非国民通信

ノーモア・コイズミ

ムラ社会化が進むような気がする

2010-02-27 22:58:58 | ニュース

楽しみにしてちょうよ! 河村“どえりゃー”庶民革命の申し子 無報酬議員が職業議員の特権を奪う日(週刊ダイヤモンド)

 「市がやっている仕事や予算をこれから地域にどんどん切り分けていきます。楽しみにしてちょうよ」

 河村たかし名古屋市長がマイクを握ると、会場内の雰囲気は一変した。緊張ぶりを隠せずにいた各候補の表情も緩み、明るい笑顔が広がっていった。2月21日の午後、中川区豊治コミュ二ティセンターで開かれた地域委員会の立候補者による公開討論会でのことだ。一般席で各候補のアピールに耳を傾けていた河村市長は、会場に詰めかけた住民全員に向かってこう言葉を続けた。

 「皆さんが決めることに一番、価値があります。減税分が地域の公益活動に(寄付金として)集まるように仕組みを整備していきます」

 さて、一度としてマトモな記事が載ったことのない週刊ダイヤモンドですが、当然のことながら今日も例外ではありません。まぁ主として語っているのは引用文中で取り上げられている「たかしくん」なのですが、その中身はどうなのでしょうか。減税分が寄付金として集まるように~とのことですけれど、市民税をそのまま徴収するのに比べると随分、効率の悪い方法です。税制上、寄付が節税を兼ねるアメリカならいざ知らず、日本で多額の寄付を行うのはよほど奇特な人ぐらいのものです。財布を圧迫する小銭を寄付するくらいならともかく、市民税の10%相当の寄付はまず考えられないでしょう。自主的な寄付を強要でもしない限りは。

 地域委員会とは、地域の課題を解決するために投票で選ばれた委員を中心に市の予算の一部の使い道を決める、住民自治の新しい仕組みである。昨年末の市議会で8つのモデル地域での先行実施が認められた。地域委員は公募と推薦の2種類からなり、いずれも投票で選ばれる(公募は選挙、推薦は信任投票)。

 で、この「地域委員会」もたかしくんの目玉政策の一つだそうです。しかし「投票で選ばれた委員」ですか……「投票で選ばれた議員」と何が違うのでしょうか? 地元の課題を解決するために地元から選出された議員が市の予算の使い道を決める、それとは別に投票を行って「議員」ならぬ「委員」を選出しなければならない理由はどこにあるのでしょうか? 少なくともたかしくんをヨイショする週刊ダイヤモンドのこの記事の中では、その理由については一言たりとも触れられていません。

 任期は2年で2期まで。報酬はなく、交通費などの実費弁償として月額2000円程度が支給されるだけ。地域のボランティア議員である。8つのモデル地域の委員定数(7人から11人)は人口比によって決められ、公募委員の総数は40人。推薦委員の総数は32人となっている。今回、公募委員に64人が立候補し、倍率は1・6倍。

(中略)

 無報酬の地域議員が多数誕生し、地域のために奮闘する姿が定着すればするほど、問われるのは75人いる市議会議員の存在だ。報酬が年間1633万円、さらに年間600万円の政務調査費付き。そのうえ費用弁償という名の日当が、1万円。議会の在り方がこれまで通りでよいと思う市民はいなくなるのではないか。河村市長は定数や報酬の半減(817万円)、会派拘束の見直し、政務調査費の見直しといった議会改革案を2月議会に追加提案するはずだ。

 強いて違いを見つけるとしたら、この辺くらいです。「地域委員」は手弁当だけど、「市議会議員」は報酬が出るわけですね。議員報酬は高額に見えるかも知れませんが、単に個人の生活費ではなく議員としての活動費込みですから、まぁこんなものでしょう。金のかかることは何もせず、市議会に通勤するだけの日々を過ごすなら報酬を半減しても何ら問題はないですけれど、マトモに活動するなら相応の資金も必要です。ただし、地元の議員がどんな活動をしているかなど地域住民にとっては大して関心のない分野だと思います。テレビや新聞を賑わす国政の動きならいざ知らず、地元の行政には無関心な人も多いでしょう。そうした人からすれば、市議会議員など「何もしない癖に高給をもらっている連中」でしかない、だから議員を否定して無給の「委員」に権限を委譲するのは良い政策だと、そう思えてしまうのかも知れません。

 これもある種の、偏見に乗じたゴリ押しです。議員はムダ、政治家はムダ、そういう思いは少なからず世間で共有されていると思います。そしてムダ(=議員)を否定するものがヒーローとして扱われるわけで、つまりは新たな「地域委員」が、「市議会議員とは違って」有益なものであると、そう期待されてしまうものではないでしょうか。実態は甚だ怪しいものですが、従来の「議員」をムダと感じている人々にとっては、それを否定するものであるというだけで「委員」が意義のあるものに見えてしまうはずです。

