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毎日、泣いて笑って喜んで哀しんでる、かなりラテンの血の濃い、そんな宮武嶺のエブリワンブログです!

「天は人の上に人をつくらず 人の下に人をつくらず」 令和狂詩曲に物申す

2019年05月01日 | 日本国憲法の先進性

東京新宿でのカウントダウン。いったい、何への秒読みだったのだろう。

 

 

 本日、2019年5月1日午前零時に元号が平成から令和に変わったということで、日本国中がお祭り騒ぎだったらしく、わたくしのところまで

「令和おめでとうございます!」

だの

「令和、がんばろう!」

的なメッセージが来て、わしを誰だか知らんのか、と(笑)。 

雨の中、ほんとによく行くよ。

 

 

 テレビをつける気にもなりませんが、まあそれはそれは、昨日から今日にかけてどれだけ改元記念番組が垂れ流されているかと思うとぞっとします。

 なにしろ、昨日が平成最後の日だということで、全国紙で一面に明仁天皇夫妻の写真が載らなかった新聞は朝日だけだったそうです。今日は共産党の志位委員長さえ、元号が令和になった祝辞も発表していました(あれ?今回天皇になった皇太子の名前が思い出せない。。。ここまで関心がなかったとは)。

 もちろん、人間として明仁さんが立派だったという人を結構見かけますが、しかし、個人がどういう資質を持っているかということと、天皇制がどんなに民主主義社会にとって危険な存在かということはまるで無関係な話です。

 日本国憲法の三大原理は、国民主権・基本的人権の尊重・平和主義なわけですが、天皇制はどの原理とも矛盾する緊張関係を持った制度です。

 まず、もちろん戦前は天皇主権だったのですから、いまだに天皇が憲法上特別扱いされていることは国民主権原理に反しかねません。象徴天皇制という妥協の産物にしたのだから日本は国民主権なんだと説明されていますが、国民全員が真っ平で一人一人が主権者だということと、天皇という個人というか立場が国の象徴だの統合の象徴だのとされていること自体が、フラットな国民主権とはいいがたい状態です。

この一か月でどれだけ令和って商品が出たことやら。

 

 

 同じように、基本的人権の中でも平等権、法の下の平等はもっとも基本的な要素ですが、天皇や皇室だけが特別扱いされている現状は、人間誰もが個人の尊厳を持ち、生まれながらにして最高の価値を持つがゆえに平等なのだという近代立憲主義の思想と真っ向から対立します。

 そして、平和主義について言えば、日清・日露戦争や第二次大戦という侵略戦争や、朝鮮半島などに対する植民地支配の時に、神の子孫であり神そのものであり絶対にして不可侵な天皇がアジア全域を支配するのが当然であるということがまさに錦の御旗にされたわけですから、一人の個人を崇拝する思想がいかに平和を脅かす存在であることは火を見るより明らかです。

 これらの懸念は過去のものではなく、安倍政権の新元号制定政治利用などに見られるように、常に日本の民主主義を揺るがす可能性があるのが天皇制です。

 もう一度言いますが、天皇だとか、皇室だとか、国民と区別される存在があること自体が平和と人権を確保していくうえで障害となっているのです。

時代の波に乗り遅れまい?実は飲み込まれたい願望が強い気がする。

大日本帝国憲法が制定される前の自由民権運動の有名な指導者だった福沢諭吉が「学問のすゝめ」に書いたのが今回のブログ記事の表題の言葉ですが、「脱亜論」を書いた福沢自身は「天」のことを天皇と意識していて、天皇は別扱いにしていたような気がします。

しかし、言葉自体は非常にいい。文字通りの意味で語り継がれて欲しいものです。

 

 

 2019年、新元号制定。2020年、東京オリンピック。

 実体経済が苦しいからこそお祭り気分でごまかそうとする政府。

 5月1日、メーデーという普通の労働者のための日が祝日にもならずここまで来て、そこに改元をぶつけて今年だけ祝日になったのは偶然ではなく、実質賃金の統計もごまかす安倍首相の労働者に対する悪意の表れだと思います。

 かつて、60年安保で自分のおじいさんを包囲したデモ隊への嫌悪が、この日に改元をぶつけた真の動機なのです。

 先代の天皇も今回の天皇も時の政権に利用されているのです。彼らの人格がいいか悪いかなど本質的な問題では全くありません。

 天皇が特別扱いされ、人単位で時代が、時が区切られる制度が根本的におかしいのです。

 

