなりの時間がとれるでしょう

ご結婚おめでとうございます (関)
2005-12-21 21:23:48
安形康様



 はじめまして。ご結婚おめでとうございます。



 ぜひ専門家のお立場から、私の駄文を批判してくださいますと幸いに存じます。

 私にも一応、専門分野があるのですが、林政学分野です。(現在は、東南アジアや中国の森林再生・森林保全に関する政策研究をしています)。

 ですので、水文学に関してはまったくの素人で、この文章は市民的立場から書かせていただいたものです。

 (私の緑のダム問題に関するかかわりは、そもそも投資の乗数効果の高い失業対策事業としての位置づけでの政策提言から始まりました)。



 しかし、緑のダムの治水機能が証明されないと、本格的な予算措置が難しいので、その流れで水文学にも関心をよせるようになりました。専門家じゃないので、あくまで市民としての関与です。



 センセーショナルな文体は、国交省側の文体のセンセーショナルさにひきづられた面もございます。失礼いたしました。

 

 恩田先生と蔵治さんらのシンポジウムには、ちょっと仕事の関係で参加できそうもないのですが、またどこかでお目にかかれるとうれしく存じます。私は恩田先生とは面識がないのですが、蔵治さんはよく存じ上げております。



 ぜひ忌憚のないご批判を下さいますと幸いに存じます。 
あけましておめでとうございます&ありがとうございます (あがたし(安形康))
2006-01-04 01:59:12
関さんこんにちは あがたし(安形康)です.早速お返事をいただいたのに反応が遅くて申し訳ありません.しばらく田舎に帰っておりましたので・・・



田舎の静岡では先月に「月降水量ゼロ」という約30年ぶりの事態が起きていまして,畑の土が乾ききっていました.ところが1/2に擾乱の通過によって突然の雨がふり,まさに干天の慈雨となりました(箱根あたりでは駅伝ランナーが大変な目にあったようですが).



雨音が激しくなったところで外に飛び出して雨を浴びてましたら,その後ちょっと風邪を引いてしまいました.大馬鹿者であります.



さて,



> センセーショナルな文体は、国交省側の文体のセンセーショナルさにひきづられた面もございます。失礼いたしました。



の点でひとつ合点がいったことがあります.この文体について,わたしはある種のデジャヴを感じていたのです.これはどこかで読んだようなノリの文章だと・・・.おそらくは,学部の頃調査で泊まらせていただいた長野県の某ダムの管理所においてあった建設省(当時)の出版物の文体と同じなのでありましょう.今ではそういう文体を国交省の文献に探すのは難しいかもしれませんが,少なくとも15年前にはちらほらと見ることができたものです.



当時の建設省というと長良川河口堰問題で揺れていたときです.当然ながら,その折りには河口堰関係の文書を多く目にしました.よく覚えているのが,河口堰反対派の意見のうち

「長良川流域には一つもダムがない」(1987年には阿多岐ダムが竣工している)

「河道の人工化度がもっとも少ない川」(むしろ堤防化度はかなり高い)

といった明白な間違いがみられる例や,建設省のプランを誤解してその誤解に基づいて批判を展開しているといった例を多く引用し,「ろくに理解もせずに無効な批判ばかりを繰り返しているのが反対派である」という論を述べている文章でした.



これで学んだことは,「下手な批判はかえって敵に塩を送ることになる」ということでした.



もっとも,建設省側もレベルの低いことを書いていました.当時以前に,ある雑誌に「建設省はダムの必要性をアピールするために放流量を調節して渇水を作り出している」という説がのったことがあり,それに対する反論という内容が建設省関係のパンフや雑誌に載ったことがあったのです.もっともそれは,記事ではなく対談ばかりでして,しかもその反論の内容をサポートする証拠が「国の機関がそんなことをやるとはとうてい考えられない」というもの.そういう論理のもとで論じている論者どうしだったらそれで十分なのでしょうが,元の雑誌論説の著者はその論理自体からひっくり返し・再評価を迫っているわけで,建設省(正確には対談者)の言い分は反論になっていなかったというわけです.「これでは笑いものになるだけじゃないか.」と,まだ駆け出しの学部生だった僕ですら思ったものです.



(そして,「お互いレベルの低い言い争いをしているな~」とも生意気にも思いました)



当時に比べると建設省もオープンな場で堂々と論戦を挑むこともするようになり



(たとえば,釈迦に説法でしょうがここ↓がよく知られています.といってもまだまだ数は少ないですけどね.

 http://www.mlit.go.jp/river/topics/mado/right.html





議論のレベルは当時に比べて格段に上がっていると思われます.



