代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

貿易自由化と総需要 

2014年07月04日 | 自由貿易批判
 前々回の記事、「リカード・モデルを前提としても必ずしも自由貿易は肯定できるわけではない」に塩沢由典先生が追加で以下のコメントを下さいました。

****引用開始******

貿易自由化と総需要 (塩沢由典)2014-07-02 00:45:11

細かな違いなのですが、ここは読者が誤解するといけないので、あえて付記しておきます。

わたしが上でいったことは、「総需要が増えないと失業が生まれる」ということで、世界全体の総需要(世界最終消費)が一定でも、かならずある国に失業が生まれます。総需要が減るから失業が生まれるのではないのです。

もちろん、こうしたことが起これば、失業者が100%所得補填されないかぎり、総需要は減少するでしょう。産業再編で、今後成長が期待される産業には新規投資が増えるの可能性がありますが、撤退が必要となる産業では投資はとうぜん減少します。貿易自由化は、働き続ける人にとっては、実質賃金離の上昇を意味しますので、その効果による総需要の追加があるかもしれません。これらすべでが現実にどう出るかは、状況によると思われます。

ほっておいても高度成長期の日本のように総需要が自然に増大する状況では、これはそれほど問題視しなくてもよいかもしれませんが、需要飽和(消費飽和)の状況ではそれなりの対策とセットに考える必要があります。

需要飽和(消費飽和)ということ自体、いろいろなところで話題に上っていても、経済学的な理論化も分析もまだ少ないのが現状です。このあたりだけをみても、経済学のブレークスルは必要です。

関先生が言及されているスティグリッツについては、分析はさらに難しいと思われます。アメリカ合衆国では、単純労働者と高度職業者とのあいだの格差が近年の貿易深化=グローバル化で開いているのではないかという議論があります。しかし、これが本当に貿易のためなのか、国内の経済構造の変化なのかは意見の分かれることころです。

もしこういうことが起こるならば、貿易自由化から利益をうる産業あるいは階層から不利をうける階層に所得移転を行なうことも考えるべきかもしれません。もちろん、新自由主義の人たちがそう考えるとは思われませんが。


****引用終わり******


 塩沢先生は「貿易を自由化しても総需要が増えない場合は失業が発生する」という趣旨で書いておられます。前々回の記事では、私がそれに続いてフランスの人類学者のエマニュエル・トッドの「自由貿易による総需要収縮効果」を紹介し、塩沢先生の主張もそれと同趣旨であるという誤解を与えるおそれのある表現をしてしまいました。申し訳ございませんでした。
 「貿易を自由化して、かつ総需要が増えない場合に失業が発生する」という命題と、トッドの「自由貿易が世界総需要の収縮をもたらす」という命題のあいだには大きな開きがございます。申し訳ございませんでした。

★エマニュエル・トッドの主張

 ついでですのでエマニュエル・トッドの考えを紹介しておきます。彼の場合は明確に、「自由貿易→賃金低下→世界全体の総需要収縮」を主張しています。

***以下、引用****

 自由貿易は、地理的にも、文化的にも、心理的にも供給を需要から切り離す。A国の生産者とB・C・D・E国の消費者が結びつけられ、逆の関係にもなる。企業家および国からみれば、全体需要(Dg)は、国内需要(Di)と国外需要(Dx)に分けられる。すなわち、Dg=Di+Dx.
 賃金を支払うことにより国民規模の総需要に貢献しているという感情を企業家がもはやもたなくなる世界を、自由貿易は作り上げる。賃金は、世界レベルで集計された場合はアクセス不能な抽象値でしかなく、もはや企業家にとって、出来るだけ圧縮するという関心しかない生産費用にすぎない。(中略)
 貿易に関するアメリカの経済教科書を読むと、自由貿易が生産性によい結果をもたらすことが尽きることなく書いてあるが、需要に与える意味については、判で押したように何も書いていない。

エマニュエル・トッド(平野泰朗訳)『経済幻想』藤原書店、1989年:pp.190-191.

****引用おわり****

 トッドの説は、非常に単純で、まとめれば以下のようになる。
*企業が国内需要を重視している場合:
 産業界全体の賃上げが内需の拡大をもたらすので経営者は賃上げに関心を払う。
*企業が外需を重視している場合:
 賃下げこそが国際競争力を増加させ外需を拡大するので賃下げに関心を払う。

 ゆえに、グローバル化が進み、経営者のマインドが総体として外需に傾いていくと、世界全体で集計された「世界総需要」を収縮させていくことになる。
 
 こうした主張をする経済学者は、これまでいなかった。トッドが堂々とこういう主張をできたのは、彼が人類学者であり、経済学ムラのインサイダーではなかったことによるのだろう。
 しかしリーマンショック以降は、ジョセフ・スティグリッツのような世界的に影響力の強い経済学者も、慎重な表現ではあるが、自由貿易による需要収縮が発生する可能性を示唆するようになってきた。

★ジョセフ・スティグリッツの主張

 スティグリッツは、たとえばTPPに反対するNYタイムスの記事の中で次のように主張している。スティグリッツもトッドの説に近づいている。「現代ビジネス」に日本語訳があったので一部引用する。