 

日本共産党まで物申せない天皇制なんだから、こんな意見、テレビや新聞で見たり聞いたりできるわけがありません。

しかし、誰一人異論を表立って唱えられない世の中は真っ暗じゃあござんせんか。

我が子が、少数になるのを恐れずよく書いたと、いつか誇りに思ってくれるように、との願いを込めて書きました。

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「令和」カウントダウン 各地で新しい時代祝う

東京 渋谷のスクランブル交差点では、元号が令和に変わる瞬間に行き交う多くの人が足を止め、午前0時を迎えました。

渋谷駅前のスクランブル交差点付近は、午後11時半を過ぎると、通行人が一気に増え始め、傘を差す人たちで埋めつくされました。

警戒にあたる警察は、通行人に立ち止まらないよう声をかけ、交差点の横断歩道をななめに横断できないように柵などで規制しました。

そして、日付が変わる時間が近づくと、それまで歩いていた人たちも足を止めてカウントダウンが始まり、午前0時を迎えると、「令和」などと大きな歓声があがり、新たな時代の幕開けを祝っていました。

23歳の会社員の女性は「ことし社会人になったので、『令和』の時代を引っ張っていけるような人になれるよう、仕事を頑張っていきたい」と話していました。

また、22歳の女子大学生は「平成生まれなので、『平成』が終わってしまうのは少しさみしいですが、『令和』の時代は、いろいろなことにチャレンジして成長していきたい」と話していました。

渋谷のクラブ「ハッピー令和!」

渋谷のクラブ「ハッピー令和!」
音楽やダンスを楽しむ東京 渋谷のクラブでは、改元の瞬間を祝おうと、大勢の若者たちが集まり、カウントダウンをして、元号が「令和」となった新しい時代を迎えました。

大勢の若者たちで埋め尽くされた会場では、午前0時前になると、大型スクリーンに数字が映し出され、集まった人たちは大きな声でカウントダウンを始めました。

そして「ハッピー令和」という掛け声とともに、改元の瞬間を迎えると、大きな歓声をあげながら、飛び跳ねたり写真を撮ったりして新しい時代の幕開けを祝っていました。

新宿の大型ビジョンでは

新宿の大型ビジョンでは
東京 新宿の大型ビジョンには、元号が令和にかわる午前0時までのカウントダウンが映し出され、小雨が降る中、大勢の人が集まりました。

大型ビジョンには、午後11時50分から、「Jリーグ開幕」や「日本人のノーベル賞受賞」などの平成の出来事が次々と映し出されていきました。

そして、平成の終わりまで残り10秒になると1秒ごとのカウントダウンが画面に表れ、集まった人たちは声に出して一緒にカウントダウンを始めます。

午前0時、元号が令和にかわった瞬間には、歓声をあげたり写真を撮ったりしながら、時代が変わる瞬間をともに祝っていました。

20代の女性は「平成と令和という2つの時代を経験できてうれしいです。令和の時代はハッピーに生きていきたいです」と話していました。

また、20代の男性は「平成生まれとしては元号がかわってしまうのは少しさみしいですが、令和を迎えて気持ちを新たにがんばっていきたいです」と話していました。

皇居前でも

皇居前でも
皇居前には雨が降る中、午後11時半を過ぎたころから、傘を差しながら多くの人たちが集まり始めました。

集まった人たちは、カウントダウンをして、元号が令和に変わる午前0時を迎え、「おめでとう」などと言って新たな時代の幕開けを祝っていました。

大阪府寝屋川市から来た50代女性は「節目の時を皇居前で迎えたかったので来ました。平成もよい時代でしたが令和の時代もよい時代になってほしい」と話していました。

12歳の息子と一緒に都内から来た40代の母親は「令和の時代の天皇は、グローバルな感覚で国民を引っ張っていってくださるのではないかと期待します」と話していました。

大阪 道頓堀でも

大阪の繁華街 ミナミの道頓堀では、午前0時に「令和」を迎えるのにあわせて大勢の観光客や若者が集まり、新たな時代の幕開けを祝いました。

道頓堀の戎橋周辺では、若者や外国人観光客など大勢の人たちが集まり、日付が変わる10分ほど前には身動きがとれないほどの混雑となりました。

そして、午前0時を迎えると大きな歓声が上がり、集まった人たちは「平成ありがとう」、「令和最高」などと叫んだり、スマートフォンで写真を撮ったりしていました。

鹿児島県から来たという会社員の男性は、「大勢の人とともに令和の訪れを分かち合いたくて来ました。平成は平和な時代だったので、それが続いてほしいです」と話していました。

