代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

国有林コンセッションの悪夢

2019年05月17日 | 世界の森林問題
「国有林管理法」の改正法案の国会審議が始まり、マスコミ各紙で報道されています。例えば以下の記事。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190516-00000083-mai-soci

 私もIWJからこの問題でインタビューを受けたのでコメントしておきました。以下の記事です。(IWJの会員にならないと全文は読めないです。他紙では得難い情報満載なので会員になる価値大です)。

https://iwj.co.jp/wj/open/archives/448750

 この提案をしたのは竹中平蔵氏らの未来投資会議。水道法改正案の提案も竹中氏らであったが、竹中は、これまで公有として経営・管理されたものすべてに対し、何がなんでもコンセッションを付与して、民間に解放したいと考えているようだ。

 コンセッションという経営形態は盗人の原理である。コンセッションという経営形態は市場原理にも反する。

 通常の企業であれば、自らが所有する資産を使って、社会的責任を伴って経営するものだ。しかるに、コンセッションという経営形態は、国民の資産に寄生し、利益だけをかすめ取ろうという経営形態なのである。リスクをすべて行政に(つまりは納税者に)負わせ、ハゲ鷹のような無責任な企業が国民の税金に寄生しながらボロ儲けしようというものであると断言できる。

 私はかつて東南アジアの熱帯林で研究していた。フィリピンやインドネシアの森林を破壊し、荒廃させてきたのはコンセッションであると断言できる。25年間のコンセッションの契約期間で好きなだけ伐採でき(一応規定はあるが守られていなかった)、25年経てば政府に返還すればよいというのがコンセッション。25年間で最大限の伐採をし、略奪するだけ略奪して森林を荒廃させ、あとは野となれ山となれで、その伐採跡地を政府に返還する。その後の自然災害やその他の尻ぬぐいをするのは納税者なのである。

 日本でも国有林のコンセッション経営を認めれば同じことが起きる。コンセッションというのは長期契約なので、契約期間終了後には山林を国に返す。国に返すとき、切った後に植えずに返す方が、当然儲けは大きくなる。たとえば契約期間が20年だとしたら、企業は20年で山を丸裸にするのが、一番儲かる方法になる。

 しかも法案には、「樹木採取権者に対し、当該植栽をその樹木の採取と一体的に行うよう申し入れるものとする」とあるのみである。植栽を「義務」とも書かれていなければ、違反者への罰則もないという驚くべき内容である。

 十分な額の罰金を課さなければ「申し入れ」など無意味であることは言うまでもない。
 例えば、再造林を怠った業者はそのコンセッションを取り上げられるという規定ができたとしよう。それでも、なお、その罰則は無意味である。
 例えば20年間のコンセッションを得て森林を経営していたとして、10年後に再植林義務を怠ってコンセッションを取り上げられたとしても、企業はその10年間、ボロ儲けできる。罰金がなければ、たとえコンセッションを取り上げられても、その間の利益を持ち逃げできるのだ。

 コンセッションという経営形態が、いかに前近代的か、恐るべきものか。
 新自由主義というのは、その生産手段の所有者が責任をもって生産するという、通常の市場原理にも反するようになる。すなわち、新自由主義の最終形態とは国民の資産と税金に寄生し、納税者にひたすら負担を強いながら、ボロ儲けしようという経営が跋扈するようになるのである。資本主義の断末魔だと言ってよいだろう。
 
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