さて,話がおもいっきりそれてしまいましたが,本題は中根論文と吉谷論文それぞれの評価,そしてそれに対する関さんの論評に対する評価,です.これについては,かつて私がタンクモデルに没頭(いやむしろ耽溺)し,そしてそれを捨て去った経緯から話し始めるのがいいかもしれません.長くなるので私のblogのほうでやりますが,その折りにはTrackBackいたしますね.



タンクは絶妙の抽象化度をもったいいモデルだと思っていました.本当に好きでした.ただし底知れぬ「怖さ」をもったモデルでもあります.僕の筆力でその怖さや,ハマりがちな落とし穴の深さetc.がどこまで伝えられるか絶対の自信はないのですが,暇を見てチャレンジしてみますね.



#婚礼家具選びや外国出張など多忙を極めているので,期待されるほど早くはできないかもしれませんが・・・



それでは,今年もよろしくお願い申し上げます.

あがたし(安形康)さんへ (Unknown)
2006-01-04 23:42:12
いやはや、貴殿の救援コメントには、頭がさがりますな、一見すると関さんを論破するように見えてこちらに気付かれないように危険を知らせるのですから

後少しの所で包囲網が完成する所に貴殿のコメントがあり、要約すると

「専門の分野以外を言及すると命取りになる」

「下手な反論は、命取り」

と指摘された以上関さんは、乗っては、こないででしょう

貴殿の学識と見解に保護された以上論破など到底無理でしょうな、



中越戦争などを絡めた議論も、もはや無駄になりました。



ここらで退散することにします
安形さま (関)
2006-01-05 01:47:01
 私も実家に帰省しており、この間、このブログにコメントしてくださった方々に失礼してしまいました。



 私の認識では、国交省のレベルの低さは、いまだ改善されていないと思います。『緑のダム』における吉谷氏の論文を読んで、そのことを痛感いたしました。

 生意気言って申し訳ございませんが、国交省による「専門家」という衣に隠された、貯留関数法の恣意的な利用の仕方は、一般市民としての私の常識的な目から見て、到底許容できないものなのです。



 たとえば長野県のダム計画において、貯留関数法による計算ピーク流量は、実際に想定降雨があった際の現実の流量よりも、2倍とか、ひどい場合には3倍以上も高目に算出されております。これは観測的事実から次々に明らかになっています。

 貯留関数法のパラメーターが、実際の河川特性と流域の森林の現状を無視して、恣意的に決められているからに他ありません。

 私の過去記事ですと、以下のものをご参照ください。

http://blog.goo.ne.jp/reforestation/e/1e4c52299d69a18fc52a4732f9bd07c5



 「タンクモデル」の危険性を指摘する安形さんのご意見は、私も素人なりに理解できます。タンクモデルは、パラメーターの決定の際に恣意性が入り込む余地があると思います。それが現実の物理量とどう関係があるのだと言われると、私も回答に窮します。



 しかし、要は、そのパラメーターによる計算流量が、現実の実績流量に合うかどうかがもっとも重要なことだと思います。合っていれば、少なくとも、「国交省げ現在行っていることほどには恣意的なものではない」と思うのです。

 少なくとも、実績流量に対して適合度が高ければ、それは「良いモデル」だと思います。私は素人なりに判断して、「少なくともタンクモデルは、貯留関数法よりは良いモデルだ」と言えると思います。

 この点に関して、多くの専門家の方々の意見をお聞きしたいのです。貯留関数法と相対的に比較することを抜きにして、タンクモデルの欠点のみを指摘するのはフェアーではないと思います。



 私は、近年の観測結果からタンクモデルのパラメーターを決定し、それに基づいて基本高水を再計算すれば、日本全国の河川の基本高水は大幅に下がると思います。

 

 また、市民の判断が必ず専門家の判断に劣るとは、残念ながら思えません。専門家集団の閉鎖コミュニティー内に存在する通念(バイアス)によって、判断が偏向することは、しばしば存在します。水俣病が発生した後の東大医学部の先生方の対応とか、数え上げれば枚挙にいとまはありません。

 

 2003年3月の日本林学会で「緑のダム」のセッションがあったとき、鈴木雅一先生は発表で、「ホートン型地表流が発生しない限り、土壌浸透能の議論は意味がない」という趣旨のことを仰られました。



