しかし、日本に来ている中国人の多くが感じているように、「日本の中華」は中国人の味覚に合わない。味が濃すぎる。調理法が極端に「炒(いためる)」中心で「蒸(むす)」「烤(やく)」「燉(にこむ)」「炸(あげる)」などのバラエティに乏しいから、メニューが少ない。
ここで挙げられている王将のような日本の中華料理チェーン店は元より、中国人が経営している街の中国料理店でもやっぱり中身は「日本の中華」になってることが多いですよね。決して「本場の味」ではなく、日本の客に合わせた味になっているのが普通です。そんな「日本の中華」を中国大陸に持ち込んで撤退する羽目になったのが王将で、引用元で触れられている以外にも日本的な労使関係が海外では通用しなかったとかもありそうな気がしますけれど、まぁ成功はしなかった、と。
……で、時には「日本人向け」の中華料理店ではなく、日本語ではない言葉を話す人々がたむろしている異境感漂う中国料理店にも行ってみたりするのですが、総じて「味が薄い」と感じるわけです。引用元、というより引用した箇所でも「日本の中華」は「味が濃すぎる」と指摘されています。昔から日本食は塩分が多すぎると言われてきたところ、基本的に日本の食文化は塩気が強いものであり、そこに慣れ親しんだ日本人の舌を基準とした「普通」は、ヨソの国の人間にとって塩辛すぎるのかも知れません。
仕出し弁当方式の中学校給食を本格導入したものの、「冷たい」「おいしくない」などと不満が相次いでいる大阪市で、生徒の約7割が日常的に給食を食べ残していることが、市教委の調査でわかった。健康に配慮したあっさりした味付けは、脂っこいファストフードなどに慣れ親しんだ世代には敬遠されがち。市教委は新レシピを導入するなど、対策に追われている。
(中略)
調理施設などの整備にコストがかかることから、民間業者が調理、配送する方式を採用しており、おかずが約10度に冷やされていることが不評の一因。さらに、文部科学省の「学校給食摂取基準」に沿った塩分量などにするため、薄味になっていることも生徒には不満だという。
(中略)
バスケット部の1年男子生徒は「味が薄い」ことを理由に給食を半分程度残すといい、母親(44)は「毎日帰ってくるなり『おなかが減った』と言い、夕食は山盛り食べる。給食を全部食べればいいのに」とあきれ顔だ。
市教委幹部は「栄養バランスの改善も給食の目的の一つ。薄味に慣れるよう、家庭でも味付けに配慮してもらいたい」と話す。
そして、こんな報道もあります。曰く「健康に配慮したあっさりした味付けは、脂っこいファストフードなどに慣れ親しんだ世代には敬遠されがち」云々との決まり文句じみた主張から始まるわけですが、どうなのでしょうか? 日本的な価値観からすれば、肉も魚も脂が多いものが上等とされるのが一般的、それはファストフード云々とは別のところから始まっていたはずです。そして日本食は元来、塩分の多い代物です。結構な高齢者であっても、「健康に配慮したあっさりした味付け」の病院食などには辟易しがち、もっと塩味の濃いものを好む人が多いように思います。断じて「ファストフードなどに慣れ親しんだ世代」の問題ではないでしょう。
「バスケット部の1年男子生徒は『味が薄い』ことを理由に給食を半分程度残す」そうですが、家に帰れば「夕食は山盛り食べる」と伝えられています。母親はあきれ顔と伝えられていますけれど、私が疑問に思うのは「味が薄い」と言って給食を残す子供が、家では「山盛り食べる」のは何故なのかと言うことですね。それは要するに、家の食事が学校給食とは違って「味が濃い」からなのではないでしょうか。結局、ファストフード云々は言いがかりに過ぎない、日本の家庭の味は古来より塩味濃厚なのです。とかく健康的なイメージを捏造されがちな日本食ですけれど、そこまで良いものではありますまい。
日本人が長い時間かけて築いてきた、優れた食習慣が崩れかけています。
心身を元気にしてくれるはずの食が、病気の原因にもなっている…。
このような現状を何とかしたいと、三条市は食育を進め、中でも次世代を担う子どもたちへの食育には力を入れています。
「子どもたちを変えることができれば、親になったときに三条市の食生活が変わり、市民の健康レベルは向上する!」
このような考えから、完全米飯給食を起点とした、食育に取り組んでいます。

そして最後に、新潟県は三条市の公式から。なんと言いましょうか、この政策を訴え図まで作った人の食生活が気になります。もし米ばかり食べた結果がこんな調子なら、頭が悪くなるから米の摂取は控えましょうとでも警鐘を鳴らしたくなるレベルです。でもまぁ、こういう風が吹けば桶屋が儲かる系の論理は、経済誌とかなら普通に見られるものですよね。三条市ばかりが特別ではありません。
歴史修正主義は、決して戦前戦中ばかりを対象としたものではないのだな、と思います。日本の「食」に関してもどうなのやら。三条市が公式に語る「日本人が長い時間かけて築いてきた、優れた食習慣」とは、いったい何なのでしょう。一見すると「左」と目されがちな論者でも、こと「食」に関しては日本食に対して排他的優越意識を隠さない人も少なくありません。そんなに日本食は健康的なのか、そもそも想定されている日本の食習慣とはいつの時代を指すのか、それとも古来から近世まで不変であるかのように勘違いされているのか、首を傾げたくなるところは多々あります。なにせ新潟の米は「鳥またぎ米」と呼ばれ、味の悪さで有名でした。新潟が米どころになったのはほんの半世紀前からのことでしかありません。鳥も食わないまずい米で悪名高かった新潟で「長い時間かけて築いてきた、優れた食習慣」とは?