 何はともあれ、議員と違って報酬が出ないとなると、何もかも手弁当でやるしかありません。自分の生活で金銭的にも時間的にも手一杯のサラリーマンには、議員以上にハードルの高い世界です。資産家などの有閑階級であれば、そして無報酬で他人を動かせるような立場の強い人であれば何ら問題はないのかも知れませんし、そもそも従来の議員だって世襲の資産家にして生れながらの特権階級だったり政党丸抱えだったりもしますから、その辺で生じる差は大したものではないのかも知れません。ただ、金をもらってやっている=プロの政治家に比べて、実質無償のボランティア委員が秀でている保証などどこにもありません。PTAとか町内会とか、無償で運営されている世界を思い浮かべてください、PTAや町内会はあなたにとってどのような存在でしょうか?

 名古屋市はもともと、都市部の中では住民活動の盛んな地域といえる。全国の自治体に存在する町内会や自治会に加え、昭和40年代以降、小学校区(236)ごとに区政協力委員や民生委員、消防団などの各種地域団体からなる「学区連絡協議会」(学区連)が組織され、住民自治が進められていた。

 しかし、時代の変化とともに住民自治を取り巻く環境も大きく変わった。町内会への未加入世帯の増加や住民二―ズの多様化、その一方で、NPOの活動など新たな動きも高まっている。地域委員会は、地域のこうした多様な力を結集し、地域課題の解決に取り組もうというものだ。市のまちづくり予算(初年度の今回は人口規模により500万円、1000万円、1500万円の三種)を地域に移譲する「地域内分権」の実行である。これまで行政にお願いする立場にすぎなかった住民が、決定権を持つことになる。つまり、住民への分権だ。

 その辺は人それぞれかも知れません。PTAや町内会の存在を疎ましく思う人もいれば、ありがたく思っている人もいるでしょう。しかしこの住民自治的なものが急激に拡大していけば、相応の軋轢もまた新たに生まれるような気がします。たかしくんの後ろ盾を得た「地域委員」が、町内会長とは比べものにならない強い権限を持って、住民参加を要求してきたらどうでしょう? 住民が決定権を持つ云々と言われても、要は住民が選んだ委員が決定権を持つだけのことです。住民が選んだ議員からなる議会が決定権を持つのと大して変わりません。ただし「地域委員」の方がより住民に近いとしたら、その委員の決定に住民が駆り出される可能性もまた増大すると考えられます。

 市議会議員だったら、市民には納税ぐらいしか要求しないわけです。後は収めてもらった税金で市政サイドがどうにかする、そういう仕組みですから。一方、無償の地域委員はどうなるのでしょうか。町内会費のように半強制の「地域委員会費」でも徴収するのでしょうか、それとも町会活動のように委員会活動への参加を実質的に強制するのでしょうか。地域委員があまり張り切らず、配布されるという「まちづくり予算」の範囲内に活動を収めてくれれば住民の負担は増えません。でも、市議会議員は予算を正しく使えないが地域委員なら住民の望み通りに予算を使ってくれる――そう信じられる根拠などどこにもないはずです。地域委員が前近代の名主のごとく振る舞う可能性だってあります。ある意味、全国各地にプチ独裁者を産み出す地域主権や地方分権と似たようなものなのかも知れません。

 

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8 コメント

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Unknown (TK)
2010-02-28 17:36:42
>>地元の行政には無関心な人も多いでしょう。そうした人からすれば、市議会議員など「何もしない癖に高給をもらっている連中」でしかない、
多くの住民には国会議員定数削減、公務員削減についても同じ考えを持たれているのでしょう。
自分達が何も知らないのを「仕事がない・しない」と勝手に脳内変換してるバカは本当に救いようがありません。行政の仕事を何だと思ってるんでしょうねぇ。

ダイヤモンドも無報酬であることを強調されていますが、これが河村をはじめとする公務員叩きの理想像なのかなぁ、と。
「人件費はムダなので公務員はボランティアでするべき」
私もバカげた理想を実現させただけで全くの無意味だと思いますけれど・・
霞を食べて生きられる人は誰もいない (ヒイロ)
2010-02-28 21:33:56
他人を情弱呼ばわりしている割には、議員や公務員の定数削減が自分達の首を絞めることまで頭が回らない連中が多いという気がします。単純に「気に入らないのがいなくなっていい」で思考停止になっているのですから。

「真面目に議員をやったら金持ちになることはあり得ない」ということを村上正邦が語っていたことがありますが、彼の発言をほんの少し斟酌して性善説で捉えてくれ、議員活動に関心を持てやという気持ちがあります。

報酬を貰って地域や国に関わる仕事をして、その結果として無報酬と同じことになるなら、個人的に受け止められると思いますが、最初から「無報酬で」と言われたら萎えるし、責任放棄になることは確実ですね。
Unknown (非国民通信管理人)
2010-02-28 23:49:40
>TKさん