「令和」の文字がプリントされたTシャツを着た男性は「新たな時代の訪れの瞬間にみんなで盛り上がることができて幸せです。期待と不安の両方の気持ちがありますが、幸せな時代になることを願うばかりです」と話していました。

また、イタリアから来た観光客は、「日本の人たちが新しい時代を迎え、すばらしいと思います」と話していました。

福岡 中州の屋台でも

福岡 中州の屋台でも
福岡の観光名所、中州の屋台でも、日付が変わる10秒前から店員の掛け声に合わせてカウントダウンが行われました。

令和を迎えた瞬間には、隣り合わせた客どうしが新しい元号を祝うように乾杯を繰り返していました。

関西から訪れていた60代男性は「平成は戦争のないすばらしい時代だったので、平成以上によい時代になってほしい」と話していました。

また、京都から来ていた50代女性は「平成は災害が多く、私も災害にあいました。令和は平穏な時代になるように祈っています」と話していました。

岐阜 郡上では「徹夜おどり」

およそ400年前から伝わる盆踊り、「郡上おどり」で知られる岐阜県郡上市で、令和への改元にあわせて「徹夜おどり」が行われ、踊り手たちが新たな時代の始まりを祝いました。

およそ400年前から伝わる盆踊り、「郡上おどり」は、国の重要無形民俗文化財に指定されていて、毎年、お盆の時期には、岐阜県郡上市八幡町で朝まで踊り明かす「徹夜おどり」が行われます。

改元を前にした30日夜8時からは、市の中心部で「徹夜おどり」が行われ、およそ1万5000人が会場につめかけました。

元号が平成から令和へと変わる午前0時の前には、踊り手たちはカウントダウンを行い、令和を迎えると会場の近くで、花火が打ち上げられました。

そして、郡上おどりの代表的なお囃子として知られる「まつさか」の歌詞を、令和の引用となった万葉集の序文の一部へとかえた歌が特別に披露されると、踊り手たちはリズムにあわせてげたの音を鳴らし、新たな時代の始まりを祝いました。

愛知県から訪れた20代の女性は、「踊って新元号を迎えるというのはめったにない経験です。令和は平和に楽しく過ごせたらいいです」と話していました。

岐阜県美濃加茂市から訪れた50代の男性は、「新しい時代も楽しく踊れる時代であってほしいです」と話していました。
 
 
 

共産・志位委員長「即位に祝意」

共産党の志位和夫委員長(春名中撮影)共産党志位和夫委員長(春名中撮影)

 共産党の志位和夫委員長は、1日に天皇陛下が即位されたことにあたり「新天皇の即位に祝意を表します。象徴天皇として、新天皇が日本国憲法の精神を尊重し擁護することを期待します」との談話を発表した。
 昭和天皇が崩御され、上皇さまが即位された翌日の平成元年1月8日付の共産党の機関紙「赤旗」は「人権抑圧と侵略戦争を推進 天皇が死去」との見出しの記事を掲載し、ご即位への祝辞はなかった。

 


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コメント (16)   この記事についてブログを書く
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16 コメント

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日本共産党も (時々拝見)
2019-05-01 10:10:43
 日本国憲法をまもるという以上、憲法に定められた象徴天皇の存在を認めざるを得ない+国会等での議席数確保等を考えた現実路線というところでしょうか?
 たしかに「国民の皆さんとともに日本国憲法を守り」から「沖縄」まで、バイコクーヨ・ボーコクーヨ・コクゾクーヨ・ギャクゾクーヨの皆さんにとっては面白くないミコトノリがいっぱいでした。喜んでばかりはいられず、天皇によって民主主義と自由が守られるのは、危機的状況と思って、考えておくべき、と思います。名君によって民主主義が守られるなら、(暴君を待つまでもなく)奸臣によって破られる可能性もあるからです。
gooブログからツイッターのまとめ投稿サービスがなくなったそうです (raymiyatake)
2019-05-01 10:55:26
これまで新規の記事を書かなくても毎日ツイボットが登録したつぶやきをつぶやいてくれ、それをgooが毎朝まとめ投稿してくれていたのですが、一週間前にそのサービスがなくなっていました。