****以下、引用*****
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/38987
「現代ビジネス」2014年4月11日掲載のジョセフ・スティグリッツの主張より


失業と低賃金のスパイラルにのまれる労働者   ジョセフ・スティグリッツ

不安はつのる。リークされた交渉記録は、読みようによっては、TPPによって米国の銀行がリスクの高い金融派生商品を世界中に売りやすくなると示唆している。おそらくわれわれは、今回の大不況に導いたのと同様の危機に遭遇させられることになる。

それにもかかわらず、TPPや類似の協定を熱烈に支持する人々も存在し、そのなかにはエコノミストも多い。何を根拠に彼らが支持しているかと言えば、間違いが明らかになったニセモノの経済理論である。これらがいまだ流布している理由の大半は、富裕層の利益に役立つからである。

自由貿易は、経済学の初期段階においてはその中心的な信条であった。世の中には勝者と敗者が存在するが、この理論によれば、勝者は常に敗者を補償することが可能だ。だから、自由貿易はWIN-WINの関係を築くことができる。いや自由であればあるほど双方のプラスになるという。この結論は、しかし残念ながら、おびただしい仮定に基づくもので、それらの多くは単なる間違いである。

たとえば旧来の理論ではリスクを無視し、労働者は職種の間で途切れることなく移動できると想定している。ここでは完全雇用が当然と考えられており、グローバリゼーションによって解職された労働者は、すぐに生産性が低い業種から生産性が高い業種に移れるとされている。(低生産性のセクターがそれまで栄えていたのは、単純に外国の競争相手が関税やほかの貿易制限によって食い止められていたからだ)。しかし失業率が高いときには、そして特に失業者の過半数が長期にわたって失業している場合は、(これが今の状況だが)そうのんびりとはしていられない。

米国では現在、2000万人程がフルタイムの仕事を望みながらもそうはなっていない。何百万人もが求職活動をやめてしまっている。したがって保護された生産性が低い業種の雇用から外れた個々人が、ついには巨大な失業人口のなかの生産性ゼロ層の一員となる現実的な危険がある。高い失業率が賃金を下落させる圧力となり、これは被雇用者さえ傷つけることになる。

それでは、なぜ経済が想定通りに動かないのかという議論になる。はたしてそれは総需要の欠如によるものなのか。それとも銀行が、投機や市場操作にもっぱら関心を示して、十分な資金を中小規模の企業に与えていないためなのか、と。しかしその理由がどうあれ、現実的にこれらの貿易協定には失業を増加させる危険があるのだ。


****引用終わり****** 

 アメリカにおける指導的経済学者の一人であるスティグリッツにとって、「自由貿易協定が失業と低賃金のスパイラル」の主因であると認めるのにはいまだに慎重なようである。失業と低賃金化の発生原因は、単に銀行が投機にばかり関心を示しているからかも知れないとも書いている(それも原因の一つではあるだろう)。
 しかしスティグリッツのような影響力のある経済学者が、このように主張するようになった、その意義は大きい。

 
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4 コメント

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一本目の矢 (アベノミクス)
2014-07-05 17:01:01
 昨年は、金融緩和をおこなうことで通貨価値が下がり、物価上昇が起きました。自由貿易によって引き起こされる。物価の低下と総需要の低下は、金融緩和で打ち消すことはできないのでしょうか?
貿易と総需要の変化 (塩沢由典)
2014-07-06 01:18:09
関さんに謝ってもらうほどのことではありませんが、6月27日の記事についての水鏡仁さんのような質問もでる訳ですから、誤読されないような文章を置くのは至難の業といえます。ただ、こういうプログのいいところは、ほとんど直後に訂正できるところです。それは十分いかすべき、ブログというメディアの特性と思っています。

この記事に書かれたことは多岐にわたりますし、「一本目の矢(アベノミクス)」さんのような質問=疑問も出ています。とうていすべてを論ずることはできませんが、比較的分かりやすいストーリーはあると思います。

(ここでストーリーとあえて言っているのは、多くの可能性があるなかで、起こっても不思議ではない事態の推移ぐらいの意味です。理論的には、あまりにも多様な可能性があって、一定の結論を出すようなことはなかなかいえません。)

簡単にA国とC国とがあり、労働者の一年間の賃金総額が一人A国は300万円、C国は60万円とします。いま、A国に企業Bがあり、労働者1000人を雇って、原材料10億円を加工して製品Sを生産し、総額40億円の売上があるとします。企業Bの利潤は0です。

そこで企業Bの経営者は、(背に腹は変えられず)生産過程の一部をC国に移すとします(いま、「はやり」のフラグメンテーションです)。移転以前の同じ数量の製品を生産するのに、C国では(生産性がわるく)1500人の労働者を雇い、A国でも最終仕上げかなにかに500人の労働者を雇う必要があるとします。原材料の購入量は10億円で以前と同じとします。

そうすると、生産過程の一部移転により
 A国労働費用 300万円× 500人 = 15億円
 B国労働費用  60万円×1500人 = 9億円
 原材料費用               10億円
計  34億円
これが40億円で売れたとすると、生産の一部移転で企業Bは6億円の利益をあけられるようになります。

