非国民通信

ノーモア・コイズミ

勉強する場所は減るばかり

2010-07-26 22:55:06 | ニュース

27国立大が消える?=交付金減なら「知的基盤破壊」―概算要求に向け、協会試算(時事通信)

 政府の2011年度予算概算要求をめぐり、86の国立大学法人でつくる国立大学協会(会長・浜田純一東大学長)は24日までに、運営費交付金の1000億円規模での削減が懸念され、27大学が消滅しかねないとの試算をまとめた。「国の知的基盤を破壊する」として、削減対象から外すよう求めている。

 政府は社会保障費の自然増1兆3000億円を容認する一方、国債費を除く歳出を今年度並みの71兆円以下に抑える方針。同協会関係者は、運営費交付金が10%前後削減され、1000億円減となることも予想されるとしている。

 同協会によると、日本の高等教育への公的支出は現時点でもOECD(経済協力開発機構)諸国で最下位。交付金は過去6年で計830億円削減され、今年度は1兆1585億円だった。企業からの受託研究を増やすなどして対応しているが、研究者からは「成果が出るまで時間のかかる基礎研究が難しくなった」との声が上がる。

 1000億円が削減されれば、小樽商科大の15億円を始め、福島大35億円など交付金が少ない大学順に合計すると、27大学分に相当するという。実際には各大学の交付金がほぼ一律に削減されるとみられる。

 東北大は「教員を400人解雇するか、53万円の授業料を75万円に値上げしなければまかなえない額」と分析。27大学の1校で、52億円の交付金を受けた愛知教育大の松田正久学長は「既に教員を削減し、光熱水道費も削った。さらに減らせと言われても難しい」と顔を曇らせた。 

 引用記事でも指摘されているように日本の高等教育への公的支出は著しく小さいわけですが、にも関わらずさらなる削減の強行が確実視されています。先進国中では最も少ない部類に入る議員の削減や、同様に少ない部類に入る公務員の削減に血道を上げる日本ですが、高等教育への公的支出もまた同様の扱いなのでしょうか。議員や公務員の場合がそうであるように、「高等教育への公的支出が多すぎる!」などと信じている人もいるのかも知れませんね。教育は自腹で受けるもの、カネがない奴は働け、という意識など際だって強そうですし。

 日本は教育水準の高さを武器にする国ではなく、人件費の安さを武器にする国と同じ土俵(製造業など)で競争したがっている国でもあります。それだけに社会的な需要も、高等教育修了者ではなく低賃金で従順に働いてくれる人の方に偏りがちです。高等教育を受けるのは一部のエリートだけで十分、そう考えられている部分も少なくないでしょう。ゆえに、タダでさえ少ない教育のための予算をさらに削ることに対してロクに批判も起こらないわけです。今回のように大学協会側が声を上げたところで、世間的には大学関係者が「既得権益」を守ろうとしているかのごとく扱われそうな気すらします。

・・・・・

 大学では人気のある講義と不人気の講義の差が著しく、初日には400名以上の受講希望者が集まって座席に座れない人まで出る講座もあれば、私と教授のマンツーマンになる講座もありました。私の専攻はロシア文学で、言うまでもなく不人気分野ですからマンツーマンになる頻度は高かったです。しかも私は専門外の講義も含めて卒業に必要な単位の倍ほど受講していたので、たぶん大学からすれば赤字だったと推測されます。食べ放題に喩えれば、1人分の料金で2人分食べた、しかも原価の高い料理ばかり食べたようなものですから。コストカットに明け暮れざるを得ない昨今の大学からすれば、さぞかし私は出来の悪い学生に映ることでしょうね。

 今や大学からすれば、人気のある講義にだけ出席し、単位取得は卒業に必要な最低限、後は就職活動に専念して大学に「実績」をプレゼントする、それが理想になってしまいそうです。学生一人に教員一人、採算がとれるはずもないマンツーマンの授業は潰して、学生200人に教員一人で済むような人気講座だけを残せば、大学の経営は格段に楽になるでしょう。卒業に必要な単位数を超えて受講しようとする学生には追加で授業料を求めようなんて計画を立てていた大学もあったように記憶しています。その一方で「就職のため」であれば割引料金で留年できるプランが各地の大学で用意されるようになりました。社会の養成を反映する中で、研究/教育機関としての大学は着々と死に向かっているようです。

 

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10 コメント

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Unknown (ノエルザブレイヴ)
2010-07-26 23:17:11
そういう状況でどの口が「学力低下」だの「ゆとり世代」だのと口にできるというのでしょうか?金はないのに結果だけ出せと?