コメンテーターの皆様にはコメントする場所が減ってしまって大変申し訳ないのですが、今問い合わせて分かりました。

今後はできるだけ更新しますので、最新の記事に、記事に直接関係ないコメントもしてくださいませm(__)m
新しい時代を築こう (「アベの脱税疑惑」改め「詐欺師 安倍晋三」)
2019-05-01 20:25:13
令和になったと騒ぐ世間。
新しい時代になったというが、本当に新しい時代になったのか。
平成の悪政が続く今、新しい時代にしたいならば、悪政を一掃しなければいけない。
それができるのは私たちであり貴方たちだ。

低所得者への税負担の強制をやめさせよう。
低賃金労働を一掃しよう。
貧富の差を拡大する、あらゆるシステムを一掃しよう。
外国からの支配を跳ね返そう。
自由に生きる権利を奪い返そう。

新しい政治を創る力を生み出すぞ!!
Unknown (諦めぬ理屈屋)
2019-05-01 22:29:59
以前私が天皇制の話で記したこともある『天は人の上に・・』をタイトルに使われていたので、コメントします。

私はあの時もこの福澤の言葉を使いつつ、天皇制なんて民主主義にそぐわないので廃止すべきだと述べた流れで、天皇制に関するところを削除ってことで私もその点では改憲論者だなあんてコメントなんかしちゃってるはずだ(笑)。
でも改めて考えると日本国憲法から天皇制にまつわるものを削除したら必ずや天皇の一族郎党(郎党でも有り難がるのがこの国のだいたいの世論なんじゃないか?)を押し立ててるなりして
ワルサをやりはじめる奴らが出てくるだろう。
そんなことを考えると、今でさえ『たかだか漢字二文字如きで❗』
このザマなのだからいわんや憲法なる縛りがなくなればどんなことになるか想像に難くない(笑)。
そんな点でも改めて私はやっぱり『護憲』だと言いたい(笑)。


国には歩みがあり、その歩みの中で現行憲法が制定された。
天皇ヒロヒトの一切の罪・責任の免除と引き換え、そして統治政策の円滑さに実質的には始まっていたと言っても差しつかえもない東西冷戦などの駆け引きが絡み象徴天皇制という『落とし所』と相成ったことを思い起こせば、ある意味このやり方はギリギリの縛りなのじゃないかってね。
てめえらの命や財産を散々弄んだ(そうしたことの最高責任者である)ヒロヒトを新憲法制定の流れでおはらい箱にすらできなかったのがこの国の皆様方の現実だったことを付け足しておこう。

最近ではアホの安倍晋三よりも菅官房長官の面が不愉快なので最近はテレビも観てもないが(笑)今朝の日経新聞、共産党党首のコメントには『隔世の感』だった。
ヒロヒトが死んだ時にしてもらったは当時の人気者、護憲おばさんの『天皇に戦争責任あり』発言は注目されたが、共産党の金子書記局長の『天皇ヒロヒト』と呼びすてにする戦争責任追及のコメントは目立っていなかった(笑)。金子さんのあのコメントには大賛成だけどね❗
『国民が主人公』を宣伝文句にしている共産党がなんでそこらの有名人を祝福するようなコメントでお茶を濁すのかとドン引きさせられた(笑)。
牙を抜かれたというか、誰も望んでもいない選挙後の連立政権入りとか、ここの党本部は変な熱病に浮かされているのかもしれない。維新に投票したりする破天荒な共産党支持層の出口調査結果ってのも、もしかしたら単なるパープリンじゃない党本部への究極の批判行為だったりして???
山椒は山椒らしく、アベ政治に真向勝負していけばよいのに。

私なんぞがどんなに批判したところで千代に八千代にたっけか
忘れたが(笑)天皇制は続くのだろう。
だけど天皇一族は国民の血税で暮らしているのだから広大な現住所からコンパクトな所で暮らさせるとか、無駄な経費をビシバシ削るとか管理すべきだとは思うけどね。
明仁さん夫婦が自分たちの墓場をコンパクトにしてほしいと述べたそうだが、それだって普通の墓と比較したらどんだけ巨大なんだよと言いたくもなる。
政治利用とか言語道断なのは言うまでもない。