一方で私自身は結構いい年であるにもかかわらずふりかけや海苔の佃煮が時々無性に食べたくもなり、染み付いた習慣の改善の難しさを思うところです。(管理人さんも本場の中華は味が薄いと書かれてますよね…)
昔からそうだった訳ではありません、
伝統的な日本食ではむしろ寿命は縮んでしまう。
その漬け物にしても、今食べられているものは随分と塩分が減らされているわけで、昔はもっと塩が多かったはずです。まぁ、食べ物の好みは人それぞれですが、世間で信奉されているほど日本の食文化が健康的でないことは意識されるべきでしょう。
>イチゴさん
さらに付け加えれば長寿県のトップを常に争ってきた沖縄なんて、所謂「本土」とか異なる食文化が根付いていますし、まぁ日本の「伝統的な」食事が長寿の元かと言えば、むしろ違うだろうと言いたくなるところですね。戦後に改善された食生活こそが健康を向上させたのですが、この辺を理解できていない人が多いのは困ったものです。
フードナショナリズムでも言いましょうか
和食はこんなにも優れているんだ→つまり日本人は優秀なんだ、それに引き換え~料理は
とまあ、こんな感じですかね。
勿論和食には和食の素晴らしさがありますが、塩分の多さやタンパク質の不足など問題も色々あるのですが、そういう事を指摘されただけでまるで日本が「貶め」られたかの様に騒ぎ出し、挙げ句の果てには「反日」「非国民」「左翼」(書いていて我ながらなんでだ?と思いました)というレッテルを貼られる始末ですからね。
で、そういう連中が他文化圏の食文化や伝統料理などに敬意や賞賛の念を抱いているかというと全然そんなことは無くて、嫌悪や侮蔑の念さえ抱いているというのがもはや「お約束」となっている状況であります。
もっとも、料理に限らず変に自分達こそが最も優れているのであって、間違っている筈など無いと言わんばかりの極めて強い独善性を見せつけられてウンザリすることも最近はちっとも珍しくなくなりましたが。
その癖に都合悪くなると相対主義に逃げ込むんだからもうね・・・・
ということであって、和食にも問題点があると言っているだけなのに「反日だ」などと叫ばれてもね
“寿司ポリス”が不評を買っただけで逆ギレしたり
その一方で海外の独自の文化は平気で馬鹿にして
ハァー……ダブスタにも限度ってもんがあるんだよ?
食の分野では「左」にも排他的ナショナリストは多いですから。気持ち悪い自国賛美に溢れたテレビ番組や書籍も目立つところですが、それが最もナチュラルに受け入れられている領域として、日本の「食」に対する意識があるように思いますね。
>ボルシチさん
「欧米化」を悪いことであると、平気で公言する人が溢れているのがこの分野なんですよね。他国の食文化を尊重できない、日本食の方が優れていると信じて疑わない、そういう偏狭さはもっと批判的に見られるべきものです。
で、それを言うと「お前は日本人か!?」とか「日本には日本の食があるんだ!!」とか言われる始末。
(テレビ、新聞は、戦後食べるようになったラーメン、肉の食べすぎの害は言えても、コメの食べすぎの害は農家への遠慮もあり言えないのです。)
味が濃いのもそうですけど、米がやたら多いというのも日本食の悪い特徴と言えますね。
一昔前の日本の食事は、炭水化物に偏りがちですからね。逆に米の消費量が減ってきたのは欧米化の結果ではなく、「バランスの良い食事」を心掛ける人が増えた結果でもあるはずで、とかく悪玉視されがちな「今時の」食文化ももう少し肯定的に評価されるべきと思います。