>私と教授のマンツーマンになる講座
そういう状況の場合管理人さんは教授からすれば可愛い学生だったのではあるまいかと思うのですけど、そういう教授の感覚は「世間の非常識」的な扱いを受けるのでしょうか。

あと、私は田舎の大学出身なのでよく分からないのですけど、都会の大学の人気講座っていわゆるテレビ教授や雑誌教授が主催する講座なのでしょうかね?
Unknown (非国民通信管理人)
2010-07-26 23:23:28
>ノエルザブレイヴさん

 教授との関係は良かったのですが、その教授が定年退官した後は補充がなかったことを考えると、やはり「世間の非常識」だったのだろうと思います。人気のない分野は不採算部門と同等の扱いですから。

 ちなみに、学外で名前を見かける有名教授の授業もさることながら、心理学と名の付く講座は異常な人気がありました。もっとも心理学とはどういう学問であるかがわかるようになると、見る間に出席者が減っていったりもしましたが。
知の退行スパイラル (不備)
2010-07-27 01:03:20
 大学は「そして誰もいなくなった」となりそうです。日に日に、大学で学べる知識・体験が削られて行くように感じられてなりません。

 知識と教養を身につけさせず、余計なことを「考えない」で必要なことだけをこなす人間を育てて、「良い」人材としてもてはやす。どこかで読んだ一昔前のSF小説のようで、全く持って皮肉な現実です。

 こうやって大学そのものが滅びて行ったら、選り分けられた経済的エリートも、知を得る場所を失っていずれ自滅の憂き目に遭うしかないと思うのですが……。
Unknown (三輪車)
2010-07-27 12:40:03
 どうも、初めてコメントさせていただきます。

 私は現役の大学生ですが、人気のある講座は単位の取りやすい講座ですね。大半の大学生は大学に勉強しに来ているのではなく、就職の為の看板をもらうために単位を取りに来ているのですから、こうなってしまうのはある意味で当然と言えます。
 出席を取らない講座には、履修していても出席しない学生が多く、試験の日には「こんなに取っている人がいたのか」となります。

 特に文系の場合、大学でやったことは将来まず役に立たない(と思っている学生が多い)為、CPAや税理士の資格を取るべく大学に籍を置きながら専門学校にも通う、いわゆるダブルスクールをする学生が多いです。小此木圭吾の言う脱モラトリアム人間ですね。

 もっとも、ちゃんと大学に勉強しに来ている人も絶望するほどには少なくないです。ただ、昔と比べてどうなのかはわかりませんが…。
Unknown (非国民通信管理人)
2010-07-27 13:49:16
>不備さん

 結局、企業側から要求されるもの以外は淘汰されようとしているわけですからね。枠にはまらない知識や教養は不純物のごとくムダとして切り捨てられる、会社の思い通りの人材ばかりが求められるとしたら、進歩が見込めなくなるのも宜なるかなです。

>三輪車さん

 私が学生だった10年ちょっと前も似たような状況でしたが、今はそれに拍車が掛かっていそうですね。私自身、大学で学んだことを問われたことなど一度もないですし、そうなると「勉強したいから勉強する」人以外は就職向けの勉強に移る、大学に籍を置きながら専門学校に通うような人も増えてしまうのでしょう。
Unknown (princessmia)
2010-07-27 22:05:20
私は専門外の講義も含めて卒業に必要な単位の倍ほど受講していたので、たぶん大学からすれば赤字だったと推測されます。

 そこまで良い授業ばかりだったのでしょうか?私の大学はとてもじゃないですけど、そんなこと出来ません。
Unknown (非国民通信管理人)
2010-07-27 23:28:17
>princessmiaさん

 その辺は学ぶ側次第でもあると思います。経済的な成功などの「わかりやすい結果」に結びつかないもの、事業仕分け的な基準ではムダと判断されるようなものに価値を認められるか、学生側の向学心次第ではないでしょうか。
Unknown (HANAKO)
2010-07-27 23:57:35
高等教育も勿論ですが何らかの理由で初等教育が身についていない人間が勉強し直す場所も乏しいですね。一部の人間だけが高い教育を受けられる社会がやはり理想なのでしょう。
Unknown (JF)
2010-07-28 08:00:58
私が大学の学部に入学したときに後に私の指導教官になる先生が「卒業ぎりぎりの単位を取得するなど邪道、貪欲にどんどん講義を履修してほしい。専門学校ではこうはいかない」という意味のことをおっしゃっていたのを思い出したのですが、これからはこういう考えは通用しなくなってしまうのでしょうか。
Unknown (非国民通信管理人)
2010-07-28 13:57:49
>HANAKOさん

 結局、教育が必要なものではなく、単なるコストみたいに考えられているせいもあるでしょうかね。就学年齢を過ぎてしまうと、教育よりも働くことが無条件に求められてしまう、その辺も格差の固定化に寄与していそうですし。

>JFさん

 現場の教官はいざ知らず、学長や経営側の見解としては正反対になってしまう気がしますね。履修は最低限に抑え、就職実績だけを残す、そんな学生の方が望まれていたとしても不思議ではありませんから。

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