 私は、素人が生意気かとも思いましたが、「降雨強度が土壌浸透能以下でも、ホートン型地表流は発生するのではないでしょうか。その物理的プロセスは、いまだ解明されていないだけではないでしょうか?」と質問させていただきました。

 鈴木先生は「そういう研究の必要性は認めます」と誠実に回答してくださったのを記憶しております。

 

 今回の恩田先生らの論文から判断する限り、私の素人意見は、見当はずれでトンチンカンなものではなかったように思えるのです。

 

 素人の素朴な疑問を、「専門家の意見に従え」と封殺しようとするのは、官僚が伝統的に使ってきた手法でした。学者がそれに倣ってはいけないと思います。

モデルについて (あがたし(安形康))
2006-01-05 16:54:15
>タンクモデルは、パラメーターの決定の際に恣意性が入り込む余地があると思います



こんにちは.あがたしです.コメントありがとうございます.僕がかつてタンクモデルに感じた「怖れ」は上記の事情をベースにしたものでは必ずしもないのです.モデルの係数決定には必ずなんらかの形で恣意性がはいる余地があるので,係数決定における恣意性の存在じたいはタンク特有の問題ではないからです.



僕がタンクに感じた怖さのその1は,

・パラメタ数が多く,それらの出力結果に対する影響がたがいに独立ではないため,出力結果を「よりよく調整」するのに複数の方法がある(実際,そういう例を体験した)

という点です. タンクは,たいていの流出現象に「合わせる」ことが可能なのですが,しかしそのために行なうパラメタ調整過程や,最適解として求められたパラメタの解釈が,流域の流出現象をより正しく理解することにつながっているのかどうか,激しく疑問に思ったのでした.なまじ物理的プロセスを抽象的に表現したようなモデルであるため,各パラメタのもつ「意味」についてはその一見分かりやすい見かけから想像される以上に慎重な吟味が必要で,安易に扱うと流域の流出現象を誤解しかねない,というおそれを感じたのです(「合うことは合うのだがそれは流域の理解につながるのか?」については貯留関数のほうも事情は同じなので,結局タンクにしても貯留関数にしても僕はヘビーユーザではなくなりました). それならば流出現象をより直接に物理プロセスから積み上げた分布型流出モデルのほうが流域を理解する(そして流域の環境変動に追随する)のにはよかろうと判断したのです. 僕にとっては「よい」モデルは流域の自然の理解により役立つモデルであり,その点ちょっと関さんとはよってたつところが違うのかもしれません.



ところで,

>この点に関して、多くの専門家の方々の意見をお聞きしたいのです。貯留関数法と相対的に比較することを抜きにして、タンクモデルの欠点のみを指摘するのはフェアーではないと思います。



についてですが,ごめんなさい.これは僕が関さんの過去の意見をフォローしていないので,関さんがタンクモデルvs貯留関数法という「モデル自体の争い」に関して前者に軍配を挙げていると思いこみ,「タンクはタンクで怖いんですよ,とくに"一見分かりやすく見える"という点が」とだけ指摘しようとしたのでそう読まれてしまったのかもしれません(貯留関数には貯留関数なりの欠点もあります).が,ご紹介いただいた

http://blog.goo.ne.jp/reforestation/e/1e4c52299d69a18fc52a4732f9bd07c5

を拝読して,関さんが攻撃対象にしているのはモデル自体ではなく,当該河川の実測流量に基づかないパラメタ決定(というか決めうち)をしていること,つまりモデルの運用方式の妥当性についてであることに気づきました(実測流量に基づかず過去に推定された「一般的な」パラメタを用いて流量予測をするのが否というなら,モデルとしてタンクを使った場合でも否となるはずです).



そういう意味で,関さんが「多くの専門家の方々の意見をお聞きしたいのです。」とおっしゃっているのは,モデル比較論の話なのか(そうならば

・十分な過去の雨量流量履歴が与えられた上で,それぞれのモデルを使って流量再現計算をする場合

・十分な過去の雨量流量履歴がない状態で,流量予測を試みる場合(*)

のいずれの舞台の話についてのことであるかはっきりさせる必要があります),あるいはそうではなくて,データがあるのにそれを使わずパラメタ決定を行うことがあるという現状についてのコメントを求めているのでしょうか.ここがはっきりしないと専門家はコメントしづらいように思います.



