安倍晋三首相は、夏の参院選の争点に憲法改正を据えて戦う意欲を見せている。4月9日の衆院予算委員会では、改憲案の発議要件を定める憲法第96 条の改正について言及。「まず96条を変えて、新しい憲法をつくることが可能になれば議論が活発になる」とぶちあげた。菅義偉官房長官も7日の講演で、 「参院選では憲法改正が争点になるだろう」と発言した。

 参院選に向けた連携を模索する動きも活発だ。安倍首相は9日、首相官邸で日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長と会談。表向きは大阪市の街づくりに対す る橋下氏の要望を聞く形だったが、安倍首相と同じく参院選で憲法改正を争点にしたい橋下氏との思惑は一致している。同じく改憲論者の石原慎太郎共同代表も 「改憲が参院選の焦点だ」と言い切る。

 自民党と連立を組む公明党は、環境権やプライバシーについて憲法に書き加える「加憲」を唱えているが、菅官房長官は8日の記者会見で、憲法改正にあたっ ては環境権を明記すべきだと公明党に配慮を見せるなど、自公連立を崩さない形で、日本維新の会を取り込み、憲法第9条改正の布石となる憲法第96条の改正 に必要な“数”を確保する構えだ。

憲法第96条改正でハードルを下げる

 憲法第96条にはどのような文言が書かれているのか。

第96条 この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。
2 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。

 つまり、「各議院の総議員の3分の2以上の賛成」の部分を「各議院の総議員の2分の1以上の賛成」などに書き換えることでハードル(発議要件)を下げ、それによって国会議員の中でも議論が分かれる憲法第9条改正に踏み切ろうというわけだ。

 こうした動きに対し政治評論家の田原総一朗氏は、「憲法改正の手続きを容易にして、憲法のどこをどう変えたいのだろうか。本来ならその論議を十分に行う べきだが、それがない。メディアも報道しない。第96条の論議ばかりがされているのを見ると、問題の本質を避けているようにしか思えない」と危惧する。

自衛戦争のための自衛軍を持つべきか

 田原氏の指摘する問題の本質とは憲法第9条の改憲論議である。田原氏は「私は戦争を体験している世代である。戦後70年近く、憲法第9条第1項があるお かげで、日本は大きな過ちを再び犯すことなくやってきた。戦争放棄をうたった平和憲法の第9条第1項は、変えてはならない」と説く。

 憲法第9条にはどのような文言が記されているのか。

第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 日経ビジネスオンラインの記事で、憲法学者の小林節慶應義塾大学教授は、「9条は、1項で戦争放棄を謳っている。それから、2項で、戦争放棄という目的から戦争の道具を持たない、すなわち戦力不保持と交戦権不保持を謳っている」と説明する。

 だがその一方で、「戦争をどぶに捨てた上で戦争の道具を持たない。よって戦争は起きない。永遠に平和だ、という理屈です。これは、はっきり言って 空想です」と指摘する。「憲法9条は、1項は戦争放棄、2項は戦争の手段放棄を謳っているが、実際には我が国には自衛隊がある」からだ。小林教授は、「独 立主権国家である以上、自然権としての自衛権がある」「しかし2項では戦力は放棄している」から矛盾が生まれるという。

 小林教授は「憲法である以上、国家をきちっと縛らなければならない。縛るためには、まず読んでわかるような憲法でないといけない」と説く。

 「1つは、間違っても二度と侵略国家にならない。侵略戦争放棄。これは『国際紛争を解決する手段』云々ではなくて、侵略戦争放棄と書く。もう1つ は、自衛戦争はやると書く。つまり、我が国は間違っても他国を軍事力で卑しめない。ただし、逆に他国が我が国の独立を軍事力で卑しめようとしたら、我々は 誇りにかけて抵抗する。自衛戦争はする。そのために自衛軍は持つ」と、解釈論に陥らないようにきちんと明記する。それが小林教授のいう改憲である。

国連決議と国会の事前承認等を憲法に明記

 また小林教授は「立法趣旨に照らして海外派兵をせずに何十年も来たにもかかわらず、その精神と未体験をかなぐり捨てて、イラクとアフガンに事実上、海外派兵をしてしまった。すなわち事実上の戦争参加でした」と、自民党政権時代の対応を批判する。

