代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

改憲問題にからめてボリビア新憲法の紹介を・・・

2014年05月11日 | 政治経済(日本)
 薩長公英陰謀論者さんから以下のようなご意見をいただいた。安倍政権の復古憲法案に対して、民権性をさらに進めた民定憲法案を対置したらどうかと。
 以下引用。

*******

「押し付け憲法」に思うこと。 (薩長公英陰謀論者)2014-05-05 19:13:02

 国権(君権)憲法である旧憲法に対して、民権憲法である新憲法が、明治期の私擬憲法を熱心に研究した憲法学者である鈴木安蔵の案を核として

 「 中江兆民の思想/植木枝盛案 → 鈴木安蔵案 → GHQニューディーラー民政局案 → 女性の参政権を認めた初めての選挙(女性議員39名誕生)による憲法議会での審議 → 日本国憲法制定 」

 という流れによって出てきたものだと憲法学の講義を聞き認識していたことを思い出しました。このウェブログによって初めて知った「赤松小三郎」をこの日本国憲法への流れの先頭に置く議論が現れることを祈ります。


 さて、この流れを学ぶはるか以前に既に「押し付け憲法論」というのがうるさく言われていたように思います。往時に遊び友だちと話しながら悪ガキなりに思ったことは:


1.それなら「押し付けて来た」ヤツらに対して真っ向から立ち向かい追い払うのがスジではないか。「押し付けられた」ものだけ勝手にドブに捨てたらすむように言うのは、あまりに弱虫でいじましい。


2.で、「押し付けられ」てしまうようなことにしたヤツらがいちばんわるいので、まずそいつらを責めるべきでは。それを「押し付けられた」ものがわるい、と言うのは見当ちがい。


 と。いま年齢なりの「知恵」がついて思いますに、民権憲法を「押し付け」られたと思ったのは、欽定憲法を「押し付け」た(@関様)人たちだけなのでは。ま、手下がそれなりにいてわーわー言っているようです。彼らによって若い人たちの人生が「永遠のゼロ」にならないことを祈ります。
 
 「護憲」ではなく、「復古憲法案の代替案」として、民権性をさらにすすめた民定憲法を対置してはいかがでしょう。たとえば、王制・君主制の名残である「内閣・大臣・省」に「官」という言い方を一掃するとか。


****************


 以上の意見に同感です。

 私も、民定憲法なら、必ずしも改憲を否定しない。私は教条的な護憲原理主義者ではない。自民党の主張する改憲に反対するのは、同党の改憲案が、国家が国民に命令しようという発想の、ろくでもない押し付け憲法であるからに他ならない。
 今日あらたに発生している社会問題は多く、国民の立場からあらたに政府と企業の行動を縛っていく規定を憲法に盛り込む必要は高い。
 
 たとえば、国民の立場から改憲するとすれば、政治家への企業・団体献金の全面禁止など憲法に盛り込むべきだと以前にも書いた。
 ひとむかし前の強権国家以上に人々の生活を圧迫し、苦しめる原因になっているのは、国家を食い物にして肥え太るグローバル大企業群に他ならない。しかるに「企業」も「法人」も現在の日本国憲法には登場せず、彼らを律する規定は憲法上は見当たらないのだ。

 最低限、企業・団体が献金を通じて政治をコントロールしようとするのを排除すること、政策を決定するのに責任を持つ人々が企業・団体からカネをもらうという利益相反行為を禁止すること、これらは利害関係者以外の多数の人々にとっては切なる願いであり、憲法に盛り込まれるべき規定だと思う。企業と官僚と政治家と学者の不適切な利益相反関係、いまやそれこそが日本の最大の問題だからである。

   
 ところで、グローバル大企業による国家のコントロールを可能にしている「新自由主義」そのものを、憲法で「廃棄する」と宣言している国があるのをご存じであろうか? 2009年に制定されたボリビア憲法は「我々は新自由主義国家を廃棄する(we have left the neo-liberal State in the past)」と憲法の前文で謳っている。さらに、人間が生きるために欠かすことのできない、水、教育、医療、住宅(=宇沢先生の言う社会的共通資本)は全ての人々がアクセス可能となるよう共同で管理すると謳っている。

 「安らかに生きること」を国の目標とし、そのために必要な生活必需的な財とサービスにはすべての人民がアクセス可能となるよう共同で管理するという宣言は、水を含む万物に私的所有権を与えて市場機構を通じて配分すべきだという市場原理主義の思想への明確な拒絶宣言である。

 時代とともに憲法に必要な規定は変化する。新自由主義の狂乱から人びとを守るためには、「社会的共通資本は市場原理に委ねてはならない」といった新たな規定を憲法に盛り込むことも必要になってくるだろう。