ちなみに・・・・
黄色いベストなる集団の中からノートルダム聖堂の寄付金に対する批判が出たことを森本何某が朝のラジオで軽くディスっていたが、じゃあどうして大金を寄付する大金持ちに批判が集まるのかという『そもそも論』には触れず仕舞い。
そんなキャラだから久米さんの番組に瞬殺されたんだろう。
第一回の王貞治冒頭出演を見終わってニュースステーションに切り替えたらいきなり久米さんが『森本さんの番組観ていた人、おかえりなさい』とかましてくれたのももう三十年か?
そう、二度とニュース22プラーイムターイムにチャンネルを合わせなかったのであります(笑)。
変なものでこれについては自称公共放送の外国語ニュースの方が遥かにまっとうな報じ方だった。
黄色いベスト側の人々の生活環境を明示して、聖堂の修復の必要性も認識しつつも現実に困っている人たちに目を向けてほしいという切実な声を紹介していたね。
Unknown (怒りの日)
2019-05-01 23:59:36
久々です。
テレビ番組表を見る限り、地上波はほぼ壊滅状態で朝から晩まで天皇一族のことをやってましたね。
前に昭和天皇が亡くなったときも、似たような状況になってレンタルビデオ屋が大儲けしたそうですが、今はそこまで地上波に依存している人は多くないかも知れません。
天皇やその一族本人については、基本的人権が生まれつき異常に制約されてしまっている可哀想な人達、という認識です。大きな問題は、相変わらず隙あらば天皇を利用しようとてぐすね引いている連中の方でしょう。
自民党は2012年の改憲草案で全体主義の本性を隠さなくなりましたが、この「もう一度全体主義を!」という野望に天皇制は実に都合が良いシロモノ。
そして、天皇制や元号について法律学の方面からは様々な議論があるというのに、この「奉祝一色」を思わせるマスコミや大衆。
この国では知性というものは無力。遅かれ早かれ、再び全体主義に飲み込まれるでしょう。マスコミも大衆も進んで全体主義に協力するでしょうね。
それを痛感させられた、2019年4月30日と5月1日でした。
Unknown (諦めぬ理屈屋)
2019-05-02 05:37:06
ちょいと自称公共放送の報道を誉め過ぎたかもなので、このブログ記事に関することでやつらを批判しておきたいですな。

バカらしいので可能な限り元号リニューアルごっこ報道に触れないようにとしていたので気づかなかったが、あいつらとんでもないことをほざいていたんですってねえ?
何でも天照大神の子孫と断定して報じていたのを今では『子孫とされる』と若干の軌道修正して報じ続けているとか?
いやあ、単なる誤植で『とされる』が抜け落ちたのですよというのでもとんでもないデマというか、歴史修正の極みですな。
とはいえ、ネトウヨならずともこうした主張には・・・
例えば
誤植といったら誤植でしょ?
とか、
いや、天皇家が超昔から神道なのは実際の話だし。
とか、
だれもマジで天皇を神様の子孫と信じているやつなんかいないでしょう?
とか、
そんなチマチマしたことに目くじら立てるなんて大人げない!
なあんて思うのかもしれないが、ちょっと考えてもみよ、ですな。
何気に問題ある報道じゃないか!
そもそもどうして天皇の『人間宣言』なんてのが行われたのか?
歴史を学ばない者は今に鈍感になる(笑)。

天皇の『人間宣言』というのは直接的には絞首刑も選択肢とカウントされていた当事者ヒロヒトの身の安全策とも言えるが、大日本帝国憲法体制の否定、現行憲法制定という流れの一環、布石でもあったのも事実。
明治維新から1945年8月15日過ぎまで確実に天皇ってのは日本を支配する絶対的な存在、現人神様であり(カメラに映る実体のある神様でもある。バカバカしいが当時は本気で支配する側はこんな糞なことを押し付けていたのだ)正に天照大神の末裔であるぞよだったのだ。そしてその名前のもとでどれだけ多くの人々の生命や財産を奪い、心を蹂躙していったか。
天皇は天照大神の子孫でも何でもない。
ただただ、単なる人間に過ぎないことを確認させることを通じて
現行憲法、日本の戦後民主主義体制が構築できた。
そうした経緯を何気にうっちゃり捨てるかのような『天照大神の子孫』のNHKの報道、一見些細なようで決して捨て置けない問題である。

