転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
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小公女
雑日記
/
2008年02月21日 22時53分31秒
娘が読んでいたので、私も今更ではあったが、初めて、
『小公女』
(バーネット 伊藤整(訳))を通して読んでみた。
子供向けに編集された『小公女』は昔から知っていたが、
原作の完訳を読んだことは今まで一度もなかったのだ。
読んで、ちょっと意外に思った。
これまで、少女向けの童話としての『小公女』しか知らなかったので、
私は「逆境にあっても誇りを失わなかった、心の綺麗な女の子」
の話だという程度にしか思っていなかった。
セーラは、賢く純粋で、しかも強く、誇り高いヒロインであり、
一方、ミンチン先生や女学校の友人たちの多くは、
欲深だったり狭量だったり見栄っ張りだったりする、
愚かな悪役として、私は記憶していた。
それが、原作を読んでみたら、必ずしもそうではなかったのだ。
もちろん、原作のセーラを、私は心根の悪い子だとは毛頭思わない。
7歳のときの彼女の描写を見ても、彼女が優れた資質を生まれ持ち、
まっすぐに筋の通った少女であることは、間違いないと思う。
だが、彼女はそれ以上に、個性的な子供だった。
ユニーク過ぎて、ちょっとこれはついていけない、
と思う人がいても不思議はない、と私は感じた。
例えば、友人の中に、アーメンガードという、素直で気だては良いが、
かなり勉強の苦手な女の子がいて、彼女に向かってセーラは、
『あなたにできないことは、それはどうしたってできないことなのよ。
そして、わたしにそれができるというのだって――それは
わたしには偶然それができるという、もうきまったことなんだもの』
などと、物凄いことを平気で言うのだ。
「アーメンガードの成績が悪いのは彼女がさぼっているからではないので、
彼女が悪いのでは決してない」、という意味合いだから
友人をかばっているには違いないが、その実セーラは、
「生まれつき頭の悪い者には努力の有無は無関係、
その点ワタシは賢く生まれついているから勉強ができるのよ」、
とも言っているわけで、なんとも容赦のない台詞だ。
また、この本で描かれるミンチン先生は俗物の代表ではあるのだが、
彼女がセーラを不快に思う理由も、今回、私にはそれなりに理解できた。
例えば、仕事中にセーラが、ひとりで思い出し笑いをしていて、
それを叱ったところ、彼女は『考え事をしていた』と返答したうえで、
『もしわたしが公女さまだったら』
『もしわたしがなんでも思い通りにできるのだったら』、
公女さまに対して、先生はそんな口の利き方をなさらなかっただろう、
先生は、ご自分のなさっていることが、わかっていらっしゃいません、
等々と、先生に向かって言うのだ。
セーラの指摘は、正しくはあると思う。
ミンチン先生は、セーラのことを文無しの孤児だと思っているからこそ、
居丈高に振る舞い、自分のストレス解消のために体罰を与えるのであって、
もしセーラが大富豪の娘のままであったなら、
先生は何があっても愛想笑いを浮かべ、媚びへつらっていたに違いない。
先生は教育者でありながら、セーラ本人を見てはおらず、
彼女の持っている財産次第で、どうにでも態度を変える程度の人間なのだ。
だが、それでも、11歳の子供が、大人の叱責を全く意に介さず、唐突に、
『もしわたしが公女さまだったら』
などと語り出したら、やはり相当に気味が悪いのではあるまいか。
どんなに空腹でも、ひとり勝ち誇ったような表情をして空想をし、
時に堂々と反撃して来るセーラを、ミンチン先生が嫌悪した気持ちは、
私には充分に想像できる。
こうして見ると、原作の『小公女』は、
「鮮やかな自己主張をすることは、良いことだ」
とする、英語的な感覚を基盤にして書かれていると思う。
英語国民は、往々にして、黙っていることを美徳とは考えず、
自分が誰であり、何を考えているかについて、
明瞭な言葉で表現することを、ひとつの能力の証しととらえる
(と私の見聞の範囲では思われる)。
利発なセーラは、言葉を選びながらではあるが、
人間が生まれながらに能力差のあるものであることを、
友人のアーメンガードに向かってハッキリと告げているし、
また、俗物のミンチン先生を憎むことは決してしないが、
彼女がいかに愚かな女であるかを見逃さず、
それを面と向かって言葉にすることにも躊躇しないのだ。
しかし、このヒロイン像は、日本的な感覚では支持されないと思う。
日本では、「わたしが、わたしが」と前へ出て語るよりも、
無言で耐えることのほうが、健気であるとして好まれるし、
辛辣な口をきくことは、多くの場合、慎みのない態度として嫌われる。
日本国内で『小公女』の完訳版がさほど子供達に浸透していないのも、
ダイジェスト版で、日本的に和らげられた口数の少ないセーラ像のほうが、
日本人の共感を得やすかったからではないだろうか。
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