(*)IAHS(International Association of Hydrological Sciences)など世界的にはこの「未測定河川における流量予測」は大きなテーマとなっていて,PUB (Hydrological prediction in ungaged basins )というプロジェクトが走っています.



さて,閑話休題,僕がタンクから離れてから十年以上.最近では



> 私は、近年の観測結果からタンクモデルのパラメーターを決定し、それに基づいて基本高水を再計算すれば、日本全国の河川の基本高水は大幅に下がると思います。



に関連して,こんな↓研究がでています.



「国土数値情報に基づくタンクモデルの総合化」(横尾善之氏 東北大学の博士論文)



http://wrcs.dpri.kyoto-u.ac.jp/hydro/yokoo.html



数多く(といってもこの当時では12だけですが)の流域の実測流量と流域環境DBをもとに,タンクパラメタと流域諸条件の間の関係を統計的に処理してしまおうという研究です.そして,近年発達してきたより物理過程を忠実に再現したモデル(要するに僕がタンクから足場を移したタイプのモデル)で仮想的「流出」を作ってそれをタンクで再現することにより,いかなる物理条件(土層透水係数など)がいかなるタンクパラメタに影響をしているかを論じています.



こういう試みは,タンクの歴史と同じくらい古くから行われているといっても過言ではないのですが,国土数値情報も分布型流出モデルも自由自在に使える人材がごく普通に登場してきて,はじめてここまでできるようになったのだなぁ,と感慨深いものがありました(「先を越されたか.タンクをやめるんじゃなかった」とちょっとは思ったものでもありますが). 今の世の中でタンクを使うなら,こういう研究をフォローしておくと深みが出てくるのではないでしょうか.



(余談:この研究はある意味で前述のPUBに通じるものがあってなかなか興奮しました. その後に,その成果を,国交省計画高水量の検証という観点から見たらおもしろいんじゃないか?と思い至ったのですが,それは研究内容を聞いた時ではありませんでした. まだまだ自分の視野は狭いなあ,と思ったものです)



==========長くなりましたので,この↓の問いかけおよび鈴木さんの答えに対するコメントはまたの機会にします



>降雨強度が土壌浸透能以下でも、ホートン型地表流は発生するのではないでしょうか



==========さらに最後に,

>素人の素朴な疑問を、「専門家の意見に従え」と封殺しようとするのは、官僚が伝統的に使ってきた手法でした。学者がそれに倣ってはいけないと思います。



は僕に対する批判でしょうか.僕がその伝統的手法に倣っていると見なされたならば悲しいことです.もしそうならそれは誤解だと述べておきます(僕のスタンスは「誰が言ったことであろうとも,変なことは変だ」というものです)とともに,もしそれが文章表現のまずさに起因するものだったらおおいにそれを反省します.

安形様 (関)
2006-01-06 16:45:11
 大変に丁寧なご回答を下さって、まことにありがとうございました。今度の安形さんのコメントはスッキリと理解できて、爽快な気分になりました。



 「タンクの怖さ」に関しては素人ながらに了解いたしました。その結果、安形さんが分布型モデルに関心を移されたのもきわめて妥当なことだと思いました。

 

>関さんが攻撃対象にしているのはモデル自体ではな

>く,当該河川の実測流量に基づかないパラメタ決定

>(というか決めうち)をしていること,つまりモデ

>ルの運用方式の妥当性についてであることに気づき

>ました



 私が専門家にお聞きしたいことはいくつもあるのですが、やり出すと相当に長い議論になりそうですね。



 とりあえず、私がもっとも問題にしている点は、ご指摘の通りです。パラメーターを「決めうち」をした結果、あまりにも過大な基本高水が算出されているという実態です。その架空の数値にのっとって、何百億円のダム建設予算が投じられているという事実です。それに対する納税者としての怒りなのです。



 架空な数字を根拠に何百億円を投じる前に、流量データをちゃんととって、ちゃんとしたモデルで基本高水を決めて欲しいという、それだけのことです。観測に基づくパラメーター決定は、ダムの予算の何百分の1でできる作業であろうからです。



 長野県を例にいたしますと、この間のダム騒動の結果、流量データが取られるようになりました。今年で確か、過去3年分は集まるはずですので、それでパラメーターを再決定して、基本高水を再計算して欲しいと願います。(一納税者として)。



