職場に働くママが増えたら残業が大幅に減った、なんて話も聞きます。悠長に残業なんてしていられない人が職場の多数派になれば当然、残業を減らそうという動きにも繋がるのでしょう。逆に家に帰ってもやることがない暇人が多数派を占める職場ですと、必要もなくとも残業をする人が増える、それに付き合わされる人が増えて残業時間は際限なく延びていくわけです。昨今、日本の職場の残業時間の長さは生産性の低さと並んで問題視されることが多いですが、どうしたものでしょう。
①全く忙しくないのに残業している人
まず一口に残業が長くなる場合でも、幾つかパターンがあるように思います。条件判定の最初は「忙しいか、そうでないか」ですね。仕事が忙しいわけではないのに、自分の業績を盛るために必要のない仕事を創ったり、あるいはダラダラ居残るばかりで実はおしゃべり以外は何もしていなかったり等々、仕事が多いわけではないにもかかわらず長時間の残業を続けている人も多いように思います。こういう人々が、長時間労働と生産性の低さの両立を可能にしているわけです。
②忙しいが、実は営業活動上の必要性がない場合
例えば日本を代表するブラック企業であるワタミの場合です。(現行の残業時間の定義からは外れるのかも知れませんが)休日の課外活動への強制参加や、教祖の本を買って感想文を書いて提出しなければならなかったりすることが知られています。これらは会社の営業活動において全く必要性のない事柄ですが、しかし実質的な業務命令として従業員に課されるものであり、労働時間の長期化への影響は大きいです。一見すると不合理な代物ですが、利益よりも理想を追いがちな日本企業では珍しくもないといえます。
③本当に忙しく、必然性がある仕事のために帰れない人々
これは低賃金労働に多く、必要な業務量に比して人員が少なすぎるために起こるパターンです。このパターン③だけが日本の長時間労働の原因であったなら、時間当りの生産性が最低レベルに落ちるようなことはなかったでしょう。そして最も犠牲を強いられている層でもありますが、その負担の重さに応じた対価が支払われているかと言えば、真逆だったりするのですから色々と不条理です。
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この辺はハイブリッド化する場合もありまして、例えば電通の場合①仕事を創る文化があり、②飲み会などの業務時間外の拘束が厳しいなどの理由で二重に従業員の負担を重くするタイプと考えられます。あるいはワタミの場合は②休日の過ごし方まで会社に強制され、③店舗での勤務中は本当に忙しく勤務時間も長いなど、こちらも二重に社員を追い詰める仕組みが出来ているわけです。また会社によっても配属部署次第のところがありますから、全社的に見れば①②③のパターンを網羅しているところは少なくないでしょう。
ともあれ一口に長時間労働と言っても原因は様々でして、取るべき対策もそれに応じたものでなければ、意味がないどころか逆効果になってしまいます。①のように必要性もなく残業している部署に人員を追加したら、今まで以上に「余計なこと」を始めて事態を悪化させてしまいますし、③の本当に忙しい部署にノー残業デーを導入しても歪みが大きくなるばかりです。まず時間外の増加の理由を見極めるところから手を付けなければ行けません――が、総じて間違った対応策が全社的に採られがちに見えますね。
①の本当は暇な部署では残業がラマダーンの断食みたいな意味合いになっていることも多い気がします。残業することが組織への帰属意識を表す儀式みたいになっていて、仕事が片付いたからと定時で帰れば異教徒のような扱いを受けたりするわけです(まぁ自分の体験談ですが)。そして本社の管理部門の暇人が仕事を創ることで、「下」の部署は「(上からの指示で)やらねばならないが収益には結びつかない」仕事を強いられる、上記②のパターンができあがったりもすると言えます。
③の本当に忙しい場合も会社全体として見れば、必ずしもどうしようもない人員不足とは限らないのではないでしょうか。一人当りの業務量が過大な現場の裏には、暇をもてあまして余計なことしかやらない①の本部があったりする、それは珍しいことではないはずです。あるいは①が創った「余計な仕事」のために現場の業務量が増えていることもあるでしょう。必要のない仕事をリストラできれば、忙しさも多少は緩和されます。そして①の暇人を本当に人手が足りない部署に送り込めばバランスも多少はマシになります。もっとも①のパターンが当てはまる人ほど「忙しいフリ」をするのが得意で、かつ偉い人ほど実態を理解できていなかったりするものですが。