世界の総需要は、もし企業Bが利益6億円をどう使うかに依存します。利益全額を新規事業のためにA国に工場を建てるよう投資したとします。そうでない場合は、後に検討とます。労働者は、全額支出するとして、次期の総需要を計算してみましょう。

次期の世界全体の総需要は、40億円で変わりません(ここでは変化分だけを考えています。他にもたくさん企業があるが、その行動は、以前とまったく同じと想定します)。

しかし、A国・C国の移転前と移転後の国内総需要は変化します。変化分は、
  A国 -9億円  C国 +9億円
となります。もし他の会社等に変化がないとするなら、B社から解雇された人が再雇用されることがないなら、失業者数は
  A国 500人増 C国 1500人減
となります。  

生産過程の一部を移転するだけでも、こうした影響がでます。世界全体では総需要量が変わらないとしても、ある国(この場合A国)では、総需要が減少し、失業が生まれます。これはB社が利益の総額をA国に投資したとしてもこうなります。C国は、有効需要が増え、雇用量も増えるのでとうめん良いことばかりです。

問題はA国で総需要が増え、雇用を回復させるようなメカニズムが、生産の一部移転にともない必然的に起こるかどうかです。これはそう簡単ではなさそうです。

(もちろん、こんな小さな会社の行動ぐらいは政府はいくらでも打ち消すような施策が取れるでしようが、B社のような行動を多数の企業がとるようになると、政府としてもおてあげでしょう。)

この場合に、ケインズ政策が有効かどうかも考える必要があります。ケインズ政策が呼び水政策だとすると、国内需要が増えないときに政府が赤字財政で有効需要を一時的に作りだとしても、それが恒常的な状態として維持できるか疑問となります。

いちばん楽観的なストーリーは、B社が6億円を投資した新製品がA国に新需要を9億円以上生みだせるというものです。これはA国内で売れて9億円の新需要が生まれても、B国内に9億円以上売れて、それがA国の(輸出を含む)総需要増大につながるというものでもかまいません。

こういう可能性がないとはいえませんから、一義的に生産過程の一部移転が失業を生むとはいえませんが、しかし、そううまく話が進むとは限らないとまではいえるでしょう。

経済の自動調節機能がまったくないとはわたしは考えませんが、新古典派均衡理論のように、それが即時的に作用すると考えるのはかなり難しいといわざるを得ません。

B社が6億円の利潤を別の使い方をすると、総需要回復はもっと難しくなります。たとえば、利潤はC国に投資して、工場を拡大する場合が考えられます。この場合、A国の国内総需要を新投資なしに生み出されなければならないことになります。

もうひとつの利潤の使い方は、6億円を金融資産市場に投入することです。利ざやを稼ごう、投機で利殖しようと経営者が考えた場合です。この場合、投資されたお金がA国内に投資されるなら、B社がA国に直接投資する場合と同じになりますが、投資額6億円は、世界のどの国に投資されることになるか分かりません。一番悪いストーリーは、6億円が金融資産市場内部を回転しているだけという状態です。それでは現実の投資に結びつきません。
(うつうの会社の社長より、金融ビジネスのプロはよく分かっていて、直接投資するより平均的に良い成果を上げることも考えられますが、その場合でも、有望な投資先がいつも発見できるような状況でなければうまく行かないでしょう。
金融緩和は必ずしも実需増加にならず (関)
2014-07-06 08:41:41
 塩沢先生、追加のコメントありがとうございました。塩沢先生ほど詳細な分析はできないのですが、上記のアベノミクスさまの質問に対する回答です。

アベノミクスさま

>金融緩和をおこなうことで通貨価値が下がり、物価上昇が起きました。

 需要不足によるデフレと、コスト低下によるデフレとあります。この間のデフレは、グローバル化による低所得者層増加と購買力不足による需要不足と、円高による輸入品価格の下落があいまって引き起こされてきたと思います。
 円安で輸入品価格が上昇して物価を押し上げたところで、一般の国民のフトコロが豊かになったわけではないので需要が回復したわけではありません。

>物価の低下と総需要の低下は、金融緩和で打ち消すことはできないのでしょうか?

 金融緩和しても新しい産業・新しい雇用・新しい需要の発生がなければ、庶民のフトコロは豊かにはならず、金融市場にジャブジャブ流れたお金が、投機に流れるだけで、資産バブルを引き起こすだけです。

 資産価格が上昇しても、そのお金が金融市場をグルグル回るだけであれば、貧困層には届かず、実需には結びつかないと思います。
丁寧な返答ありがとうございます。 (アベノミクス)
2014-07-06 14:06:46
 わかりやすい解説ありがとうございました。金融緩和のみでは、総需要の低下対策として弱いことがよくわかりました。少なくとも1つ目「庶民全体がお金を消費に回す。」2つ目「金融市場がバブルに陥りにくくする」の2点は最低限必要になってくるんですね。そう考えると、消費税増税を強行した財務省は、世紀の愚策といって良いのでしょうね。肝心要の消費を著しく低下させますから(しかも恒久的に)

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