転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



(YouTube関連リンクは音が出ます。ご注意下さい)

ポゴレリチblogのほうでも紹介したYouTubeだが、
日々、貴重な映像や面白い録画等がUPされていて、興味が尽きない。
自分にとっての「お気に入り」や「掘り出し物」を、
どこかに集めておきたいと以前から思っていたので、
きょうはここに、それらを私の思い出とともに記してみたいと思う。

大変、自己中心的かつ独りよがりな記録ですが、
もしも、同じ時代を共有して下さっている方、新しく興味を持たれた方、
いらっしゃいましたらとても嬉しいです。
よろしければご一緒に、『夜の散歩をしないかね(YouTube)』。

*******************

RCサクセション:ヒッピーに捧ぐ(YouTube)

今から20年前、日比谷野外音楽堂でのRCサクセション・ライブの映像で、
若い若い清志郎の歌だが、実はこの場に、若かりし頃の私も、いた。
というか当時の私は夏の野音、冬の武道館は皆勤だったのだ。
この映像は画面に89年と出ているが、86年の誤りだと思う。
私が卒業論文をやっていた記憶があるので、間違いない(爆)。

86年以降の野音はいつも真夏だったから、開始時にまだ外は明るく、
ライブの白熱とともに日が暮れて来たものだった。
師走の武道館に行くとき、凍り付く空気の中を、
九段下から田安門へと大勢のファンがなだれこむ光景も良かったが、
夏の野音で、照りつけるような日差しの残る夕暮れ時、
開演を待って更に熱くなる瞬間も、私は大好きだった。
全盛期のRCサクセションを観ながら、私はよく、
いつか彼らの最後のライブになったら、やっぱり我々は、
『トランジスタ・ラジオ』を、多分泣きながら大合唱するのかな、
などと、脈絡もなく想像したりした。そんな日はいまだに来ていないけど。

ライブは勿論、最初から最後まで二時間スタンディングだったのだが、
若かった私は、わかっていながら見た目重視で(←誰も見とらんのだが)、
この日、暑いのに着飾って、つけられるだけのものをつけた満艦飾状態で、
しかも高さ6センチのサンダルを履いて行った。・・・死にました(爆)。
終わって、日比谷公園の噴水の前で、最大限まで脱いで、
アクセサリー類を全部外し、サンダルも蹴っ飛ばして素足になり、
友人たちとアクエリアス一気飲みしたときには(ビールぢゃないのよ)、
「五臓六腑に染み渡る~(T.T)」と思いましたね。

それにしても、RCサクセション時代の清志郎は、
ステージでは滅多に笑顔を見せなかったし、客に頭も下げなかった。
それでいて、客を拒否するどころが包み込む魅力が彼にはあった。
当時から、独特のバランス感覚を発揮していた人だった。
現在の、年輪を重ねた清志郎を私はこよなく愛しているが、
それとは別に、若い頃にRCサクセションのヴォーカリストとして
ライブの帝王だった清志郎も、こうして見るとやっぱり格好良かった、
と改めて、この映像を眺めて溜息が出た。←ファン馬鹿


ヒカシュー:プヨプヨ(YouTube)

1980年、夜中にNHKの「ジャムジャム80」を観ていて、
偶然に知ったのが、このヒカシューというバンドだった。
当時はテクノポップとして分類されていた記憶があるのだが、
私はそんなことより、このヴォーカリストの巻上公一に
あまりにも強く魅せられてしまった。
いまでも、私は彼のことを深く尊敬しているのだが、
「人間の声」で自在にエンターテインメントの可能性を探る独自の活動を、
これだけ濃く展開している人はほかに居ないと思う。

バンド以外の分野でも、この人の活躍は実に多岐に渡っていて、
私は彼を、単にミュージシャンと定義することはできないと思っている。
例えば、巻上氏は「超歌唱家」であり「日本トゥバホーメイ協会代表」であり、
「日本口琴協会会員 」であり、「操体法」インストラクターであり、
更に、中国武術花架拳を燕飛霞老師に学んでいるという武道家でもある。
この人は喋ってもソツなく可笑しいし、役者としても味があって面白い。
多才とは巻上公一のためにある言葉ではないかと、私は思うのだ。


The Blue Hearts:リンダ・リンダ(YouTube)
The Blue Hearts:Train-Train(YouTube)

80年代後半から90年代初頭にかけて、私のアイドルは甲本ヒロトだった。
もし息子が生まれたら、名前は「ヒロト」にしよう、
と真面目に思っていたくらいだった。

当時、ライブでのヒロトには何かが憑いていたと思う。
例えば清志郎が、どんな奇抜なパフォーマンスをしても、
限りなく醒めた目で客を眺めているように見えたのに較べて、
ヒロトは爆発的な何かに憑依され、乗っ取られているかのようだった。
そして、その深いトランス状態によって、彼はファンをも狂わせた。
私にとって、ブルハのライブのシンドさは五指に入るものだった。

そういえば一部の媒体はブルハを「パンク」と分類していたが、
一般的にそのように思われているのだろうか?
私の思うパンクというのはシド・ヴィシャス(YouTube)にほかならないのだが、
日本のパンクとして私が納得できるものと言ったら、
私の狭い見聞の範囲では今のところ
遠藤ミチロウ(YouTube)くらいしか思いつかない。
徹底して破壊的な要素を持つ、限られた異常な音楽、否、
音楽以前のムーヴメントこそが、パンクだと私は思っている。
ブルハはその点、ヒロトがしょっちゅう服を脱いでいたことを除けば(爆)、
パンクではなく見事にロックの王道を行ったバンドだったと思うのだけれど。