「あらゆる意味で憲法の趣旨や歴史的認識を正しく理解していない政治家が、改憲論議をしている」「憲法を正しく理解していない政治家が前文で国民に国を愛 する義務を課すとか、海外派兵は法律で定めると語っている」「その時の相対的多数決いいかえれば政治の都合で何でも決めることができてしまう」「ルールを 守らないやつにルールの改正を論じられるのは明らかにおかしい、笑ってしまう話」と一喝する。

 一方、集団的自衛権については、「国家である以上、自衛権があり、自衛権には個別的方法と、仲間と手をとる集団的方法の2種類がある。そこでは、別に切 り分けていない。自衛権の行使方法が2つあるだけです。それを、日本では苦し紛れに個別的自衛権と集団的自衛権に切り分けているだけです」という。 それはアメリカに頼まれればどこにでも行って戦争するということではない。それは「アメリカの傭兵になること」という。

 「侵略戦争放棄、自衛戦争堅持。自衛権を持ち、保持する軍隊を、国際貢献のために必要な場合は海外派兵をする」と憲法に明記し、時の政権の解釈に委ねる 自由度を排除すべきと説く。そして、「海外派兵の条件として国連決議と国会の事前承認等を、憲法改正時に織り込む」よう主張している。 

オバマ政権の不安の種は安倍首相の存在そのもの

 一方、こうした安倍政権の改憲論議は、景気の行方にも影響しかねないと指摘する声もある。英エコノミスト誌元編集長のビル・エモット氏は、「もし、安倍 首相が憲法改正論議を前面に打ち出してきたら、党や国民からの支持を失うリスクが高まるでしょう。政権が弱体化すれば、アベノミクスを遂行する能力に対す る懸念が、金融市場にも芽生えることになります」と警告する。

 さらにアジアの周辺諸国に及ぼす影響も危惧する。憲法9条や自衛隊の問題に踏み込んだ途端、日本は国際的な評判を落としかねず、尖閣に対する主権問題で 中国暴動が再燃する可能性も高く、従軍慰安婦問題などで韓国が再び問題を提起して、世界の注目が日本に批判的な形で集まりかねないという。
  中国刺激する憲法改正論は市場の信頼損なう

 また、英エコノミスト誌は日経ビジネスオンラインに提供した記事で安倍首相の訪米についてふれ、「通常なら米国も受け入れるであろう安倍氏の思想が今回 は歓迎されなかった。タカ派の安倍首相が中国を刺激しかねないとの懸念からだろう。オバマ政権は、日本国憲法の解釈を見直したいという安倍氏の願望を公然 とは支持しないことを明確にした」と論評した。

 「参議院選挙で自民党が勝利し、安倍首相が両院を掌握すれば、日本の政治が直面する行き詰まりを打開できるかもしれない。そうなれば、構造改革を進める ことも可能になるだろう。だがそれで勢いづいた安倍氏が全面的な憲法改正に臨んだり、戦時中の残虐行為に関する認識を修正(ましてや転換)したりすれば、 日中関係は悪化の一途を辿る。米国が何より懸念するのはまさにその点である」とした上で、「オバマ政権にとって信頼しきれない対象があるとすれば、それは 安倍首相その人かもしれない」と斬って捨てた。

稲盛和夫名誉会長の重い言葉

 戦後の日本経済をけん引してきた功労者である日本航空名誉会長の稲盛和夫氏は、「少し右翼がかった方向に政局が向かおうとしている。平和憲法をベースに 戦後の日本はやってきましたが、これが大きく変わる可能性が出てきた。全面的に憲法改正とまではいかないにしても、変わるかもしれない」とみる。

 「そうなれば日本の立ち位置も大きく変化せざるを得なくなってしまうでしょうし、近隣諸国を含めた世界の目も大きく変わってくる。ですから、よっぽど腹を据えて、十分検討したうえで進めてほしいと思います」と、憲法改正については慎重にも慎重を重ねた議論が必要と説く。

 この夏の参院選の争点に憲法改正を掲げ、単なる手続き論としての憲法第96条改正に走る拙速は、将来に禍根を残す結果をもたらす可能性が大きいといえるだろう。

 

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