神話ってのは確かに虚構であり、これまた古い話だけど『タイタンの戦い』なんて言えば私には淀川チョーさんの番組でよくやっていた手作りモノの方が『本物』であり、やはりゼウスはローレンスオリビエであって、彼のカミさんは『ライムライト』のあのバレリーナさんじゃないといかんとも思っているが(笑)、まあとにかく神話なんてのは楽しむものではある。
だ、け、ど、さあ!!
日本で天照大神の子孫とされるなんて天皇を紹介するのは絶対にNGだよな(怖)。おそらくクレームがついて『される』と直したのだろうけど、それでも『される』って、おい・・・・。
ゼウスとかは笑いばなしで済みそうだけど、神聖にしてなんとやらの大日本帝国憲法下でどんなことが罷り通っていたのか?
洒落にもなりません。
あのう、NHKみたいな真面目さを売りにしている放送局がこんな歴史的な背景がある、そして現行憲法にもアヤをかけるようなニュアンスも醸し出す報道をしてはダメダメでしょ?
自分のバカさかげんを敢えて棚にあげて申し上げるけど、
微妙に信じるバカ、出てきたりしてね(笑)。
令(うるわ)しいんかね、この先 (nanijiro-i)
2019-05-02 09:13:18
「令和」に思ったことは、別のところで書いてみたので、ここではその余録みたいなことを…
 いろいろな書類のひな型や、制度の解説などを改訂する仕事をしている同僚は、今年も4月になる前から、平成を新元号に改訂する場合にそなえて、いろいろやっていた。それが、4月になってから、新元号がきまって、改訂箇所をひろいだすのをつづけている。もとよりアプリの修正でてんやわんやだったプログラマーの方がたの苦労には遠く及ばないだろうが。3月のこと、わたしじしんは、そうした改訂にかかるものではないのだが、制作物の予定稿のダミーなどで、永安、安久に類するものを複数見た。まあ「安」はないだろうと思いながら、予定稿のダミーで「安」が出てきたので、まさかほんとに「安」になった場合も考えて、どこかに書いてみようかなと思って、こちらもそれに備えて予定稿をつくっておいたが没にした。しかし、「安」でなくても、ここまでの展開になるとは思わなかった。なかなか盛り上がるものがない時代でもあるんだろう。
「令和」が新元号だというのを見て、なんだこれ~わ、と思った。まったくピンとこなかった。それが、ここまで、フィーバーになるのは、不思議に思う。これ違和感があるから、違和感のあるものをそばにおいておかなければならないとすると、どうなんだ、とくりかえしているうちに、違和感はやっぱりありながら、それなりの存在感を示してしまっているような感じなんだろうか。もし保守派のいうように、退位にあわせて新元号発表だったなら、この元号は、いま以上に違和感と唐突感をかかえたままのスタートになっただろう。
 だけど、違和感があるものが、こうしてそばにあるものになっていく過程というのは、どうなんだろう。維新なんかも、おおさかでは地域に基盤をかためてきているという話も、ここのところ見られたし。憲法改正はどうなんだろうかと思う。維新は、4年前の5月に、政党交付金などを巨額に投入したとみられるCMなども行って(4億とも10億ともいわれる)その出所などをめぐって上脇博之氏が連載中で、ぼちぼちそれを読んだりしている。そうこうしているうちにここまでになる。いっぽう、ワイルドに憲法改正論議に入っていくと萩生田氏は述べたとか。連休明け9日にも「国民投票法の改正案の質疑、採決を実施する」なんて提案も与党憲法審の与党筆頭理事からあったとも(4月25日、共同通信)。「令和」の「令」は「うるわしい」ことって解釈でいきたいらしいが、うるわしいの対義語が「粗暴(ワイルド)」でなかったか。「和」といえば、十七条の憲法にもあったが、そういえば、教育勅語にもあったな。安倍談話には「朋友相和し」にも通ずるものがあったのじゃないか。そして、遠からず、さあ、みんなで、和を以て憲法論議に入っていこうじゃないか、と来そうな予感が。明日の憲法集会ではどんなことが語られるだろう。経済の動向などとも合わせて、うるわしくはいきそうにないぞ、このさき。
 安倍・令和新時代のお披露目で、米国トランプ大統領に会って、400億ドル(4兆4600億円)の米国自動車工場への投資の話をしてくる。なんと破格。そのうえ貿易交渉の5月末合意なんてのを持ち出される。「シンゾー、貢ぎ物について話をしよう」。大統領就任時にまっさきにかけつけたのと同様に、朝貢に出向いているごとき光景。「令和」というのも「令」は「うるわしい」「おしとやかな」。「和」は「倭人」の「倭」と通じているとみれば、「倭」は「矮小」に通じていて、「チビ」ということだろうから、「おしとやかなチビ」時代? そういう悪い解釈も成り立ちうるか? それはともかくも、その首相がまっさきに朝貢にやってきたみたいではないか。レッドカーペットに立つ前に、トランプから「ストップ」がかかった両夫妻の写真は、語っている。もっとも安倍首相の身長はこの国ではチビではないだろうし、そうでなければ短命だったかもしれない。
 余計なことをひとつ書いて終わる。
「令和」の書き順。こんなのはどう?
 最初に思ったのは、こうである。
〇「令和」の最初に「アベ」と書く
「令」の字には、「ア」「ヘ」が入っているように見えます。
「ア」「ヘ」「丶」で「令」になる。惜しい! あと一画で「アベ」!
 で、「和」の字から、さいしょの「ノ」を借りてきて、「アベ」ということにしましょう。
 ……そうすると「和」のうちの「木」「口」が残ります。
 この「木」と「口」でできる漢字はなんでしょうね。
〇というわけで、「令和」の書き順はつぎのとおり。
1、「ア」「べ」「困」
2.「ア」「べ」「呆」
 さすがに気の毒? でも、青木理「安倍三代」で実体のなさを見抜かれてしまって。
3.「ア」「べ」「杏」
 というものもあります。李下に冠を正すどころか、そこで「李(すもも)」をむさぼっている。「李」の代わりに「杏」、おのずからみちを成しちゃった。
〇さらに、こんな書き方も。
「令」の字を「ア」「ヘ」と「・」に分解する。
「ア」「ヘ」に「・(ピリオド)」。
 元号を基本的には使用しないで生きてきたので、元号を書くこともあまりないだろうけど、もし書くようなことがあったら、どの書き順にしよう?
 フィーバーに食傷、ちょっと冷水をと思って書きはじめてみたが、駄文長文失礼/終り。
つめたいわ (茶)
2019-05-03 22:53:43
ツイッターで、令に「にすいへん」をつけて「冷たいわ」と書いたボロ立て看板の写真があって、笑ってしまいました。

