非国民通信

ノーモア・コイズミ

読んでりゃいいって もんじゃないことを 肝に命じておいてください

2018-03-04 22:38:30 | 社会

大学生、読書時間ゼロが過半数 「読む」層は時間延びる(朝日新聞)

 1日の読書時間が「ゼロ」の大学生が2017年、初めて5割を超えたことが26日、全国大学生協連合会の調査で分かった。一方、「読書をする」という大学生の平均読書時間は1日あたり51・1分で前年より2・5分延びており、「二極化」が進んでいるようだ。

 調査は昨年10~11月、大学生協を通じて、全国の国公私立30大学の学生を対象に実施し、約1万人から回答を得た。その結果、1日の読書時間が「0」と答えた学生は53・1%で、前年より4・0ポイント増加。この5年間で比較すると、18・6ポイントも増えていた。

 読書時間を「120分以上」と答えた学生は5・3%で、10年以上にわたってほぼ横ばいで続いている。同連合会は「大学生になって本を読むかどうかは、高校生までの読書習慣で決まっているのではないか」と分析している。(杉原里美)

 

 大学生の読書時間が云々という報道は定期的に出てきますが、その世間の理解はどうなのでしょう。曰く「大学生になって本を読むかどうかは、高校生までの読書習慣で決まっているのではないか」とのことです。ならば高校生になって本を読むかどうかは中学生までの読書習慣で、中学生になって本を読むかは小学生までの読書習慣で決まっているのでしょうか。いずれにせよ、読書時間が「ゼロ」の大学生が5割を超えたそうです。時代の流れはである、とまでは言えるように思います。

 この辺は私がことある毎に書いてきたことですけれど、勉強したくて勉強する学生は、どこの国でも至って少数派のはずです。勉強するのは「良い会社に入るため」「偉くなるため」等々、何らかの「目的」のための手段として勉強するのが普通ではないでしょうか。では勉強しても就職には関係ない、勉強しても偉くなれない社会であったなら――例えば見た目や「コミュニケーション能力」ばかりが偏重される社会であったなら――学生が何に熱心になるかは言うまでもありません。

 親の言うことは聞かないけれどクラスの人気者には付き従う子、先生の言うことは聞かないけれど先輩の言うことには絶対服従の子、どこにでも見られる光景です。では大学関係者が「本を読め」と言ったら学生は本を読むでしょうか。普通の学生は教員や職員のいうことなんて、さして気にもとめないと思います。しかし「就職先」の要求することだったら? もし日本の企業が、読書量に応じて採用の基準を緩和する、読書量に応じて待遇に差を付ける、そうした社会であったなら日本の学生の読書量は劇的に伸びるであろうと私は確信しています。しかし企業が求めているのは別のことなのです!

 結構な昔になってしまいますが、よそのブログで「ネトウヨの良いところは、ちゃんと選挙に行くところ」と書いている人がいました。確かに、そうなのかも知れません。「普通の」人よりも差別意識の強い人の方が(方向性はともかく)政治への関心は深い、投票率も高いところはありそうです。例えば2014年の東京都知事選でも若年層の投票率は低かったわけですが、その若年層に限っては田母神俊雄が高い得票率を記録しました。「普通の若者」は投票に行かない人が多い一方、田母神を支持するような若者は欠かさず投票所に足を運ぶのですね。

 ……で、もう一つ私が付け加えるなら「ネトウヨの良いところは、本を読むところ」でもあると思います。一時ほどの勢いはありませんが、書店ではレイシスト向けの本が独立したコーナーを設けられて山積みされていることも多いわけです。よく売れるからこそ、本屋も大量に仕入れ、目立つところに陳列するのだと言えます。売れない本なら、徐々にコーナーを縮小されて脇に追いやられていくものですから。「普通の学生」より排外主義者は本をよく読む、だからそういう人向けの本が書店でも多く取り扱われていると考えられます。

 まぁ、昔から「売れている本」が良書であるとは限りませんでした。エセ科学本だったり新興宗教の教祖の本だったり、陰謀論者のトンデモ本だったり芸能ゴシップネタばかりだったり等々、職にも知にも貴賤はありませんけれど、本と言ってもピンキリなのです。堅い本だけが本ではありませんし、ファッションで本を読んでいるだけの意識高い系ではなく真性の本好きほど、「くだらない本」だって相当な数を読んでいるのではないでしょうか。栄養豊富で健康に良いものだけを食べるのが美食家ではありませんから。

 一般論として投票に行く人の方が行かない人よりは真っ当に思えるかも知れません。しかし田母神に投票する人と選挙に行かない人のどっちがマシなのか、それは皆様の判断にお任せします。そして本を読まない学生より本を読む学生の方が好ましいと見えるかも知れませんが――極右向けのヘイトスピーチ本を乱読する人と本を全く読まない学生のどっちがマトモかも、まぁ皆様の判断にお任せします。ただ私が思うのは、本を読んでれば偉いと言うこともない、読書量を人に誇るような輩こそむなしい、本を読まない人を見下す人ほど卑しい、それぐらいですね。本を読む量が多いってのは、単に本が好きだと言うことを示すだけです。


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