非国民通信

ノーモア・コイズミ

年功序列でないことだけは確かだ

2019-05-19 20:58:33 | 雇用・経済

 さて先日は旧友と今の仕事について話す機会がありまして、それで私の勤務先をネットで検索してみましたところ、ある転職口コミサイトに辿り着いたわけです。せっかくですから現役社員として口コミの一つも投稿してやろうかと思ったところ、「実力主義」か「年功序列」かを問われ、出だしから答えに迷いました。5段階評価で、どっち寄りかを答える必要があるのですが、どうにも答えづらいのです。

 「年功序列でないことだけは確かだ」と、もし自由に記述して良いのなら、そう答えます。ただ私は、今の勤務先に限らず年功序列というものを見たことはありません。子供の頃から、年功序列とは悪いものだと、至る所に書かれているのを目にしてきました。しかるに、諸悪の根源として昔から語り継がれてきた年功序列とやらに遭遇したことは、一度もないのです。

 まぁ、定年手前の人が社内で重んじられているわけでもないのに多少の肩書きを持っているのを見ますと、もしかしたら30年くらい前には年功序列が実在しており、その当時に一定の勤務年数のあった人は、年功によって職位を与えられていたのかも知れない、という推測はできます。ただ、実際に「長年勤めているから」という理由で他人が昇進したのを見たことはありません。

 年功序列が過去に実在したかどうかは歴史家の研究に委ねるとして、とりあえず私の知りうる限りの職場に年功序列は存在しません。何処に行っても、年下の上司、年上の部下、若いというより幼い管理職と年老いた平社員は、普通に存在します。地道に長年、勤め上げていれば昇進できるものではない、逆に至って短いキャリアでも昇格する人は昇格する、そういうものなのでしょう。

 だから「年功序列でない」ことは断言できるのですが、一方で「実力主義」かと言えば、それもまた違う気がするわけです。どう見てもヤバイ人が昇進していたりする、営業として抜きん出た成績を継続している人が昇格の対象から外されていたりもする、ただ騒いでいるだけで出世する人もいれば、実務の主力であるにもかかわらずヒラ社員として留め置かれていたりもしますから。

 「問題社員の特徴は~」みたいな言説は定期的に目にするところですが、私の経験上、問題社員の第一の特徴は「幹部からの評価が高い」ことに尽きますね。「あいつはヤバイ」と相応の権限のある人から危険視されていれば、問題は個人の範疇に収まります。対して幹部からの評価が高いと、止める人がいなくなる、むしろ幹部からの評価によって自信を深め、問題行動をエスカレートさせるものです。

 結局のところ、人を昇進させるかさせないかは、相応の立場にある人が決めます。権限のある人から気に入られていれば昇格しますし、そうでなければ年功を重ねても序列は上がりません。では何を理由に幹部社員は人を評価するのでしょうか。かつて毛沢東は大躍進と称し、雀の駆除や稲を深く密集して植えることを国策として進めました。結果として3,000万人を上回る餓死者が出たとか。しかし、この毛沢東の愚かな政策に反対した人は、どう扱われていたのでしょう。

 往々にして会社の役員層ともなりますと、現場のことは何も分からないものです。それこそ、毛沢東の農業知識と同レベルです。それでもなお、何が正しく誤っているかを決めるのは、権力の座にある人です。人を評価する立場にある人が指し示した方向に忠実であるか、それとも背くのか――これは独裁国家ならずとも何処でも問われる気がします。

 会社の幹部が決めた経営方針に基づき、その計画実現のため情熱的に騒ぎ回る社員もいれば、馬鹿げた妄想には付き合っていられないと実務に専念する人もいるわけです。この中で若くして昇進すれば、いつまでもヒラのままの人も出てくるものですが、読者の皆様のお勤め先は、いかがなものでしょうか。

 経済面で国際的な競争力を高めている国では、もう少し違う基準で人が選ばれているのかも知れません。逆に国際的な経済的地位を低下させている国では、「選ばれて昇進した人」の実力に疑問を抱かれたとしても仕方ないと思います。とりあえず確かなのは、「年功序列」の反対が「実力主義」ではないことですね。年功序列を否定すれば実力のある人が地位を得るかと言えば、それは完全に別の問題ですから。


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