現代の藤原道長、アベの天皇掌握完成、権力をほしいままですかと、アベノ元号のもとで生きなきゃならない気色悪さに押しつぶされてたのが、山本太郎議員の「れいわ新選組(ネコの肉球マーク付)」の皮肉でちょっと気分が晴れる。街宣車の装備もすてきに新調されていて、お金かかっただろうと思う。でも山本さんが言う消費減税もしくは廃止に、なぜ野党、共産党までものらないのか意味わかりません。

本日の憲法集会、人口300万弱の大阪でたったの2万人とは、我々は変人扱いか。昭和天皇の戦争責任、岸信介の釈放とかを意味不明に赦してしまったまま、大物によわい国民性というか、今でも権力者、大物を断罪するなんて畏れ多いみたいな風潮はここが起点かなと思います。
平成の時代の天皇皇后が善き人であったのは幸いでしたと、これは素直に思おうと思います。
木の根 草の根 いい根 (nanijiro-i)
2019-05-04 12:00:39
 ここ数日は、令和フィーバーのことが、なおも気になっていた。
「令」という字、どうも、と感じます。
「上から」の立場での意味と、「下」の立場での意味が、対照をなしている字だから。
字源は、つぎのようだという。
「人」:集める印
「卩」:ひざまずく人
⇒君主が家来や民に指図をするために人を集める情景。人びとが整列して命令を聞く情景を図形化したもの。
 朝日新聞4月2日付で、茨城大学名誉教授の加納喜光氏が上のように解説していて、〈命令を聞く民がきちんと並ぶ様から、「姿、形がよい」〉ことも意味するようになった、という。
 こんなふうに、「令」は「上は命令」「下はきちんと並んで、ひざまずいてそれを聞いている」という字義ならば、もう国民主権以前のイメージの文字を使ってしまったことになる。
 というわけで、たかが「漢字2字」が、まだ気になっていたのですね。
 まあ、昨日の東京の憲法集会で玉木雄一郎が「令和初の憲法集会」と発言していたことに野次が飛んだことを産経が批判的に報道していたけれど、そのあとのもうひとりの同じ読みの姓の玉城デニー知事も、代読メッセージのなかで「令和」と言っていたので、別にひとが押しつけがましくなく使うことまでどうこう思うわけではない。むしろふつうに令和ということばをつかうひとたちにも届くことばで、沖縄が運動をしているんだなと、思った。
「令和」の前に有力だったと報じられたのが「和貴」で、十七条憲法の「和を以て貴しとなす」から。「忤(さかう)ることなきを宗とせよ」とつづく。これは「逆らうんじゃないぞ!」ということだが、「貴し」が「令(うるわ)し」になり「令和」になると、「美しい国へ」というスローガンにも合っているし、「逆らうな」という強制以前に、「ひざまずく」が、すでに組み込まれている。都合がいい元号だっただろう。「和貴」のように、神話や歴史的にも問題をはらむ出典だったり、「憲法」がらみだったりするわけでも、表向きにはないわけだし…。
