このところ、土居健郎さんの精神分析の専門書ではなくて、一般読者向けの本を読み返していたのですが、いろいろなことを考えさせられました。
有名な『「甘え」の構造』(1971、弘文堂)や『「甘え」雑稿』(1975、弘文堂)、『表と裏』(1985、弘文堂)、そして、本書などを読んでいましたが、それらの本の中で、例えば、「甘え」と「うらみ」、「ねたみ」などの関係が述べられていたり、また、秘密と自立の関係などの問題が考察されちたりして、臨床的に重要な問題が提起されているように思いました。
本書の中では、わたしは、さらに、ここのところ気になっている、悲しみをこころから悲しむこと、についてより深く考えさせられました。
土居さんは、悲しみについて、悲しいのは愛するものを失うからだ、といいきります。
そして、愛するものを失って悲しむ人はこころを病まないが、愛するものを失っても悲しめない人はこころを病むおそれが強い、といいます。
さらに、「うらみ」や「悔み」が強い場合に、悲しむことができない、と指摘します。
つまり、愛するものを失っても、なんらかの理由で、「うらみ」や「悔み」が強い時に、こころから悲しむことができずに、こころを病むおそれがある、ということだと思います。
これらのことを考えていて、悲しみをこころから悲しむことというのは、本当に大切なことなのだなと、あらためて思いました。
悲しみをこころから悲しみ、喜びをこころから喜び、楽しみをこころから楽しめるような、そんなこころの大きな人間になりたいな、とつくづく思いました。
有名な『「甘え」の構造』(1971、弘文堂)や『「甘え」雑稿』(1975、弘文堂)、『表と裏』(1985、弘文堂)、そして、本書などを読んでいましたが、それらの本の中で、例えば、「甘え」と「うらみ」、「ねたみ」などの関係が述べられていたり、また、秘密と自立の関係などの問題が考察されちたりして、臨床的に重要な問題が提起されているように思いました。
本書の中では、わたしは、さらに、ここのところ気になっている、悲しみをこころから悲しむこと、についてより深く考えさせられました。
土居さんは、悲しみについて、悲しいのは愛するものを失うからだ、といいきります。
そして、愛するものを失って悲しむ人はこころを病まないが、愛するものを失っても悲しめない人はこころを病むおそれが強い、といいます。
さらに、「うらみ」や「悔み」が強い場合に、悲しむことができない、と指摘します。
つまり、愛するものを失っても、なんらかの理由で、「うらみ」や「悔み」が強い時に、こころから悲しむことができずに、こころを病むおそれがある、ということだと思います。
これらのことを考えていて、悲しみをこころから悲しむことというのは、本当に大切なことなのだなと、あらためて思いました。
悲しみをこころから悲しみ、喜びをこころから喜び、楽しみをこころから楽しめるような、そんなこころの大きな人間になりたいな、とつくづく思いました。










