転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



昨日、松竹座で観た『十二夜』は、実に面白かった。
役者さんのこと、演出のこと、音楽のこと、原作のこと、
観ながら感じるところや思い出すところが多々あり、
長さを感じることなく、たっぷりと楽しませて貰った。
純然たる古典を扱った歌舞伎でないのに、
ここまで引きこまれて観ることになろうとは、
観劇前には全く予想していなかった。

鏡を全面に使った舞台は実に幻想的だった。
ある意味、幕が開いて最初の場面が、
この芝居の最大の見どころのひとつではないだろうか。
『最初の一発目が見逃せない』
という芝居は、歌舞伎にはあまり無いように思うのだが(苦笑)。
そして、チェンバロとコーラスと和楽器を使った音楽が
また、実によく似合っていて不思議だった。

鏡も照明も音楽も、そうやって本来の歌舞伎とは違っていたのに、
俳優の演技は歌舞伎という本筋から少しも離れていなかったし、
演出面では意外なところで、実に歌舞伎らしい約束事を観ることも出来た。
全く歌舞伎らしくなく始まりながら、歌舞伎そのものの世界を展開する、
そのあたりが、この舞台の妖しい魅力になっていたと思う。

例えば、主膳之助(尾上菊之助。琵琶姫との二役)の衣装は、
『本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)』の
武田勝頼と同じ配色になっているのだが、それは、
勝頼が身分を偽って「簑作」と名乗っていた、
という設定を、この場の主膳之助の立場と重ね合わせ、
連想の効果を狙ったもののようだった
(主膳之助もまた、身を守るために、斯波家の嫡男という身分を隠し、
「五郎太」と名乗って暮らしていたので)。
そして織笛姫(中村時蔵)の扮装も、まさに八重垣姫そっくりで、
この衣装の組み合わせにより、ふたりの恋が暗示されていたように思われた。

『本朝廿四孝』勝頼と八重垣姫(歌舞伎事典)
NINAGAWA十二夜の主膳之助(歌舞伎美人)

尤も、ロンドン公演の観客に「十種香」が前提として要求される、
などというのはあり得ないのだから、意識しないならしないで、
全く問題にならない、隠し味のようなものだったのだろう。
歌舞伎としての、首尾一貫したムードが根底に醸し出されれば、
それだけで、こうした衣装の仕掛けは充分効果があったと思う。

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私としては、やはり尾上菊五郎が出るから観に行った、
という面が大きく、音羽屋の二役は期待以上の出来映えで、
とても満足できたのだが、特に捨助のほうが私には面白かった。
周囲にピタリと合わせた台詞の巧さが、
今の菊五郎本人に備わっている大きな余裕と相まって、
まさにシェイクスピアの描く「知性の頂点」たる「道化」に
面白いほど当てはまっていたと思う。

一方、丸尾坊太夫は、音羽屋だから出来た役だったとは思うのだが、
現代日本にいる私の目から見ると、どうしても、
「ここまで虐められないといけないような悪人ではないのにな」
と、(演技ではなく)設定の面で、内心困惑してしまうところがあった。
確かに坊太夫は、常日頃から自分の教養をひけらかし、
自分中心の価値観を持ち、他を見下すという愚かな男ではあった。
だから、こういう威張り返ったヤツには一泡吹かせてやりたいものだ、
と周囲が考えるのも、わかることはわかるのだが、
かと言って、皆がよってたかって彼を陥れ、騙された姿をあざ笑い、
文字通り踏んだり蹴ったりの目に遭わせるほどの根拠までは、
どうも、無いように思ったのだ。

これはひとえに原作の設定に従ったものだっただろうと思う。
シェイクスピアは、ロンドンの知識階級のことが嫌いだった。
とりわけ、酒も煙草も娯楽も否定する清教徒たちについては、
ことのほか鼻持ちならないと考えていた(と私は、昔、習った)。
『十二夜』原作の執事マルヴォーリオは、まさにそうした男で、
その彼が、清教徒らしい態度ゆえに人々から嘲笑われる様を描くことは、
シェイクスピアとしては「溜飲の下がる」思いだったようなのだ。
それはちょうど、『ヴェニスの商人』のシャイロックが、
ユダヤ人だというだけで、最初から悪役扱いだったことと同じように。

そのあたりを踏まえれば、今回の坊太夫の役回りも納得できるのだが、
単に現代劇寄りの芝居感覚で観ると、坊太夫本人は別に、
誰かを陥れるとか破滅させるというほどの悪人でもなかったし、
宗教的な壁やイデオロギーの違いなどの心理的背景もなかったのに、
麻阿(亀治郎)や洞陰(左團次)らの彼に対するやり口は、
実に用意周到なうえ、大勢で殴るという暴力沙汰まで伴ったもので、
日頃の仕返しにしても、ちょっと行き過ぎに見えてしまった。

しかし、それはそれとして、今回の二役は、音羽屋が務めたことにより、
『阿呆を自称する捨助が、実は「自由」であり「賢者」の象徴』、
『教養人と自負する坊太夫が、実は「不自由」であり「愚者」の象徴』、
という面白さが、見事な対比となって存分に表現されていたわけで、
やはり今の音羽屋ならではの名舞台だったと思っている。

ほかの役者さんについては、この後、改めまして。

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