 その際、貯留関数法に囚われず、タンクモデル、分布型モデルなど複数のモデルで計算を実施して欲しいというものです。

 いまのところ、県の行政も住民も貯留関数法しか頭の中にないのが実態なのです・・・・。

 そこで専門家の方々に、「何も貯留関数法に囚われる必要はないんですよ」と言っていただけると非常にありがたいわけです(長野県では、今まで誰もそれを口にしなかったようなのです)。

 

 私はこれまで、分布型モデルはお金がかかりすぎ、コスト的に見合わないのかなと思っていました。そこで、少なくとも最低限はタンクでも計算して、既存の貯留関数法による基本高水が絶対的なものではないんですよ、と相対化すべきだと思ったわけです。



 どうやら、分布型もそれほど多大なコストが必要なわけではないようですので、是非、分布型による計算もやって欲しいと願います。



 以上が私の構想(妄想?)です。どう思われますか?

 

 つぎに、過去の観測データがある場合の貯留関数法とタンクモデルの比較論に関する私の質問は以下のようなものです。



 国交省は過去の観測データがある場合、あくまでも過去最大の降雨のあった際に、貯留関数法を適用して定めたパラメーターを用いて基本高水を決定しています。ところが、過去最大洪水の際の森林状態と今日の森林状態は全く違うわけですから、最大洪水で定めたパラメーターを「これからの洪水」の予測に用いるのは、全くモデルの履き違えではないかと思うのです。



 過去3年しか観測がない場合、その間に顕著な洪水が発生しなければ、それを基に基本高水を決定することに、国交省は抵抗を示すのではないかと思われます。

 タンクモデルですと、3年分のデータから定めたパラメーターであっても、未来の洪水の流量予測もかなり正確にできるので、貯留関数法よりも優れているのではないかと思ったわけです。



 貯留関数法は本来、「この降雨の対するこの洪水」は解析できても、これから生じる任意の降雨に対して適用するのには無理があると思う次第です。

 

 この考えに関してはどう思われますか?



 横尾善之氏の論文のような試みは、本当に素晴らしいことだと思いました。こうした研究が、実際の河川計画に活かされることを願います。



 また安形さんが、「専門家>市民」というお考えの持ち主でないことも了解いたしました。これは私の誤解でした。お詫び申し上げます。

パラメタ同意について (あがたし(安形康))
2006-01-07 02:01:28
関様:お返事ありがとうございました.この早朝から仕事(といっても婚礼関係<ヲイ私用じゃなないか!)なので,一つだけコメントします:



>架空な数字を根拠に何百億円を投じる前に、流量データをちゃんととって、ちゃんとしたモデルで基本高水を決めて欲しいという、それだけのことです



このことについてはある程度同意します.ただし,「ちゃんとしたモデル」とは何かについての議論がまだ収束していないように感じられます.十分なデータを与えられたうえて(この「十分なデータ」とは何か?という議論も必要になってきます←ごめんなさい,どうしても専門軍団はこういう「議論の土台」をピチっと決めてからでないと,なかなか対外発表をしないものなのです(自分の「自由な発想」じたいはどんどん進めているものですけどね).



そして,

>貯留関数法は本来、「この降雨の対するこの洪水」は解析できても、これから生じる任意の降雨に対して適用するのには無理があると思う次第です。



については,

「だったらタンクだって似たようなものだ」



というのがかつて両方のモデルに耽溺した者としての正直な感想です.



ただし,

長野県林務部で一時流出率(f:有効降水量Reは降水量R×このfとなる)を「動かす」パラメタとしてそれを動かしながら最適解を求めたはずですよね.そしてそれ以前はそうではなかった(らしい).とくにピーク流量の算定において重要となるこのReについては,他のファクタの導入によってこれを左右することも可能です.そういった背景をふまえれば,貯留留関数法のRe(有効降水量)の算定についていろいろ議論があるというのは確かでしょう.



でも,それ自体はタンクだろうが同じことだ,というのが,繰り返しになりますが,僕の現時点での表明だというわけです.



>長野県を例にいたしますと、この間のダム騒動の結果、流量データが取られるようになりました。今年で確か、過去3年分は集まるはずですので、それでパラメーターを再決定して、基本高水を再計算して欲しいと願います。(一納税者として)。



「たかが3年のデータでできるものか」(河川の計画はそれこそ数十年単位)というのが感想ですが,しかしそれとは逆に「いやまて,3年でも十分な知見を得られるのではないか?」というのが僕の考えでもあります.いやそれ以前に,「流量年表」「多目的ダム管理年報」(すべて公刊されており,その気になれば図書館で閲覧できます←もちろん大学の研究者はそれを自分所属機関の図書館でみることができるという特権をもっていますのでそれを活かさぬ手はありません)を使えば3年以上の長きにわたる流出特性の変化過程をしることができるのです.ただし公刊分は「日平均」流出量ですので,いま議題となっているピーク流出量とは違った話題となってしまうかもしれませんが・・・



これからベトナム出張の手配や手続きに追われるので反応が遅くなるかもしれませんが,再来週の帰国後にはかならず反応します.今後ともよりよき議論ができることを祈念します.よろしくお願い申し上げます.