*******************

こんな調子で語っていたら夜が明ける、ということがわかった(^_^;)。
ともかく、YouTubeは本当に宝の山だ。上記以外にも、
中川勝彦(YouTube)(しょこたん・中川翔子のお父様だ)とか、
Bo Gumbos(YouTube)とか、YAPOOS(YouTube)とか、
The Street Sliders(YouTube)とか、
懐かしいものがたくさん見つかって、とても楽しませて貰った。
ひとつ、ちょっと意外なことに、ヒルビリーバップスが見当たらなかった。
宮城宗典の歌う姿を、もう一度観たかったのだが、
メジャーになって以降の活動期間が短か過ぎたせいか、
今のところ、YouTubeと言えどもそのような映像は無いようだ。残念。

以上、飽くまで懐かしい宝物のごく一部について書いてみました。
「それ、知ってる!」というものがおありの方、
「私もファンでした」という思い出をお持ちの方、
よろしければメール下さいませ。昔話を致しましょう。

Trackback ( 0 )




忌野清志郎が準主役級の役で出演していたので、
「雨やどりの恋 ~うさぎと亀より~」を録画したうえで、じっくり観た。
テレビドラマというものをマトモに観たのは、かなり久しぶりだった。
以下、敢えてファンモードな感想のみ記しておきます(^^ゞ。

ほとんどのファンの方が同意して下さると思うのだが、
清志郎は歌っているときとその他のときとでは、まるで別人だ。
ライブで、ステージの真ん中に君臨しているときの清志郎は、
BOSSでありKINGでありGODであり、圧倒的なオーラで観客を掌握し、
どれほど広い空間だろうと完全に意のままにしてしまう。
清志郎の強烈な声は、武道館の南スタンドのてっぺんの席にさえも、
歌詞のひとつひとつを鮮明に徹底させるほどの力を持っている。

なのに、舞台を降りた清志郎は、そんなこと嘘だったかのように、
ファンを相手にしていてさえも、おどおどした目をして、
恥ずかしそうに笑う、大人しいオジさんに変貌してしまう。
それは、彼が余技のようにして時々出演する、芝居の場でも同じだ。
役名があって、現実の彼とは完全に違う設定の芝居に出ているのに、
口調も態度も、インタビューを受けてモジモジしているときと同じだし、
映画にも舞台にもテレビドラマにも出演経験があるのに、
ボー読み台詞は昔からちっとも変わっていない。

つまり、清志郎は演技などしていないのだ。
この人が「キヨシちゃん」以外のものになったところなど、
考えてみたら、私はこれまで一度も観たことがない。
このドラマの「平田紀彦」も、まさにその、
歌っていないときの、パワーオフになった清志郎そのものだった。
『千代さんだって、可愛いじゃないですか』
『千代さーん。明日、江ノ島行こうよ、江ノ島』
『千代さんとなら、新しい思い出がつくれるかなと思って』
あの口調で、こんなこと言われたら、
そりゃあ、千代(市原悦子)が平田に惹かれるのも無理ないな、
とファンなら誰だって思っただろう(^^ゞ。

ゆえに、里沙子(羽田美智子)と抱き合うシーンは本当にドキドキした。
特に、自分の着ていたジャケットを彼女の頭から被せてキスする場面は、
たまらなく格好良かった。
日頃が不器用な平田だけに、ああいうストレートな求愛は切なかった。
里沙子は、社会的にも人格的にも理想に近い夫(宮川一朗太)がありながら、
職もなく借金取りに追われるだけの平田と離れられない。
『理屈じゃないんです。平田さんを、愛しているんです。
平田さんと、いつも、一緒にいたいんです』
と言う里沙子に、こっちはそもそも清志郎ファンだから、
『そうだ、わかるぞ、里沙子!そーなんだ、どんなにアカンタレでも、
ワケわかんなくても、キヨシがイイんだよっっ~~!!!』
と本筋以上に、やたらと感情移入してしまった。

というわけで、恐らく、多くの清志郎ファンは、
『雨やどりの恋』を観て、二時間弱で、グッタリ疲弊したことと思う。
それくらい、ファンモードという観点からは吸引力の強いドラマだったし、
清志郎の存在感は、相変わらず、独特で強烈なものがあった。
そしてもうひとつ、この時期だからこそ、ファンとして心配だったのは、
やはり清志郎の声のことで、それは今まで聞き慣れた彼の声とは、
どう聞いても、違っているように思われた。

ドラマの収録時には既に喉の痛みを自覚していたそうで、
撮影期間中に、清志郎は喉頭癌の宣告を受けていたとのことだ。
『撮影は6月20日に始まり、8日に終了したが、体の不調は誰にも告げず、
「すごく楽しい仕事をさせていただきました。放送が楽しみです。
ありがとうございました」と話していたという』。
忌野清志郎が喉頭がん、12日に入院(日刊スポーツ 07月14日)

18日には清志郎本人も放映を観ることができただろうか。
改めて、最善の治療と順調な回復を祈らずにいられない。
そして、急がなくていいから、やがて体調が万全になったとき、
今度こそ、日比谷の野音に帰ってきて、また、
BOSSでありKINGでありGODである清志郎の歌を聴かせて欲しい。
熱い熱い野音ベイベーたちが全国から集結し、
入りきれない人たちは、外に立ちつくし蚊にさされながら
それでもきっと、聞こえて来る清志郎の声と一緒に歌うだろう。

待ってます!Gatta、清志郎!!

Trackback ( 0 )