 ボリビアでは、一連の新自由主義政策の一環として1999年に水道の民営化が進められた。コチャバンバでは、行政が管理していた上水道の経営権をアメリカのベクテル社に売却され、その直後に水道料金が200%も値上げされ、暴動が発生、死者も出る騒乱となった。
 
 こうした苦い経験の数々が伏線となって、2005年にはインカ帝国がフランシスコ・ピサロに滅ぼされて以来となる先住民族代表のエボ・モラレスが大統領に選出された。そのモラレス大統領の下で、2009年の国民投票を経て制定されたのがこのボリビア新憲法。
 
 ボリビア新憲法の英語訳は以下のサイトに。
http://www.forensic-architecture.org/wp-content/uploads/2012/11/Bolivia_Constitution_2009-Official-Translation.pdf

日本語訳は、スペイン語の原文から姫路独協大学の吉田稔教授が翻訳されて発表されている。以下のブログ「キューバ研究室」にボリビア新憲法日本語訳の前文が紹介されているので引用させていただきます。水色の強調箇所は私の手によるもの。

 http://estudio-cuba.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/2009-40a3.html

***以下、引用*****

2009年ボリビア新憲法(前文)

 
太古の時代、山がそそり立ち、川が流れ始め、湖が造られた。わがアマゾン(amazonia)、 わが狩猟の地(chaco)、わが高原、わが平原、渓谷は、緑と花でおおわれた。われらは、 異なった顔をもつ神聖な母なる大地に居住し、その時からすべてのことに通じる複数性と人間と文化の多様性を理解した。我々は、そのようにしてわが諸国民を形成し、忌まわしい植民地時代までは、我々が苦しむ人種差別をまったく知らなかった。

多民族からなるボリビア人民(pueblo)は、長い歴史をもっており、過去のいろいろなたたかい、インディヘナの反植民地の反乱、独立、解放を求める人民のたたかい、インディヘナ、社会の人びと、労働組合のいろいろな行進、水戦争とガス戦争、土地と領土を求めるたたかいに鼓舞され、また、わが殉教者を思い起こし、新しい国を建設する

すべての人の間の尊重と平等を基礎とし、主権・尊厳・補完・連帯・調和と社会的生産物の分配・再分配の公平の原理を有する国、そこでは安らかに生きる(vivir bien)ことを追求すること; この土地の住民の経済、社会、司法、政治ならびに文化の複数主義を尊重すること; すべての人びとが水、労働、教育、医療、住宅の取得を共有すること、が優先する

我々は、過去の植民地国家、共和制国家、新自由主義国家を廃棄する。

我々は、多民族・共同体的で社会的な統一法治国家を集団的に建設するという歴史的課題に挑む。その国は、民主的で、生産的で、平和を享受し、平和を追求し、総合的な発展と諸民族の自由な自決権を推進するボリビアという国に向かって前進する諸目的を統合し、関連させる国である。

我々、女と男は、憲法制定会議を経て、人民の始原的権力により、国の統一と一体性を守る義務を宣言する。

わが諸民族の命令を遂行し、わが母なる大地(Pachamama)の強靱さと神への感謝をもって、我々はボリビアを再建する。

この新たな歴史を可能とした、憲法制定及び解放の事業の殉教者に名誉と栄光あれ。

*************

 
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「改憲」(立憲)について2009年ボリビア新憲法の文脈で考える・・・赤松小三郎「御改正口上書」に現れた政治理念と政体構想の射程、その経済社会的背景から「明治維新」を見ることについて。 (薩長公英陰謀論者)
2014-05-19 15:38:01

 思い立って Wikipediaで「山本覚馬」を見ますと「さすが!」と驚きました。「( 山本覚馬は )失明という障害を負いながらも、暗殺された象山の遺児の世話を勝から頼まれて引き受けたほか、西周を紹介され、西洋事情の見聞を広めた・・・赤松小三郎を介して、小松清廉、西郷隆盛ら薩摩藩と幕府の協調も模索していたが、赤松は暗殺されてしまった」と、あります。
 そして、この経緯について、歴史作家の桐野作人氏による「さつま人国誌 会津藩士・山本覚馬と薩摩藩(下)」『南日本新聞』2013年5月20日、http://373news.com/_bunka/jikokushi/kiji.php?storyid=3688 が( 注7 )として付されています。

