代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

本の紹介 井上真編『躍動するフィールドワーク -研究と実践をつなぐ-』

2006年07月28日 | 自分の研究のことなど
 最近出た本を一つ紹介させていただきます。井上真編『躍動するフィールドワーク -研究と実践をつなぐ-』(世界思想社、1900円)という本です。この本は、人文社会科学分野における熱帯林研究の第一人者である井上真さんと、井上さんに何らかの形で教えを受けたことのある人々によって書かれたものです。私は第5章「<伐採フロンティア社会>を<複雑適応系>として認識する」を書いています。

 写真は私の担当した章に挿入したものです。二枚ともフィリピンの中部ルソン地域の森林景観の写真なのですが、全く様相が異なることが見て取れると思います。
 さて、ブログ読者の皆様は、この二枚の写真を見て何か感じるところがあるでしょうか?
 こうした表面的な森林景観から、この二つの地域における社会・経済・文化の差異、さらには歴史にまで想像の羽を広げることはできますでしょうか? それができる方はフィールドワーカーに向いています。試してみてください。
 
 えっ、「この二つの村の景観はどうしてこんなに違うのか。何の違いがこの景観の差異を生んだのか」ですって? 

 上の写真の地域の森林は村によって管理されている共有林「komunal(スペイン語起源のイロカノ語、いわゆるコモンズと同意)」で、下の写真の森は村による管理がなされていない「オープン・アクセス資源」なのです。

 下の写真の地域は、戦前から対日輸出向けの商業伐採活動で開発が始まった地域であり、日本軍政下でも、日本軍により活発に伐採は展開されていました・・・・(この辺の歴史は本格的に話しだすと非常に長くなります)。一方、上の写真の村は外部の大資本による開発の波を受けずにこれまで過ごしてきました。そうした歴史的経緯の差異がこの景観の差を生んだのです。

 フィリピンやインドネシアでは下の写真のように、商業伐採活動による開発の波を受け、村落社会が非常にルースで不安定、ちゃんとした資源管理のできていない場所が多く、こうした場所でどのようにして持続可能な森林管理システムを構築するのかが、私の研究課題だったのです。

 詳しくは読んでのお楽しみです。 

 ちなみに私が担当した章では、私の単著である『複雑適応系における熱帯林の再生』の執筆の背景にあるフィールドワークのウラ話を書き綴ったものです。
    
 この本の執筆者たちは、研究者、開発コンサルタント、NGOなどそれぞれの立場で東南アジア、オセアニア、アフリカ、そして日本の「開発と環境」の現場に何らかの形で関わっている人々です。
 ハートの熱い井上さんの教え子たちが執筆していますから、本の中から熱いものが伝わってくるかと思います。
 私は編者の井上さんに直接教えを受けたことはないのですが、「フィールドワークは総合格闘技だ!」というその熱いメッセージに魅了され、その影響を強く受けながら熱帯林の研究をしていたのでした。

 ちなみに編者の井上さんは、一言でいえば本宮ひろ志の「男一匹ガキ大将」に出てくる主人公のような人です(うっ、ちょっと古いかも知れない)。実際に井上さんは、転校先の中学で1年間に渡って繰り返しリンチを受けたため、堪忍袋の緒が切れて立ち上がり、ついに番長グループを打ち破り、さらに近隣の中学の有名な番長からの決闘を受けてたったという経験の持ち主です。(自分の中学の番長グループにあっさりと負けて、その後いじめられっ子になった私とはえらい違いです)。

 以下、井上さんが書いたこの本の「あとがき」の一節を引用させていただきます。

<引用開始>
 現場から学ぶフィールドワークを重視する研究や実践活動は実にさまざまなことを私たちに教えてくれる。世の中を正邪の2つに分けることの不自然さ、他人を軽視する利己主義の惨めさ、そして他国の視点をもたない偏狭なナショナリズムの危うさ……。グローバリゼーションが進展し、自由貿易協定(FTA)がつぎつぎと締結されるなかで、日本という国家が、あるいは日本人が、アジアの一員として、あるいは国際社会の一員として、平和の構築に貢献するためには、他者との関係性について敏感であることが必要であろう。その意味で、現場に根ざしたフィールドワークから学ぶべきことは多い。
<引用終わり>
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2 コメント

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Unknown (oozora通信)
2006-08-05 20:25:13
*****他者との関係性について敏感であることが必要であろう。その意味で、現場に根ざしたフィールドワークから学ぶべきことは多い。*****

そういう意味合いにおいて関さんのような現場主義の声と視点をどんどん発信してほしいものです。それは私たち一般人のともすれば机上論に陥りがちな思考に新しい地平を提供してくれるものです。

とくに東南アジアや南米、アフリカ、イスラム諸国などの第三世界の歴史は西暦に安易に還元してはいけないこともありますから。

マゼランからバスコダガマに始まり、スペイン、イギリス、蒙古や近代では欧米列強、日本にいたる植民地を経てもなお根強く残る”文化”はたしかに存在するのであって、これらを理解するにおいても「視点」の提供は欠かせないとおもいます。無意識の視点を意識された視点へと案内してくれるもののひとつがまさに”科学された現場主義”にほかなりません。

oozora通信さま (関)
2006-08-06 04:45:08
 適切なコメントをありがとうございました。先の農地改革に関するご意見も同意です。

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