 歴史修正主義者の頭の中では「知らない」=「そのような史実は存在しない」みたいですが、大方の国民/市民にとっての議員/公務員への理解は、それと同じようなものなのかも知れませんね。一方、社員に無償奉仕させたい週刊ダイヤモンド的には、タダ働きを称賛して、高給取りを悪玉に仕立て上げるのが好ましいところもありそうです。タダほど高いものはない、という言葉もありますし、単にカネと暇をもてあます有閑階級が「委員」として得張り散らす結果にも繋がりそうにも見えますけれど。

>ヒイロさん

 結局、実利的なものよりも美談的なものを追求しているのでしょうか、「金をもらってしっかり仕事をする人」ではなく「無償で献身的に働く人」が追い求められているように見えます。もっとも本当に無報酬で政治家的な立場に立つ人は、暇とカネと、何らかの野心を持っているでしょうから住民の理想が実現される可能性など皆無にも思えます。
呆れてしまいます (コンポコ)
2010-03-01 10:14:43
いつまで小泉的価値観に洗脳されてるのかと思ってしまいます。
物事の本質を見ないで判断する。
マスコミ(というより広告代理店やスポンサー企業)に簡単に煽られる下地のある程度の低い民衆といえばそれまでですが。

私が住んでる地域の市議会議員はよく活動して非常に役立っています(但し、共産党と民主党の市議会議員のみ)
町内会いろいろ (moon)
2010-03-01 22:38:17
 以前に住んでいた地方では、町内会のことを自治会と呼んでいました。自治会の役員は、会員の会費と自治体の予算を原資とする報酬が支払われ、準公務員みたいなものです。
 私が住んでいた地域(団地やアパートの割合が高い比較的新しい住宅街)は、住めば自動的に(半強制的に)自治会員になりますが、自治体が行う地域サービスは公平に受けることができました。
 しかし、隣の地域(一戸建ての割合が高い歴史のある住宅街)は、代々住み続けている世帯が自治会員で、自治会役員に認めてもらえない限り、自治会員になることはできず、自治会員になれなければ、自治体が行う地域サービスが制限されてしまうということでした。つまり、自治体に住民税を支払っていても、自治会役員に認められなければ、自治体が行うサービスを制限されるということです。自治会役員(自治体から報酬をもらう準公務員みたいなもの・報酬の対価として一定の責任が伴うはずのもの)の裁量で、このようなことが起きるのですから、実質無償のボランティア地域委員であれば、絶対「善」として責任を伴わない裁量権を与えられてしまわないか心配です。
Unknown (非国民通信管理人)
2010-03-01 23:26:38
>コンポコさん

 この場合は、広告代理店やスポンサー企業はあまり関係がないようにも思います。強いて言うなら、政治否定や反公務員感情を持つ住民がいて、その住民に媚びる政治家とメディアがいる、お互いにペッティングを繰り返しているようなものと言ったところでしょうか。

>moonさん

 前者のケースであって欲しいものですね。「準公務員みたいなもの」となると、ある意味で行政の不備を民間が補っている感もありますが、それでも公平なサービスが担保されていれば、と思います。一方で後者のパターンも、決して珍しいものではないでしょうか。自治会役員=地域の有力者が何かと威張り散らしていて、地域の有力者との関係次第で受けられるサービスにも差が出てくる、そうした問題が名古屋では急速に加速されていくのではないかという気もしますね。
Unknown (伊東勉)
2010-03-11 17:42:03
 こんにちは。岩手の伊東です。
 本来なら、自分も自分なりにまとめなきゃ…でしたが、好文ありがとうございます。
 河村市長のいうとおりの議会改革?実行されて、それが基準にされたら、岩手なんか議会構成できません。(この改革の基準は“6万人に議員1人”。盛岡市で5人、奥州、一関、北上で2人、後は1人、岩手県議会でも23人。…ってもはや議“会”じゃないわ!)

 『その自治体には、様々な人がいて、立法府で決める事はその地域全体を拘束するわけだから、なるだけ多くの人の意見を聞ける状態に』といつも自分のブログで書いていますが、この“流行”が進んでしまうと、少数意見は「どうせ実行できないのだから、議論の遡上にのせる資格もない」という風潮も進みやしないか、不安アンド不満です。

 それに『ボランティア=無償での奉仕』が、少し都合いいように使われている、と思うのは私だけでしょうか。そこの部分、この問題に触れて思う所でした。
Unknown (非国民通信管理人)
2010-03-11 21:58:47
>伊東勉さん

 本来であれば、矛盾だらけの改革案なんですよね。地域委員の名で住民の意見を聞くふりをしつつ、本来その役を担うはずの議員を減らそうとするわけですから。それでも美化されてしまうのは、有償の議員に対する頭ごなしに否定する感覚と、無償労働への賛美もあるでしょうか。

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