転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
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ポゴ氏、ついに新譜!
ポゴレリチ(ポゴレリッチ)
/
2019年09月03日 09時42分38秒
前回の録音から二十年以上が過ぎ、その間、
「レコーディングは、アーティストの義務だと思っている」
と言い続けて十数年、この8月、ポゴ氏がついに新譜を発表した。
ファンとしては、もはや実現は困難なのではとさえ思った、
彼の新録音が、とうとう現実のものとなった。
これに先立ち、
ポゴ氏はレーベル移籍を発表していた
。
それまでのドイツ・グラモフォンから、米ソニー・クラシカルへ。
2016年11月にポゴ氏は一度、
新録音としてIdagioから
ベートーヴェンのソナタ22番と24番を配信したことがあり
、
当時は、「ネット配信の曲がたまったところでディスクにする」
という方針を公にしていたのだが、少なくともIdagioは、
その後、日本からアクセスできなくなってしまったので、
この件が今どうなっているのか、私にはわからない。
しかしCD発売というかたちになったことを、私自身は大変歓迎している。
Idagio等からデータのみが手に入ってもジャケットがないし、
演奏会の後でサイン会が催されても、ネット配信の曲が新譜では、
サインを書いて貰って手元に置くことができないからだ。
アナクロなのは承知しているが、CDという形態には
やはり今なお否定できぬ価値があるのだよ(^_^;。
何にしてもこれで21世紀初頭のイーヴォ・ポゴレリチの演奏が、
公式的な記録として残されることになった。
例えばグレン・グールドやディヌ・リパッティが誰であり、
どのような変遷を辿った芸術家であったかを、
私たちが今でも知ることができるのは、
彼らの残したレコードがあったからこそだ。
ポゴレリチも、今回の録音が成功していなければ、
20世紀で足跡の途絶えたピアニストになりかねないところだった。
彼の現在の演奏が、ディスクというかたちで無事に保存された、
そのことに、彼の長年のファンとして私は今、心から安堵している。
***************
今回のCDの曲目は、以下の通り。
ベートーヴェン
1. ピアノ・ソナタ 第22番 ヘ長調 作品54
2. ピアノ・ソナタ 第24番 嬰へ長調 作品78「テレーゼ」
(上記2曲は2016年9月ドイツ エルマウ城にて収録。Idagio配信分と同一録音)
ラフマニノフ
3. ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 作品36
(2018年6月オーストリア ライディング リスト・ホールにて収録)
発売中の『レコード芸術』9月号にインタビューが掲載されているのだが、
それによるとポゴレリチは、ソナタ全曲演奏などの企画を除けば、
ベートーヴェンの22番と24番がコンサートで演奏されるのを、
これまで聴いたことがない、と発言している。
なるほど、それはそうかもしれない。特に22番はそうだろう。
23番「熱情」ならこれ一曲でも弾かれるソナタと言えるが、
22番や24番は、そういうものとは位置づけが異なる。
私はベートーヴェンという作曲家が大変好きなので、
誰の演奏にせよベートーヴェンはこれまで最も多く聴いていて、
ポゴレリチが弾く前から24番「テレーゼ」は割と気に入っていたし、
余談だが「エロイカ変奏曲」など、自分の中では大ヒット人気曲だった(笑)。
しかし世間では、これらは決してメジャーな曲ではないし、
むしろ知名度が低い、ということを私は中年以降になって初めて知った。
それで行くと22番など、ソナタとして認識されていないレベルかもしれない。
2013年12月の来日公演でのポゴレリチはオール・ベートーヴェン・プログラムで、
演奏会そのものが彼の自分史の追体験として聞こえ、なかなかに興味深かった。
8番「悲愴」や作品129「失われた小銭への怒り」が先に弾かれたので
それらはポゴレリチの少年時代、ピアノを学んだ日々の曲として響き、
次いで22番は、ケジュラッゼ女史と出会い、スターダムにのし上がった彼の、
大空への飛翔、輝かしい世界ツアーの日々。
ここでプログラムの前半が終わり、後半の最初が23番「熱情」で、
このときにはもう彼は、道標であった女史を失った慟哭の中にあり、
最後の24番で深い追悼と閑かな追想を行い、メインプログラム終了、
……というふうに、その当時の私には感じられた。
そこで私が思ったのは、22番と23番はセットなのだな、ということだった。
22番は、力強く「上がる、昇る、羽ばたく」という音楽で、
23番は、絶望的に「下がる、墜ちる、沈む」という音楽だった。
しかし今回のCDには23番が入っていないので、
22番は曲として、完全に独立して弾かれた、という印象に変わった。
直感だが、2013年の来日公演のときのように「上昇」してはいなかった。
強いて言えば「若く活動的だった時代もあった」と、客観的に描写しているような。
24番「テレーゼ」もまた、前段を踏まえて聴くというかたちでないので、
単独の、きわめて透明な音楽として感じられた。
前述のレコ芸インタビューではポゴレリチは、
24番を「水槽で泳ぐ鯉」(←カープかっっっ!!)と表現している。
これらは、2013年以降のポゴレリチの解釈の変化というよりは、
状況により、どのように弾くかについてのアイディアが様々に採用される、
ということだろうと私は思っている。
一方、ラフマニノフのソナタ2番、これはベートーヴェン以上に、
過去、様々な来日公演の場で聴かせて貰った曲なのだが、
正直に言うと私は造形美以外のものを聞き取れた試しがない。
膨大な内容のある曲だとは感じるし、
曲の構成も使われているテクニックも、
ロマン派までのピアノ音楽の集大成の上に発展させたもの、とは思うのだが、
結局最後には私はいつも、大変即物的な音楽としてこの曲を聴いている。
こちらにラフマニノフを聴くだけの素養がないということだと思う。
バレエで、ジョージ・バランシンだったか誰かが、
自分の振り付けには意味などない・ただ「動き」があるだけ、
と言っていたと思うのだが、それに似たものを私はラフマニノフに感じる。
レコ芸での発言によるとポゴレリチは目下、
ラフマニノフの協奏曲第3番に取り組んでいるところだという。
彼の展開するものを聴きつつ、
私も私なりに、さらにラフマニノフを勉強して行きたいものだ。
録音された音楽は、ポゴレリチとしては演奏会とは異なり、
聞き手が、ホールとは違う広くない室内で、
反復的に聴くことを想定してつくりあげたものだ。
今後も繰り返し、大切に聴いていきたいと思っているし、
聞き続けることにより、新たな発見が次々とあるはずだ。
ポゴレリチであればこそ、そのように弾いているに違いないからだ。
彼の仕掛けた鍵をひとつひとつ見つけ、
秘密の扉を開いて行くような楽しみ方を
これから、して行きたいと思っている。
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