弁理士『三色眼鏡』の業務日誌     ~大海原編~

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【雑記】歳を取ると色々と抑えが利かなくなる…のか?

2019年05月08日 07時55分10秒 | 趣味・その他諸々の雑記
おはようございます!
窓から青空を望む今朝の@湘南地方です。

心地よい季節ですな。これがほんの一瞬だということは経験則で良く良くわかっているので、
楽しめるうちに楽しみたいものです。

さて、なんとなく雑記。
人生修養の必要性なんかについてふと考えてみた。
歳を取ると、色んな要因から「抑え」とか「我慢」とかができなくなってくる。
…えっ、普通逆でしょ?と思うかもしれない。

典型的には、“ダジャレ/オヤジギャグを言う”。
あれって、おっさんになったから思いつくようになったのではなく、
若い時から思いついてはいるんだけど、若いときは口から発する前に自制心が働いて
“いや今そんなん言うたらサムいやん”
と思って自重する。場合によっては無意識のうちに。
それが齢を取ってくると、「自重スイッチ」が働く前に口をついて出てしまう。

或いは、自慢話。
これもダジャレなんかとフローは似ているけど、ベースになっているのが「過去の栄光(それもそこまで栄光じゃない)」やつ。
皆大なり小なり自ら誉れに思っていることはあるだろうけど、自制できない人はいる。

体力的なことは言わずもがな。
若いときにできていた我慢ができない。つらさ、しんどさに抗する力は弱っている。
だからといって、“若くあろうとする”ことが正しいのかというと、それも違う気がする。
鍛錬によりある程度維持回復は可能だが、どう考えても20代の頃と同様のパフォーマンスをしようとすれば身体のどこかに無理がくる。

そう、ちょうど身体を鍛錬するように、精神も鍛練する必要がある。
身体の鍛錬において継続性が肝要であるのと同様、精神の鍛練も続けることが重要なのだろう。
問題は、その「目付け」の位置。
できれば、目をそむけたくなるような狼藉を働く“悪い先輩方”を見て「あーはなりたくないよなぁ」と思うよりも、
目標となるような“良い先輩方”に接して「こうありたい」というかたちでいきたい。

ま、鍛錬によってつまらないダジャレを言わないようになるかはわからないけど、
「若くなりたい」よりは「かっこいいおじさんになりたい」の方が、健全な気がするのだ、最近。
齢を取ってからこそ、修養は大事なんだなぁ、と思う次第。
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