 桐野作人氏はそこで、山本覚馬「管見」に関連してこのように述べています。「・・・『管見』には、時期の違う三点の序文(三月、五月、六月)が付属している。そのうち、三月の「時勢之儀ニ付拙見申上候書付」に興味深い記述がある( 図録「京都守護職拝命150年と新島八重」)。覚馬は会津、桑名両藩と薩摩藩が確執しているのを嘆き、「嫌疑氷解」のため、次のような行動に出た。『昨卯年(慶応三年)六月、私は赤松小三郎を通じて御藩の小松(帯刀)氏、西郷(吉之助)氏へそのことを申し述べたところ、ご同意に付き』云々。・・・覚馬は上田藩士の赤松小三郎とも同憂の仲間だったことがわかる。赤松も「幕薩一和」を主張していたことで知られる(「赤松小三郎先生」)。・・・「管見」は赤松の影響も受けているといえそうだ・・・」

 ・・・と。おそらくこれが現時点における史料文書が示している限りの史実であろうと思いますが、本ウェブログ前記事「五日市憲法草案と植木枝盛『東洋大日本国国憲案』と赤松小三郎『御改正口上書』2014年05月04日」についてのコメント投稿に牽きました平山洋氏は歴史専門家としておそらくは・・・<赤松小三郎/山本覚馬は「大政奉還」をあたらしい国家政体構想実現のための一つの重要不可欠なステップとして考え、そのあたらしい政体構想・政治理念と、「大政奉還」がそれを実現するための平和的な第一ステップであることを、公儀及び影響力を持つ主要な諸国(藩)に説いて廻っていた>と、想定なさっていたのではなかろうかと思います。

 すなわち、赤松小三郎/山本覚馬は文字どおり「平和的改革(平和革命)」運動をやっていたのだと。

 そこで特記さるべきことは・・・「大政奉還」によって実現されるべき「天幕一体、諸藩一和」の「天朝による支配」を確立すること、ここに赤松小三郎の政治理念・政体構想の核心があったのではなく、じつは真の核心は「門閥貴賎に拘わらず、道理を明弁し、私無く且つ人望の帰する人」を公選により選出して構成した「議政局」によるオープンな議会政治、すなわち公論による国家運営の徹底にあった、と考えるべきことだろうと思います。

 赤松小三郎の政体構想における「天朝」とは、今日の行政府(内閣と各省)全体にあたるものだと関様が指摘されておられますが、今日のものと比べておおきく異なることがあります。議員に公選選出される被選挙権に身分の制限のない「下局」(およそ130人)の三分の一が立法専従者として「議政局」に常勤することが明示されており、立法機能が名実ともに全面的に「議政局」にあることです。公選ではなく任命制の行政府には法律を実行する行政機能のみがあって、形式・実質を問わず立法機能があたえられていない、と思われることです。

 現在の日本では、国会議員に立法実務能力が無いことから、じつは官僚依存の「議員立法」を含めて、ほぼ全面的に行政官僚による法案立案によって国家が動かされています。法律のみならず行政発の政令・省令から部内通達までを含めて。これが赤松小三郎の政体構想との決定的な相違です。
 議会とは、少数意見を重んじつつ(これが民主主義の本質であると法学部の講義で聴きました。多数決が民主主義なのではないと)皆で一緒に論議を尽くし、国民全体に責任のある議会として考えて、国を動かす法律をつくってゆくところであるわけです。これはまさに赤松小三郎の政治理念の中核にあるものだと思います。

 ところが、今日に至る現実において民主主義という題目のもとにおこなわれていることは、さまざまな政治的・経済的・社会的利害を「党派化」した政党が、選挙得票数によって議決権(国の「排他的支配権」)を奪い合い、選挙結果における議席獲得数によって国事支配権の「分け前にあずかる」ということに変質してしまっています。
 官僚は内閣のみならず、党派的利害に特化した政党とその所属議員を、とくに政権党に集中して操縦し、また法務省と人的に密接にリンクした最高裁事務総局という官僚組織が建前としては個人個人独立した裁判官を支配する、ということで、結果として公選とは無縁で「国民から独立した継続的地位」を持つ官僚組織が立法、司法、行政という国政の三権を実質的に独占するという体制になっています(すみません。わかり切ったことを得々と)。

 そこまで官僚支配ではない国では、国民直接選挙の大統領制にせよ、議会が選出する首相制にせよ、国政のトップがうるさい議会を相手にしながら(議会とネゴしながら、あるいは「操縦」しながら)国家を運営するということになるわけです。が、赤松小三郎の政体構想はそうではなく、公選議会が立法活動を介して日常的に行政機構をそのトップを含めて動かしてゆくという、おそらく、世界でいまだ実現されてはいないであろう民主主義的な政治体制をめざす、射程の長い政治理念を背景にしたものであると思います。

