転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



ボイジャー1号、33年かけ太陽系の果てへ(読売新聞)
『【ワシントン=山田哲朗】米航空宇宙局(NASA)は13日、1977年に打ち上げた探査機「ボイジャー1号」が観測している太陽風の速度がゼロになったと発表した。』『太陽から吹き出す太陽風が届く範囲「太陽圏」の端に近づいていることを示しているという。』『同機は現在、太陽から約170億キロ・メートル離れた場所を秒速約17キロ・メートルで飛行中。あと4年で「へリオポーズ」と呼ばれる太陽圏の境界を脱出、太陽系外探査へ踏み出す見通しだ。』『やはり1977年に打ち上げられた「ボイジャー2号」はやや遅れて別の方向へ向かっている。両機には、地球外の知的生命体に遭遇することを考え、様々な音楽や言語を録音したレコードが搭載されている。』

ボイジャー1号2号からもたらされた情報によって、
若かった頃の私は、その都度、大いに心躍る思いをさせて貰った。
ボイジャー1号の木星通過が79年3月で、2号が79年7月、
木星にも薄い輪があったこと、衛星イオに活火山があったことなど、
驚くような発見が続き、NHKが大規模な特番を組んでいたことを覚えている。
私はそれを夢中になって観たものだった(当時はテレビ嫌いでなかった)。
この目で直接観ることの叶わない、外惑星の世界を
無人探査機が案内してくれることの素晴らしさに興奮した。

そのあと、両機は更に飛行を続け、
1号が80年11月、2号が81年8月にやはり土星探査を行い、
土星の輪の詳細画像など、印象的な新情報が多々送られてきたものだった。
QUEENのブライアン・メイ(天文学の博士号を持っている!)が
インタビューのとき外惑星の話題に熱中していたことなども、懐かしい思い出だ。

1号はこのあと外惑星探査の道筋からは外れたが、
2号は引き続き86年冬に天王星に接近した。
大学のとき私は一般教養で、背伸びして「天文学」を取っていたので、
このときはそれまで以上に興味を持って、ボイジャーに関する報道を追った。
思えば、私が高校に入ってから学業を終えるまでの7年間の間に、
ボイジャー計画の大半が進行したのだった。

ボイジャー2号が海王星に最接近した89年夏には、
私はちょうどワシントンDCを訪れ、航空宇宙博物館にも数回出かけたので、
博物館に設けられた大きなスクリーンに、毎日、
その日の海王星の画像が新しく表示されるのを、見ることができた。
調べてみると、ボイジャー2号の海王星通過は「1989年8月25日」だそうで、
私はまさにその当日前後にワシントンに居たのだった。

ボイジャーは、その飛行コースの都合上、冥王星の探査は断念したので、
どちらの機体も、海王星以後の惑星探査計画はなく、
今はただ、無言で遠く遠くへと、地球から遠ざかり続けているのみだ。
両機に与えられたのは、最初から、二度と地球に戻ることのない片道のみの任務だった。
打ち上げから33年後の今年、彼らはついに太陽圏の果てに到達しつつあるという。
あの当時、NASAにおける惑星探査の指導者だったカール・セーガン博士は、
残念ながら96年に亡くなったが、彼の知の結晶であったボイジャー達は、
人類の夢を託したゴールデン・レコードを積んで、今も遙かな旅を続けている。
ボイジャーのゴールデンレコード(ウィキペディア)

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ところで、77年にボイジャー1号2号が相次いで打ち上げられたのには理由があって、
それはこの時期から1980年代にかけて木星、土星、天王星、海王星が、
同じ方向に並ぶ現象が起こることがわかっていたからだった。
このときの配置は厳密には175年に一度の好条件だったそうで、
事実、これの御陰でボイジャー計画は大成功したのだ。
しかし一方、この貴重な『惑星直列』の現象にかこつけた、
「82年春に各惑星が一直線に並び、地球に天変地異がおこる」
という予言だか何だかが、大いに取り沙汰された時期があった。
一番騒いでいたのは、私が高校一年生のときだったのではないかと思うので
80年頃だった気がするのだが、とにかく惑星直列が人類滅亡の始まり、という話だった。

ボイジャー計画は全うされたが、天変地異のほうは、どうなったんだっけ??
とりあえず2010年の今に至るも、私が天変地異で死んでいないところを見ると、
82年の惑星直列では、宇宙規模の災害は起こらなかったと言うしかないだろう。
1524年に惑星直列のために地球が滅亡するという説が
既に15世紀の終わり頃にはあったそうで、
それを唱えた人たちや、聞いて踊った人たちの世代は
恐らく皆、各自の寿命で死んだだろうと思われるのに、
子孫である私たちは、性懲りもなく同じようなことで盛り上がっていたわけだ。

近いところでは2000年5月5日に太陽系の惑星が一直線上に並び、
その影響で極地の氷が溶けて赤道方向へ大量に流れ出し、地球上の生命を絶滅させる、
という予言が96年に出ていたそうだ。
予言が出た当時の私は、育児で忙し過ぎて、そもそも予言の存在自体に気がつかず、
2000年5月というと宙組の姿月あさとの退団公演で、生命滅亡どころではなかった(爆)。
今度は2012年の終わりに『銀河直列(galactic alignment)』が起こり、
人類が滅亡する予定になっているそうだ。
日本や広島がどうかなるという話なら、自分たちが助かるのかどうか真面目に心配だが、
人類滅亡ならもう、話の規模が大きすぎるので、むしろ完璧オッケーというか(笑)。
そういうときは、間違いなく、生き残ってしまったほうが地獄を見るだろう。
マヤの終末論というのも、コレだな。
今は一応、覚えといたろか。再来年まで忘れへん保証は、ようせんけど。

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