で、先日は、読売が「天翔」が一時有力な元号だったと報じたようだ。なんだか劇画の世界のようだなと思う。つづいて思ったのは、これは葬儀社の名称になっていたと読売は言うが、戒名にはなっていないのかなと。検索してみた。あった、阿久悠。戒名は「天翔院詞聖悠久居士」。「天翔院」とは「UFO」の作詞者だから? それは知らない。阿久悠さんは元号になるかもしれなかったのだ。それはいいとして、つぎにでてきたのは、〈僕の祖父は特攻兵だった。祖父の兄は特攻兵として国に忠を尽し,戒名にも「天翔院」とついている〉〈祖父は,特攻兵として訓練をし,日に日に一人,また一人と一緒に訓練をした友人が飛び立っていくのを見送っていたそうだ。もう一週間も経てば,自分の番。そんな時に8月15日をむかえたそうだ〉。靖国神社を訪れての思いをつづったブログだった(生還されてよかった)。〈僕は,別に『玉砕』を良いと思っているわけではないが、その気持ちには最大級の敬意を払う。自分の命と引き換えに,守りたいと思うもの、今の日本人にあるだろうか?〉。同じようなことを安倍総理も言っていたのを、数日前に見た。きのうの朝日の樋口陽一さん。「〈「個人として尊重」(憲法13条)か「人として尊重」(自民党改憲草案)か〉「集団のために自分の意見を殺して犠牲になることを『人として価値がある』とみなす傾向があるからです。日本の歴史を振り返っても、その傾向は強く見られます。『個人』を尊重することの大事さは失われていません」。「令和」は「逆らうことなきように」を伴う「和貴」と、特攻隊員の戒名にもつけられた「天翔」のあとをうけて考案された元号だったことに。なんとも、と思った。
「令和」には違和感があったんではないか。それにいわば忖度していく社会劇を、みせられてきたかのようなひと月だった。
 韓国民主化運動で、もう数十年も前に、こんな歌があり、日本でも歌われたことを思い出した。
 われらはプリパだ チョッタチョア
 ともに生き ともに死に チョッタチョア
 ひざをついて 生きるよりは
 立ったままで 死のうじゃないか
 われらは プリパだ
 光州事件の翌年に再逮捕された金大中が死刑判決を受けて、金大中をころすな、という運動の集会に、ちょっと足を運んだことがあったときに、聞いた歌である。ここにも「死」が顔を出す。弾圧で死においやられた同朋への鎮魂と共感があるのだろうか。
 いま調べてみると、「プリ」は「根」らしく、「プリパ」は「根っこ派」といった意味。チョッタチョア、というのは、「良い」とか「いいね!」みたいな意味のようだ。
 だから大いに不遜にも、すこし詩を改変すると、こんな感じだろうか。
 われらは 木の根 草の根さ
 ともに生き ともに死に 根を伸ばす
 ひざをついて 生きるよりは
 立ったままで 死のうじゃないか
 われらは 木の根 草の根さ
 われらは 草の根 そだねー いいね
 人類の基本的人権、国民主権、平和主義獲得のための努力の成果ということをめぐって、ひざをついて権力者の声を聴くような文字は、やはり日常の使用には堪えないと思う。これから、プリパが何度も、わたしの頭のなかを鳴り響きそうな気がしている。
蛇足)飯田橋にプリパという、喫茶店かスナックかという小店が最近まであったが、いまはなくなっているのではなかろうか。そういえば、金大中が拉致されたのも飯田橋だったことに、いま気がついた。憲法集会の感想を書き始めるでもなく、日々を思うに任せず生きてしまっている私の駄文を、今日はここでやめにする。わき筋の感想に失礼。
Unknown (浅田元気)
2019-05-04 19:28:24
しょせん日本は土人の国ですね。

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