 赤松小三郎の政体構想において行政府=「天朝」は、公選の「議政局」がつくる法を遵守する義務があり、ただ今現役の首相が理解することすらできない「法治主義」を彼はまことに正確に認識していたわけです。つまり、法律とは政府の権力行使を縛るもの、すなわち「政府の国民に対する義務」を定めるものであり「国民の政府に対する義務」を定めるものではないことを。それにもとづく「人気一和」の立法活動を「御国是の基本かと存じ奉り候」と赤松小三郎は強調しています。

 問題は、このような政治理念を生みだす経済社会的な背景が存在したということ、政治経済軍事的な外圧の背後にある海外欧米先進国の経済社会にではなく、当時の日本国内に生成していたはずであるということです。2009年ボリビア新憲法は米系の国際金融体IMFによる数十年にわたる「新自由主義」と呼ばれた統制的政治経済支配下における住民(先住民を含む多民族国民)の苦しみから生み出されたものであることが憲法前文に表現された立憲理念にあらわれています。この文脈で赤松政体構想を考えるべきかと思います。
 つまり、赤松小三郎の政体構想/政治理念は、福沢諭吉が強い関心をもっての現地での実際の見聞を『西洋事情 初編』で克明に紹介した欧米の政治経済制度モデルをそのままコピー・翻案したものではなく、赤松小三郎が当時の国内経済社会の動きと変化を彼の先見性のある目で見て『西洋事情』による欧米モデルを吟味検討しながら、将来の日本の社会のあり方の展望と一体のものとして考えたものであると思います。

 さらに言えば、薩摩の手を離れることになった赤松小三郎の追求する「日本の全勢力を挙げての平和的改革・平和革命」への動きを即座に封じるために暗殺という手に出た薩摩の策謀家(西郷隆盛以外にはいないと・・・)は、赤松小三郎が示した統一国家日本の民主議会制による政体構造の実現を阻止するというよりむしろ究極的には、赤松小三郎が現実の経済社会の動きと変化の先にあるものとして展望していた世の中(経済社会)に向かって日本の歴史が動いてゆくのを、剣によるテロリズムと、英米製の銃砲と軍制による武力<反>革命によって阻止したということになると思います。

 経済社会の動きと変化、という観点から明治維新を「産業と軍備の近代化=表層的西欧化・都市化を梃子にした、江戸期末期までに発達した市場的経済社会の政治反動的リストラ」として見る、という考え自体は、関曠野氏の明治維新観による影響と感化に発して非常に長くアタマにあり、思い切って2011年はじめに典拠注記とともにノートとしていったんまとめ、友人知人に見て貰いました。が、ことごとく黙殺される憂き目に遭っていたところ、今年になって、関様の本ウェブログのおかげで、幸運にして赤松小三郎と彼の「御改正口上書」をはじめて知り、自分なりに考えてきたこととの、ある意味での符号に息を呑みました。
 時間とちからのゆるす限り、本ウェブログで学んだ赤松小三郎の政体構想、いやむしろ社会改革(社会革命)構想と言うべきものとリンクさせて「『長州史観』による明治維新が、当時広く現れていた日本の社会の内在的な政治的経済的発展の自立的展開を政治的に破壊するものであった」という問題意識によるメモ・ノートをまとめてみたいと思います。このウェブログ・コメントに相応しいものになればよいのですが。

 できることなら、そこから若い世代が「あたらしい日本」を考えることのトリガーのひとつになるようなものになることを。
同感です (関)
2014-05-23 14:42:17
薩長公英陰謀論者さま

 こちらのコメントへの返信を失念しており、申し訳ございませんでした。
 上記のコメントの趣旨に全面的に共感いたします。

 私も、赤松小三郎の理想は現在でも実現されておらず、今度、憲法を改正するとしたら赤松小三郎の精神を活かす形で改正しよう。これで押し付け憲法論を完全に排除できる、と論じたことがあります。
 下記記事参照ください。

http://blog.goo.ne.jp/reforestation/e/83492eee1127a7faf90efa96f9dbb4c0

 ご指摘の通り、赤松小三郎はすべての法律と政策の形成を民主的に選出された議政局(立法府)にゆだねるべきであると考えており、天皇と大臣と官僚からなる天朝(行政府)の役割は立法府の定めた方針に従ってそれを執行することのみであると考えておりました。

 これは行政府による官僚独裁政治が行われている現在、実現していない理想であり、憲法改正の暁には立法府による政治を実現すべきであると考えます。

 追って上記エントリーを紹介しながら、この問題を再度論じてみたいと思います。
 よろしくお願いいたします。

 

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