安形様 (関)
2006-01-08 22:46:17
 ベトナム出張とご結婚準備のお忙しいさ中に返信を下さいまして、まことにありがとうございます。

 

>でも,それ自体はタンクだろうが同じことだ,というのが,繰り返しになりますが,僕の現時点での表明だというわけです.



 この点、分かりました。

 じつは、その問題を克服するという観点から、私は中根氏の研究を評価しているわけです。中根氏の学説は、間伐によって下層植生の現存量が増加すると、タンクモデルにおける第一タンクの係数の値が、相関して変化していくというものです。

 それが定量的に明らかになれば、下層植生の変動をパラメーターに連動させて、林齢の変化や間伐の実施による洪水ピーク流量の削減値を推定することも可能になってきます。



 あくまで生態学者の発想なのですが、土壌の物理学的な性質に興味が集中している研究者の方々には、あまりなかった発想ではないかと思う次第です。



 ちなみに、私はいま中国の植林政策の研究しています。ベトナムの500万ヘクタール植林計画についても大変に興味を持っております。

 何かの機会がございましたら、ベトナムのお話などお聞かせ下さいますと大変に嬉しく存じます。



 ではお気をつけて行ってらしてください。

 

係数について (あがたし(安形康))
2006-01-13 03:14:06
あがたしです.夜分遅く失礼します.どうもレスポンスが遅くなりがちで申し訳ありません.



蔵治・保谷野編「緑のダム」所収の中根論文を読んだときに,専門家なら感じるであろう疑問の一つは,まずテクニカルなものともうすこし大きなものとがあります.今日は時間の関係でテクニカル系の話に限定しますと,それは



・「タンクの側孔の高さについて記載がないのはなぜか」



です.というわけで専門家ならば元論文(中根・中根,2004)にあたるということになります.もっとも,WWWでもある程度の資料を見ることができます.たとえば,



http://www.daiju.ne.jp/v21hokoku/hokoku.htm



です.ここの,たとえば図3



http://www.daiju.ne.jp/v21hokoku/z-3.htm



を見ると,少なくとも岩津に対しては高さは可変にしているようです(「緑のダム」では岩津ではなくて上流の3ダムについてa11などのデータが載っているのみなので,そちらのほうはよく分かりませんが).



上の図をみますと,ひとつ「あれ?」ということがあります.それはトップタンクの上側の側孔の高さが,1974年に対してだけ他の年より極端に高くなっているという点です.これに対してはどういう解釈が成り立ちうるのか,という問いが新たに発生します.



もうひとつテクニカル系の話の話をしますと,

・パラメタ同定方法は何を使っているのか(SP法?GA?)

・また,この場合誤差評価式には何を使っているのか(RMSE?相対誤差? そしてそれは「どの」流量に対するもの?)

・洪水開始時におけるタンク貯留量の初期値も同定の対象にしているのか



も元論文できちんと押さえておきたいところです.これはある意味マニアックな話ですが,実は次に述べる問題とも関連します.それは



・短い期間(つまり少ない回数の出水イベント)についてタンク係数を決定することになるが,パラメタの安定性と代表性をどのように確保しているのか



という点.専門家ならばこれに関する主張を知った上で議論したいところ,となるわけです.実はこの最後の問いが,前述した「もうすこし大きな」云々に直接関係しているのです. この件についてきちんと批判に耐えるだけの解析をしておかないとロジック全体が空中分解しますので,これはこの論文の最初の勝負所であるというわけです.



タイ・ベトナム出張に行ってきます.ちなみにタイに関しては,強烈な森林伐採が水循環に及ぼした影響について面白い研究がありますのでいつか紹介できるかもしれません.



追記:ところで中根・中根(2004)はwww.daiju.ne.jpあたりで文書を公開していないでしょうか.できるだけたくさんの人の目に触れて議論の俎上にあげてもらうといいと思ったのですが.

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